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 エリシアと交わりたい。エリシアと強く交わりたいと思う。

 エリシアの強烈な雌の匂いに欲情している。こんな時にも関わらず、それが最高に最低だ。

 まったくもって難だ――ビルの前に立つ。また階段を上がるのは面倒だったが、要領は得た。


 なんか腹立ってきた――なんで俺がこんな面倒なことをしなければならないのか。

 そもそもお前らがちょっかいを出さなきゃこんな事にはならなかった。

 リータとかいう女。助けてやったのによ。助けたというのが不遜なのか。見捨てた方がよかったのか。そもそも助けたのは俺じゃないという。

 腹立つな、このアマ。


 最近の若者はとかクソガキと言っちゃうあたり、俺も相当な老害なのだろう。老害は老害らしく、早く引きこもりたいし、隅っこで暮らしたい。


 ブラックドッグを身に纏い、ビルの吹き抜けを跳び駆ける。

 十三階に上がり、テーブルの上でう〇こ座りし、リータを見下ろす。

 どうしてやろうか。

 女を〇す奴は嫌いだ。それを容認する奴も嫌いだ。恋人を押さえつけて、目の前で無理やりするなんてのが好きだなんて、俺には理解できようもない。

 想像するだけではらわたが煮えくり返るのは、俺がやられる側でしか想像できないからなのか。実際やられたら、俺は狂っちまうよ。許せそうにない。


 そうしたら、俺は、まず、恋人を殺す。

 その後を想像すれば、それはもう醜く痛い妄想のオンパレードだ。


 とは言ったものの――エリシアは俺の恋人ではないし、エリシアの様子からおそらく未遂で終わってくれている。かと言ってそれを許すのかと問われると、答えにつまる。

 ここで生かしたら、次があるのではないか――又、もうやられてしまった女が複数いるのではないか。

 想像だけで動くのか――疑わしきは罰せずと、考えすぎてしまってダメだね。


 結局、人をなぶる、拷問するという行為を忌諱しているのではないか。報復を恐れているのではないか。殺してしまったら、何かが変わってしまうのではないか。

 その血濡れの手で、トゥーナの頭を撫でられるのか。


 いや、俺の手はもう血まみれじゃないか。

 ぐだぐだぐだぐだ言い訳をする。


 やるのか、やらないのか。


 国に引き渡してもいい。それが一番いいのかもしれない。しかし俺が引き渡すわけにはいかない。シナリオも考えなければいけない。それで果たして誤魔化せるのか。相手もそこまで馬鹿ではない。看破された時の言い訳、取り繕い。


 ポケットからアムブロシアの入っていた瓶を取り出して、机の上に置いた。コトリと音がなり、皆がビクリと反応する。ひどい汗だね。

 結局俺に備わっていないのは、覚悟だけだ。

 最後のスイッチを、どうしても押せずにいる。次も躊躇うのか、その次も躊躇うのだろうな。


 エリシアは俺の友達じゃないのか――俺は本当にエリシアの友達なのか。エリシアを利用しているだけじゃないのか。エリシアとやりたいだけなのではないか。まったく腹の立つ欲望だ。女と見れば見境がない。女ならだれでもいい。なんなら穴があって病気にならないのなら人間でなくともいい。嫌になっちまうよ。


 俺はどうすればいい。

『それはボクに聞いているのだ?』

 まさかマロが返事をしてくれるとは思っていなかった。相談したつもりはない。何かするのに他人は巻き込めない。それが例え、マロであってもだ。俺の決断は俺だけのものだ。

『あんまり変な事考えるのは良くないのだ。君は考えすぎると思考が負の方面に傾いていくのだ。楽しい事を考えればいいのに、どうして悪いことばかり考えるのだ』

 耳が痛いよ。

『君は十分この人達にストレスを与えているのだ。体は動かせない。視界は閉ざされている。口も塞がれて、すごいストレスがかかっているのだ。ほら、汗がすごいのだ。すごい冷汗なのだ。こっちの子は失禁までしているのだ。十分拷問なのだ。無理やり動こうとするから体力を消耗しているのだ。失神している人もそろそろ……ほらっ意識を失ったのだ』


 リータがぐったりとしてしまって、なんだかなと思ってしまった。

(撫でさせておくれよ)

『かまわないけど』

 うんこ座りをやめテーブルに座り、現れたマロの頭を撫でていると、カオスも現れて頭に乗った。


 やっぱ許せねぇわ。やっぱ許せねぇよな。


 俺は瓶を取って、男の頭を殴り、リータの頭も殴った。

 血が出た。これで死んだら俺のせいだ。底で殴ったから、ボコンッと鈍い音がした。手首から腕、肩まで反動で細かく震えた。振り下ろすとき、死ぬかもしれないと、心臓が引くように感じながら、躊躇ってしまい、奥歯を噛んで振り下ろした。


 手元に残る、重さ――骨を叩いた反動だ。思ったより、硬い、人間、硬い。


 歩き扉を開ける。

 男と女が交わりながら硬直していた。

 女の口元の布を解く――髪を引っ張られ、痣だらけの顔。

「ねぇ? これ? プレイ?」

 女はただ狂ったように首を振った。

 はい、ギルティ。


 男の頭に瓶を振り下ろす。

 男を引きはがし、ベッドのシーツで女性を包み、抱きかかえ、ソファーの上に寝かせる。


 ルシオがいる部屋へ――ルシオを押さえる男二人に、瓶を振り下ろす。普通に振り下ろした。ちょっと強めに振り下ろした。死んだかもしれない。

 でも、コイツ等は許せそうにない。

 ――倒れていたルシオの襟首を掴んで引きずり、リータの前に転がす。


 モクを一本――口に咥えて、火を付ける。


 男はぐったりしていて、俺は立ち上がり、殴った瓶の栓を開けて頭からかける。

 テーブルの上に置いたアムブロシアの瓶に酒を入れ、男の口に当て飲ませる。

 男は呻きながら誰だてめぇ、殺すと言ってきた。ここは何処だとか、錯乱しているようだった。殴ってまた口を縛る。相手の意思なんか聞く気は最初からない。


 リータの髪を掴む。

 女がぐったりする様に、心が痛むかとも思ったけれど、そんなことはなかった。


 酒をかけ、意識を戻させる――意識が戻りそうにない。

 カオス。お願いね。

 女の頭に手を当てる――冥属性魔術ブレインリマインド。

 なんで俺が冥属性なんてふざけた魔術をメインに選択しているかって、強敵相手には冥属性魔術が必須だからだ。強敵というよりは、支配者階級と言えばいいだろうか。

 第二世代と第三世代の一部は、精神支配という厄介な状態異常を繰り出してくる。


 これをやられるとどんなプレイヤーも強制的に操られる。回避もできない。

 唯一打ち破れるのが冥属性魔術。

 強制意思蘇生魔術――ブレインリマインド。

 強制意思発現魔術――ブレインノック。


 第一世代に支配されたらブレインノックで意思を戻させる。

 精神を壊されたら、ブレインリマインドで強制的に意思を蘇生させる。

 他にもいくつか精神系魔術はあるが、全部冥属性だ。


 うめき声を上げるリータ、手を離すとリータはまたぐったりとした。


 Close your Eyes。

 望めば使えるのだろうか。


 モクを口から取り、グラスへ押し付ける。

 カオス――。

 傍に来たカオスの両脇に手を入れて、持ち上げる。

 小さくて、間抜け面の赤黒い、さび色の犬。なんとも愛嬌がある。

 お前は何にも悪くない。これからすることは、全て俺のエゴだ。だからお前は何にも悪くない。口を開け、舌を出して息をする様子が可愛よすぎて笑ってしまうよ。


 この建物を見た時からか――迷宮に入って男と接触した時からか、それともエリシアを助けた時だろうか、それとも、助けると決めた時だろうか、どうすれば、どうすればいいと考えてはいた。

 でもどう考えても詰んでいる。詰んでいるんだよ。


 お前達を、一人残らず、生かしておくことはできないと答えは出ていた。矛盾している。矛盾はしている。ラファに悟られるわけにはいかないからだ。悟られたら、あいつが全員殺してしまう。それだけは避けたかった。


 なぜって――生かしておいたら、コイツ等はまたエリシアにちょっかいをかけてくる。次はトゥーナかもしれない。街の中にコイツ等の間者がいる。ラファがいれば避けられるだろうが、でも、何かしらの問題が起きる。俺たちが異常者だと、銀糸竜に悟られるわけにはいかない。ここで終わらせる。ここでこの因縁を終わらせる。コイツ等を、エリシアを知っているコイツ等を全員、消すしかない。方法は無い。本当はこの女性も助けたくはない。


 記憶を消すか――都合のいい記憶だけ消すなんてそんな器用な真似は、おそらくできない。詰んでいる。詰んでいるんだよ。


 後はシナリオだけだ――悪魔にもなると言った。その通り、悪魔にでもなる。

 お前らのせいで、俺は稀代の殺人鬼だ。

 どうせ殺すとわかっている――俺は瓶を取り、男の頭を殴った。


 女性を肩に担ぎ、ルシオの襟首を持って、引きずり、ビルから出る――遥か遠く、遠く、ビルが見える。まだ、俺の流体の中――。

「サイレントマウス」

 二人を地面に下ろす。

 マロに小さな雷を纏うネズミを作らせる。紫にうっすらと発光するネズミは倒れた二人へと飛び乗った。このネズミは対象者から音を奪う。言葉を聞かれたくない。

 ビルを見て、少し開いた口から息を吸い、吐き出す――「は」と「ぁ」を伴った吐き出す息の音が聞こえた。

「カオス、オーバーマインド」

「カオス‼」

 カオスの顔が、愛嬌のある顔が、獰猛な肉食獣に変わっていく。ごめんな、そんな顔させちまって。

「悪魔の、見えざる、六本目の中指」

 左腕を肩に水平に上げ、腕を折り曲げて、ビルに向け、少しだけ曲げた小指、薬指、人差し指、親指、そして中指だけでビルを指す。アイアイ。

 効果時間は三十分だ――流体を解除する。


 俺が直接手を下すわけにはいかない。悪いけれど、自滅しておくれ。

 悪魔の中指の効果は単純なものだ。他人が敵に見えるというだけ。

 本来は魔物に使用し、同士討ちをさせる魔術だ。ここに見えざる、六本目と足すとより高度な魔術になる。とは言ったものの、継続ダメージが入るだけだ。


 砂を全身にまぶし、女性を担ぎ、ルシオの襟首を掴んで歩く――背後で銃声や窓ガラスの割れる音が聞こえた。どれだけ頑張っても、きっと最後には亡くなってしまう。効果を確かめないのは、生きていて欲しいと思っているからなのかもしれない。


 「気にしているのだ?」

 マロが隣を歩いている。

「あぁ……」

「仕方ないのだ。これが現実なのだ」

「妙に悟ったこというね」

「ぼくも、綺麗ではいられないのだ」

 そんな事言わないでおくれ。


 ただ、この手で、この生き物を殺す手で、トゥーナに触れていいのかと、葛藤してしまう。俺の娘だと諦めてもらうしかない。

 トゥーナだって生き物を殺さずには生きていけないじゃないか。

 将来、嫌われても、それはそれで、好都合ではないか――。


 どうして人は誰かを傷つけるのか。プライドを守りたいからなのか、そんなくだらないもののために、他者を傷つけるのか。どうして女を犯す男がいる。どうして男を貶める女がいる。心は痛まないのか。俺も同じだ。結局誰かを傷つけているのに、それに気づけない。どの口が言えるのか。

 現実は、どうしてこんなにも辛い。


 みんな、自分のことで、精一杯なんだよ――。

 それを言い訳かと言ってしまう俺もまた、自分のことばかり考えている卑怯者だ。


 正当性を探してしまう。嫌なものだ。

 それと同時に、生き物を殺した時の、なんともいえぬ優越感も、命が消えたあとに残った物に、旨そうだと感じることも、それらが負の感情ではないことも、複雑に混ざりあって、なんとも言えなくなる。


 一人になりたい時に限って、一人にはしてくれない。

 他人は無関係で、俺に何があったかなど知らないし、興味もない。

 俺が文句を言ったところで、うるせぇボケと逆ギレされる。


 ――同じ事で何度悩む。結局悩む。考えるのをやめたらって、そうしたら俺はもう、人間じゃなくて獣だ。


 歩いていると、ラファがいて、隣を歩いてくる。なんで入り口じゃない方から歩いてくる。

「やったのか?」

「何の話?」

「とぼけるな」

「とぼけてなーい」

「俺が刈り取ってやったものを……」

「別に、正当性を証明しなくていいよ。気を使わなくていいよ」

「そんなことはしていない‼」

 ムキになるなよ。ったく……。

「手伝って」

 女性を渡すと、ラファは女性を両手で抱えた。女性もルシオも意識は無いと、ラファは確認したようだ。

「エリシアは?」

「職員の所へ置いて来た」

「お前は?」

「見つからないように離れた」


 俺はラファを優しいと思っている。優しいと思っているが、本当に優しいのかどうか、わからなくなる。

「今、心を閉ざしたな?」

「あ?」

 今、俺は心を閉ざしていたのだろうか――ラファが目を細めて俺を見ていた。睨むようでも責めるようでも、なぜそんな目つきで俺を見る。

「何を考えた? 言え」

 言えねーよ。天使でいてくれ。

「また心を閉ざしたな!?」

「おーい、男の子が見られたくない妄想したら聞かないのが暗黙の了解だぞ。聞くなっつーの」

「誰が男の子だ‼ 言え‼」

「言ってもいいけど怒るなよ」

「内容による」

「じゃあ、言わない」

「このっ‼ 言え‼」

 しょうがないな。

「リータをどうしてやろうか迷ったんだよ。エリシアを考えると、無罪放免というわけにはいかないだろう? 犯してやろうかと思ったのさ。いや、コイツなら犯してもいいんじゃないかと思ったのさ」


 無罪かどうかなんて、俺が決めることではない。リータを裁く資格など俺にはない。

「おまえぇ」

 キレるなよ。

「でも思ったのさ。どうでもいい他人に突っ込んだ物を、何時か愛しいあの子にツッコむのはとても嫌だなぁと、とても失礼じゃないかと思ったのさ。お前ちょっと綺麗すぎ、もっと汚れといて」

 手に地面の泥を付けて、ラファの体に塗る。

「顔にもちょっと塗りなよ」

 嫌そうな顔するなよ。

 将来、お前と行為に及んだ時、お前だけがいいと、ルシオを離す、おもってぇえ――腹に衝撃、背中が衝突、だから聞くなっつったろ。

「はははっだから聞くなっつったろ」

 きっと愛しい人に入れた時は、すげぇ気持ちいいのだろうな。

「このっ‼ お前はそんなことを考えて心を閉ざしたのか!?」

「そうだよっ」

 全身から怒りをにじませるラファを見て、可愛いなコイツと素直に思ってしまった。

「この馬鹿‼ 本当に馬鹿だなお前は‼」


 そうなんだ――もっと頭が良かったら、もっと上手にできるなら、あんなに沢山の人間を、殺さずに済んだのに。エリシアが攫われる前になんとか出来たはずなのに。トゥーナはもっと幸せになっているはずなのに。俺は頭が悪い。

 俺がエリシアを助けに来た時点で……途中でそれに気づいてしまった。


 「助けて‼ 助けてください‼」

 後は職員を見つけて泣きつくだけだ――。

「どうしたんですか!? 大丈夫ですか‼」

 職員に保護されて、街中へ帰る――迷宮に鳴る風の音が、ひどく、泣いているように聞こえた。気がするだけだぞ。

 今日の事も明日には薄れていく。永遠に綺麗な物なんてない。思い出すら、やがて薄らいで曖昧になる。



 修正するかもしれません。

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