鏡の中から
私は「泣き虫」とあだ名される涙大量生産の中学生の女子。
また今日も学校で嫌な事があって泣いてしまい、家に帰っていつもの「儀式」をした。
「儀式」と言ってもそんな大それた事ではない。
部屋にある姿見に写る私に愚痴を言うだけだ。
この鏡はおばあちゃんが使っていたもので、お父さんがお母さんと結婚して今の家を建てた時、おばあちゃんから譲ってもらったものだ。
古いものだが、私は小さい頃からこの鏡が好きで、中学生になった時にお母さんにねだって自分の部屋に移してもらったのだ。
私はいつものように鏡の中の私に話しかけた。
「また泣いちゃった。こんな私をどう思う?」
鏡の中の私が答えてくれるわけがない。
それでも私は言いたい事を言うと、姿見にカバーをかけて、部屋を出ようとした。
その時だった。
「もううんざり」
私はその声にびっくりして振り返った。
誰もいない。
「気のせい?」
私はドアノブに手をかけた。
「気のせいじゃないよ。いつもあんたに下らない愚痴を聞かされて、うんざりって言ったのよ」
「!」
私はまさかと思ったが、姿見の前に戻り、カバーを外した。
そこには、ムスッとした顔の「私」がいた。
「ええええ!?」
私はパニックになりかけた。
思わず鏡の裏側を覗いた。
誰もいるわけがない。
「何探してんのよ? 私はここ。この中」
鏡の中の「私」が言った。私はポカーンと口を開いたままで、「私」を見た。
「あのさ、あんたの愚痴を毎日聞かされる私の身にもなってよ。ホント、冗談じゃないわよ」
「ご、ごめん」
私は「私」に謝った。
「それがダメなの。もっと強くなりなさいよ」
「でもさ・・・」
私は言い訳をしようとした。すると「私」が、
「後ろばかり向いてたら、何かにぶつかって怪我するよ。前を見なよ」
「うん・・・」
私のイジイジぶりに「私」は切れたみたいだ。
「あんたは毎日自分の弱さを私に愚痴って来たけど、今日は私が愚痴るわよ」
「はい・・・」
私は思わず頷いてしまった。
「私はあんたの虚像だけど、あんたの相談役じゃない。あんたは自由にどこにでも行けるけど、私はこの中であんたが来るまでジッとしてるだけ」
「・・・」
私は泣きそうになったが、何とかこらえた。
「1日だけでいいから、私と交代してくれない?」
私はギクッとした。「私」はニヤリとして、
「もう決めた。交代しよう」
「え?」
鏡の中から「私」の手が伸びて来た。その手が私の右腕を掴んだ。
「さあ! 交代してよ!」
「!!!」
私は声もなかった。でも必死に抵抗した。
「交代してよ、1日だけでいいんだから!」
私は遂に声を上げた。
「嫌よ! 私は交代したくなんかない!」
途端に「私」の手は離れ、鏡の中に戻った。
「それでいい。あんたに必要なのは、自分の気持ちを声に出すこと。泣いているだけじゃ、何も変わらないんだよ」
鏡の中の私は、ニッコリ微笑んで言ってくれた。
「ありがとう・・・」
私は泣いてしまった。また怒られると思って、ハッとして「私」を見た。
「そういう涙はいいんだよ。でも、言い訳のために泣くのはもうおしまいにしようよ」
「うん」
私は涙を拭ってもう一度「私」を見た。
でもそこにいたのは私だった。
行っちゃった? ありがとう、「私」。
またいつか助けてね。
そう思いながらカバーをかけ、ドアに近づいた。
「助けるのは今日だけ。これからは自分で何とかしな」
「私」の声がした。
「うん!」
強くなれそうな気がする。
私はお母さんが呼ぶ声に答え、部屋を出た。