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第三話 『異世界転生者との差』

 熱くなった両眼を抑えながら、オレは自室のベッドへと横たわっていた。

 過去視の魔眼で視たのは藤村冬尊という人間の人生と、彼がレイル・ティエティスに転生してから今日まで歩んできた道のりだ。


 藤村冬尊が死んだのが二十五歳。

 レイル・ティエティスに冬尊の意識が宿ったのはレイルが三歳になったときであり、レイルの現在の年齢はオレと同じ十三歳である。

 よって、過去視の魔眼で視た期間は三十五年分だ。


 こんなに長く過去に潜っていたのは初めてのことである。

 過去視の魔眼はどれだけ長く過去を覗いても、現実世界では一瞬に満たない。

 だけど、こちらの主観的な感覚では三十五年間経っており、その間ずっと情報を吸収していたため極度の疲労に襲われていた。


 よってレイルの過去を覗いた後はすぐさま彼の下から離れて、こうして部屋で休んでいるというわけだ。

 目や頭の疲れはしんどいものの、おかげで貴重な情報を得ることができたのも事実である。


 まず一つ目として、向こうの世界で得た知識だ。

 向こうの世界はこちらより格段に科学技術が発展しており、こちらの世界で流用できそうな技術も無数に存在した。


 異世界転生もので言う、いわゆる現代知識チートってところか。

 現にレイルもいくつかの現代知識チートを行っており、その結果が彼の打ち立てた功績へと結びついていた。

 レイルが見知っているものはすべて視ているため、彼と同じレベルの現代知識チートは実現可能なはずである。


 そして二つ目はレイルがこの世界で得た知識について。

 まあ、専ら魔術の知識である。


 レイルの過去を覗き視てわかったことだが無詠唱魔術は実現可能な技術らしい。

 なんにも魔術によって起こる現象をイメージすることで、詠唱や魔法陣なしに発動が可能になるとのことだった。


 だったら、どうしてこの世界の人間は無詠唱魔術が使えないのか。

 それはどうやら、この世界で物理法則が解明されていないことに起因しているらしい。


 この世界において、基本的にすべての物理現象は魔力が関わっていると捉えている。

 物が燃える原理は物質中や大気中の魔力が熱に反応することによって、水が氷になる原理は液体中の魔力が冷えることによって、という具合で。

 要は世界の理を間違った形で認識しているから、正しいイメージが行えず、結果的に詠唱や魔法陣に頼ってしか魔術を発動できないのだ。


 別にこれは、この世界の人間の知能が劣っているというわけではない。

 向こうの世界と違って、こちらには最初から魔力や魔法があったのだ。


 魔法によって火を起こすことが再現できるなら、その現象は魔力によって引き起こされるものだと考えるのは当然のこと。

 その結果、この世界の人間は自然界で起こった火ですら、魔力と因果関係を結びつけてしまった。


 もちろん、この世界でもすべての現象が魔力によって引き起こされるわけではないと考えている人もゼロではない。

 でも、それは限られた少数だ。


 喩えるなら、あちらの世界で物質が原子によって成り立っていると信じていない人間と同じくらい。

 こちらの世界で科学を信仰している人は、向こうの世界で魔術的なオカルトを信仰している人のように扱われてしまう。


 おそらく人間が正しく世界の理を把握するには、魔法という存在が邪魔なのだろう。

 だから、魔法のない向こうの世界でしか科学技術が発展しなかった。

 そういう意味では、神を自称する少年が行ったあちらの世界の人間を送り込むという方法は、この世界を発展させるためには最適のように思えた。


 かく言う自分も、あちらの世界を見たことで、一般的な物理法則を理解することはできている。

 となれば、今のオレはレイルと同じように無詠唱魔術を発動することが理論上は可能なはずだ。


 まあ、実際に使うとなると発動の練習が必要なため、今すぐ使えるというわけではない。

 心配せずとも練習さえすれば、直に使えるようになるだろう。


 レイルの過去を覗き視た限り、異世界転生者なこと以外は弱みという弱みは見つからなかった。

 となると、奴を追い詰めるためには搦め手は使いにくく、純粋な真っ向勝負できる力が求められる。

 そして、レイルと魔術戦で渡り合えるようになるには、無詠唱魔術を習得することが必須であった。


 詠唱はいわゆる魔術の予備動作である。

 どうしても唱えている間のタイムラグが発生するし、詠唱のフレーズさえ覚えていれば、どんな魔術が飛んでくるかも予測可能だ。

 それに口で唱える分、二つ以上の詠唱魔術は同時に発動できないという欠点もある。


 それらの弱点を帳消しにする無詠唱魔術は、それこそチートのようなものだ。

 奴と詠唱魔術のみで魔術戦を行おうとするなら、それは自転車レースにマラソンで挑むようなもの。

 そもそも競技が違うのだから、勝てるわけがない。


 もちろん無詠唱魔術もデメリットがないわけじゃない。

 無詠唱魔術は消費する魔力の量が膨大という欠点があった。


 だけど、レイル曰く魔力量は小さい頃から魔力を消費するトレーニングを行えば、増加するものらしい。

 レイルは三歳のときから魔力を増やすトレーニングを行っていたため、無詠唱魔術を行使し続けられる莫大な魔力量を持っている。

 推測するに、オレの百倍以上はあるだろう。


 もちろんオレだって魔力を増やすトレーニングを行っていた時期はある。

 同年代の人間よりかずっと魔力量が多い自信もあった。

 だけど、レイルに比べれば塵みたいな量だ。

 これじゃあ満足に無詠唱魔術を発動することもできない。


 なんにも魔力を増やすトレーニングはかける負荷の大きさも必要らしい。

 どれだけ魔力を消費したかだけではなく、どれだけ急に魔力を消費するかという部分にも意識を割かなければならない。


 わかりやすく喩えるなら、筋トレみたいなものだ。

 軽いバーベルを何百回上げても一定以上の筋肥大は見込めない。

 しっかり筋肉を付けたいなら、重いバーベルを適切な回数上げることが重要だ。


 その点、無詠唱魔術を身につけていることは、魔力量の増加にもプラスに働く。

 無詠唱魔術は消費される魔力量が莫大なため、かかる負荷も大きくなるからだ。


 よって、無詠唱魔術に比べて魔力をそこまで消費しない詠唱魔術や法陣魔術を使うこちらの世界の人間では、魔力を一気に消費する術を持つ異世界転生者に魔力量で太刀打ちできなかった。


「さて、どうするかだよな……」


 レイルに勝つには無詠唱魔術と魔力量不足という壁を乗り越えなくてはいけない。

 だけど、それは最低限の条件。いわばスタートラインだ。


 今からオレがこの二つを鍛えたところで、今のレイルの実力に近づくだけで、追い越すことはできない。

 彼には小さい頃から積み上げてきた努力がある。

 それにオレが無詠唱魔術や魔力量を増やすことにかまけている間にも、奴は新しい魔術を開発することだろう。


 レイルのやってきた努力をなぞっているだけじゃ、絶対に彼には勝てない。

 奴よりオレが勝っている部分を探さなくてはいけなかった。


「それに時間も限られている……」


 目下頭を悩ませる問題は、レイルのチート的な性能だけじゃない。

 支払った過去視の魔眼の代償についてもだ。


 過去視の魔眼は決してチートと言われる性能の生体術式(ギフト)ではない。

 確かに能力は強力だが、それに伴って支払う代償も大きかった。


 過去視の魔眼は魔力消費量が少ない代わりに、使用者の寿命を代償として奪い取る。

 その奪い取る寿命は、どれだけの昔に遡ったか、またどれだけの時間を覗いたかに比例するものだ。


 直近の過去を視る分には、精々一日か二日くらいしか寿命を取られないが、今回は三十五年分ときた。

 本来ならレイルの歩んできた過去十三年分のみを覗くつもりだったため、五~十年分くらいの寿命を必要コストとして計算していた。

 だけど、藤村冬尊としての二十五年分の過去のせいで計算が狂ってしまった。



 感覚的なもので正確なところはわからないが、おそらくオレの寿命は半分くらいしか残されていない。

 向こうの世界と違って、こちらの世界の平均寿命は八十もないだろう。

 オレが生きられるのも精々三十歳か、良くて四十歳くらいまでだ。


 オレは向こうの世界の知識と無詠唱魔術といった革命的な魔術知識を引き換えに、多大なる犠牲を支払ってしまったのだ。


 とは言っても、レイル・ティエティスに過去視の魔眼を使ったことは後悔していない。

 レイルが異世界人だという情報を知らないまま、奴に勝つことはまず不可能だ。


 過去視の魔眼を使わないでレイルへの復讐に身を捧げていたら、この後の人生を間違いなく棒に振っていた。

 過去を知ったことでレイルに勝てる可能性が生まれた。

 さらに神という黒幕の正体も知ることができた。


 それにオレには藤村冬尊やレイル・ティエティスと歩んできた三十五年分の人生がある。

 あと二、三十年しか生きられないとしても、自分の人生が短いものだとは思えなかった。


 これには過去視の魔眼によって長い時を経験してため、性格や価値観が変わってしまったということもあるかもしれない。


「ねえ、おにい!」


 部屋の扉を叩く音が聞こえる。

 このやかましい声。「おにい」という独特な呼び方。

 自分のたった一人の腹違いの妹、アイステラ・オースティンだ。


 普段なら邪険に扱うか無視しているところだが、長い時間過去に潜っていた影響で自分の精神面にも変化が表れているようであった。

 普通に答えてやってもいいか。

 なんていう普段ならあり得ないことを思ってしまう。


「馬鹿おにい! クズおにい! さっさと出てきて!」

「はぁ?」


 前言撤回。やっぱりこいつに優しくするのはない。

 苛立たしげに扉を開けると、そこには顔をしかめた妹のアイステラが立っていた。


「なんだ、ゴミおにいいたんだ。だったら、早く出てきてよ」

「誰がゴミおにいだ」

「ゴミおにいなんて一人しかいないじゃん。性格ゴミゴミのクズ人間」


 なんという暴言のオンパレードだ。

 こいつに兄を敬うという概念はないのだろうか?


 まあ、過去のオレもこいつに散々暴言を吐いてきたし、嫌われるのも当たり前な立ち振る舞いをしていたので、敬われないのも当然なんだけど。

 そもそも性格がゴミなのは自分でも認めるところだしな。


「で、なんの用なんだよ。お前がオレの部屋に来るなんて珍しいじゃないか」

「わたしだって、カスおにいのところなんかに来たくなかったよ。ただ、パパが話あるから連れてこいって」

「そういうことか。今、暇じゃないから無理って言っておけ」


 オレはレイルに勝つための方策を考えなければいけないのだ。

 父親のどうでもいい話なんかに構っている暇はない。

 扉を閉めようとすると、隙間に足が挟まれる。


「何が暇じゃないよ。どうせ決闘で負けて、しょげて寝ているだけでしょ? 雑魚おにい」


 はっ倒してやろうか、おい。

 言っておくけど、オレは雑魚じゃないからな。


 確かにレイルにはボコボコにされたけど、それは相手が異世界転生者という例外だったからだ。

 こっちの世界の人間の中では上位の実力はあるだろうし、アイステラよりは十倍強い自信がある。

 お前なんてレイルに挑んだら、オレ以上にボコボコにされるからな。


「大事な話なんだって。連れてこないとわたしも怒られるんだから、さっさと来てよ」

「知るか、そんなの。お前が怒られたところでオレは関係ない」

「もう、ムカつく! ウザおにい! 死ね!」


 そう言って、人の足を思いっきり踏もうとしてくるアイステラ。

 おい、暴力はなしじゃないか……?

 避けたからいいものを、踏まれてたら絶対痛かったやつである。


「わかった。行くから。さっさと出て行ってくれ」

「やだよ。絶対行かないつもりでしょ」

「そうじゃねえから。お前、オレと一緒に並んで歩きたいのか?」

「そんなわけないじゃん、キモおにい。わたし達二人に話があるんだって」


 なんだよ、それ。絶対めんどくさい話じゃん。

 今まで別々に呼ばれることはあっても、二人一緒に話なんて早々なかった。

 そもそもうちの家庭は団欒という言葉は程遠い、冷え切った仲だしな。


 バックレたい気持ちはあったが、先延ばしにしたらしたで父の機嫌を損ねて、さらに面倒なことになりそうだ。

 萎えながらも、仕方なくアイステラと一緒に父の下へ向かうのであった。


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