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第十八話 『争乱の構図』

「あっ、オーラルド君」


 午前の日課である基礎トレーニングをしようと外に出かけると、道端で声をかけられた。


 振り向くと、そこには以前時計を買った店で出くわしたシェン・アザクールがいた。

 彼はシルバーウルフという盗賊団に所属していながら、道具製作系の生体術式(ギフト)を持ち、自身の製作した発明品を店に提供しているという一風変わった人物であった。


「シェンか。どうしたんだ?」

「偶然姿を見かけたから、声をかけたんだ」

「そうだったのか」

「そうだ! 今、時間空いてる? ここで会ったのも何かの縁だし、ゆっくり話でもしていかない?」


 彼は異世界転生者を倒すためのキーパーソンになり得ると考えていたため、友好関係を築いていきたいところだった。

 日課の基礎トレーニングができないのは少々心苦しいが、午後の隙間時間などに回すことで対処も可能だ。

 ここはシェンの提案に乗ることにした。


「この後は空いている。残念ながら金はないから、金はかかる場所は無理だけどな」

「だったら、奢るよ。前にうちの団員が迷惑をかけたみたいだから」

「その一件は時計の値引きでチャラになっただろ? それにどうでもいいことで借りは作りたくないしな」

「じゃあ、家に来るってのは?」

「シェンの家か。それなら問題ないな」


 話がまとまったので、シェンの家へと向かうことにする。

 シェンの家は以前彼から教えてもらったシルバーウルフのアジトがある区画の付近に存在した。

 オーギスの街に似つかわない豪邸を指しながら、シェンは言う。


「ここが僕の家だよ」

「盗賊って結構儲かるのか?」

「随分率直に訊いてくるんだね」

「すまんな。つい気になったもんで」


 こんな豪邸を見せられたら、気にもなってしまうだろう。

 敷地は子供が十二人住むウルター孤児院より、二回りくらい大きい。


 立派な門に、広い庭。

 そして、二階建ての建物。

 防犯設備までしっかりと備え付けられているときた。


「まあ、この家が大きいのは僕だけで住んでいるわけじゃないからね」

「だとしてもだと思うけどな」

「それに今のシルバーウルフは盗みとかほとんどやっていない状態だからね。全うな事業に切り替えて、稼いでいるっていうのもあるかな」

「そうなのか」


 なんて会話をしながら、家に上がることにする。

 玄関に入ると、家の奥から声が聞こえてきた。


「シェン、帰ってきたんですか?」


 そう口にしながら現れたのは一人の少女だった。

 緑髪を後ろで一本に束ねている小柄な女の子だ。


「あれ? お客さん?」

「オーラルド君って言うんだ。僕の友達だよ」

「そうなんですか。わたしの名前はノル、よろしくお願いします」


 ノルという少女から頭を下げられる。

 シェンに目を向けながら、オレは口を開いた。


「なんだ。女と二人同居か。お前もモテるんじゃないか」

「二人? 違うよ」


 答えが返ってくるとともに、廊下から足音が。

 またしても現れたのは女であった。


「お前は……」

「なんだ? 客か?」


 首を傾げている赤髪の女は見知った顔であった。

 まさかこんなところで再会することになるとは。

 そう彼女はオレが一億セスを奪われた襲撃のときにいた、主犯と思わしき女だった。


「オーラルド君っていう僕の客人だよ」

「そうか」


 女はこちらを一瞥して、シェンへと向き直る。

 どうやらオレが過去に襲った相手と気づいていないようだ。


 ここで断罪してやりたい気持ちはあったが、一緒に住んでいるということはシェンと懇意にしているということだろう。

 一時の恨みを果たすために、異世界転生者を倒すために有用なシェンというカードを失うのは避けたいところだ。

 向こうが気づいていないなら、こちらも気がついていないふりをすることにしよう。


「で、この女はなんて名前なんだ? シェン」

「ミネルカだよ」

「よう、坊ちゃん。初対面なのに態度がデカいな。あたしはボスの用心棒、ミネルカだ。あたしに対しては何を言ってもいいが、ボスに失礼なこと言ったらぶっ殺すからな」


「こう言っているけど、僕には今までのままでいいからね。オーラルド君の物怖じしない喋り方、面白いし」

「別に面白がられるためにこんな喋り方をしているわけじゃないけどな。昔から誰に対してもこんな感じだ」


 四大貴族の長男という立場だったオレは、誰かにへりくだる必要もなかった。

 そのような環境で十年近く育ってきたため、今のような喋り方になってしまったのだ。

 シェンは頭を掻きながら、口を開いた。


「それに口が悪いのはミネルカも一緒だしね」

「確かにな。人のことは言えたものじゃないな」

「あんたもだけどな」

「こうは言っているんだけど、ミネルカも本当は優しい子なんだよ。怖がらないであげてね」


 そうは言われても、一度ボコボコにされて有り金奪われているんだよな……。

 まあフラットな状態で戦えば、まずオレが負けることはないし、無詠唱魔術を覚えたことで奇襲にも対処できるようになった。

 怖がる道理がないので、今まで通り不遜な態度を貫いてやることにしよう。


 ミネルカはシェンの言葉に頬を赤らめながら答える。


「あたしが優しいなんて、そんなこと言ってくれるのボスだけっすよ」

「おい、待て。さっきからボスって、シェンのことを言っていたのか⁉」

「当たり前だろ」

「シルバーウルフのボスはシェンさんですしね」


 もう一人の少女、ノルも補足してくる。

 おい、シェンがシルバーウルフのボスだって?

 まさかの情報に動揺が隠せない。


「盗賊団のボスって、こんな子供でもなれるのか?」

「お前の方が子供だけどな」


 ミネルカのツッコミはスルーしていくことにする。

 シェンの見た目はどう見ても十代後半だぞ?

 たとえ若作りだったとしても二十代前半。

 どちらにしても盗賊団のボスが務まるような年齢には思えなかった。


「色々な事情があったんです」


 そう答えたのは、緑髪の少女ノルであった。


「元々、シルバーウルフのボスはわたしの父でした。でも、父は抗争中だった他の盗賊団からの刺客に殺されてしまいました。シルバーウルフが弱ったところを他の組織も攻撃してきて、壊滅に近い状況まで追い込まれてしまったんです。そんな窮地に現れたのが、シェンさんでした」


 ノルはシェンの方へと視線を向ける。


「わたしが他の盗賊団に襲われているところに出くわして、命を助けてくれました。それから事情を聞いてくださり、父の仇も取ってくれて、シルバーウルフを立て直してくれました。わたしがこうして無事に生活することができているのは、シェンさんのおかげなんです」


 シェンがこの街に来たのは一年ほど前のことと言っていた。

 一年で壊滅しかけていた盗賊団を立て直し、この街の領主や衛兵に手出ししたくないと思わせるまでの集団にするのは、そう容易いことではないはずだ。


 生体術式(ギフト)だけじゃなく、組織を率いる力まであるときた。

 これはかなり優秀な人材かもしれない。


「それにシェンさんが掲げる方針も素敵です。善良なる市民を助け、悪を挫く。シルバーウルフを正義の盗賊団にしようとしているんです。そんな素晴らしい目的を掲げるシェンさんをシルバーウルフのみんなも尊敬しています」

「直接言われると恥ずかしいね……」


 シェンは照れながら、首元を擦っていた。


 正義の盗賊団か。

 人の金を盗んだ立場で何を言っているんだって気がしないでもないが、そんな存在があったのなら面白いのかもしれない。


 悪人から金を奪い、貧しい善良な市民に分け与える。

 人はそんな存在を義賊という。

 果たしてシェンはシルバーウルフを義賊にするつもりなのだろうか?


「どうしてシルバーウルフを正義の盗賊団に? 悪い盗みを続けていた方が金になるんじゃないか?」

「確かにそうかもね。でも、世の中お金だけじゃないと思うんだ」


 シェンは続ける。


「オーラルド君はこの街に来て、どう思った? 僕はびっくりしたよ。この街は正しくない道理が平気でまかり通っている。お金や気持ちの余裕がないからか喧嘩沙汰や窃盗は日常茶飯事だし、路地裏では飢えによって命を落とした人が横たわっていることもある」


 シェンが言う通り、オーギスの街の治安は決していいものじゃない。

 この国ではかなり悪い部類と言っていいレベルだろう。


 ウルター孤児院での生活は衣食住が保障されていて、平和そのものだ。

 中にいる子供もニーネの影響を受けているからか、善良な人ばかりでオレの存在が浮くくらいであった。


 だけど、一歩外に出れば話は別。

 ごろつきや盗賊、浮浪者などが跋扈しており、アルジーナ王国でも有名な貧民街なのも理解できる有り様だった。


 ニーネからもよく「あの区画は危険だから近寄ってはいけない」だとか、「あそこは盗賊団の縄張りだから入らないように」だとかを口酸っぱく言われていた。

 オレやフィナが何事もなく平穏に暮らせているのも、そんなニーネのおかげが大きい。


「シルバーウルフにいるみんなだって、普通の環境で生まれていたら盗みなんかに手を染めないで済んだようないい人ばっかりだ。両親に問題があったり、食べるお金がなかったりして、仕方なく盗賊になるしかなかっただけ。真面目に生きようとしても生きさせてくれない、この街が間違っていると思うんだ」


 きっとニーネに拾われたことは幸運だったのだろう。

 彼女はこの街に残る最後の善性みたいな存在だ。


 私財を投げうって親がいない子供達を育てたり、本来だったら金になるはずの治癒術を怪我人を見つけたら金を取らずに施したり。

 ニーネほど博愛精神に溢れていて、それを実行している人間をオレは見たことがなかった。


 オレがニーネに拾われなかったら、どんな生活を歩んでいただろう。

 今みたいな魔術の習練に全振りする生活はできなかっただろう。

 こうして毎日食事を食べられているかも怪しいところだった。


 オレには十年近く貴族として生きてきた矜持がある。

 たとえ飢えたとしても、シルバーウルフの人間のように盗みを働いたとは思えない。

 結果的に飢え死にする可能性だって否定できなかった。

 そういう意味ではニーネはオレの命の恩人だ。


「オーギスがこんな街になっているのも、全部今の領主サゼスのせいだ。住人が貧しい思いをしているのに自分の財を蓄えることしか考えず、悪人を取り締まることを放棄しているときた。それだけならまだしも、賄賂にも手を染め、悪事に加担しているときたじゃないか」


 オーギスの領主であるサゼスの噂は悪いものばかりだ。

 シルバーウルフに金を奪われた被害を門番に訴えて追い払われたときのやり取りを鑑みるに、シェンが口にするサゼスの行いは真実なのだろう。


「だから、僕はあのサゼスを失墜させたいと思っている。シルバーウルフのみんなの力を借りて。オーギスをみんなが平和に暮らせる街にしたいんだ」


 そう言って、シェンはこちらを見据えた。


「だから、良かったらオーラルド君も協力してくれないかな。僕の願望を叶えるために」


 右手が差し出される。

 その手を眺めながら、オレは戸惑っていた。


 シェンの考えは立派だ。

 ひょっとしたら彼はニーネに匹敵するほどの善良な人間なんじゃないだろうかとさえ思う。

 それと同時にオレの目的は異世界転生者を倒すことであり、この街の領主であるサゼスと争うことは行き過ぎた行動なのではないかという考えもあった。


 確かにシェンとは友好関係を築きたい。

 レイル・ティエティスという宿敵を倒すためにも。


 だけど、領主と争うことは時間と労力を使うし、失敗すればリスクが高い行動だ。

 自分が死ぬだけならまだしも、孤児院にいるニーネやフィナにも迷惑をかけることになるかもしれない。

 そうじゃなくても盗賊団という決して社会的に褒められる集団ではないシルバーウルフに協力していることをニーネに知られれば、彼女を悲しませてしまうかもしれなかった。


 でも、サゼスを失墜させれば、この街にとってプラスに働くのも事実だ。

 シェンの計画が成功すれば、ニーネ達はもっと裕福に暮らせるようになるかもしれない。


 それは歓迎すべき出来事だ。

 散々迷った挙句、オレは無難な答えを口にすることにした。


「協力って言っても、オレはただの子供だぞ? 何かできるわけもない。精々できるのは街の噂を聞いて教えるくらいだ。それくらいでいいんだったら構わないけどな」

「それだけで充分だよ。僕達の考えに賛同してくれるってことが重要だからね」

「なら」


 シェンの握手に応える。

 これで一応の協力関係は結んだことになった。


 とは言っても、こちらからシェンに恩恵を与えるような行動は起こすつもりはない。

 領主と正面切って争うのは避けたいところだ。


 自分は極力傍観者として。

 そして協力関係を結んでいるという体を使って、こちらの目的への協力を引き出していくつもりだった。


 ここらがまるい落としどころだろう。

 魔術戦での考え方と同じだ。

 リスクは極力少ない方がいい。


 たとえリスクをかけなくちゃいけないときがあっても今じゃない。

 シェンの計画が成功する確率がもっと大きくなってから、積極的な協力という形でベットを上げても問題はないはずだ。

 握手をした手を離すと、シェンはそのまま頬を掻いた。


「ごめんね。いきなり随分堅苦しい話をしちゃって」

「そうだ。ボスの話は時々難しくて、意味がわからないんだよ」

「ミネルカは手厳しいね」

「別に意味はわかるけどな……。そのくらい気にしないから、好きに話せばいいさ」

「そう言ってくれてありがたいよ。そもそもオーラルド君を友人として、この家に招いたんだ。昼食でも取りながら今度は気軽な雑談でもしよう」


 そう言って、シェンはリビングへと案内してくれた。

 彼に続いて歩きながら、感謝の言葉を述べる。


「昼食までご馳走していいのか。それは助かるな」

「カナンの作った料理は美味しいからね。是非オーラルド君にも食べてほしいな」

「待ってくれ。カナンって誰だ?」

「この家に住む同居人だけど?」


 シェンはなんてことのないように小首を傾げる。

 カナンってどう考えても女の名前だよな。


 こいつ、何人の女とこの家に住んでいるんだ?

 女侍らせすぎじゃないか?


 確実に今のオレよりはモテているな。

 そんなことを考えてしまうオレであった。

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