第二十七話 『悪役は遅れてやってくる』
最初はフィナ視点です。
「大丈夫。私ならできる」
私、フィナ・メイラスは自分に言い聞かせるように小さく呟いた。
これからやろうとしているのが、大丈夫なんて言葉では到底言い表せない無茶な行動だというのは自分でもわかっている。
私達の孤児院を守るために、シルバーウルフに乗り込みに行く。
そして、シェンと呼ばれる盗賊団のボスに話をつけて、孤児院に干渉することを諦めてもらう。
どうして、こんなことになったのだろうと思う。
本当は盗賊団に乗り込むなんていう、背筋の凍るような行動は自分でもしたくなかった。
ニーねえ達と平和に笑って暮らせる生活を送れるだけで、私は充分だったのだ。
でも残酷な世の中は、そんなささやかな願いさえも踏みにじってくる。
今までの人生はこんなのばっかりだ。
オーラルドのお父さんのせいで、私のお父さんは働く仕事を失って。
お金がなくなって追い詰められたお母さんは、私とお父さんと一緒に死のうとした。
結局は私だけ生き延びて、ニーねえに拾ってもらったわけだけど。
やっと手に入れた孤児院での安息の生活でさえ、また誰かに奪われようとしている。
もうお父さんとお母さんが死んじゃったときみたいに、何もできないのは嫌だ。
私は自分自身の手でシルバーウルフの手からニーねえとウルター孤児院を守る。
そのための戦う力だって身につけた。
本当は誰かの助けを借りたかった。
私なんかよりずっと強いオーラルドが隣にいてくれたら、どんなに心強かっただろう。
でも、オーラルドはシルバーウルフの味方についている。
ニーねえと孤児院のみんなを裏切って、敵側に回ってしまったのだ。
だったら、私だけでもやるしかない。
たとえ、勝ち目がない戦いだったとしても、自分が動かない理由にはならなかった。
「話をしに来たんですけど」
シルバーウルフのアジトの場所は、シルバーウルフのボスからニーねえへと教えられていた。
それを聞いていた私はボスと話をつけるため、アジトへとやってきていた。
アジトがあるのは街の廃倉庫がひしめく一画だった。
区画の入り口には、ならず者のような恰好をした男が二人立っている。
「なんだ? 嬢ちゃん。ここは君みたいな子供が来る場所じゃないぞ」
シルバーウルフの構成員だろう。
警備役と思わしき男たちはこちらを嘲笑うような声を向けてきた。
舐められないためにも、ここは物怖じする気持ちを隠してガツンと言おう。
「あの! シェンっていう人に会いにきたんですけど!」
「おい、ボスの名前を知ってるのか? お前、ただの子供じゃないな?」
正面に立つ大男に向かって、隣の細身の男が耳打ちをした。
「あれじゃないっすか? この前サゼスが子供の刺客を送ってきたって話があったじゃないですか」
「こんな武装もしていない、ただの子供がか?」
「ただの子供っぽく見えるから危ないんですよ。こちらの油断を誘って、ナイフでぶすりって魂胆なんす。頭が悪い兄貴にはわからないかもしれないっすけど」
「うるせえ、どつくぞ。まあ、いいや。疑わしきは捕らえて事情を聞けばいいか。我が体躯――」
大男が口にしたのは持続強化の詠唱の第一節だ。
オーラルドが言っていた。
正々堂々戦う必要のない自分の命がかかった魔術戦なら、まず先手を取れと。
私には身体強化の生体術式がある。
他の魔術師と違って、詠唱なしに一瞬で身体能力を向上させられるため、敵が持続強化を発動し終える前に殴れば、大抵の場合はなんとかなると教わっていた。
体内の魔法陣に魔力を巡らせ、身体強化を発動。
即座に大男の腹に向かって一発入れ、返す拳で細身の男にも一発。
二人はなす術もなく地面に崩れ落ちた。
「なんとかなった……」
思ったよりあっさりと二人をのしてしまったことに自分でも驚く。
これならいけるかもしれない。
私でもシルバーウルフの人達とやり合うことができる。
恐怖心が自信に変わり始めたところ、アジトの奥から男の声がした。
「おい、敵襲だ!」
倒れている二人の男に目を向ける。
しまった。この状況じゃ弁明しても私が攻め込みに来たようにしか見えない。
気づいたときには、シルバーウルフと平穏な話し合いをするチャンスを失っていた。
「やっぱり全然なんとかならないじゃん!」
心の中でアドバイスをくれたオーラルドに八つ当たりをしつつも、自分のしてしまった行動に後悔はなかった。
そもそも私達の孤児院を侵略しようとしてくる盗賊団なんかと、平和的に話し合って解決なんてできるはずがないのだ。
居場所を守るためには、自分の手で勝ち取らなければならない。
そのためなら、多少の乱暴な手に訴える覚悟はあった。
「なんだガキじゃねえか!」
私の容姿を見て、驚く男に接近して裏拳を入れる。
そのまま近くにいた女に駆け寄って、蹴りを一撃。
二人とも壁に叩きつけられる恰好になった。
持続強化を発動していない相手を倒すことなんて、そう難しいことじゃない。
身体能力の上がっている私にとっては朝飯前の出来事。
簡単に敵を倒せたことに口元をニヤつかせていると、猛スピードで突っ込んでくる恰幅の良い男が。
この動きの速さは持続強化を発動している。
即座に頭の中で警戒レベルを上げることにした。
私が得意とするのは、身体強化で底上げされた身体能力を活かした近接戦闘だ。
逆に遠距離戦は身体能力の強みを活かしづらく、苦手意識があった。
「赤き流星よ、その火熱を以て――」
敢えて一歩下がり、中距離魔術である火炎剛球の詠唱を口にする。
予想通り男は私が近接戦を嫌がっていると思って、無警戒でインファイトのレンジまで入ってきた。
放たれるパンチを、身体を屈めて躱す。
溜めた右拳で顎を一発。
体格差や年齢差があっても、格闘技術では私の方が上のようだ。
難なく迫ってきた男を倒すことができた。
「焼き尽くせ――火炎剛球」
ついでなので、途中まで詠唱を口にしていた火炎剛球を発動することにする。
奥の小屋から迫ってきた三人組は、私が放った火炎弾に吹き飛ばされた。
その後もこの調子でシルバーウルフの構成員を倒していく。
「あれ? 私って思ったより強い?」
常日頃オーラルドにボコボコにされているせいで気づかなかったが、私は既にそんじょそこらの魔術師を簡単に倒せる実力を持っていたらしい。
シルバーウルフの人達は腕っぷしが強く、魔術の威力も高い。
だけど、魔術戦という知識量や戦況の読み合い、仕掛けの練度がものを言う対人戦闘の分野では私より数段劣っていた。
撃ってくる魔術はどれも私でも詠唱を知っているものだし、複数の魔術を連動させた仕掛けもオーラルドに対処法を習ったことがある戦法ばかりであった。
まるで魔術戦を習う前の私と戦っているような感覚。
貴族に生まれてまともな魔術戦の指導を受けられる環境がない限り、一流の魔術戦魔導師にはなれないと、過去にオーラルドが言っていた理由が今さらながら理解できた。
「オーラルド君のところにいた子供だよね」
いつの間にかシルバーウルフ構成員をあらかた倒していたようだ。
建物の広い部屋にはボスであるシェンと、緑髪、赤髪、青髪の三人の女の子がいた。
「私にはフィナって名前があるんだけど」
「なるほどね。君がフィナちゃんか……」
「何? 私のこと知ってるの?」
「いや、昔にちょっと知る機会があっただけだよ。今は関係ないから気にしなくていい」
意味のわからないことを口にしながらシェンは首を振ると、こちらに向かって言った。
「で、フィナちゃんは何をしに来たの? 僕の仲間を大勢倒して」
「文句を言いに来たの! ウルター孤児院を好き勝手しようとしていることに!」
「文句を言いに来たって割には、武力行使すぎるような気がするんだけど……」
うるさい。
私だって、なんでシルバーウルフの人達よりも暴れまわっているんだろうって戸惑っているんだから。
「元々はそっちが私達の孤児院をなくそうとしてきたんじゃん! 悪いのはそっちの方でしょ!」
「別にニーネさんがこっちの提案を呑んでくれれば、孤児院はなくなることはないんだけどね」
「どっちも一緒のことでしょ! シルバーウルフの言いなりにならなくちゃいけないなんて!」
「僕達も嫌われたものだね……」
横にいた緑髪の女の子に向かって、首を傾げるシェン。
こっちは真剣な話をしているのに、余裕そうな態度を崩さない彼に腹立たしさを覚える。
「私達の孤児院に手を出さないで! そう言っているの!」
「そうは言われてもね……。君達のことも思っての提案だったんだけどな……」
「私達はそんなこと頼んでない! 引かないようなら、他の仲間の人達のようにぶっ倒してやるから!」
「穏やかじゃないね。あんまりオーラルド君の知り合いに物騒なことはしたくないんだけど……」
息を吐いて、肩を落とすシェン。
近くにいた青髪の少女に手を伸ばすと、少女は長方形のケースを差し出した。
「僕の仲間もやられていることだしね。さすがに見過ごすってわけにはいかないよね。悪いけど、少し痛い思いをしてもらうよ」
カチッカチッとケースのロックを外すシェン。
この状況で持ち物に手を伸ばすということは、おそらくあの中に入っているのは戦闘用の魔道具。
相手が魔道具を使ってくる場合の魔術戦の心得もオーラルドからは教わっていたが、ウルター孤児院には戦闘用の魔道具を買えるお金がない。
実戦経験は全くないときた。
魔道具を使われるとまずい。
不利な状況になる前に勝負を決めないと。
すぐさま身体強化を発動して、シェンへと接近することにした。
ケースごとシェンを蹴り飛ばすことで、先手を取っていく。
「おい、てめえ! ボスに何やっているんだ!」
赤髪の女の子が怒号を上げる。
そのまま荒げた声で三分持続強化の詠唱を口にすると、緑髪と青髪の女の子もそれに続いた。
「ミネルカさん。落ち着いてください。相手はかなりの手練れです。馬鹿正直に突っ込まないでください」
「でも!」
「今のは持続強化を発動している動き。っていうことは、三人で囲って持続強化の効果が切れるまで時間稼ぎをすれば、簡単に勝てる」
「ビビッているみたいでカナンの策に乗るのは癪だが、仕方ねえな」
青髪の少女の口にした作戦を聞いて、口元が綻びそうになる。
私が発動しているのは時間制限がない身体強化だ。
持久戦で来られても何も怖くない。
持続強化の効果時間が切れたふりをして隙を作れば、相手の虚をつけるだろう。
三対一は不利な状況だが、充分勝ち目がある展開だった。
「駄目だよ。その子は身体強化の生体術式を持っている。時間切れ戦術は使えない」
吹き飛ばされたシェンが身体を起こしながら、私を囲っている三人の女の子に向かって言う。
先ほどと変わらない平然とした声色に驚いていた。
結構いい蹴りが入ったはずなのに……。
全然ダメージが入ってない?
って、問題はそこじゃない。
「どうして私の生体術式を……?」
「生体術式のおかげってやつかな?」
「もしかして生体術式を見破る生体術式⁉」
確かにそんな生体術式があるという話を聞いたことがある。
オーギスの街に生体術式を見破る生体術式を持つ人間がいるという噂を。
「ノル。ケースを」
「はいっ!」
私が蹴り飛ばしたケースをノルが拾い、シェンへと投げる。
しまった。シェンの手に魔道具が渡ってしまう。
またしてもシェンへと距離を詰めて、蹴りを放つ。
しかし、彼はケースを受け取らず、見逃すと私の蹴りを右手でガードした。
「お返しだ」
「――うっ!」
腹部への衝撃。蹴りだ。
カウンターをもろにもらってしまった。
勢いを殺さず、そのまま後ろに吹き飛ばされながら、距離を取る。
まさか格闘戦で私が一発食らうなんて。
驚きながら、受け身を取って次なる攻撃に備えることにした。
「いやぁ、いい生体術式持っているね、君」
シェンは両手を開いたり閉じたりしながら言う。
追撃なんてしなくても勝てるという余裕の表れだろうか?
「皮肉のつもり?」
「違う。そのままの意味だよ。君の生体術式が素晴らしかったおかげで、僕は一発入れることができた」
「……どういうこと?」
「僕の生体術式は『模倣』という他人の生体術式をコピーできる生体術式なんだ。発動のための条件は色々面倒くさいんだけどね。要するに君の身体強化をコピーしたってことだ」
他人の生体術式をコピーする生体術式?
そんな反則な生体術式ありなの?
自分の生体術式が強いってことは聞かされていたが、私の生体術式なんかより数百倍強いんじゃないだろうか?
驚く私を他所にシェンは落ちていたケースを拾う。
中から出てきたのは二丁の黒い銃であった。
「この銃は僕がコピーした生体術式で作った魔道具だ。そして、この銃で撃ち出す銃弾には僕がコピーした『銃弾付与』という生体術式で好きな魔術が込めることができる」
銃声が鳴るとともに、雷撃が獣のように走った。
何、その生体術式……。
反則にもほどがある。
銃の魔道具を使うことで、魔術を詠唱なしに放つことができる。
しかも、撃ち出す銃弾には色々な魔術を込められるときた。
魔道具のデメリットである、一つの魔法陣には一つの魔術しか込められないというデメリットを完全に打ち消していた。
「いくら君が強くても、さすがに僕には勝てないでしょ? 君と僕では最初に与えられたものが違う」
「――っ!」
私はまた奪われるのか。
お父さんやお母さんと三人で過ごした日常のように。
ニーねえ達との楽しい日常も。
嫌だ、そんなのは。
絶対に失ってたまるものか。
たとえ勝ち目がない戦いだったとしても、私は諦めたくなかった。
「だとしても、諦める理由にはならない!」
自分を奮い立たせ、シェンへと飛び込むことにする。
「聖なる障壁よ、我が身を守り、威光を示せ―――」
シェンが放つ銃弾を完璧に対処する方法はない。
銃弾に込められた魔術は撃ち出される瞬間まで何かわからないため、魔術の詠唱を用いた駆け引きは全く通用しなかった。
だったら、私も駆け引きを放棄する。
全身防御という攻撃全般を軽減する魔術を発動して、攻撃を食らう覚悟で距離を詰める。
ダメージは食らうだろうが、全身防御さえ張っていれば余程のことがない限り一発で戦闘不能な怪我を負うということはないはずだ。
魔術戦でいうところの半受け戦法というやつだ。
距離を詰めたからといって勝てるとは限らない。
シェンには私からコピーした身体強化の生体術式がある。
だけど、銃弾を食らい続けても勝ち目はない。
僅かながら勝ち目が残る格闘戦にすべてを懸けるつもりだった。
「全身防御!」
私が全身防御を発動するとともに、銃声が火を噴く。
先ほどと同じ雷の魔術が私に直撃した。
「これくらいっ!」
全身が弾けるような衝撃に襲われるが、止まるわけにはいかなかった。
痛みに顔を歪ませながらも歩みを止めない。
「ボスのところには行かせない!」
「植物拘束」
シェンを相手取ることに夢中になって、他の三人のことを忘れていた。
自分の失敗を悟ったときには、もう遅かった。
槍を持った青髪の女の子が前に立ちはだかり、緑髪の女の子が放った拘束魔術が身体を覆う。
せめてもの抵抗に二人の少女に一撃ずつ食らわせてやったが、残る赤髪の女の子に頭を思いっきり殴られる。
そして、倒れたところを追撃とばかりに蹴り飛ばされてしまった。
「このクソ女、やられ際にノルとカナンをやりやがった!」
「全く油断ならないね……」
赤髪の女の子とシェンに見下ろされる形になる。
駄目だ。もう身体が動かない。
手足と胴体は植物拘束で封じられているし、そうでなくともシェンの魔術と赤髪の女の子に食らわせられた攻撃が響いていた。
「このやろう! おい!」
「止めなよ、ミネルカ」
ミネルカと呼ばれる赤髪の女の子に何度も執拗に足蹴にされる。
内臓や頭の芯まで響くような衝撃に意識が朦朧としだす。
「止めるな、シェン! こいつはノルとカナンに攻撃しやがったんだぞ!」
「それは僕としても許せないけど……」
シェンは私のことを見つめながら唇を噛んだ。
その表情を見て、少しだけ胸がすく思いがした。
シルバーウルフのボスを倒すことはできなかったけど、一矢報いることはできた。
私達の孤児院に手出ししたことを後悔させるくらいのことはやってやれた。
「この目つき! このクソ女全然反省してねえぞ!」
「もういいよ」
「だから、止めるなって!」
「そうじゃない。暴力よりもこの子の心を折るのに効果的な方法があるってだけだよ」
シェンは光の消えた黒い瞳で私のことを見た。
「君はウルター孤児院を潰されたり、医療施設に作り替えられたくなくて、僕達のアジトに乗り込んだんだよね?」
そうだよ。
それがどうしたっていうの?
「でもね、僕はウルター孤児院を潰す気なんてさらさらなかったんだ。もしニーネさんが孤児院を潰されてもいいからと病院として機能させる提案を呑まなかったら、完全に手詰まりだった。君が思っているより、僕らは有利な状況じゃなかったんだよ」
どうして私が知って得をするようなことを、この人は口にしているのだろう。
今すぐ帰って、ニーねえにこの事実を伝えれば、私達の孤児院はシルバーウルフの手に落ちなくて済む。
八方塞がりで解決策なんてないように見えた絶望的な状況に、希望の光が差してくる。
「だけど、フィナちゃんのおかげで、僕らは目的を達成することができる」
「何を言ってるの……? 私がこのまま帰って、ニーねえに今話したことを言えば――」
「無事に帰れると思っているの?」
シェンは無機質な声で告げた。
「君は帰さないよ。このまま捕らえて、ニーネさんとの交渉の道具にする。フィナちゃんを返してほしければ、ウルター孤児院を医療施設にするという僕らの提案を呑むようにってね。果たしてニーネさんはフィナちゃんを見捨てることはできるかな?」
「あっ……」
その言葉で彼の言わんとしていることを理解してしまった。
「無理なんじゃないかな? 多分ニーネさんはフィナちゃんを取るよ。君の身の安全のためなら、自分のこだわりなんて捨てられると思う。彼女はそういう善人だ。ありがとう。君のおかげで、僕らは勝利条件のピースを揃えることができた」
血の気が引いていく。
私のやったことは間違いだった?
ニーねえのためにやったはずなのに。
ニーねえのためになるどころか、逆効果だった?
身体中から嫌な汗が噴き出ていた。
「君の方から手出しをしてきたわけだからね。正義は僕らにある。交渉でもだいぶ有利なテーブルにつくことができるだろうね。君がやったことはウルター孤児院を守るどころか真逆の結果を及ぼす行為だったんだよ」
「嘘だっ!」
違う違う違う。私は悪くない。
私はニーねえのために動いたんだ。何も悪くない。
そう思い込むことができるほど鈍感だったら、どんなに良かっただろう。
今になって、自分の考えなしの行動がニーねえの首を絞めるものだってことに気がついてしまった。
私のやったことは全然ニーねえのためになってない。
それどころか、窮地に陥っている今の孤児院にとどめを刺す結果となってしまった。
何、それ……。
オーラルドにあんなに酷いことを言って、自分でなんとかしなくちゃって頑張った結果、私のせいでウルター孤児院が壊れちゃうなんて。
馬鹿みたいじゃん、私……。
オーラルドに魔術戦を教わって、少し強くなったからって調子に乗って。
何も考えず力に訴えた結末がこれだ。
自業自得だ。
全部、私が悪かった。
「あーボス、女の子泣かせてやるの」
ミネルカと呼ばれる女の子の声が聞こえてくる。
「人聞きが悪いな。これは僕の仲間に手を出したことの、些細な仕返しだよ」
シェンの声も聞こえてくる。
視界が滲む。会話の内容が全く頭に入ってこなかった。
「ボスって結構陰湿な性格してるよな」
「そういうこと言われると傷つくんだけど。止めてくれない?」
「だって、事実だろ。そんなんで嫌ったりしないから安心しな」
二人の笑い声が聞こえてくる。
なんでこの人達は笑っているんだろう。
私がこんなに辛くて、苦しい思いをしているのに。
何か言ってやりたいのに、悔しさでいっぱいになって言葉が出てこなかった。
「じゃあ、倒れている人達の介抱を終えたら、ニーネさんのところに交渉を詰めにいこうか」
シェンの軽やかな声が脳内に反響する。
もう終わりだ。
ニーねえが守りたかった形のウルター孤児院は壊れてしまう。
唇を噛みしめていると、涙で歪んだ視界に一つの影が現れた。
「おい、なんかすごいことになってるな」
緊迫感のない声が辺りに響いた。
目の前の影が放った言葉だった。
あれ? この人、シェンじゃない?
それどころか常日頃から聞いている馴染んでいる声だった。
「オーラルド君⁉」
シェンの言葉で確信した。
やっぱりこの声! オーラルドだ!
私の幻聴なんかじゃなかった。
オーラルドが駆けつけてくれた。
影はシェンの言葉を無視して、私のすぐそばまでやってきた。
「お前、今芋虫みたいになってるぞ?」
……そうだ。私はオーラルドと仲違いをしている最中だった。
私が酷いことを言って、一方的に関係を断ってしまったのだ。
それにもかかわらず、オーラルドの姿を見てほっとした自分の都合の良さに呆れたくなる。
オーラルドはシェンの味方なのだ。
私を助けたりしない。
そんな私の予想に反して、オーラルドは魔術で光の剣を発現させると、私の身体を拘束していた木の枝を切り払った。
「ほら、これで少しはマシな姿になっただろ」
涙でびしょ濡れになった私の頬を指で拭ってくれる。
その温かな感触に胸が締め付けられて、いつの間にか口から言葉が飛び出ていた。
「オーラルド! 私っ! 私のせいで!」
「何も言わないでいい」
「でもっ!」
なんの考えもなしに行動して、ニーねえや孤児院のみんなに迷惑をかけてしまったことを謝りたかった。
ニーねえが守りたかったものを、自分の手で壊してしまったことを謝りたかった。
今さらそんなことをオーラルドに謝っても、なんの意味もないのに。
自分の罪を自白するための言葉を吐き出そうとしていた。
だけど、オーラルドはそんな私の頭を優しく撫でた。
「よくやった」
「……えっ?」
「よくやったって褒めてるんだ。フィナが雑魚を片付けてくれたおかげで、ほとんど魔力を使うことなく、ここまで来ることができた。おかげでシェンと戦うのに充分な魔力が残った」
ズルいよ。オーラルドは。
いつもは冷たいことしか言ってこないのに。
どうして肝心なときに人が本当に欲しい言葉を言ってくれるの。
駄目な私を責めるんじゃなくて、褒めてくれるの。
止まったはずの涙が、再び涙腺から溢れ出す。
「もう大丈夫だ。後はオレに任せておけ。全部なんとかしてやるから」
シェンの思惑や彼の戦い方など、色々伝えなくちゃいけないことはあるはずなのに、自信に満ちたその声を聞くと、オーラルドが全部解決してくれるような気がした。
オーラルドが大丈夫と言うなら、大丈夫なのだ。
安心して、後を任せることができる。
私は身体の痛みに従うように、意識を失っていった。
*
「眠ったか……」
目を瞑ったフィナを眺めながら呟く。
だいぶ無理をしたみたいだしな。
意識を保っているのもやっとだったのだろう。
風邪を引かないように布団をかけてやりやがったが、盗賊団のアジトに乗り込んでいる手前、そんな余裕はなかった。
代わりに障壁魔術を展開して、これから起こる戦いの巻き添えを食らわないように守ってやることにする。
「オーラルド君、どういうことなの? 聞き間違いじゃなかったら、僕と戦うって言っていたように聞こえたんだけど」
そういえば、こいつを放置していたな。
憎らしい白髪の青年に向かって言う。
「そのままの意味だよ。シェン、お前をぶちのめしてやるって言っているんだ」
「フィナちゃんを攻撃したから? でも、これは正当防衛で――」
「そんなことは関係ねえ。オレはお前の存在が気に食わないだけだ」
「どうしたの? 急に?」
こちらの態度の豹変にシェンは戸惑っているようだった。
「僕達は友達だったよね?」
「誰が友達だ」
「一緒にオーギスの街をよくしようって語り合った仲じゃないか? ウルター孤児院を病院にする話は?」
「ああ、あれか。やっぱりなしだ。オレはニーネ側につくことにした」
その発言にシェンは黒い目を見開く。
「どうして⁉ この話はニーネさんもフィナちゃんも街のみんなも、誰もが幸せになれる提案だってオーラルド君も認めてくれたよね⁉」
「確かにその通りだ。お金があれば、将来的に孤児院のみんなは幸せになれるだろうな」
今もシェンの提案自体は悪いものだとは思っていない。
彼の行いが孤児院のみんなの幸せや、街の平和に結びつくこと自体は疑っていなかった。
シェンのやろうとしていることは正義そのものだ。
「だったら、なんで⁉」
シェンは声を荒げる。
彼は一つ思い違いをしているのだ。
そのことを指摘してやることにする。
「オレは悪役貴族だぞ? 他人の幸せよりも自分の欲望を優先するに決まってる」
本当にフィナやニーネのことを想っているなら、シェンの提案を呑むべきなんだろう。
自分の気持ちを押し殺して、ウルター孤児院をシルバーウルフの手に委ねるべきだ。
だけど、オレは悪人だから。
フィナやニーネの幸せよりも自分の我儘を優先してしまう。
「何が気に障ったの⁉ ニーネさんやフィナさんの気持ちを無視して、強硬策に出たのが駄目だった? オーラルド君が孤児院を病院にするのに反対って言うなら、そこも考え直すよ!」
「違う。両方ともオレは賛成だった」
一時は本気でシェンに同意していたのだ。
オレはウルター孤児院にいる人達の幸せを願っている。
ニーネやフィナ達が将来的に笑顔を手にするなら、どんな犠牲をも許容できた。
――たった一つの例外を除いて。
「じゃあ、どうして! 理由を教えてくれよ!」
シェンは両手を広げて、唾を飛ばしながら叫ぶ。
普段の穏やかな表情からは想像できないほど、取り乱している様子だった。
冷静さを失った白髪の青年に向かって、オレは二人の関係を分け隔てる決定的な答えを告げることにした。
「だって、お前異世界転生者だろ?」




