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第一話 『破滅への第一歩』


 オーラルド・オースティンにとって、その日が来るまで世界は自分を中心に回っていた。


 自分はオースティン家の本家家元の長男として生まれてきた。

 オースティン家といえば、アルジーナ王国の四大貴族と言われるくらいの最高位の貴族だ。


 小さい頃から使い切れないほどの金が与えられていた。

 欲しいものはなんでも買えた。

 もし金で買えないものを欲しようとも、オースティン家の権力を使えばすべてが手に入れられた。


 兄弟は出来の悪い妹が一人。

 貴族によくありがちな跡継ぎ争いの心配もない。

 成人すれば自分がオースティン家当主になることも確実で、華やかな将来も約束されていた。


 自慢じゃないが顔も良かった。

 オレが生まれて間もなく死んだとされている母親譲りの金髪。

 目や鼻の形も整っているときた。

 金や身分も相まって、小さい頃から何もせずとも女子が寄ってきた。


 おまけに魔術戦の実力も同年代の中ではトップクラスだった。

 選ばれし人間しか与えられないとされている生体術式(ギフト)も持っていた。


 すべてが順風満帆で、人生において上手くいかないことなんて何もないと思っていた。

 そう、あの男が現れるまでは。


「レイル・ティエティスっ!」


 忌々しい男の名前を叫びながら、自室の扉を殴る。

 木製の板が大きな音を立てて凹んだ。

 この胸を占める怒りに比べれば、拳の痛みなど些細なものだった。


 無名貴族の生まれにして、一人の人間とは信じられないような様々な功績を打ち立て、一躍貴族社会に名を馳せるようになった少年。

 奴はあろうことか、オレの許嫁を奪った。

 このアルジーナ王国で絶世の美少女と名高い、王女エメリダ・ミュンスアを。


「エメリダはお前との結婚を望んでない」とかなんとか言ってきて、突然オレの前に立ちはだかって。

 目障りだから決闘で黙らせてやろうと思ったら、あろうことかボコボコに返り討ちにされてしまった。


 確かにエメリダはオレとの婚約を嫌がっていたみたいだが、それも一時的なものだろう。

 なんたってレイルと違ってオレには、金も地位もある。

 それにもかかわらず、オレとの婚約を破棄するなんて馬鹿のやることだ。

 どうせ一時の気の迷いで、どこぞの馬の骨ともわからない男に現を抜かしているだろう。


 とりあえず落ち着こう。

 このまま怒りに身を任せていても、事態は好転しない。

 深呼吸をして、息を整える。

 頭がクールダウンしていくのを感じ取っていた。


 レイルとの決闘に負けたことによって、エメリダとの婚約は破棄させられてしまった。

 決闘を始める前はまさかあの男に負けるとは思っていなくて、負けたら婚約破棄という条件を飲んでしまったのだ。


 まさかあそこまで強かったとは……。

 もう一度決闘をして、勝って婚約破棄を取り消すという手もないことはないのだが、肝心の魔術戦で勝てるビジョンが全く見えなかった。


 はっきり言って、レイル・ティエティスという男の魔術戦の才能は規格外だ。

 底が見えない魔力量。見たこともない独創的な術式。圧倒的な体術能力。


 それだけじゃない。奴は魔術を無詠唱で発動することができるときた。

 全くもって意味不明である。


 魔術は詠唱を行うか、魔法陣に記された術式を起動することで発動が可能となる。

 それは人間としての摂理そのものだ。


 それにもかかわらず、レイルは様々な種類の魔術を詠唱や魔法陣の起動予兆なしに発動してみせた。

 やっぱり意味がわからない。


 無詠唱魔術なんてものは変わり者の魔術学者が唱える机上の空論で、少なくとも現代では確認されていない。

 奴が未来から来た人間だと言われれば納得できるが、未来からやって来る魔術なんてそれこそあるわけがないので、あり得ない話だった。


 やっぱり何か仕掛けがある。そう思うしかない。

 何か卑怯な手を使った。

 もしくは、無詠唱魔術に見せかける何らかの術式を発動していた。


 そのトリックさえ見破れば奴に勝つことは可能かもしれないが、肝心のからくりがわからない。

 そもそもからくりを見破れたとしても、魔力量や使える魔術の種類、体術で負けているのだから勝ち目は限りなく低かった。


 魔術戦でレイル・ティエティスに復讐するのはまず不可能。それは認めよう。

 でも、世の中は魔術戦の腕がすべてじゃない。


 オレにはオースティン家の権力があるのだ。

 権力闘争で奴を失墜させる。

 ――とは、簡単にいかないのも、頭を悩ませている要因の一つだった。


 奴には信じがたいような功績がたくさんある。

 辺境の無名貴族だったティエティス家を若干七歳にて復興させ、領地の交易を発展させた。


 百を超える魔族を追い払ったり、冒険者としてドラゴン退治を行ったりというエピソード。

 未知の古代遺跡を発見したり、革命的な魔道具を発明したり、独自の食文化を提唱したりと、語り継がれる噂にはキリがない。


 しかも、それらの功績がすべてオレと同じ十三歳の少年のものというのだから、意味不明だ。

 十三歳がどうだとか関係なく、普通の人間はそこまでの功績を成し遂げられない。

 領地の復興やドラゴン退治はともかく、新しい食文化ってどうやったら思いつくんだ?


 それらの功績の影響もあって、レイル・ティエティスには他の四大貴族や王家とのパイプも存在していた。

 さすがのオースティン家といえども、他の四大貴族や王家を簡単に相手取ることはできない。

 よって、強引な報復手段は選ぶことができなかった。


 普通の人間なら、ここでレイルへの復讐を諦めるのだろうけど、かく言うオレは普通の人間じゃない。選ばれし人間だ。

 魔術戦の実力や打ち立てた功績では負けているかもしれないが、奴より優れているところがないわけでもない。

 そう、生体術式(ギフト)だ。


 魔術は詠唱を行って発動する詠唱術式か、魔法陣に記された術式を起動することで発動する法陣術式に分けられる。

 そして、百人に一人ほどの確率で、体内に魔術を起動させる魔法陣が先天的に備わった人間が生まれることがある。

 その体内に備わった魔法陣によって発動される魔術のことを、世間では生体術式(ギフト)と読んでいた。


 生体術式(ギフト)は法陣術式の一種であり、体内の魔法陣に魔力を込めることで簡単に魔術を発動することができる。

 そして、一般的な魔術とはかけ離れた異質な術式であることが多く、破格な性能を持つものも多かった。

 また詠唱が必要ないことから、一種の疑似的な無詠唱魔術とも捉えられている。


 もちろん生体術式(ギフト)も万能ではない。

 一人の人間に一つの生体術式(ギフト)しか与えられないという制限はある。

 術式発動にあたって、魔力やその他の代償を支払わなくてはならない。


 また、コントロールが利かず自動的に発動してしまうものもあった。

 だけど、それらの欠点を鑑みても生体術式(ギフト)持ちは恵まれているとされていた。


 ちなみにレイルは数種類の無詠唱魔術を使っていたため、生体術式(ギフト)によって無詠唱で魔術を発動していたというわけではない。

 最高でも一人の人間に一つの生体術式(ギフト)しか与えられない。

 生体術式(ギフト)によって詠唱なしで発動できる魔術は一種類だけだ。


 もしかしたらなんらかの生体術式(ギフト)は持っていて、生体術式(ギフト)が無詠唱で魔術を発動していることに関係しているのかもしれないが、少なくとも生体術式(ギフト)の存在だけではレイルの魔術技術を説明しきれなかった。


 そして、オレは圧倒的な性能の生体術式(ギフト)を持っている。

 戦闘向きの生体術式(ギフト)ではないが、他人を陥れるのには最適の生体術式(ギフト)が。


 部屋の中に備え付けられている鏡を見る。

 そこに映っている青色の両眼は磨いたばかりの宝石のような輝きを放っていた。


 オレには他人の過去が視える。

「過去視の魔眼」という生体術式(ギフト)によって。


 性能に比例するように代償も大きいため、基本的には使わないようにしていたが、奴を陥れるためならもう手段は選べない。

 この過去視の魔眼を使って、無詠唱魔術のイカサマの種。

 そして、レイル・ティエティスの弱みを握ってやるのだ。




     *




「おい、レイル・ティエティス」


 学園の校舎裏。人気のない静かな一角に、忌々しい男が現れる。

 さらさらした茶色の髪に、女ウケしそうな甘いマスク。

 細めの体格だが、腕や肩のラインから、身体を鍛えていることは見て取れた。


 そんなオレの因縁の相手は後ろ髪を掻きながら、口を開いた。


「どうしたんだ? こんな人気のない場所に呼び出して。告白か?」


 なわけがあるか。なんでオレがお前に告白をしなくちゃいけないんだよ。

 決闘でボコボコにした相手に呼び出されて、冗談を言う余裕があるときた。

 あれか? こっちの報復なんて怖くないというアピールか?


 確かにオレは魔術戦でボコボコにされたが、これから行う報復は腕っぷしに頼った方法じゃない。

 余裕な態度をしていることを、今に後悔させてやるからな!


「告白だと思うんだったら、一人で来れば良かったんじゃないか?」


 レイルの両隣にいる、二人の女子に視線を移す。

 一人はオレの婚約者――いや、元婚約者エメリダ・ミュンスア。


 そしてもう一人は、興味がなくて名前は憶えていないが、レイルといつも一緒にいる女だ。

 その名前の知らない女の方が口を開く。


「何よ! あんたがレイルになんかしようとしていることなんてお見通しなんだから!」

「悪いな。アイラが心配だから一緒に行くって言って聞かなくて。もし邪魔だったら、席を外してもらおうか?」


 余裕綽々でこちらに問いかけてくるレイル。

 言葉の一つ一つが鼻につく奴だ。


 ちなみにエメリダはというと、レイルの服の袖を掴んで、奴の身体を盾にするように立ちながらこちらを睨んでいた。

 どんだけオレのこと嫌いなんだ? 一応、元婚約者なんだけど……。

 さすがのオレでも傷つくぞ?


「いや、問題ない。ただオレを倒したお前を一目見たかっただけだからな」


 そう言って、魔眼に魔力を込める。

 魔術師なら誰でも生体術式(ギフト)や魔道具に記された法陣術式を発動する予備動作を感じ取れることができる。


 アイラという女とエメリダは一歩引いて臨戦態勢を取っていたが、レイルは依然棒立ちのまま。

 平然な顔をしていた。


 舐め腐った態度は気に入らないが、今回ばかりはお前の対応が正解だ。

 過去視の魔眼はどんな魔術でも防ぐことはできない。

 対象の目を見た時点で、その人物の歩んできた過去を詳らかにしてしまう。


 あいにく、オレは父親などのごく一部の親族以外に自分の生体術式(ギフト)の効力を打ち明けていない。

 他人の過去を覗き見られるなんていう生体術式(ギフト)は気味悪がられるからな。


 婚約者であったエメリダも過去視の魔眼の発動条件や効力は知らないはずだ。

 よって、レイルが過去視の魔眼を防ぐことは不可能だった。


 過去視の魔眼の厳密な効果は、対象の人物の目にした光景や耳にした音を一瞬のうちに追体験するというものだ。

 そのまま対象が行った体験を得るというより、対象の過去の行動を俯瞰して眺めるという感じである。


 具体的な例を挙げるなら、対象がパンを食べていたとしよう。

 過去視の魔眼を使えば、そいつがいつ、どこでパンを食べていたかはわかる。


 だけど、味や食感まではわからない。

 そいつが味について言葉にしていたら、その発言をもとに推測できないことはないんだけど。


 また、過去視の魔眼には代償が存在する。

 なんの代償もなく、他人の過去が覗き見られるなら、それこそやりたい放題だ。


 覗き見る期間の長さ、また過去に遡れば遡るほど、要求される代償は大きくなる。

 そして一度その人物の過去を覗き見ると、覗き見た地点より前の過去は覗き見れなくなってしまう。


 代償を抑えるために、できる限り直近の過去を覗き見たかったが、レイルは何かと謎が多い人物だ。

 子供の頃から流暢に言葉が話せていただとか、五歳になった頃にはもう魔術を身につけていただとか。


 ここは万全を期して、巻き戻れる最大の地点まで行こう。

 多大な代償を支払うのは恐ろしいが、代償怖さに日和って遡る時間を短くしたばかりに、奴の強さの秘訣を判明させられなかったとあれば笑いごとじゃない。

 覗き見た地点より、昔の時間はもう覗けなくなるという制約もあることだしな。


 対象、レイル・ティエティス。期間、生まれてから現在まで。


「魔眼、発動」


 そうして、オレはレイル・ティエティスの過去へと飛び立ったのであった。


久しぶりの新作です。

序章~一章までは毎日投稿する予定なのでよろしくお願いいたします。

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[一言] 婚約者に振られたのは自業自得じゃん
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