第十五話 『遭遇』
ウルター孤児院では月に一度、子供達に小遣いが支給される。
金額は年齢×百セス。
十三歳であるオレには月に千三百セスが渡されることになっていた。
「ニーネ、小遣いの前借りがしたい」
部屋に入って早々要件を切り出すことにする。
突然の申し出にニーネは面を食らっているようであった。
「あのね、一ついい? うちではお小遣いの前借りを禁止しているの。だから欲しいものがあるときはお金を貯めて……」
「どのくらい前借りするか……。半年――いや、オーギスの物価がまだ掴みきれてないし、念のため一年分くらい前借りしておこう」
「話聞いてた⁉ っていうか、一年分⁉ 長すぎだから! そういうのって大抵翌月分までじゃない⁉」
そうは言われてもな……。
早急に欲しいものができたのだから仕方ない。
オースティン家にいた頃なら簡単に手に入れられたけど、孤児院暮らしとなった今では買うには少し値が張る代物であった。
「待つことはできないの? お金貯まるまで」
「なるべく早くあった方がいいものだからな。待ちたくはない」
「うちはお金ないし、他の子だったらすぐに断ってるところなんだけどね……。オーくん、最近フィナちゃんに魔術戦を教えてくれているんでしょ?」
「知ってたのか」
「フィナちゃんが嬉しそうに話してくれたよ」
別に隠していることじゃないしな。
知られて困ることでもない。
そもそも魔術戦を教えているのはフィナのためというわけじゃない。
体術訓練の交換条件だ。
オレが自分のためにやっていることで、他人から褒められるようなことでもなかった。
それにも関わらず、ニーネはとんちんかんなことを言ってくる。
「フィナちゃんに優しくしてあげてよっていうあたしのお願いも聞いてくれたことだし、今回は前借りを許しちゃおうかな」
そう言ってニーネは自室の戸棚を開けると、缶ケースからお金を取り出した。
渡してきたのは一万五千セスほどだ。
計算すると、十一ヶ月分以上の金額だ。
「はい、半年分」
「計算間違ってないか?」
「間違ってないよ。フィナちゃんに優しくしてくれたお礼も兼ねて」
「お礼は兼ねなくていい。普通に一年分ってことにしてくれ」
「遠慮しなくていいから。その代わり、一つ条件」
個人的には変な条件を付けくわえられるよりかは、そのまま一年分の前借りってことにしてくれた方がありがたかったが、お金を借りる手前強くは出られない。
ここは素直に条件を呑むことにしよう。
「今週ね、フィナちゃんの誕生日なの」
「そうなのか。初耳だ」
「だから、余ったお金で誕生日プレゼント買ってあげて。きっとオーくんからプレゼント貰ったら、フィナちゃん喜ぶはずだから」
「なんだ。そんなことでいいのか」
正直ニーネから出された条件は拍子抜けであった。
「そもそもフィナに買ってやりたいものがあったから、前借りしようと思っていただけだしな」
「そうだったの⁉」
「魔術戦の練習に必要なものでな。それが誕生日プレゼント代わりってことでいいか?」
「それだったらお小遣いの前借りじゃなくて、あたしが買ってあげようか?」
「そんなにお金の余裕あるわけじゃないんだろ。前借りってことでいい」
一ヶ月以上ここに住んでいれば、この孤児院の懐事情は理解しているつもりだ。
一万五千セスだって、ニーネにとっては決して安い金額じゃない。
それに元はと言えば、体術練習の交換条件としてフィナに魔術戦を教えることになったために発生した出費である。
オレの我儘にニーネを付き合わせるわけにはいかない。
「あのね。あたしのお金のことなんて、子供が気にしなくていいの」
「そうかもしれないけど、そんなこと言ったらいくらでも金請求するぞ? 魔術戦を学ぶにあたって必要なものなんていくらでもあるからな」
「うっ……」
「そういうことだ。無理をするな。今回はオレのお金で買う。それに誕生日プレゼントってことになるんだ。人のお金で買うのも変な話だろ?」
「それもそうだけど……」
「じゃあ、そういうことでこの一万五千セスは前借りさせてもらう。あとこの前借りの話はフィナにはしないでくれよ」
プレゼントをしたことで、彼女に後ろめたさを感じられても困る。
こっちは自分のためにやっているのだ。
それにも関わらず買ったものの分のお金を返されたりしてしまえば、オレの方が悪い気がしてしまう。
「そういう優しさがあるんだったら、もうちょっと素直に優しい言葉かけてあげなよ」
オレに優しさがある?
何言っているんだ。
ニーネは大きな勘違いしているようであったが、訂正するのも面倒なのでそのまま買い物をしに出かけることにした。
*
現在フィナには勉強時間や私生活の中で、詠唱から魔術名を想起させる練習と持続強化のために正確に時間を計る練習をさせていた。
詠唱から魔術名を想起させる練習の方は暗記すればいいだけなので、そこまで難しいものではない。
まだ詠唱の一節を口にしただけでは咄嗟に魔術名が出てこないようであったが、時間をかければどうにでもなるだろう。
問題は時間のカウントの方であった。
同年代の魔術師なら時間のカウントは真っ先に身につけている技術であったが、どうにもフィナは苦手としているようであった。
そもそもの話、フィナは持続強化の魔術を使わないため、他の魔術師よりも三分という時間の感覚自体が身体に染みついていなかった。
現在の誤差が大体十二~三秒ほど。魔術師としては致命的なずれである。
時間のカウントの練習方法として最もオーソドックスなのは、時計を見ながら三分ぴったりを当てるといったものだが、フィナは肝心の時計を持っていなかった。
一応ウルター孤児院には掛け時計があるが、安物なのと経年劣化のせいか微妙に針の進み具合がずれていた。
というわけで、時間を正確に刻める時計をフィナに買い与えるため、小遣いを前借りしたのだ。
まだオーギスの街に来てから一ヶ月ちょっと。
孤児院周りの路や建物については段々とわかってきたが、孤児院から離れた店となるとわからないことも多い。
適当に街をぶらつきながら時計が売っていそうな店を探していく。
さすがはオーギスといったところか。
店を回っていくうちに、予算である一万五千セス以内の時計を多く見つけることができた。
これが物価の高い王都であったら、もう少し見つけるのに苦労しただろう。
ただ売っているものは粗悪品が多かった。
子供の頃から時間を計る習練だけは欠かしていない。
そこいらの魔術師よりは正確な時間感覚を持ち合わせている自信はあった。
そんなオレから言わせれば、オーギスで売っている時計は時間が微妙にずれているものが多かった。
たとえ、一秒の小数点以下のずれだとしても、それが積み重なれば大きなずれとなる。
正しくない道具で練習を行えば、間違った時間感覚を身につけることになり、結果的にフィナに悪い影響を及ぼすことになるだろう。
そういう意味でも一秒が正確に刻める時計を探していた。
まあ、中には一秒が正確な時計もあったんだけど、値段が高かったり、すぐ壊れそうだったりと他に問題があった。
いい時計というのは中々見つからないらしい。
どうしたものかと頭を悩まされていると、街の北の裏路地に一件の店を見つけた。
名前からして、どうやら色々な雑貨が売っているよろず屋のような店らしかった。
隠れた名店感がある店構えだったため、中を見ていくことにした。
「いらっしゃい」
店内にいたのは、髭を携えた小太りの中年男性と白髪の青年であった。
どちらも店のカウンター内にいるため、客というわけではないらしい。
風貌からして中年男性が店主、青年が雇われている店員といったところだろうか。
店主のかけ声を無視して、店内を物色していく。
店で売られているものは多岐に渡っていた。
家具から魔道具、はたまた戦いに使う武器など。
他にもタオルやキッチン用品といった生活道具まで置かれていた。
「おい、時計は置いてあるか?」
お目当てのものが中々見つからなかったため、店主へと声をかける。
エプロンをつけた中年男性は戸棚の奥を指差しながら答えた。
「そこら辺に置いてあるはずだぞ」
「置き時計じゃなくて、持ち運べるサイズの時計はないか?」
「懐中時計はこっちだな」
そう言って、店主はカウンター横の棚を手で示した。
カウンターの近くに寄って、並べられている懐中時計を眺めていく。
「おっ、これは……」
気になった一つを手に取ってみる。
大きさは手のひらにすっぽり入る程度。
金属でできた懐中時計の一種であった。
「いいものに目を付けたな」
店主はこちらに向かって声をかけてくる。
どうやらこの商品は普通の時計とは異なるようであった。
「何か特別な時計なのか?」
「特別な時計って言うより、特別な機能がついた時計って言った方が正しいな。坊主、その時計についている右上のボタンを押してみな」
「こうか?」
店主に言われた通りに右上の小さなボタンを押してみる。
すると時計内部にあった秒針よりも小さい針が動き出した。
「そんでもう一度同じボタンを押してみな」
再度右上のボタンを押す。
すると、文字盤内にあるインダイヤルを回っていた小さな針が止まった。
「針が止まっただろ? それは時刻を知るだけじゃなくて、ボタンを押した間の時間を計れる時計なんだ」
要はストップウォッチ機能もついた時計ということか。
こちらの世界でもストップウォッチのようなものはあるが、時計にストップウォッチ機能がついているものとなると、見かけるのは初めてのことであった。
貴族であった頃は時計に興味があったわけでもないので、単に自分が存在を知らなかっただけだろうけど。
少なくとも王都よりも技術力の低いオーギスの街では珍しい代物のはずだ。
一秒や一分の正確性も確認してみるが、問題はない。
この時計は正しい時を刻んでいる。
ストップウォッチ機能がついているなら、持続強化の時間カウントの練習をしやすいはずだ。
これは思わぬ掘り出し物を見つけたかもしれない。
「いくらなんだ?」
「えーっと、どうだろうな……。実はその時計の値打ちを決めあぐねているんだ。おい、シェン」
店主は店内にいたもう一人の青年に声をかける。
「この時計いくらで売ればいいと思う?」
「なんで僕に訊くんですか?」
「だって、お前が作ったものだろ?」
「お前がこの時計を作ったのか?」
白髪の青年に向かって尋ねる。
彼は頬を掻きながら答えた。
「まあね」
「ここにいるシェンは道具製作に関わる生体術式を持っているみたいでな。こうして発明した物をこの店に売ってくれているんだよ。ここにある商品もその商品も全部シェンが作ったものだ」
店主はカウンターや棚に置いてある商品を指さす。
魔力を込めることで電気が流れるスタンガンのような魔道具や、ボタンを押すと芯が出てくるシャープペンシルのような鉛筆。
魔法で温度が調節できるホットプレートなど。
青年が作ったとされるものは店内の至るところに置いてあった。
どれも他の店では見かけない物だ。
全部シェンと呼ばれる青年が作ったオリジナルの発明品なのだろう。
生体術式は人間に与えられた特別な魔法だ。
フィナが持つ身体強化の生体術式のように誰もが詠唱さえ唱えれば使える術式はもちろんのこと、オレの過去視の魔眼のように人智を超えているような術式が与えられる場合もある。
魔術に常識は通用するが、生体術式に常識は通用しないとよく言われるものだ。
生体術式は文字通り、神から与えられた贈り物。
店主が言うように物を発明したり、道具製作に関わったりする生体術式があっても、なんらおかしいことではない。
「あんた、フルネームは?」
道具製作の生体術式を持つ青年に興味が湧いて、質問を投げかけることにする。
既にオレの中では一つの期待が生まれていた。
特別な魔道具や製品を作る彼の存在は、フィナに続く転生者レイル・ティエティスを倒すための第二の武器になるのでは? というものだ。
単純にレイルを倒すための魔道具を作らせてもいい。
オレが向こうの世界で仕入れた現代チート知識をもとに発明品を作ってもらい、資金を集めるでもいい。
この青年には利用価値がある。
だからこそ素性を知っておきたかった。
「シェン・アザクールだよ。そういう君は?」
「オーラルドって言う。最近王都からこの街にやってきたばっかりだから、馴染みのない顔だろうけどな」
念のため、家名は隠しておくことにする。
貴族出身だと知られると悪印象を受けることもあるだろうしな。
シェンと呼ばれる青年はこちらが苗字を告げなかったことを気にも留めず、会話を返してきた。
「奇遇だね。僕も一年前にここに来たばかりなんだよ」
「オレは一ヶ月前だ。あんたの方が先輩だな」
「そうみたいだね。まあ、僕も知らないことばかりだから、街のこととか訊かれても困るんだけどね。新参者同士、協力してやっていこう」
「だな」
差し出された手を握ることにする。
人間、共通点があれば距離が縮まるのも早くなるというものだ。
オレ達は自然に握手をしていた。
彼の全身を眺める。
髪は白髪で、長くもなければ短くもない。
男子にはありがちな髪型だ。
顔は童顔だ。
だけど、背丈や喋り方から醸し出される雰囲気から、オレより五つくらい上でもおかしくはなさそうだった。
服装もこの世界の住人にありがちなものだ。
貧しいオーギスの住人と違って、みすぼらしい衣服を身につけているわけじゃない。
シンプルだが、清潔感の漂うシャツとズボンを履いている。
腰につけられていた狼マークのペンダントの存在に気がついて、思わず言葉が漏れ出てしまった。
「そのペンダント……」
「ああ、これ」
シェンはバツが悪そうに視線を逸らした。
「そうだよ。シルバーウルフのペンダントだ」
「ということは、もしかして――」
「オーラルド君が想像している通り、僕はシルバーウルフのメンバーだよ」
「まさかこんなところで遭遇するとはな……」
シルバーウルフはオレがこの貧民街に居座ることなった直接の原因となる盗賊団だ。
馬車でプリシラへと向かうオレに夜襲をかけられ、一億セスと魔道具の数々を奪っていった因縁の相手。
奴らの存在がなければ、レイルに追いつくための道筋は今よりイージーモードになっていたはずだ。
「もしかして盗賊みたいな悪人は嫌いだったりする?」
「いや、別に。ただ、あんたの盗賊に有り金全部奪われて、ボコボコにされたことがあるだけだ」
「そうなの⁉ それはごめん! って謝っても許されることじゃないよね。盗ったお金は全部返すよ。あと慰謝料も。それで許してくれないかな?」
「もう気にしていないから謝らなくていいぞ。それに奪われた金は、褒められた方法で手に入れたわけじゃない金だ。なくなったのは自業自得と割り切っているから、返さなくていい」
別にオレは自分を痛めつけた盗賊団に復讐をしたいとは思っていない。
オレが復讐したいのは、オレを破滅に追いやったレイルのような異世界転生者だけだ。
それ以外の些細な存在に構っている暇はない。
それにオレを襲った集団の中に、シェンの姿はいなかった。
自慢じゃないが記憶力は悪い方じゃない。
たとえ暗い夜の中の出来事だったとしても、シェンのような風貌の人間がいなかったことは覚えていた。
どうでもいい復讐や目先の大金に釣られるより、このシェンと呼ばれる青年に好印象を抱かせておいた方がいいだろう。
そのくらい、オレは彼とのコネクションに魅力を感じ取っていた。
シェンが口を開く。
「随分、寛大な性格なんだね」
「寛大というより、興味がないことにはとことん興味がないだけだ。そういうあんたこそ、盗賊っていう割には優しいじゃないか? まさか奪った金を全額返すなんて言ってくる盗賊がいるなんて思わなかったぞ?」
「まあ、僕はシルバーウルフの一員って言っても、拾われて加入した立場だしね。普通の盗賊とは違う価値観を持っていることは認めるよ」
彼みたいな盗賊ばかりだったら、さぞ世の中は平和になっていたことだろう。
どうやらシェン・アザクールという男は、優男じみた見た目通りお人好しらしかった。
「どうだ。お詫びの気持ちとして、この時計はプレゼントするよ。盗られたお金に見合うものかはわからないけど」
「それもいい。こんなにいい物を作ったんだ。それをただで貰うっていうのは製作者に失礼じゃないか?」
「そう言ってもらえると嬉しいけど、いいの? 僕の仲間が迷惑かけたんでしょ?」
「それにこの時計はプレゼントなんだ。他人へのプレゼントが貰い物って、格好がつかないだろ?」
「もしかして、そのプレゼントの相手って女の子?」
「まあ、女の子といえば女の子だな」
「モテるんだね。オーラルド君って」
「モテることは否定しないが、あいにくこの時計を送る予定の相手には嫌われているところだ」
「冗談も面白いって、ますます君のことが気に入っちゃったかも」
別にオレがモテるというのは冗談のつもりはなかったんだが?
貴族時代は女が自然と寄ってきていたし、顔立ちだって自分贔屓抜きにイケメンだ。
まあ、こんな細かいことで一々目くじらを立てるのも馬鹿らしいので、スルーしていくことにする。
「ただお金は払うって言っても、持ち金が少ない状態なんだ。一万五千セスまでしか払えない」
「ねえ、まだこの時計の値段は決めてないって言ってたよね? じゃあ、一万五千セスにするってのは駄目?」
シェンは店主に向かって尋ねる。
野太い声が返ってきた。
「もちろんいいぞ。お前が作ったものだしな。そもそもうちの店の経営はお前の発明品に助けられているんだ。異論なんてあるわけがない」
「ありがとう!」
シェンの交渉もあって、時計は有り金で払える範疇に収まった。
値下げまでして買わない手はないので、ニーネから前借りした小遣いを全額店主へと渡した。
ストップウォッチ機能付きの懐中時計が手元にくる。
「そうだ。一ついいか?」
「何?」
こちらの問いにシェンが答える。
「あんたに会いたいときはこの店に来ればいいか?」
「いや、僕はこの店の店員ってわけじゃないんだよね。僕が趣味で作ったものを店に置いてもらっているだけだから。この店にいたのも偶々なんだ」
「そうなのか」
「いつもはシルバーウルフのアジトにいるよ。そうだ。住所と簡易的な地図を書いておくよ」
そう言って、店主から紙をもらい受け、売り物であったシャープペンシルのような鉛筆でアジトの位置を書き出した。
住所と地図が記された紙をこちらに渡してくる。
「いいのか? こういうのって秘密にしておくべきなんじゃないか?」
「オーラルド君は悪い人って感じがしないからいいよ。いつでも遊びに来てね」
「じゃあ、ありがたく貰うことにするぞ」
紙を受け取って、シェンに別れの言葉を切り出すことにする。
発明家であり、盗賊団シルバーウルフの一員という不思議な青年シェン・アザクール。
果たして彼との出会いは、異世界転生者討伐のどのようなカードとなるのだろうか?




