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第二十八話 『宿敵』

「だって、お前異世界転生者だろ?」

「――っ」


 こちらの指摘に息を呑む音が聞こえてくる。


「どうして……それを……」


 絞り出すように声を発するシェン。

 その反応は彼が異世界転生者であることの肯定、そのものであった。


 今になって思い返せば、疑わしい点はたくさんあった。

 十代後半という若い歳で盗賊団を率いている年齢にそぐわない統率力だったり、最初に会ったときによろず屋で見つけた、異世界の道具を参考にしているとしか思えないお手製の魔道具だったり。


 そういった疑念が、オレの中で燻っていた違和感の原因だったのだろう。

 そして、ニーネとのやり取りで、オレは違和感の正体にたどり着くことができた。


「お前は医療保険のような福祉制度を作りたいって言ったよな? でもな、この世界では医療保険なんてものはないんだよ」


 ――医療保険ってなんだと思う?


 オレの問いかけにニーネはこう答えた。


 ――正直、よくわかんない。シェンくんが言ってるのは聞いたことあるけど……。


 当たり前の事実だった。この世界では魔力を用いない医術の代わりに、魔法の力に頼った治癒術が発展している。

 医術が衰退しているのに、医療という概念が社会に浸透するわけがない。

 ましてや医療にまつわる福祉制度である、医療保険なんて言葉が存在するわけがなかった。


 ちなみにこの世界では、病院という表現もほとんど使われない。

 治癒術が怪我人や病人を治す診療施設は治癒院、もしくは治療院と呼ばれる。

 病院という表現を好んで使っていたのは、異世界の知識に馴染みがあるシェンとオレだけだった。


 この辺りの事情を考慮すると、ニーネやフィナがシェンの提案に抵抗を示していたのも理解できる。

 フィナと仲違いしたとき、オレは彼女にこう言われた。


 ――わかんない、わかんない、わかんないよ! オーラルドの言っていることが全く!


 ――病院? 医療保険? 全然意味がわからない! そんなのがニーねえの気持ちより大切なものなの⁉


 もし、あの言葉が言葉通りの意味だったとしたら?

 フィナやニーネが病院や医療保険の正確な意味を理解していなかったとしたら納得できた。


 自分が彼女達の立場だったら。

 知らない単語を使って、難しい理屈を並び立ててくる盗賊団のボスからの提案なんて呑みたいとも思わないだろう。


 記憶を掘り起こせば、シェンの取り巻きの一人であるミネルカも過去に同じようなことを言っていた。


 ――ボスの話は時々難しくて、意味がわからないんだよ。


 彼女が日常会話の中でシェンの発する言葉の意味を理解できなかったことがあったのは理解力の問題じゃなくて、彼が向こうの世界特有の用語を口にしていたからなのだろう。


 どういう仕組みか、向こうの世界とこちらの世界の話し言葉は同じだ。

 固有名詞なども一致していることがあるが、すべての単語が共通なわけではない。

 どちらか片方の世界でしか通用しない単語というのも存在していた。


 かく言うオレも、レイル・ティエティスの二十五年分の過去を覗いたことによって、疑似的な異世界転生者のようになっている状態である。

 シェンの語彙をすんなりと受け入れてしまったのも、オレ自身向こうの世界の知識に馴染みすぎていたからであろう。


 全くもって恥ずかしい限りである。

 異世界転生者の存在を許せないと思っていたにもかかわらず、目の前の異世界転生者の存在に気づけなかっただけでなく、あまつさえ交友を深めていたなんて。

 これに関してはあっちの世界の価値観が植え付けられている者同士、会話の波長が合ってしまったという理由もあるのだろう。


「もしかして、君も転生者なのかい……?」


 シェンがとんちんかんなことを口にする。

 まあ、異世界転生者以外に向こうの世界の存在を知っている人間がいるとは思わないよな。

 オレは顔を歪ませながら、吐き捨てるように言った。


「ふざけるな。お前らみたいな余所者と一緒にするな。オレはオーラルド・オースティンとでしか生を受けていない」

「じゃあ、どうして転生者の存在を知っているの?」

生体術式(ギフト)の恩恵とでも言っておこうか」


 一人の異世界転生者だけでも厄介なのに、彼らが手を組んでしまえばオレの手に負えなくなってしまうのは確実だ。

 過去にレイル・ティエティスという転生者と因縁があったという点は隠すことにした。


「僕が異世界転生者なのは認めるよ。君の言う通りだ。でも、それだけで僕のやろうとしていることに反対しなくてもいいんじゃないかい? 僕達の仲じゃないか?」

「オレは異世界転生者が大っ嫌いなんだ。余所者のくせに、オレ達の世界で好き勝手やるお前らの存在がどうしても許せない。敵対する理由はそれだけじゃ駄目か?」


 こちらの発言に目を大きくしながら問いかけてくる。


「いいの? ニーネさんやフィナちゃんに裕福な生活をさせてあげたいんじゃなかったの?」

「残念だが、それは諦めることにした。異世界転生者を倒すこと以上に、オレに重要なことなんてないからな」


 レイルをこっちの世界に送った神とのやり取りから、異世界転生者が二人以上いる可能性があることはうっすら頭の中にあった。


 そして、オレの目的は自分の人生を狂わせたレイル・ティエティスを倒すだけではない。

 こっちの世界に送られてきた異世界転生者を倒し、あのムカつく神にオレを敵に回したことを後悔させることである。

 そのためには目の前にいる青年も倒す必要があった。


 こちらの宣言に、シェンは声を震わせた。


「なんで……。僕はオーラルド君と争いたくないのに……」

「オレはお前を倒したくて仕方ないよ」

「どうやったら元通りの関係に戻れるんだい……?」

「無理だ。お前とオレは異世界転生者と悪役貴族。いずれはぶつかり合う関係なんだよ」


 シェンからすれば災難にも程があるだろう。

 仲良くしていた知人から、異世界転生者というだけで一方的に敵意を向けられる。


 だけど、オレは正義の味方じゃない。悪役貴族だ。

 道理に従うわけもなかった。


 たとえ私怨に満ちた八つ当たりだったとしても、オレは異世界転生者を倒す。

 悪と謗られようとも、オレは自分の欲望に忠実でいたかった。


「オレはお前を倒す。だから、お前も全力でオレを倒しにこい」

「嫌だ! 僕は君と戦いたくない!」

「だったら、オレに一方的にやられるか?」

「おい、てめえ! さっきから言わせておけば!」


 こちらの会話を傍観していたミネルカが割って入る。


「ボスを倒すだ? 言ってくれるじゃねえか、クソガキ!」

「こっちはシェンと話しているんだ。邪魔してくるなよ」

「邪魔はてめえの方だろ! いきなりしゃしゃり出てきやがって! そこで横たわっている女のガキのようにボコしてやろうか?」

「フィナをこんなにしたのはお前なのか?」

「だったら、どうする?」


 嘲るような表情で挑発してくるミネルカ。

 そういえばこいつには馬車でプリシラへ向っていたとき、殺される寸前まで痛めつけられた恨みがあるんだよな。


 結果一億セスという大金を盗まれ、オーギスの街に流れ着いたという経緯がある。

 シェンの知り合いということで過去の恨みは見逃してやっていたが、シェンに敵対すると決めた今、その自制も意味がなくなってしまった。


「オレのことだけならまだしも、フィナに手を出したとあったら許すわけにはいかないよな」

「許せない? 笑わせるなよ。許せなかったらどうするんだ?」

「お前は気づいてないかもしれないけど、オレも過去にお前に半殺しにされた恨みがあるんだ。二人分の恨みをまとめて、半殺しにし返してやるよ」


 オレは手招きをして、挑発を返してやることにする。

 ミネルカのこめかみに青筋が浮かぶ。


「ああ? このあたしに喧嘩を売ってんのか?」

「そうだよ。御託はいい。さっさとかかってこい、ゴリラ女」

「おい、てめぇ! 殺してやる!」

「ミネルカっ!」


 シェンの制止を無視して、こちらに飛び出してくる赤髪の女。

 オレとシェンが問答を繰り広げている間にも、きちんと持続強化(ブースト)を切らさないでいたようだ。


 さすがはシルバーウルフでも有数の武闘派。

 どんな状況でも持続強化(ブースト)状態を持続させるための詠唱を忘れないのは感心できるが、あいにくこちらはこの世界の魔術の理を捨てた身だ。


 ――身体強化(レイズ)


 無詠唱魔術によって身体能力を向上させて、ミネルカが五メートルの距離に入ったことを視認すると、瞬歩(ブリンク)を発動。

 オレの身体は瞬時に彼女の背後に移動していた。


「こっちだ。ボケ」

「――あっ?」


 瞬歩(ブリンク)は発動者が一足で移動できる距離分、瞬間的に身体の位置を進める魔術だ。

 その光景はまさに瞬間移動。


 詠唱ありの現代魔術戦でも瞬歩(ブリンク)は猛威を揮っているのに、無詠唱で繰り広げられる瞬歩(ブリンク)の脅威度はその比ではない。

 素っ頓狂な表情を浮かべながら振り向くミネルカの顔に一発、裏拳をお見舞いしてやることにする。


「うぐっ……てめえ何をしやがった……」


 鼻血を垂らしながら、地面に四つん這いになるミネルカ。

 そんな彼女の横に立ち、見下ろしながら言った。


「オレが半殺しにされた分は今ので許してやるよ。で、これはフィナに手を出した分だ。爆破(ブラスト)


 ほぼゼロ距離からの魔術攻撃。

 魔術の防御なしに受けたとあってはただで済まされるわけがなかった。

 ミネルカの身体は爆炎とともに錐揉みされながら吹き飛んでいく。



 さすがに即死はしない程度の手加減はしてやったが、かなりの身体的なダメージを負ったはずだ。

 衝撃による打撲と爆炎による火傷により、まさに半殺しと言ってもいい状態。

 治癒術なしで復帰するのはまず不可能な怪我である。


「オーラルド君、何をやっているんだ……」


 紙切れのように地面に落ちたミネルカの身体を瞳に映しながら、シェンは呟く。

 その声は魂が抜け落ちたように、生気がこもっていなかった。


「なんで……こんな酷いことができるんだ……」

「殺してやるって襲ってきたのはこいつの方だぞ? 完全な正当防衛ってやつだ」

「そんなの詭弁だ……。君がミネルカをけしかけたんだ……」


 彼の黒い光彩がこちらに向けられる。

 真っ黒な闇がそこには広がっていた。


「僕は勘違いしていたんだ。なんだかんだ言って君とはまた手を取り合えると。でも、違った。君は敵だ。決してわかり合えない相手だった」

「最初からそう言っているだろ。話せばわかり合えるなんてお花畑な思考をしていたのはお前だけだ」

「そうだ。僕は平和ボケしてたんだ」


 シェンは手にしていた二丁拳銃のグリップを強く握る。


「僕は君を絶対に許さない。サゼスなんかの前に君を成敗してやる」

「成敗だ? そういう上から目線なところが、お前ら異世界転生者のムカつくところなんだよ」


 シルバーウルフが善良な行いをしているからといって、所詮は盗賊団。

 他人から金を巻き上げることを生業としている職業だ。

 そんな裏社会の組織のボスから、成敗なんて言葉を突きつけられる謂れはなかった。


「これはただの抗争だ。悪役貴族であるオレと盗賊団のボスであるお前。気に食わない奴をぶちのめすだけのな」

「そんなにぶちのめされたいんだったら、僕がぶちのめしてあげるよ」


 シェンは手にしていた二丁拳銃の銃口をこちらに向ける。

 バチバチの殺気。

 こちら同様、彼も戦いへの覚悟を決めたらしい。


 はっきり言って、この戦いはかなり分が悪い。

 昨日までオレはシェンが異世界転生者だということを知らなかったわけだし、彼の戦闘スタイルも知らない。

 対策も何もない突発的な戦闘だ。


 そして、こちらはまだ無詠唱魔術戦の戦い方を模索している途中。

 いわば修業中の身で、実力面ではレイル・ティエティスの足元にも及んでいないのが現状だ。


 それでもここで引くわけにはいかない。

 ここまで威勢のいいことを言っておいて、すごすごと下がるわけにもいかないというのもあるし、オレの大事なウルター孤児院を異世界転生者なんかに手出しされないためにも、ここでシェンを叩いておく必要があった。


「勝手に言ってろ。オレはお前に勝つぞ、異世界転生者」


 こうして宿敵である、異世界転生者との戦いの火蓋は切られたのであった。

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