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20番目

 目的を忘れないでよ、トゥーナはどうでもいい存在ではないでしょう。

 現在ではどうでもいい存在で、時間が経って元に戻れば、どうでもいいと切り捨てたことを後悔する存在と――。

 ラフィが布切れに縛り、体の前に括り付けていた布からゴロゴロとハサミや薬瓶を取り出した。他は捨てた、持ち運べなかったから。

「これじゃあ髪は切れないよ」

 どうしてハサミを持ってきたのだか。

 ハサミを持ち、指を通して刃を開閉する――ラファはなぜと言った顔をする。

 普通のハサミは、刃が厚いから――髪スキ用は刃がもっと細い。

「む……そうなのか」

「綺麗な髪が痛んでしまうわ」

 汚い右手でべったりとラフィの頬を撫でると、ラフィは頬を引きつらせて嫌がった。


 その表情がまたいい。

「汚い」

「いひひっ」

 汚れた天使って最高に綺麗で、最高に素敵で、最高に最低だ。

 俺が汚している。そう思うだけで先が尖るよ。

 もっと汚してやりたい。真っ白な羽に、白い絵具をぶちまけるように、きっと綺麗で、最高に最低で、最高に素敵だ。泣いたらもっと素敵、怒ったら最高に素敵。

 やりてぇ、コイツとやりてぇ、今、穢してやりたい。受け入れてよ。

「お前、いい加減正気に戻れよ」

「わりぃ、すぐ戻るから……」

「本当に、馬鹿なんだから」

「ごめんて」


 薬瓶を眺め、作りかけのアムブロシアを眺める――隣には万能薬。

 赤い小瓶、人差し指の付け根から指先程度の小ささ、一口用、これが万能薬。

「ラフィちゃん」

「へばりつくなよ」

 万能薬があるのを確認して、荷物を改めて布に包み持ち、入り口へと向かった。

 入り口ではオムレツに驚かれ、布で顔を拭われる。

「こいつ、今ハイになってるから、近寄るな、抱き着かれるぞ」

「ひっ」

 そして逃げられた。

「アイテム、おいて‼ そこに‼ 近づかないで‼ おいて‼ 全部‼ 全部置いて‼」


 通路の先で銃などを返還し、窓にべったりと手形を付けてカヌレの顔が引きつって、嬉しくなる。

 俺はこんなにすごいんだぞって、馬鹿みたい、いや、実際馬鹿なんだけど。

 全然すごくなんかないのにね、恥ずかしくて隅っこに丸まりたくなるよ。

「ひどい臭いですよ!? 大丈夫なんですか!?」

 ばっと窓口の下の扉が開いて、そこ開くんだと、出てくると、俺の手に触れ、顔に触れ、全身に触れて怪我の有無をチェックしてくる。

 思わず手を伸ばして背中へ――カヌレは拒否しなかった。優しいな。引き寄せるように抱きしめてしまう。綺麗な布の匂い。優しい匂い。

「大丈夫なのですか?」

「大丈夫、カヌレ、とってもいい匂い。カヌレは柔らかくて、とっても優しいのね、オムレツなんて悲鳴をあげて逃げたのに」

「逃げてないです‼」

 あ、いたの、すぐそこにオムレツもいた。


 水路入り口へ――マガレが口をあんぐり開け。

「おまっお前っくさっくさい。これは、これはひどい‼ え!? お前‼」

 ドアの向こうに連れていかれ、何処だろう、事務室の隣の扉が開けられ、いくつかあるドアの向こうへ連れていかれる――タイル張り、ツナギを脱がされ、下着をひん剥かれ、頭からお湯をかけられた。

 気持ちいい――椅子に座らされ。

「ほらっ石鹸」

 ちょうどいいお湯の温度、シャワーだシャワーが気持ちいい――滴るお湯が、赤くて青くて黒くて、薄く伸びていく様が見ていて楽しい。

 同時に血は恐怖を与えてくる。流れる血の色に、恐怖をおぼえる。

「洗える?」


 カヌレにそう聞かれて、ぼんやりとカヌレを見上げる。

「ダメそう」

 首を傾げると、カヌレはそう言った。

「別にダメじゃないですよ」

 そう言い返す。

「こりゃダメそうだな。オム、泡立て器とって」

「はい」

「大丈夫ですよ」

 そんなにひどくはない。

「お前な、大丈夫って奴が一番大丈夫じゃないんだ。オム、一応精神鑑定するから、ガロアを呼んで」

「わかった」

 オムレツ、カヌレ、マガレの三人がかかりで体を洗われて、体のチェックをされて、浴槽へと放り込まれる。温かくて、気持ちいい。体にまとわりついていた快感と不快感が拭われる。

「何か欲しい物ある?」

 カヌレにそう聞かれ、手を貸してと答えた。

「手を? どうして?」

 俺はカヌレの手を取って頬擦りする。

「これで安心するの? もう安心していいから」

 コイツ、めちゃくちゃ優しいな。

「カヌレさんは優しいですね」

 そう言うと、カヌレはほっとしたように微笑んで、頭を抱きしめてきた。

「大丈夫、大丈夫です、ここはもう安全ですよ」

「大丈夫なのに」

 やっぱ女性の胸は最高じゃねーか、服越しでもふっくらとして冷たくて柔らかくて、包まれているようで、良い匂いがした――怯える子供みたいで恥ずかしくもある。


 あの妹を、見た時と少し似ていると思ってしまった。

 俺の妹は、近所の猫を殺して喜ぶような、そんな妹だった。

 物心ついた時にはもう、右手に持った木の太い棒で、猫を滅多打ちにして、血まみれの猫の首をもって、嬉しそうに笑っている。そんな子だった。

 本人に悪気はなかった――お兄ちゃん、ほらっ、とったよ。

 嬉しそうに笑う。無邪気に笑う。怒られてもキョトンとする。両親が悲鳴を上げても、泣きもせず嬉しそうに笑う。悪意もなく――そう生まれてしまったのは、罪なのだろうか。


 人間は、物心がつくと、きっと、天使じゃなくなる。


 椅子に座らされ、髪をタオルでぬぐわれる――俺の横を、裸になったラフィが通り、お風呂の扉が閉められる。流し目、その体は目に毒だ。これからお風呂に入るのだろう。


 ガロアが来てライトで目を照らされる――ライトなんてあるんだとライトをじっと見つめる。

「これはライトです。簡単な光を照射する機械で、あぶない物ではありません」

「はい」

「光を見てください」

 じっと見ている。

「私がわかりますか?」

「はい」

 手を掴み、手首に触れ、おそらく脈をはかられている――首元に伸びた指先、喉に触れて、冷たくて、こいつら人間じゃない癖に、人間みたいな感触がして、オキシトシンが出ているのか、セロトニンが出ているのか、穏やかな気持ちになる。

「失礼しますね」

 目に手が当てられ、白目を見られる――。

「口を開けて、声を出して、あー」

「あー」


 胸に耳を当てられて――。

「息を吸って、吐いて、吸って、吐いて」

 後ろに回られて、頭を掴まれる――左右に振ったり、上下に振ったり。

「これは痛いですか?」

「いいえ」

 両脇に手を通して圧迫される。

「これは痛いですか?」

「いいえ」

 左腕を掴まれて、可動させられる、右も同様、足も――。

「体は問題ないですね。意識もはっきりしています。それよりも……いえ、確証はないですが」

 ガロアはそう言って言い淀んだ。バレたか。俺が、人間じゃないという事が。

「どうした?」

 マドレが聞き返す。

「もしかして、タチアナさんは……いえなんでもありません」

「うん?」

「もしかしたら、タチアナさんには獣人の血が流れているかもしれませんね」

「そうなんですね」

「へぇ……」

 まぁ、鱗が少しあるし、舌も長い。トカゲ混じりだ。


 マガレがラザニアに呼ばれ何処かへ行き、俺は簡単な質問、精神鑑定を受けることに。

 内容は、これは何に見えますかと絵を見せられたり、好きなものはなんですかと言われたり、昨日は何をしましたか、等々、本当に些細な質問だった。

「問題ないですね。体も健康です」

「終わった?」


 険しい表情をしてマガレが、そして後ろにはラザニア、オムレ。

「私の検査は終わりです。精神汚染もありません」

「そうか、じゃあ、鑑定が終わったから、荷物を返すが、質問がある」

 鑑定って翌日までかかるんじゃないのか。すぐしてくれたんだと、万能薬があるし、そのせいかもしれない。いや、アンブロシアがあるからか。あれは人を殺す危険なものだ。

 がらりと扉が開いて、ラフィが出て来た。

「お前‼ 体を拭いてから出てこい‼ 私の事務所が‼」 

「あぁ?」


 ラザニアが俺の目に前に来て、ハサミと宝石類、薬品二つを取り出した。

「最初に、この鋏は、もし売るならば、銀貨六枚で引き取ります。部屋に持ち帰り使うことも可能ですが、街中での持ち歩きは最小限にとどめてください。あらぬ誤解を受けますし、この鋏でも十分に人を傷つける事が可能です。宝石類はどうしましょうか?」

「全て売却でお願いします」

「わかりました」

 次いで、ラザニアは複雑な表情をしながら薬瓶を一つ見せてくる。

 赤い小瓶、万能薬だ。

「これは万能薬です。希少な薬の部類に入るので、最低でも銀貨三百枚の価値はあります。競売に出品すればもっと価値がつくかもしれません。銀貨をいくら積んでもいいから欲しいという方もいると思います」

「そうなのですねぇ」

「それを踏まえた上で機関にお売りいただけるならば、即金をご用意できます」

「それは少し保留させてください」

「わかりました。最後に、この緑の小瓶なのですが」

「大人しくしろ‼」

「服ぐらい自分で着れる」

 ラフィは髪が長く、紐で縛らなければふわふわなので、お湯が垂れまくっていた。

「違う‼ 髪を拭かせろ‼」

 アンニョイではないマドレの声に、いい声だと思う。

「ちょっとそこの二人‼ 今大事な話しているんですよ‼」

「だってコイツが‼」

「コイツも何もありません‼ 静かにしてください‼」

「うぐっ」


 ラザニアがため息をつき、しかし顔の表情は緊張を保っていた。

 アンブロシアは猛毒だから、扱いに困るのかもしれない。

「タチアナさん、これを何処で入手しましたか?」

 緑の小瓶を差し出されて、疑問を頭に浮かべる。

「宝箱からですが」

「本当に宝箱から入手したのですか?」

「そうですね、あまりいいものではありませんでしたか?」

「はぁ……ちなみにこちら、お飲みになりましたか?」

「いいえ、何かわからない物を口に含もうとは思いません」

「結論から言って、こちらはアムブロシアです。あらゆる病気を癒し、寿命すら伸ばすとされる聖薬です。値段は貴方の言い値です」

 俺はアムブロシアを作っていない――ラフィを見ると、目を反らされた。


 お前なぁ、コイツこっそり宝箱開けてアムブロシア作りやがった。

「はぁ? それはすごいものなのですか?」

 すっとぼける。

「すごいなんてものじゃありません。これはここ数百年で数点しか見つかっていない聖薬中の聖薬です。これをめぐって戦争すら起きるでしょう。各国の、人と名のある王ならば、いくら金をつぎ込んでも欲しいと思うものです」

「そうなのですね」

 俺の言葉を聞いて、ラザニアは頬を引きつらせた。

「わかっていますか!? わかっていますか!? 貴方はとんでもない物を見つけてきたのですよ!?」

「汚れた甲斐がありましたね」

「この薬に関して、貴方が所持することを私達は推奨しません。貴方の命、引いては貴方の家族の命が脅かされる可能性があります。これを市場に出すのは、情報として開示するのは推奨されません」

「そうですか」

 俺は小瓶の蓋を開け、鼻を近づけて匂いを嗅ぐ――炭酸飲料のにおいがする、懐かしい、久しく飲んでいない炭酸飲料のにおいだ。

「良い匂いですね」

「状況をわかっていますか!?」

「えぇ、わかっていますよ」

 ラザニア、怒鳴りすぎ。

 万能薬はガロアが欲しがっていたので半分だけあげた。半分はトゥーナの分だ。

 万能薬は薄めても十分に効果があり、点滴にすれば沢山の病人が救われる。

 その中にはあの老婆も含まれている。

 俺は、あんまりお金を持ちたくないし、力も持ちたくない、権力も持ちたくない。

 それは俺が傲慢だからだ。何をもっても身を亡ぼすとわかる。日々が暮らせるだけで十分だ。それ以上は、俺は、他人を馬鹿にしてしまう。見下してしまう。俺は、ろくな人間じゃない。

「では、これは、みなさんには、内緒ということで」

 口に人差し指を当てて、小瓶を振ると、ラファ以外のみなが顔を引きつらせた。


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