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 使い道のねぇテリトリーを全て解放する。

 ヌースをビルに浸透させエーテル化、そこから物質に変換してしまうと、細胞内に物質が混ざり、炸裂、虐殺になりかねない。建物も倒壊してしまうかもしれない。

 しっかりとエーテル化させ、流体物質へと変換してからビルへ浸透させる。足元から、上方……下方にも続いているのに気づき――流し込む。

 建物内を埋め尽くし、全てを包み込む。


 もしかしたら俺達を殺せる奴がいるのではないか――どんな能力で、どんなアイテムを所持しているのか。

「いないな」

 ラファに即答されてしまって、思わず苦笑いしてしまった。

「こういうの、もっとやり取りが大事だと思うんだけど」


 もっともいたところでやることに変わりはないけれど――ついでに言ってしまえば、流体内の人間の区別などつかない。

 エリシアとエリーを助けに来たのに、俺がエリシアとエリーを殺したのなら意味がない。俺のヌース変換にはそれをやってしまう可能性がある。

「もう制圧したのだろう? 何を言うことがある。こんな表層で取れるアイテムに、俺達を、少なくとも俺を傷つけることのできるアイテムなぞ落ちはしない。そもそも迷宮のアイテムのほとんどは対魔物用だ。そういうアイテムが欲しいのならダンジョンに入らないとダメだ。そしてダンジョンは、そうやすやすと入った者を逃がしはしない」

 可愛くない……。

「もうちょっと可愛い喋り方しない?」

 そう言うとラファは頬を膨らませて、抗議してきた。

「可愛いだろ」

「ん゛ーがーわ゛ーいーい゛ー」

 マジで可愛いし、キレそう。


 エリシアがひどい目にあっていたらと少し考える。それならば俺が襲っていてもよかっただろうにと、そんなことを考えてしまうのだ。俺を受け入れるまで無理やり気持ち良くして『あげる』。そんな妄想をして、妄想の中ではエリシアは俺を受け入れてくれるのだ。

 なんて都合のいい妄想なのだろう。なんて馬鹿げて、俺に気持ちのいい妄想なのだろう。

 エリシアの苦しみを思えば、そんなことを考えられるはずもない。俺という奴はまったく――救いようもない。踏みにじられたエリシアを想像すると、怒りが沸くのも確かだ。


 幸せになってほしいとでもいうのだろうか。


 入り口に行くと男が何人かと女が何人かいた。

 服がすでに支給品じゃない。迷宮産の防具という奴か、それとも市販の物か。どちらでもかまいはしない。どうせもう動けない。

 色々考えた。色々考えはした。こっそり入ってこっそり出てくるというのも考えたが、どう頑張っても無理だ。昔、黒い羊としての任務を思い出してよくやったなと今更ながらに思う。こっそり助けたとしても、逃げたことに気づかれればまた襲われる。


 全員殺せばいい。確かに全員殺せる。そしておそらく――生きる価値が無いなどとどうして俺が決められようか。救いようがないなどとどうして俺が決められようか。何様のつもりだか。

 見張りの男と女を、流体を使い全員壁へと押し付ける。

 左手でモクを咥え――拳を柔らかく握るように。人差し指と中指を使って、指に触れ、口元へ運び咥えると自らの平が見えた。

 顔を見られないように、壁や地面に見張りを押し付け、モクに火を付けて歩く。

「うぐっ」

 男のうめき声に、少々強めで加減ができないことを改めて認識した。後ろをラファが付いて来る。


 モクを口に咥えたままでは喋れない。息を吸い、そして吐き、左手の人差し指と中指でモクを取ると。

「エリシアは十三階、エリーは地下だ」

 俺が何か言うよりも早く、ラファはそう言った――俺ではエリシアとエリーの位置までは特定できない。やだーこの子強すぎる。

「ぶっていいか?」

「なに? どうしたの? いつも暴力的だね?」

「ぶつ‼」

「なんでだよっ。ぶつなよっ」

「なぜ笑う」

「お前がぶつからだろっ」

「最近、お前の娘が、お前を叩く気持ちがよくわかる」

「意味不明なんですけどぉー。あのぅー暴力やめてもらっていいですか? ぼくぅ、悪くないんで。暴力やめてもらっていいですか?」

「ぶつ‼」

「ぶふっ」

 いててて。マジでぶちやがったコイツ。


 ごめんな。ありがとう――腐りそうな精神を、ほぐしてくれたのだろう。

「じゃあ、俺が上」

 俺が上を指すと。

「俺が下か」

 ラファは下を見た。

 ラファは俺のテリトリーを中和しながら進んでいるようだ。ピリピリとはするが、我慢するしかない。悪いねとラファを見ると、ラファは流し目をするように俺を見ながら行ってしまった。

 ラファが動きやすいように地下に広げた流体は解く。俺よりもあいつ、ラファの方が上手に動けるし、有能だ。


 ビル――ビルだ。でかいビルだが、所々さびれてはいた。

 しかし不自然に形を保っているようにも感じる。魔石は定期的に再生するので、このビルにも定期的に魔物は沸くはず。それを処理しながら生活しているのだろう。おそらく十三階以降に防衛ラインがある。

 二十階ぐらいあるだろうか。入口は崩壊したガラス窓の隙間――見張りがいることからここが入り口に思える。裏口はあるのかもしれない。

 広げた流体より地形を把握――ビルの三分の一程度が砂漠に埋没している。裏に崩壊した階段の残骸があり、非常口はあるが、そこへたどり着くための階段は存在しない。非常口の扉は錆びていて開閉するのは難しいが、開かないわけではない。

 間近で見なくても大きく、近くで見ても遠くで見てもでけぇビルだ。


 ビル内へ――見回し、流体より一つの階が、二~四つのフロアで構成されているのが伺える。通路と、元はオフィスだったのだろう残骸。

 内部の風の流れは緩やかで、透明感を帯び、一部のガラスより柔らかな日差しが入る。

 何か窓にコーティングされているのが伺える。遮熱と遮光か。

 中央部に溝、見下ろすとエントランスで、吹き抜け、地下から上まで見渡せる。

 一部エスカーレーター、動いていないのでもはや階段と化していた。エレベーターは透明で、中が見え、止まっている。電力は通っていないと思われる。


 階段を上る――中途の人々が呻いたり、声を上げたりしているが、無視する。

 通り道の奴らは壁か地面に押し付ける。

 十三階はさすがにつれぇわ。テリトリーに乗り、階段の中央に開いた隙間を泳いで登ることに――ラファの奴、殺してないだろうな。

 階層階層の手すりに飛び移り、蹴ることで推進力を――。

 できる限り殺さないでほしいというのは俺の我儘だろうか。手を汚さないでほしい。

 俺がそれを止められるわけもないけれど。


 十三階まで――つうかよくこんなところを拠点にするものだ。

 結構大きい、人数も百を超えている。迷宮産の防具や武器、アクセサリー、アイテムがあれば十分暮らせるだろうか。ダンジョンで何カ月も生活していたのを考えれば迷宮内で暮らすのは割と楽なのかもしれない。

 フィールド迷宮の良いところは、魔石が設置された建物より、条件を満たさなければ魔物が出られない事。その条件とは、一定期間の侵入なし。中に人が入った場合は如何な理由があろうとも召喚された建物より魔物は出られない。


 魔物は共食いすると、生き残った方が先祖返りを起こすのではないか――ふとそんな仮説を立ててしまった。


 あぁ、なんだか、トゥーナを抱きしめたくなってきた。なぜこんな事を思うのか。

 胸に抱きしめて、頭をナデナデ、いい子いい子するのだ。なんとも言えず、なんとも言えないな。甘くてとろくて濃厚で、さぞ美味しいスイーツなのだろう。


 十三階にたどり着き、開いているガラスのドア、入り、場を見る――黒い、大理石のような石、テーブルの上には瓶とグラスが並んでいた。

 窓の外に広がる青い景色――綺麗で高くて豪勢だ。

 風の音が響き聞こえそうなものだけれどそんなことはなく、稀にグラリと揺れて、心もとなさを刺激してくる。


 ――机とグラスと、酒と、女と、男。

 一際大きく豪勢なソファーを見る――髪を刈り上げ、ジャケットというか、コートというか、日焼けした肌は浅黒かった。

 姿を見られたくはない――天井へ、天井を歩く。上を見ている人間はいない。

 体が動かせず、みな困惑し、混乱し、騒がしくはあった。

 コイツが一番偉そうだ。

 一際大きなソファーに座った男。


 カオス――ダークネスクロース。

 背後に降り立ち、ダークネスクロースで男の目元を覆う。両手に持ち、目元へ、後ろでグッと縛ると男はうめき声をあげた。なかなかに素敵な声じゃないか。


 カオス、全員にお願いね。

(カオス‼)

 流体内の光を遮断してもいいけれど、それだと俺も見えないし、ラファも困るだろうし、エリシアもエリーも何も見えなくなる。

 テリトリー内から布が現れて、人々の顔を覆っていく。

「なんだ‼ おい‼」

 目を覆われた男が叫ぶ。なんでコイツ、腹筋丸出しなんだよ。

 ズボンは黒くてテカテカしているし、靴もやけにトゲトゲしているし、なんだコイツ。なんでこんなにケバケバしいというか、ギラギラしているんだ。

 指には指輪が多く、殴られたら痛そうだ。

 自らを誇示するようだ――俺とは真逆だ。俺はなるべく目立ちたくない。お洒落をするなら見えない場所にする。


 隣にはリータがいる――おそらくこの男がここのボスなのだと思う。思うだけだぞ。

 口から左手でモクを離す。

「こんにちは」

 挨拶をしながら前面に回り、テーブルに腰を下ろす。テーブルの上にあるグラスに、今にも消えてなくなりそうなモクを押し付けた。

「あん? なんだお前。動けるのか? 何処の誰だ」

 俺はテーブルの上にあった瓶を掴み、何度か素振りを――座ったままではとどきそうも無いので立ち上がり、男の頭を殴った。


 飲み口を持って、中部だと割れるから、底の部分で殴る。

「いい? 質問するのは俺だけだ」

「てめぇ……生きてでらっ」

 瓶で殴る。

「お前ら‼ やっちまえ‼ がっ‼」

 瓶で殴る。

「ここにさ、女が来ただろ。獣人の女がさ、来ただろ」

「あぁ? てめぇ……自分がッつ」

 瓶で殴る――左手で胸ポケットからモクを出し、口に咥え、火を付ける――モクを左手で取り、息を男の顔に吹きかける。


 このモクには健康を害する物は一切入っていないけれど、他人の吸ったモクの臭いを嗅ぐのは俺は嫌だな。

「何が目的だ?」

 コイツ頭悪いな。獣人の女がって言っているだろ。

「獣人の女、来ただろ?」

「リータ‼ どういうことだ‼」

「貴方誰? 彼女の何?」

 俺は男の膝を瓶で殴った。

「あぁああ‼」

「質問にだけ答えろよ」

 あっやべ。目的言ってなかったわ。頭悪いのは俺だったわ。

「あの女はさ。俺のなんだわ。で? 何処にいるのかって話」

「……エリシア? エリシアなら、そこのドアの先よ」

「てめぇ、リータ‼ どういうことだ‼」

「知らない。いつも通り、攫ってきただけ」

「てめぇ‼ ふざけてんのか‼」

 俺は男の頭を瓶で殴った。

「で? どう落とし前つけんの?」

「は?」

 俺は男の左ひざを瓶で殴った。

「うあぁあああ‼」

「で? どう落とし前つけんの?」

「俺は関係ねーだろ‼ やるならこの女をやりゃいいだろ‼」

「いや、だってこの女はお前の女なんだろ。責任はお前にあるだろ」

「好きにもってけよ‼」

 瓶で頭を殴る――手加減はしているが、頭から血は流れていた。


 「いらねーよボケ。で? どう落とし前つけるんの?」

「お前絶対殺してやる‼ お前を絶対に殺してやる‼」

「俺はこのままお前を永遠に殴り続けてもいいよ」

「ぐっ」

「で? どう落とし前つけんの?」

「金か、金が欲しいのか?」

 俺は男の頭を瓶で殴った。

「落とし前どうつけんのかって聞いてんだけど」

 何回の問答の後、もう勘弁してくれと言ってきた。

「どう落とし前つけんの?」

「金ならやる‼ 女もやる‼ 好きに連れてけ‼」

「どう落とし前つけんの?」

「なんなんだお前は‼ 狂ってる‼ いかれてる……」


 という脳内妄想を垂れ流して男を見ていた。

 モクに手を添える。机の上に座り男を見ていた。

 何処から妄想ってカオスにお願いしたあたりからだ。


 カオスにお願いしたら、無数のカオスが現れた。

 無数のカオスが現れて、そして手に持っていた黒い布で、一人一人目と口を縛っていった。

 俺は、これ、どうリアクションすればいいのかわからんね――こっちが妄想だって思うじゃん。こっちが現実だ。無数のカオスが現れて、もうなんていうか唖然としてしまって怒りが何処へ行ってしまった。気がするだけだ。


 カオス協奏曲でも流れそうだ。カオス行進曲かもしれない。


 目の前には腹筋出している男もリータもいる。

 目も口も縛られていて、エーテル流体で動けもしないから、うーうーもがもが言っている。覆っただけじゃ言葉を遮ることはできない。言葉が喋れないということは、布を噛まされていて口を開け閉めできないということだ。

 こんな人を瓶で殴るなんて物騒な発想が浮かぶあたり、俺はもうダメかもしれない。

 だからと言って、手加減もできそうにない。

 どうすればいい。俺はコイツ等をどうすれば良い。


 男の腕を銃で撃っただろう――そうだね。

 お前はもう、善人ではないよ――そうだね。

 俺はもう……それでも、心には引っかかりはある。銃で人の腕を撃ち、耳から出血させたくせに――笑っちゃうよ。


 エリシアを傷つけたのなら、エリーを人質として使ったのなら、俺の中の狂った正義が、やはり、お前らを、許せそうにない。

 そう思う反面、無事に返してくれるのならば、それで許そうともしてしまう。

 おいおいそれは良くないだろと、こいつらに代償を支払わせたい。踏みにじってやりたい。


 現在建物は制圧し、これ以上の行動はできない。でもエリシアがどのような状態になっているのかはほぼ不明だ。見たくねぇ。最悪を想像すると内臓が煮えくり返りもする。


 嫌な事、ストレス、他人から押し付けられたものを、自らの成長の糧に飲み込め呑み込めと――この変化も呑み込んで糧にしろと。

 恐怖も、自分が変わる恐怖、相手から受ける恐怖。無数の感情が蠢いていて、結局全て俺のエゴでしかない。


 やっぱ全員殺すか――全てをなかったことにしたくなり、そこにはエリシアも含まれていて、笑ってしまった。建物を倒壊させ、全てを崩壊させ、なかったことにしたい。


 時間を戻すことはできない。例え時間を戻したとしても、それを俺が覚えているのなら意味がない。飲み込むしかない。全て、飲み込むしかない。


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