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 さらさらと流れる金色の原――靡くものは何もなく、流され、混ざる水色と白のコントラスト、からからと乾き、景色すら歪ませる。

 赤やオレンジ、黄色や橙、丘だったものはすでに丘ではなく、まぼろしかと思うほど、景色は揺らめきすぐに移ろう。


 場違いで不自然、まるで大地を穿つようにそびえる青の塔は三つ――一つは左に傾き、一つは右に、最後の一つは少しだけ傾いて軋み、今にも倒れそうなのに、風が可視化するようにその光景を保っていた。まるで最後の抵抗でもあるかのように。


 そんな景色を眺めながら、ため息が漏れる。

 日差しが眩しすぎてやってられない。ここは地下であるはずなのに、なぜ空があるのか、なぜ太陽があるのか、なぜビルがあるのか。

 反射する光を手で遮る――。


 ことのいきさつはそう難しいものじゃない。

 なんでこんなところにいるのかと言う話だ。なぜ、俺が、フィールド迷宮のこんな場所にいるのかという話だ。

 ルシオがエリーをフィールド迷宮に誘った。

 ルシオ、ケイシー、リータの三人でエリーを荷物持ちとして迷宮に入ったそうだ。

 ケイシーはリータについて言葉を濁らせた。

 リータが絡まれているところをルシオが助けたそうだ。リータはそのままルシオの仲間に加わった。ケイシーも最初はリータを歓迎していたけれど、その日のうちにルシオと関係を持ってしまい、愕然とした。


 しばらくはその事が尾を引き、エリシアが絡まれた時も上手に動けなかったと顔を曇らせた。

 自分がエリシアにしたことが自分に帰って来て初めて自分のしたことの痛みを知る。

 エリシアにどんな顔で会えばよいのか、どんな顔をしたらよいのかわからなくなって、それでもケイシーはルシオやリータを受け入れるしかないと――そう思ったそうだ。

 自分のことで手いっぱいいっぱい、ルシオの心に気がつけなかった。

 ルシオが何を思っているのかに気づけなかった。ルシオの変化に気づけなかった。

 どうしてかはわからないが、ルシオは俺を怨んでいるらしい。俺さえいなければ、エリシアが離脱することはなかったのも確かで、だが外側から見れば、俺は女として判断されているだろう。女同士ってことにはなっているはず。それでも俺を目の敵にするということは、何か理由があり、リータが何かを吹き込んだのかもしれない。

 実際に睨まれてはいるわけで、恨まれていないと否定はできない。


 このリータという女は、女子トイレで複数人に囲まれ、責められているところをラファが助けた女だ。ラファからすればもう一人いた女の子を助けただけであってコイツを助けたわけではないという。ラファが感想で、救いようがないと断言していることから、リータには何かあるのかもしれない。


 半分はケイシーの口から、半分はラファがケイシーから読み解いたものだ。

 人は嘘を付く生き物であり、自分にとってよろしくない情報を言いたくはない。

 俺だってそうだ。

 ケイシーはエリシアにも相談していたわけだし、いざ自分がやられて初めて、それがどれほどエリシアを傷つける行為であったかを理解したと、ラファはケイシーからそう読み取った。

 俺たちがケイシーの心の内を知っているとわかれば、ケイシーは傷つくだろう。

 だから余計な事は言わない。


 問題はある――ケイシーがなぜ俺達に助けを求めたのか、という話だ。

 他に当てが無いのなら俺達のところへ来るだろうが、本来助けを求めるのならば真っ先に職員や機関に駆け込むだろう。

 それなのに、ケイシーは真っ先に俺のところへ来た。


 ケイシーは誘導係だ――ルシオとリータは競合し、エリーを人質にとった。事故を装い、ケイシーを使い、エリシアを呼び出し、エリシアはエリーを人質に取られた形となり、迷宮に入りざるを得なかった。ケイシーもここで何かおかしい事に気が付いたが、エリシアは迷宮内にて捕らえられてしまった。


 そしてリータはさらに、ケイシーにエリシアを返してほしければ、俺達に迷宮内に来るよう言うように言った。職員に話せば命は無いと――どちらにしろ命の保証なんてありはしないのに。

 ケイシーはのこのこと俺達のところへ顔を青くして現れたというわけだ。

 だがケイシーは悪くねーよ。コイツ、まだ十代だ。悪くはねーよ。

 ケイシーの頭を撫でると、ケイシーは過度のストレスからか、胃液を吐き出した。自分が何をしているのか、何が悪いのか、これからどうなるのか、自責の念で喉がカラカラなのだろうな。極度の脱水症状を示し、点滴を受けるため横になった。


 俺はのこのこと迷宮に赴くと言うわけだ。

「貴方達は、迷宮から戻られたばかりですね?」

「はい。そうです」

「今日はもうお休みになるのがよろしいと思います」

「そうですね」

「ご理解いただけましたか?」

「えぇ、はい。ご忠告痛み入ります」

「では、お戻りになられてください」

「……迷宮に入りたいので許可をください」

「……私の話を聞いていましたか?」

「はい。聞いておりました」

 俺はあからさまにため息をついて、顔を伏せてあげた。

「実は、トゥーナが、妹が病室のベッドや器具や部屋を破壊してしまいまして、それを弁償しなければなりません。一体いくらかかるのか」

「それならば問題はありません。そうですね。諸々の費用込みで銀貨七十五枚は必要になると思います。しかし貴方は万能薬を医院に寄付してしますね? それを加味し、今回部屋の破損は不問にするそうです」

「あら、そうなのですか」

「えぇ、そうです。弁償の必要はありません。あなた方の提供してくださった万能薬のおかげで、五十人近い人々が救われました。感謝を示します」

「それは嬉しく思います。……それで、許可を、いただけますか?」

「……話、聞いておりましたか? 弁償の必要はありません」

「はい。お願いします」

「娘さんが病室で暴れていますが?」

「本当に仕方がないですね。あの子ったら……あと、娘ではなくて妹です」

「理由をお伺いしても?」

「お金を稼ぎたいからです」

「初心の方にフィールド迷宮はおすすめしません」

「はい」

「……」

「どうかしました?」

「それでも入るのですか?」

「はい」

「どうしてもですか?」

「はい」

「どうしても、ですか?」

「はい」

「どうあってもですか?」

 早く許可くれよ。

「はい」

 にっこりとそう答えると、受付嬢は顔色を濁らせながらも、許可をくれた。

「くれぐれも無理はなさらぬように。危険を感じましたらすぐに退避してください。またヒューマンイーターに出くわしましたらすぐに避難してください。また迷宮内には職員がおります。職員の位置を把握しておくのをおすすめします」

「ありがとうございます」

「……本当に入るのですか?」

 しつこい。


 扉を入り、閉まる――受付の窓がスライドし、中から短髪の女性が顔を覗かせた。

「弾は何発だ?」

「四十発ほど……」

「てめぇ、舐めてんのか? 弾はダース売りだって知っているだろ。頭いかれてんのか。三十六発。マガジンはホルダーに入れとく。きばってこいや」

 いや、四十発ならSMSハンドガンのマガジンに八発入れて寄越せばいいだろと思ったが、そもそもダース販売しかしていないのなら仕方がない。

「どうも」

 フルフェイスをかぶり、エレベーターへ。

 扉が閉まり、壁に寄りかかる。隣にはラファ。


 チョコにお願いしてトゥーナの傍にいてもらうことにした。

 トゥーナは変貌(変態)中なので周りの人が怪我をしないようにお願いしますと言ったら、あっさりと鍵もつけてくれた。

 俺たちが出かけたあとにトゥーナが攫われたのではお話にならない――もっともその確率は低いとみている。ラファもケイシーがトゥーナを攫うとは考えていないと言った。


 エリーをフィールド迷宮に連れ出せたのは、あくまでも合法により、エリシアを連れ出せたのもあくまでもエリシアの同意を得た合法により。

 エリーは仕事として、エリシアはエリーの身柄を人質に取られてやむを得ず、しかし入る理由は、お金を稼ぎたいからとかそう言った理由を提示しただろう。


 まったく厄介なことこの上ない。

 非合法でなければ銀糸竜はそれを悪だと判断できないともとれる。

 エレベーターが止まり、ドアが開く――ポケットからモクを一本出して口に咥えた。

「虫は?」

 ちらりとラファを見る。

「つけられていない」

 まったくもって救われねぇよ。救われねぇ。正直キレそう。


 場所わかんねぇ。総当たりで行くか。

「タチアナだな?」

 エレベーターから出ると男が声をかけて来た。

「えぇ。貴方は」

「こちらへ来てもらおうか」

 付いて行くと制圧された建物の中へと誘導された。どうやって俺達を判断したのかという話だが、ラファの話ではラファの容姿により、という話だ。ラファの偏差値が高くてすぐにわかったという。

「銃とカードを貰おうか」

「二人は無事なの?」

「あぁ」

「場所は?」

「銃とカードが先だ」

 ラファを見るとラファが頷いた。

「その服があるから、死にはしないよな」

「なっ‼ 俺に手をあげればどうなるか!?」

「遠くに見張りがいる。そっちは俺がやる――やった」

 マジやばくね。

「殺すなよ? じゃあ、お前も用無しだな」

 確かにその防具は最高だろう。だが、おそらく――纏わせたヌースを物質へ変え、無理やり繊維をこじ開ける。壊せないわけじゃない。左の指で繊維をこじ開けて胸倉をつかむ。

 男が銃を取り出して発砲――止まっているかのように見えた。


 俺は相当、頭にきている。怒りすぎてむしろ冷静だ。

 きゅるきゅると目の前で止まる弾丸を右手の平で包み落とし、そのまま右手に銃を構え、腕部位、ヌースをエーテルへ、エーテルを流体へ変え服の繊維をこじ開けて隙間に銃口を当て、引き金を引く。

「ぁっ‼ なんで!? 服が‼ てぇ……‼ 撃ちやがった‼ 撃ちやがったコイツ‼ 俺の腕に‼ いてぇええええ‼ 俺がいなくなったら‼ 居場所はわからねぇぞ‼」

「お前もう用無しなんだよ」

「遠くの見張りが見てるんだぞ‼」

「そうか」

「へへっへへへっびびったか!?」

「コイツの頭の中じゃ、お前も俺も、あいつも、そしてエリーも……その、なんだ、なんて言ったらいいのか」

 隣に立ったラファが俺にそう言った。

「まわされてんだろってぇ。何? 恥ずかしいの?」

「違う‼」

 ムキになっちゃって可愛っててぇ。ケツを蹴るなよ。

「何言ってやがる‼ 銃を捨てろ‼ 殺してやる‼」

 ヌースを流体へ変えて、男の体が動かないように固定する――傍により、銃をラファに、ヌースで、強引にっ、ヘルメットをっ、両手で、指でっ、こじ開ける。

「なっなんだお前は‼ なんなんだ‼」


 びびったのかよ。こういう中二な演出、マジでやられると怖いよな。

 ラファから銃を受け取り、歯がへし折れるかというほど、頬の外側から銃口を押し付けてやる。

「こんなの‼ 間違えてる‼ ごんだの‼ おがじい‼」

「世の中って大体まぁおかしいもんだろ」

「喋る‼ 喋る‼」

「知りたいことは知っているし、お前、俺達から逃れても同じことをするだろう。いや、お前は俺達より前に、一体何人苦しめた」

「七人だ」

 ラファがそう答えた。

「なひ言ってるんだ」

「じゃあ、終わりだな」

 耳元で引き金を引くと、耳からびゅっと血が飛び出して、男は意識を失った。銃の音で鼓膜って破れるものなんだな。鼓膜が破れたかどうかはわからないけれど。

「殺さないのか?」

「俺はな。俺は殺さねーよ。ていうか殺しちゃダメだよ」

 ラファは肯定も否定もしなかった。俺がなんと言おうが、コイツはヤル時はヤル奴だ。


 ……ただ、この腕の出血量でここに放置したら、ほっといてもコイツは死ぬかもしれない。やっぱ間接的には俺が殺したことになるのか。ならばいっそうのこと――。

「俺がやろうか?」

 やめた。

「……ほっとこーぜ」

「あぁ」

「場所は?」

 そう聞くと、ラファは建物の隙間から遠くに見えるタワーを指さした。

「あれだ」

 遠いなぁ。


 そうして、迷宮内にて、砂漠の中に聳え立つ塔、ビル、タワーと形容した建物を眺めているというわけだ。


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