第二十一話 『接触』
「度々、飯をご馳走になって悪いな」
「気にしないでいいよ。こっちも好きで誘っているんだし」
毎月の恒例行事となったシェンとの食事会。
今日も家にお邪魔して、豪勢なご馳走を頂いていたところ、その出来事は起きた。
ピピピーッ! ピピピーッ! ピピピーッ!
屋敷中にけたたましく鳴り響く機械的な音。
何事かと思ってナイフとフォークを動かす手を止めて、シェンの顔を見る。
「なんだ? この音?」
「警報装置の魔道具が作動したみたいだね」
「泥棒? いや、誤作動か?」
「泥棒じゃないだろうね。誤作動だったら嬉しいんだけど、シルバーウルフは色々な組織に恨みを買っているから。刺客かなんかじゃないのかな?」
ナプキンで口元を拭いながら、呑気にそんなことを口にするシェン。
襲撃者が来たというのに、変わらない様子を見せる彼に驚きが隠せない。
「刺客って、よくあることなのか?」
「正義の盗賊団なんて謳っていれば、この街の他の盗賊団やマフィアにも狙われることはよくあるよ」
「それは大変だな」
「まあ、そこら辺の組織はあらかた潰し終えたから問題ないんだけど、手強いのは領主のサゼスかな。どうやら彼の資金源のマフィアを潰したことで反感を買ったみたいでね。潰された組織の残党に魔道具などの武器を渡して、シルバーウルフを狙うよう仕向けているみたいなんだ」
孤児院での生活ではまず無縁だったが、シェン達と関わるようになって実感したことがある。
この街には盗賊団やマフィアといった裏社会の組織が蔓延っている。
貧しい土地柄からかもしれないし、王都の近くという金を集めるには絶好で場所で、なおかつ王都より監視の目が行き届いていないという理由があるかもしれない。
強盗や殺人、違法薬物、はたまた人身売買まで。
ありとあらゆる犯罪が、この街では毎日のように繰り広げられていた。
それにしても領主もマフィアを資金源にして、ましてや刺客を仕向けるか。
この街の闇も行くところまで行っているな。
今まで自分や孤児院の人間が無事に過ごせていたのが、奇跡のように思えてくる。
そういう意味ではシェンの正義の盗賊団として裏社会から街の秩序を守り、私腹を肥やす領主を失墜させようという試みは正しいのかもしれない。
この街は正攻法で正すには、悪が蔓延りすぎている。
「僕らはこれから刺客に対処するから、オーラルド君はここで待っていて」
シェンと彼の取り巻きの三人の女が立ち上がる。
彼らに向かって、オレは問いかける。
「いいのか? 加勢しなくて?」
「客人の手を煩わせるわけにはいかないよ。これは僕たちの問題だしね。それに顔を覚えられて、抗争に巻き込まれるのは勘弁したいでしょ?」
「そうだな。じゃあ、出されたご馳走でも食べながら気長に待ってるか」
「それがいいね。そうだ、一人くらい護衛つけておいた方がいい?」
「大丈夫だ。自分の身くらい自分で守れる」
無詠唱魔術を覚えたオレが、そこらの盗賊やマフィアに負けることはまずあり得ない。
即座に魔術を展開できるため、奇襲を恐れる必要もなかった。
無詠唱魔術を発動し続けるための魔力量に不安があるオレでも、四、五人程度なら一瞬で制圧できる自信はあった。
「じゃあ、行こうか」
「「「我が体躯、幾ばくかの刻に、解放されよ――持続強化」」」
シェンが声をかけると、取り巻きの三人の女は持続強化の魔術を発動した。
持続強化の発動はこの世界の住人にとっての臨戦態勢だ。
シェンはカナンと呼ばれる青髪の少女から、銃の魔道具を受け取ると、刺客を迎撃しにダイニングを出たのであった。
*
「おい、どうしたんだ?」
戻ってきたシェン達の様子がおかしいことに気づき、立ち上がる。
見ると、緑髪の少女ノルが頭から血を流しながら、シェンに担がれていた。
「敵にやられて、ノルが怪我をしちゃったんだ。どうしよう……」
普段は見せない焦りの感情を露わにするシェン。
当のノルは息をしているものの、呼吸が荒く、顔を苦痛で歪ませていた。
すぐさま命を落とすということはなさそうだが、このままなんの処置もしなかったら、大事になる可能性はありそうだ。
「落ち着け。お前はシルバーウルフのボスなんだろ?」
「……うん」
「いつもは仲間が抗争かなんかで怪我をしたときはどうしているんだ? 知り合いの治癒術師は?」
「その治癒術師がノルなんだ」
「そうきたか」
治癒術師が負傷したとあらば、焦るのも無理はない。
念のため、確認しておくことにする。
「シルバーウルフに他の治癒術師は?」
「ノルだけだ」
それもそうか。治癒術師になるには専門的な知識が必要だ。
まともな教育環境がないオーギスの街で治癒術師なんて数えるほどしかいないはずで、むしろシルバーウルフが擁していたことに驚くくらいであった。
「だから、いつも前に出ないように言っているのに」
「すみません。皆さんが戦っているのを見て、居ても立っても居られなくて……」
さらに戦闘もできる治癒術師となると、治癒術師の中でも数少ないはずだ。
さすがはシルバーウルフの元ボスの娘。
英才教育を受けていたらしい。
まあ、今回はその英才教育のせいで、怪我を負ってしまう羽目になったようだが。
「どうすればいいと思う? オーラルド君」
そうは訊かれてもな……。
確かにオレもニーネの下で治癒術を勉強しているが、やっていることは知識を頭に入れているだけで、一度も発動したことがないときた。
ぶっつけ本番で、他人に治癒術を施して失敗したら目も当てられない。
ここは無難な選択肢を取ることにした。
「知り合いに一人、治癒術師を知っているから、そこに連れていくか? 誰かを治療してなくて魔力が残っているなら、治してもらえると思うし」
*
「はい。もう大丈夫よ」
治療を終えたニーネが両手を叩く。
痛みも治まったのだろう。
ノルは口元に笑みを浮かべながら、感謝の言葉を口にした。
「ありがとうございます。怪我を治してもらって」
「いいのよ、別に。それにしても、オーくんの友達がシルバーウルフの人達だったとはね」
シェンとその取り巻きの三人の女を眺めながら、ニーネが呟く。
オレはというと、ニーネがシェン達のことを知っていたことに驚きだった。
「シェン達がシルバーウルフのメンバーだと、どうしてわかったんだ?」
「特徴的なペンダントをしているしね。それにこの孤児院を作るときに色々とやり取りをしたから――」
ニーネによると、どうやらウルター孤児院の建物は元々シルバーウルフが管理していたものだったらしい。
それをノルの父親、シルバーウルフの元ボスから借りて孤児院に改修にしたとのことであった。
シルバーウルフとウルター孤児院は、いわば大家と店子の関係。
盗賊団やマフィアが不動産業界を牛耳っているオーギスの街ではそう珍しいことではないが、初耳の情報のため驚く気持ちもあった。
「借りるって言っても、最初にまとめてお金を払っちゃったから実質買い取っているようなものだしね。今では関わりがないようなものだから、オーくんが知らないのも無理はないよ」
そういうことなら仕方ないのかもしれない。
ウルター孤児院の経営のことは、オレもよく知らないしな。
ここで生活をするようになって短くはないが、未だにどこから出たお金で暮らせているのか知らないのも事実だった。
「シェンはニーネのこと知っていたのか?」
「ううん。全然知らなかったよ。まさか、こんな凄腕の治癒術師がオーギスの街にいて、ましてやオーラルド君の知り合いだったとはね」
「わたしも驚きました! ニーネさんの治癒術はわたしなんかの数十倍すごくて、本当に弟子入りしたいくらいです!」
同じ治癒術師だからこそわかる実力というものがあるのだろう。
ノルは目を輝かせながら、身を乗り出していた。
「そう? そんなに素直に褒められちゃうとお姉ちゃん照れちゃうな」
口元をニヤニヤと歪ませながら、後頭部を掻くニーネ。
嬉しいのか知らないが、あまり人様に見せる顔じゃないだろう。
軽く小突いて、落ち着かせることにする。
「もうお姉ちゃんっていう歳じゃないだろ」
「あっ、言っちゃいけないこと言った! お姉ちゃん、怒っちゃうよ!」
頬を膨らませながら、頭をぐりぐりしてくるニーネ。
あの、シェン達も見ているので、そういう過度なスキンシップやめてくれませんかね?
友達を自分の家に連れてきているにも関わらず、母親がやたらと構ってくるときみたいな気恥ずかしさを感じてしまう。
まあ、家に呼ぶような友達がいなければ、母親の顔も知らないので完全なる想像なんだけど。
「もう年齢のことは言わないから、やめてくれないか?」
「本当? 次言ったら、頭ぐりぐりじゃ済まさないからね」
そう言って、やっとオレを解放してくれるニーネ。
痛みが残っているこめかみを擦っていると、シェンが投げかけてくる。
「この孤児院って病院みたいな役割もしているの?」
「病院っていうよりは、物好きなニーネが無償でここに来た怪我人を治しているって感じだな」
「物好きって酷くない?」
「そうだろ? せっかくお金が稼げる機会をみすみす見逃しているんだから」
口を挟んできたニーネを軽くあしらう。
すると、シェンは納得したかのように頷いた。
「じゃあ、治癒術が使えるのはニーネさんだけなんですね」
「そうだよ。オーくんにも治癒術師になってもらいたいと思って、ちょっと教えているんだけどね。本を読んで勉強だけはしてくれるものの、一回も自分で使おうとしてくれないんだ」
「最初に言っただろ。治癒術の知識だけにしか興味がないって」
本当は治癒術の行使にも興味があったが、無詠唱魔術の練習に限りある魔力を全部使いたいため、治癒術の練習は行わないと決めているだけである。
二人がこちらの嘘の理由に気づくわけもないので、話はそのまま進んでいく。
「ここにいる他の子供達には教えてないんですか?」
「うん。難しい勉強は嫌いって、みんな習おうとしてくれないんだ」
「まあ、治癒術は難しいらしいですからね。ノルも使えるようになるのに相当苦労したって言っていたし」
とこんな感じで、シェン達とニーネは少しの間会話を交わした。
刺客に襲われたことの事後処理もあるのだろう。
すぐにシェン達は屋敷に戻るとのことであった。
ニーネと別れ、シェン達を孤児院の門まで送り届けることにする。
「今日はありがとうね」
敷地の外までにたどり着くと、シェンは改めて感謝の言葉を述べてきた。
「本当に助かったよ。オーラルド君がいなかったら、ノルはどうなっていたことやら」
「わたしからも感謝の言葉を言わせてください」
「いいって。いつも昼ご飯をご馳走になっているだろ?」
「いや、それだけじゃ割に合わない借りだよ。もし、なんか困っていることがあったら、なんでも言って。今度は僕たちが借りを返す番だから」
「借りか……」
今回の一件で当初の目的は達成したと思っていいだろう。
魔道具製作に長け、シルバーウルフのボスであるシェンに恩を売る。
そして、その恩を利用して、異世界転生者を倒す手助けをしてもらう。
無詠唱魔術に対抗する魔道具を作ってもらってもいい。
シルバーウルフの情報網を使って、因縁の敵であるレイル・ティエティスの近況を探るという手もあった。
果たしてどうしようか。非常に悩ましいところである。
魔道具を作ってもらおうにも、まだ無詠唱魔術ありの魔術戦がどんなものか手探りの状態だ。
どんな物を作ってもらえばいいか、自分の中でビジョンができていないのが困ったところである。
レイルの近況を探るというのは一見良い手のように思えるが、失敗すればこちらが復讐しようと思っていることがバレてしまう。
不意を突くためにも、オレが復讐を企てていることは挑む直前までは隠しておきたい。
となると、シェン達にレイル・ティエティスの情報収集をさせるのも、リスクが高いように思えた。
今回の借りを取っておいて、必要なときに手を貸してもらう。
それが無難な選択肢のように思えたが、ふとフィナとの先日のやり取りを思い出してしまった。
考えるよりも先に、言葉が口から出てしまう。
「じゃあ、一つ調べものをしてもらっていいか?」
「調べもの? それくらいだったらお安い御用だけど」
「この孤児院にフィナ・メイラスっていう女の子がいるんだ。で、その子の両親は昔、とある貴族の恨みを買って、追い詰められて死んだらしい。その貴族の正体を突き止めてほしいんだ」
どうしてこんな頼みを口にしたのか、自分でも理解できなかった。
長い間一緒に暮らしていたせいで情が移ってしまったのだろうか?
それとも彼女の不幸な生い立ちに同情を覚えてしまったのか?
せっかくの貴重な借りを、異世界転生者を倒すという目的以外に使おうとするなんて、馬鹿のやることのように思えたが、気になってしまったのだから仕方ない。
フィナの両親の死に関わった貴族。
それはシルバーウルフが打倒を掲げている、この街でも悪徳貴族として有名な領主サゼスかもしれない。
もしそうであるなら、シェン達に協力をできる大義名分ができる。
サゼスを失墜させることで、フィナとシェン達両方に恩を売れて、一挙両得の選択肢となり得る可能性もあった。
フィナの両親の死に関わった貴族がサゼスじゃなくとも、元四大貴族だったオレは王都周辺にいる有名な貴族を把握しているつもりだ。
フィナの両親の命を奪った貴族がオレの知り合いという可能性もあった。
自分の知り合いがフィナの親の仇だったとあれば、こちらとしても穏やかな心中ではいられない。
不安を払拭するためにも、フィナの親の仇である貴族の正体をここでシェンに突き止めてもらった方がいいように思えた。
「わかった。それくらいなら任せておいて。一応もうちょっとフィナという子の情報を教えてもらっていいかな」
「ああ。その代わり、フィナには直接探りを入れないでくれよ。オレが余計なことを調べようとしているのを知られたくないから」
「おっけー。そこも気を付けて、調べるよ」
というわけで、フィナの両親の死の真相をシェンに探ってもらうことにしたのであった。




