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8


 主人公前体スペック。


 猫っ毛メガネ。



 朝、簡単に朝食を取ると、ロレーナを村に帰す――渋る顔をするロレーナだが、村まで送ると言ったら、すんなり帰るのを受け入れてくれた。


 誰かが来ては困るけれど、妖精の話が本当ならここにはよほどのことがない限り来られないだろう、しかし思えば、妖精など信じて良いものか。


 出かける前に地下に日記などの本を納めておいた。


 魔力で身を守れるので、裸足でも関係ないし、ワンピースでいいだろうと思っていると、ロレーナには驚かれた。


 クトゥーナも魔力で覆っておく。


 草原を歩くとスライムはロレーナに飛びかかったが、ロレーナは慣れた様子でスライムを避けていた。


 俺とクトゥーナに飛びかからないところを見ると、魔力で覆うとスライムには感知されないようだ。


 ロレーナも魔力で覆っておく。


 森に入り、ロレーナは木の幹の傾きなどを見ながら進んでいた――これで村にいけるだろうかと思案している。


(もしかして村にいくのだ?)


 急に声がしたので辺りを見回してみるが、誰もいない。


(今、君だけに話かけているのだ。別に口頭で答えなくてもいいのだ、もう出ていくのだ?)


(いや、出ていきはしない。村までロレーナを送ろうと思ってな。それより、誰も教会に近づかないようにしてくれないか)


(それは大丈夫なのだ。竜でも来ない限りだけど。君にはまだやって欲しいことが二つあるのだ。だからまだ出ていかないでほしいのだ。出ていかないのはわかったのだ。でも不安だからカオスが君を守るのだ。魔力を見る限り、そんな必要はないと思うけれど、カオスがいれば安心なのだ)


(カオス?)


「へっへっへっカオス‼」


「えっなに!?」


 不意に現れたのは二足歩行している着ぐるみの犬みたいな奴だった――マロと大きさは近いが、小さな瞳孔と大きな白目、瞳があらぬ方向を向いている。


 体毛は血のように赤黒く、犬というよりは狼だった。


 なんていうか、その、すげぇ間抜け顔だ、こんな生き物が存在していいのだろうかと真面目に思案してしまうほどに間抜け顔だ。


 ロレーナがそんな犬の声に反応して振り向くと、犬は消え、ロレーナが視線を逸らすとまた犬は現れた。


(こいつ、急に不可思議な魔術を発動して体削ったりしてこない?)


(なんなのだそれは……。君の発想はなんか基本的に暴力的で怖いのだ。そんなことはないのだ。カオスはちょっと変わった奴だけど、いい奴なのだ)


(これでいい奴なら俺は好きだな)


(カオス‼)


(ただカオスとしか言わないのが難点なのだ)


(まさにカオスだな)


(へっへっへっへっ)


 カオスが飛びついてきて、俺の背中に張り付いた。


(ちなみに先読みして言っておくけど、ぼくたちは君に危害を加える気は全くないのだ。なんなら君に殺されても誰も反撃しないのだ。信用するのは難しいかもしれないけれど、時間をかけて信用してほしいのだ。ぼくらは200年ぐらい君を待った。今更あと何百年待っても問題ないのだ)


(ちなみに、お前らはどうすれば俺の物になるんだ?)


「カオス‼」


「なに!?」


 カオスが変な声を上げるたびにロレーナが辺りをきょろきょろ見回し、俺が大丈夫だとロレーナを誘導する。


(君はそんなにぼくらが欲しいのだ? それは力が欲しいという事なのだ?)


(いや、別に、力はいいかな。ただもふもふしたいだけだ。もふらせろください、あとは養わせてください、わさせろ)


(意味がわからないのだ……。とりあえず村まで案内するのだ。気を付けていくのだ。ただ君が魔力を広げて外敵を動かなくしてしまえば、ほとんどの敵は動けなくなるのだ)


(なるほど、やけに優しいよなお前ら)


(ぼくらは君をずっと頼まれて生きてきた。君に何かあったらその子が傷つくのだ)


(しがらみか)


(気を付けて行くのだ)


 指標を得たのか、先頭のロレーナは導かれるように歩き始める。


 俺は魔力流体を広げる――体感50mぐらいだろうか、流体を広げると流体の中で動く生物の存在を感じる。


 もっと上手に動かすには時間がかかりそうだ――とりあえず範囲に入った生物が動くのを封じる。


 ロレーナとクトゥーナとカオスを除いてだ。


 足音を聞いては床に耳を付け、ロレーナはこちらに静かにするよう促してくる――獣の足音なのだろう、足音を聞くとロレーナはほっとするような表情をした。


 日本のように毒の無い虫ばかりならば良いが、この世界の虫は殺意が高い、ゴライアスバードイーターのように鳥を食べる蜘蛛や、タガメのように蛇を食べる昆虫は知っているが、大型の鹿などを捕らえる昆虫が普通に生息している。


 歴代の日記にも書いてあるが、岩に擬態するカニは獲物の足を万力のようにひしゃげてしまうし、木に擬態した巨大な毛虫は人を丸のみにしてしまう。


 動こうとした木を魔力で締め上げる、ギリギリと音がし、体が傷つくと大抵の生物は動くのをやめる。


 背中にいるカオスの毛並み、こいつ、毛がごわごわしてやがる。


 許せねぇよな……こんな毛がよぉ、柔らかくないなんてよぉ、許せねぇ。


 俺は睡眠を何より大事にしていた。


 少ない時間でどれだけ快適に眠りに落ちるのか、その上で有用だったのが、肌触りの良いもふもふした枕や布団だ、特に枕。


 俺はマロとカオスに枕を見出した――こういう体温あるモフモフした生き物は俺の経験上、精神に良い、クトゥーナもこういうものと触れ合うのが良いだろう。


 クトゥーナもモフモフだけれど、体を撫でるのは倫理的にな。


「待って」


 ロレーナが屈む――。


「クトゥーナ、俺から離れるなよ」


「はい」


「俺から?」


 ロレーナが俺の言葉に気が付いて振り返り、素が出てしまったのをしまったと思い、別にいいかとも思う。


「いえ、村に出たら、こういう言葉遣いの方が、絡まれないかなと思いまして」


「ふふふっ大丈夫よ、うちの村は田舎だし、そんな粗暴な人もいないから。村から少し行った街には、粗暴な人が多いから気を付けてほしいけど、私が守るわ、何があっても」


 なぜそこまで俺に固執する。


「岩ガニだわ。とっても美味しいの」


 俺の足元近くにあった岩をロレーナが拾った石で打ち付けると、バラりと足が現れて痙攣した。


 岩で打ち付けることで、脳震盪を起こさせたのだろう。


 足を絞め殺す類のカニだと思うと美味しいと言われても素直に喜べない――ロレーナはナイフで蔓を斬り、岩ガニが動けないよう器用に包み込んでいた。


 触らせてもらったが、甲羅が異様に硬い――岩のようだ。


 その巨大なハサミは人体など容易に破壊してしまうだろう――しかしやはり異世界でも人は逞しい、食べられるものは何でも食べるのだろうな。


 鋏が異様に大きくて歪だが、カニを食べたことがあるから鋏の中身と味を想像してしまう。


「もうすぐつくと思う」


 森の終わりは唐突に訪れる――木々が種子を落とし、少しずつ、少しずつ広がっていくのだろうなと、森と草原の境目を見て、そう思った。


 意外なほどあっさりと村に付いた――森を抜けた先、しばらく草原が続き、湿地に入り、抜けるとまた草原と、それから人工物がちらほらと現れ始める。


 主に石を積み上げた塔のようなもの、目印だろうか、草原や湿地には獣道があり、比較的楽に通れた。


 湿地にはヒルがいそうで嫌だなと思ったが、ヒルはいないようだ。


 やはりスライムが生息しており、場所によっては深いのだろう――緑のコケや藻、水草、土を覆って水を澄ませる。


 小さな魚と大きな魚、浮かび上がってきて、水面に顔を付けてまた消えた。


 やはり虫が多いな――流体の中に入ってきた羽虫、表面が柔らかいと入って来て動けなくなり、漂う事になるので、表面を少し硬くし、虫が流体の中へ侵入できないようにする。


 クトゥーナの手を握り歩く――時折歩幅などを気にしたが、クトゥーナは俺の手を振り子代わりに体重をかけ、飛ぶように歩いている、器用なものだ。


 時たま俺を見上げては、嬉しそうに顔を綻ばせるのが不思議でしょうがない。


 こうしてみると、本当に何の変哲もない子供なんだな――他の世界も、何処も、子供はこんな風なのかもしれない。


 それなのによぉ、顔にこんな数字なんか刻みやがってよぉ、マジ許さねぇからな。


 見えてきた村は、素朴そのままと言って良かった――農作業具らしき道具を持った人が、ロレーナの姿を確認すると引っ込んでいき、アーサーが出てきた。


 日の傾きから見て午後過ぎと言ったところだろうか、アーサーはロレーナの肩を掴み、安堵するように息を吐いた、やがてロレーナの両親と思われる人たちが来て、ロレーナを心配そうに抱きしめる。


 朝から森の中にいたってことは、ロレーナは夜中家を出た事になる。


「マギサ」


 アーサーがこちらを見て、手を握ってきた――クトゥーナが俺の後ろに隠れる。


「まさかとは思っていたけれど、やっぱり君のところにいたのか、あのバカ」


 両親が俺を見て、ロレーナが何か説明するように話している。


「君か、娘をどうもありがとう」


 少し鋭い目つきだが、娘思いそうな父親と、化粧っけの無い母親、父親が感謝するように手を握り、肩を掴む、母親も来て、視線だけは柔らかだった。


 いい人達だというのが第一印象――他人は苦手だが、この世界では貴重な他人との交流だ。


 こんな服装で良く森を抜けられたとか、そんな事を言われながら家に案内された。


 家は大きくなく小さくなく、手作りといった感じだが、柱はしっかりとしていた。


 床は裸足では歩けないタイプ――明かりはランプのようだ。


 部屋は三つ、玄関兼リビング兼台所と両親の部屋、ロレーナの部屋。


 アーサーは離れに住んでいるようだ。


 玄関から入ってすぐに台所、へりというかふちというか段差があってリビングと机、たぶん食べるところ。


 席に座らされて料理を出されたり、ロレーナの部屋に案内されたり、おもてなしを受けた。


 安心したのは、クトゥーナが虐待されなかったこと――席も料理も普通に用意され、ロレーナの母親には優しく接せられていた。


 女性が子供に優しく接しているのを見ると、とても良いと思う。


 わざわざ俺の膝の上に乗せてご飯を食べさせる必要はなかった。


 ロレーナを助けてくれてありがとうとお礼を何度も言われた――一人娘なのだろう、それは大切だ。


 アーサーは昨夜からロレーナを探していたようで、少し眠そうだった。


 今日は泊まって行ってほしいと言われ、泊まる事に――まだ時間があるので、村を案内してもらった。


 村は見渡せるほどの広さで、開拓中といったところだ。


「近くに、エーデルベルトって街があるのだけど、最近まで封鎖地区だったこの辺りの開発が認められてね、うちの両親はその街から開拓に来たの」


 ロレーナが楽しそうに俺を見るのが、なぜだか逆に心地よくなってきた。


「封鎖地区?」


「数十年前に領主様が変わったのだけど、前の領主様が、この地について不可侵の条約を国と結んでいてね。新しい領主様が武功を立てたとかで、その褒美としてここの開発を王様にお願いして、それが認められて、不可侵条約は破棄になったの」


「なぜ不可侵領域なのでしょうか」


「さぁ、それがわからないんですって、どうして不可侵なのか、先の領主様はもうお亡くなりになりましたし、危険な地域というのがあったのかもしれませんね。妖精の住処とも呼ばれていますし」


「あぁ、妖精ですか」


 俺の背中にはカオスとかいう犬の妖精が張り付いているが、周りの人間には見えていないようだ。


 大人しくしてくれているだけで十分なのだが、背中で揺られてブラブラするのはカオス的にはカオスなようだ。


 クトゥーナが俺の傍を離れようとしない、やはり他人は怖いか。


 友達の両親に会うのはさすがに気まずい、それはロレーナの両親に会うのも気まずかったという事だ。


「魔物がいるのに、よくここまで開拓できましたね」


「はい、サーチャーライセンスをお持ちの方が、開拓の手伝いとして村に滞在しているんです。とても強いお方なんですよ。ナクティス様というのですが、アーサーの師匠でもあるんです」


「そうなのですか」


 ロレーナと両親はよく似ていた――小麦色の髪、小麦色の肌、小麦色の瞳、健康的で日に焼けているのは、日の光に当たる仕事をしているからだろう。


 一際――村人とは違った服装の者がおり、こちらに気づくと歩き近づいてくる。


 小麦より濃い褐色の肌、小麦色の髪、青い瞳、白いローブにスリットから伸びた足、いい女を体現したかのような女性がいた。


「あら、こんにちは。貴方がロレーナを助けてくれたお客様ね」


「こんにちは、マギサ、タチアナです」


 にっこりと笑みを浮かべる。


「私はナクティス。この村の護衛を担当しているサーチャーよ。そちらの子は?」


「こちらはクトゥーナ、妹です」


「獣人の妹……いえ、そうなのね」


 フードをとったナクティスは黄金色を反射せぬよう塗りつぶしたような角の飾りを頭に付けていた。


 手に無数の指輪――まさに異世界の人間だとナクティスを見ると思う。


 それに引き換え俺と来たらワンピースしか着ていないのだが、しかもスカートの端はボロボロだし、下着はパンツのみだ。


「あの、御顔に触れてもいいですか?」


「あら、いきなりぶしつけだね、どうして?」


「化粧をしておられませんよね、それなのに、すごくお肌が綺麗で」


「嬉しいこと言ってくれるねぇ、いいよ、触ってみて」


 右手を伸ばして、ナクティスの頬に触れる、さらさらで弾力があり、化粧が無い、そして毛穴も小さい、人は思ったよりも丈夫そうだ。


 実は魔力を展開しているのだが……。


「どう?」


「とてもさらさらしていて、うらやましく思います」


「嬉しいねぇ、貴方の肌も綺麗ですべすべよ」


 ロレーナがナクティスの隣に立つ。


「ナクティス様は凄腕の魔術師様なのですよ」


「おやおや褒めても何もでないぞ、ロレーナ」


「ご謙遜なさらないでくださいナクティス様。ナクティス様がいるおかげでゴブリンもオーガも撃退できています。ここに初めて拠点を作った時は、それはもうすごかったんですよ、ゴブリンにオーガにキメラまで、それらすべてを御一人で撃退なさったのですから」


「あははっ。まぁ私はサーチャーとして二流だし、魔術師としては三流だよ。世界にはもっとすごい人たちがいるからね」


「失礼ですが、もしかしてホムンクルスをお持ちなのですか?」


「えぇ、魔術はホムンクルスがいないと使えないしね、どうして?」


「私も、将来はサーチャーになりたいと思っています。ぜひホムンクルスを拝見させてください」


「あら、ライセンスが欲しいのね、でも、ホムンクルスは見せられないわねぇ……」


「いなければ魔術を使えないということであれば、失えないものでしょうから、そうですね、失礼な事を聞きました」


「あははっ、違うのよ、ホムンクルスは体内にいるから、見せたくても見せられないの」


「そうなのですか?」


「えぇ、そうよ。ホムンクルスは体内にいるの。私とホムンクルスは一心同体ってわけ、私を見るのはホムンクルスを見るのと同義ってことだわね」


 擦りよりたくなるいい女だな――前の肉体では無理だったが、この肉体ならばすり寄っても大丈夫かもしれない、すり寄りはしないが。


 クトゥーナが全面にへばりついているし、ロレーナが微笑んでいるが目が笑っていない。


 そんな目で俺を見なくとも良くないか。


 昨日寝た時から……ロレーナにあんなに高揚していたのに、目が覚めたら、ロレーナと見つめ合っても高揚することはなかった。


 もしかして、心のダメージ、精神的なすり減りにも耐性が付くのかもしれない。


 そういえば守男と好きな女性のタイプを話していて、年上が好きって言ったら、反感を買った、別に社会的良識に反してはいないが。


 年下で、弟か妹のいるお姉ちゃん系がタイプだ。


 そういう話はニャンコとDKが嫌いだったので、二人の前ではあまり話さなかったけれど。


「ナクティス様、良かったら魔術見せてください。ねぇ、マギサも見たいでしょ?」


 ロレーナがナクティスの腕に腕を絡めて抱き着いている。


「そうねぇ、もしかしたら後輩になるかもしれないし、少しだけだぞ」


 小気味良い「だぞ」の発音の後――。


 続けて発した言葉より、中空に炎の槍が現れ、地面に突き刺さった――なんとも不可思議な光景だ。


 燃えている、何もない空間が、何かを消費して燃えている、槍の形を伴って、炎を纏い燃えている。


「すごい」


 思わず触れようとして、ナクティスに静止された。


「こらこら危ないわよ」


「すごいですね。これが魔術ですか」


「えぇ、これが魔術よ、私は火と土に適性があるみたいなの。だからホムンクルスはイグニートとティタニア」


「ホムンクルスが属性に対応しているのですか?」


「えぇそうよ。ホムンクルスがいないと人は魔術を使えないけれど、ホムンクルスには適正があってね、適正が無ければホムンクルスも宿ってはくれないの。普通は学園に入ると適性を見てもらえるのだけど、もしどの適正が無くとも、落ち込んではダメよ」


「適正が無い方もおられるのですね」


「……残念ながらね」


 そういうとナクティスは少し困ったような笑みを浮かべた――ナクティスではない誰か、親しい人に適性がなかったのだろう。


「適正は多い方がいいのよ、一つ適正があるとファーストマスター、二つ適正があるとセカンドマスター、三つ適性があるとサードマスター、四つ適正があるとフォースマスターとなるの」


「属性は四つしかないのですか?」


「火のイグニート、水のレヴィーア、土のティタニア、風のアネモイ」


「ホムンクルスは種類と名前も決まっているのですね」


「えぇ、そうね。何か、変かしら、私ってそういうのあんまり気にしないほうなのよね。貴方は本当に魔術に興味があるのね、良かったら、これからお茶でもしながらお話しない?」


「いいのですか?」


「いいわよ」


「ぜひぜひ」


 俺の知っている魔術体系とは随分と異なるようだった――ホムンクルスは種類が決まっており、体内に宿る。


 適性が無ければ魔術は扱えない。


 口から取り入れるようだが、適正が無ければ便として排出されてしまう。


 ホムンクルスの製造技術は国が持っている、一般的な人間は魔術を行使できないが、貴族の中にはホムンクルスを介さずに魔術を発動できる者がいる。


 適正が高いほど、使える魔術が多いほど強い権力を持つ場合が多く、グラーヴェル聖王国において優遇される。


 この国にいる以上、この国の規律やルールを守らなければならないだろう。


 適正が無くとも、ある程度の成績を納めればライセンスは貰えるようだ。


 ライセンスが無ければ迷宮やダンジョンに挑戦できないのかと言われれば、そうでもないようだ。


 サーチャーは国が治める機関で所謂公務員だが、民間にも企業はあり、そちらに所属すれば挑めるのは挑めるようだ。


 所謂冒険者という奴で、民間では猟兵と呼ばれている。


 民間の企業はいくつもあり、企業をまとめているのが国であることに変わりはなく、つまり国の下請けの民間猟兵企業というわけだ。


 新しく発見されたダンジョンや迷宮はまず国がサーチャーを派遣して調査し、のちに民間に開放される。


 民間は魔物の討伐を行い、それにより国から報酬を得る。


 雑用を国がこなすと面倒なので、書類のいらない民間を用いて通りやすくしたと言ったところだろうか。


 手に職を付けるのもいい、働けるところがあるなら普通に働いた方がいいのだろうけれど。


 はたして雇ってもらえるかどうか、クトゥーナを養育するだけのお金が稼げるかどうか、それらを踏まえると民間の猟兵は視野に入れておいたほうがいいだろう。


 会社を作るなら総菜屋がいい――消耗品は消費されるのでいつまでも需要がある。


 魔物が消えないのであれば、ある意味で猟兵やサーチャーは安泰職だと言える、もちろん討伐できるだけの強さが必要になるわけで、命も切り売りするし、安全とは言えないのかもしれないが。


 このまま教会で二人っきりで生活というのも俺は構わないが、それではあまりにもクトゥーナが可哀そうだ。


 お洒落したり、美味しい物食べたり、好きな人を見つけて恋をしたり、何時かは夢見るかもしれない。


 ナクティスとの会話は実ものばかりだった――もっとずっと話をしていたかったが、生憎と日もどっぷりと暮れてしまい、夜になるとナクティスを初め、村人が交代で村の中の松明に火を灯し続けるようなので、邪魔にならないように切り上げた。


 あくまでもここは危険な土地――ロレーナの家で夕食を取っていると、何やら村が騒がしくなり、オーガの群れがやってきたと知らせが来た。


 この調子では開拓なんて難しいのだろうなと思う頻度で魔物が来るようだ。


 俺は部屋から出ないように言われ、ロレーナと二人で朝を待った。


 村の建物だが、やはりガラスが無く、木の蓋を開閉することで窓代わりとし、風と明かりを入れる。


 こんなところにガラスなどを持ってきてもすぐに壊されるので意味がないのかもしれない。


 アーサーはどうやら戦っているらしい――木の蓋を開けようかと思ったが、ロレーナが俺を守ると言わないばかりに手を握り、窓を開けさせないようにしていたで外も見られない。


 たまにする爆発音からナクティスが魔術を行使しているのだろう事は察せられる。


 クトゥーナは俺の腕の中で船を漕いでいる――ベッドに寝かせようとしたが、俺から離れるのを極端に嫌がるので抱っこするしかない。


 無理に剥がそうとすると噛みついてでも離れまいとするので逆に困る。


 慣れない土地というのもあるのだろう、俺だって家以外で寝るのに骨を折る。


 雰囲気とか匂いとか空気や物が違う場所だとなかなか寝付けない。


 言い換えれば憶病なのだ、癖の違う場所では例えばベッドの下でならば眠れる。


 種族について聞いておけばよかったと今更ながら思う――新しい事は何時だって楽しいけれど、年を取ると億劫にもなる。


 パソコンでフランス語を入力することほどイライラすることはないと思うのだが、あれはマジでキレそうになった。


 パソコンが無いだけで幸せだな。


 魔力という謎のエネルギーが使えるとはいえ、自分がどの立ち位置にいるのか自分でも掴めない、果たして戦えるのか、俺の強さはどれぐらいだ。


 ナクティスと戦えば良いのだろうが、俺は戦闘がそもそも苦手だし、そうすると当てと言えばマロとかカオスだ。


 俺の頭にへばりついているカオスは時たま足をバタバタと動かす――動かしていたと思ったら、数時間まったく動かない時もある、存在自体がまさにカオスだな。


 やっぱ魔剣とか欲しいよな。


「大丈夫ですか?」


「えぇ、大丈夫、それより、毎晩こんな感じなの?」


「そうですね、今日は多いですね、段々慣れてくると天気と同じだと思えてきますね」


「天気と同じですか」


 これだけ魔物がいるとなると、この地には迷宮かダンジョンが一つか二つあるのだろう。


「悪いことばかりじゃないんですよ。攻めてくる魔物を倒すのは精神的には楽ですし、魔物を討伐すればするだけで国からお金も貰えますし」


「なるほど、ここでの暮らし、開拓費は魔物を討伐することで成り立っているのですね」


「はい、そうです。だから、畑などで食物を栽培しなくとも、魔物を狩ることで、安全な地域から送られてくる食糧を買えますし、魔物の討伐を目当てに猟兵なんかもこれから沢山来てくださるらしいです」


 魔物で成り立つメリットか。


「うちの両親なんて、魔物が来ると大はしゃぎですから」


 命のやり取りが少し軽いとも思うけれど、命の危険はあるとは言え、見返りとして提示される金額も多いのだろう。


「だから、よかったら、よかったら、マギサさんも、ここで暮らしませんか?」


 急に提示してきたな、ここでの暮らしも悪くはなさそうだ――しかし俺は一人が好きなのだ、近所付き合いとか面倒で仕方ない。


「そうですね、考えてみますね」


 こういう場合の考えてみますの答えは大体否だと思うよ。


「はい、ぜひ‼」


 あの土地を捨てるのも、俺の体の世話をしてきた人たちを思うと恩を仇で返しているような気もする――何はともあれ妖精と話さなきゃいけないだろう。


 人種や差別、国の決まりやルールも知っておかないといけないし、奴隷に関しては余計に考えなくてはいけない。


「ところで、マギサさんは、ナクティス様のような女性が好みなのですか?」


 好みを聞いて来る女性に脈があるとは言うが、別に意味がなくとも会話をするために聞いて来ることはあるよ。


「そうですね、あのような方が母親であったのなら、とても幸せだとは思います」


「はっ母親ですか」


 これをマリアンヌに言ったらマリアンヌが悲しみそうだと思ってしまった。


 この世界でのこの体の母親はあくまでもマリアンヌだ、だからマリアンヌに関して何かあるようなら恩を返さなければならない。


 身内は残っている、俺の体だ。


「そういえば、ロレーナさん」


「ロレーナでいいよ」


「そうですか? それで、なのですが、できれば服や靴などの日用品を取り扱うような所があれば、見て回りたいのですが」


「日用品ですか……そうですね。行商の方が来ていればいいのですが、そうでないのなら街まで行かなければなりませんね。こんなことを聞くのは不躾かもしれませんが。ちなみにお金はありますか?」


「ロレーナさんて、言葉使いがとても丁寧ですよね。普通はそうではないと思うのですが」


「そう……かな。ふへへっ結構頑張って丁寧に喋ってるの」


 だから俺はこの体を大事にしなければならないのかもしれない。


 ナクティスと会話している最中にある実験をしてみた――最初は魔力を薄く身にまとう、反応を見ていたが特に反応はなし、魔力で数字を作り顔の横に並べてみる、特に反応はなし、気づいていてとぼけたふりをしているのかもしれない。


「そうなのですか」


 最後に魔力でナクティスの体を覆ってみたが、特に反応はなし。


 おそらくだけれど、人類には魔力が見えない。


「それを言うなら、マギサ……だって言葉使いは丁寧じゃない」


 俺の考察では人類は魔物から派生したとみている――となれば魔力に適性があるのは納得できる。


「これは私を育てて下さった方々が、このような喋り方だったので、そのせいですね」


「高貴な生まれなんだね」


 おそらく人類は一部例外を除いて魔力に耐性はあっても見たり使えたりはしない。


 ホムンクルスと俺のこの体の違いは、製造工程のみだ。


「そうではないですよ。話を戻しますが、お恥ずかしながらお金はまったく持っていないのです。あそこではお金は必要ありませんから。できたらお金も稼ぎたいと思っています」


「何か、当てがあるの?」


「無くは無い……とは言っても、商売に関して、この国がどのように行われているかによります」


「許可証があれば、誰でも商売はできますよ」


「そうなのですか。商品はこないだお飲みになって頂いたポッドを売れるようであれば、売りたいと考えています


 外の様子が知りたい――戦闘とはどのように行われるのか知りたい、俺はゲームの中でしか戦ったことがない。


 幼いころ武術を習っていた時、人と対自し、戦うのには恐怖を覚えた。


「あー。あれですか。そうですね。医療品として販売するのはまずいかもしれないけど、飲み物として販売するのは良いと思います。許可はいりますけど」


 負けるのが怖いという自らのプライドへの恐怖、他人に傷けられるのではという純粋な恐怖、自分の攻撃を受け、みじめになってしまった人間を見てしまう恐怖。


 返り討ちにあって、惨めになる想像は一等堪こたえる


「そうですか、ちなみに許可というのは」


 スポーツをやっていると人の中にはわかる人もいるかもしれないが、対戦で勝った相手が、漫画やアニメのように友好的だとは限らない。


 少なくとも俺の場合、勝つだけ孤独となった。


「この村だと、村長にその権限があるかな」


「村長さんですか、ちなみに後で案内していただいても」


「それなら問題ないよ、だって、この村の村長って私のお父さんだもの」


「それはそれは」


 魔力流体を足の裏から広げてみる――水のように流れて広がっていくイメージを持って、五感の延長として、最初は触覚として。


 目を閉じて、触覚を意識して流体を広げていく。


「眠いですか?」


 流体は部屋の中の床、壁を伝い、立方体を俺に伝えてくる――机やベッド、埃、虫、これならばいけそうだ。


「そうですね、今日は歩きましたし、初めての土地はやはり気疲れしてしまいます」


 リビング、台所、両親の部屋、建物全体を覆い、外へ――村の様子、不思議な感覚だった。


「私が傍にいますから、安心なさってください」


 手を握られて、思わず目を開けてしまった――自分に好意を向ける者はまず罠だ。


 ロレーナは何が目的なんだ、何を思っている、俺を利用すると何がメリットになる、情報が足りない、すべてが敵なのかもしれない、それは恐ろしい、だが、最後まで抗って死んでやるとは思う、奪われて困る物はないが、不意にクトゥーナが腕の中にいるのを思い出して、俺が死んだらコイツはひどい目に合いそうだと、ため息が出そうになった。


「嬉しいです、でもロレーナさんもご自愛くださいね」


「呼び捨てでいいのに」


 また目を閉じる――真っ暗い闇の中で白い線だけが輪郭を伴う、建物は建物の様相だけを線で伝え、壁は透過されている。


 虫の形の輪郭、人の形の輪郭、植物の輪郭、建物であれば輪郭は動かず、生き物であれば輪郭は動く。


 視覚以上の視覚、俺の体を中心とした360度すべてを見回している。


 しかし立体であっても俺の体が見る中心であることは変わらず――風に揺られる植物の動きや、虫が他の虫を捕食して食べる様子、魔物が攻めてきているのにも関わらず、隣家で生殖行動に勤しむ男女の輪郭などが把握できる。


 ピックアップして見られると言うわけではない、俺を中心として、それらが行われているとパノラマのように感じることができる。


 外へ外へと広げていく――幾人もの人を流体が捕らえた。


 サルとゴリラの中間のような獣が数十体いた――おそらくオーガと推測する、それに小人のような人ではない小さな者も、ゴブリンと呼ばれるものだろうか。


 トカゲのようなものや、鶏のようなもの――結構な数だ。


 サソリ……かな、ゴブリンがサソリに乗っている。


 ゴブリンやオーガについて、知恵があるのかないのか、俺は考えてしまう。


 腰に布を巻くのは恥を感じているからか、それとも防具の役割をしているからか。


 ゴブリンに知恵があると厄介だ――それは戦闘においても、倫理においてもだ。


 あとでゆっくり考えなければいけない――ここまでは許す、ここまでは許さない。


 本来の魔物、黒い個体は捉えられず、いないものと判断する。


 人々の先頭に立っているのはナクティスだろうか、輪郭からナクティスだと察する――体を流体が覆うと、その体、ナクティスの体の情報が艶めかしく伝わってきて、思わず目を開けてしまった。


 胸が柔らかかった――意図せずセクハラめいたことをしてしまい、頬を掻いた。


「どうかした? やっぱり、こんな時だとうとうともできないよね、よかったら、ベッド使って?」


「いえ、大丈夫です。ロレーナさんこそ休んでください」


「もうっ、さんは付けなくていいって言っているのに」


「これは癖なので、気にしないでください」


 つうかこれ以外の言葉使いがわからんわ、俺、この世界の言葉、これしか知らんし、普通に話しているつもりなのに、結構丁寧な言葉使いになるようだ。


 逆に、ロレーナの言葉を丁寧だったり、親しげに感じたりするのは、訛りやニュアンスによる部分なのだと思う。


 英語を日本語に略して理解しているようなものだ、英語を英語として理解すればいいのだろうけど。


 改めて目を閉じて意識を外へ向ける――ナクティスが何か魔術を放ったのか、オーガやゴブリンの何体かが傷つき、または損傷していた。


 流体で魔物を覆っていたが、ナクティスが魔力を変換して発動した魔術は薄い流体を貫通してダメージを与えていた。


 そもそも俺に魔物を守る意思がないので、防御の体を成していないのだろう。


 まだ息のある魔物を、ナクティスではない人々が剣や斧で攻撃している。


 戦術が逆だ――盾がヘイトを引き付け、魔術師が後方から大魔術を展開して敵を吹き飛ばすという戦術ではなく、魔術師がまず先頭(戦線)に立ち、魔術を展開して敵を損傷させ、傷ついた魔物を他の人々が労せずして止めを刺す。


 ある意味理に適っている。


 歩兵は消耗戦だろうから、敵に損傷を与えてからの突撃であれば、被害は少ないだろう。


 剣を持って振るうのだって楽じゃない、敵に攻撃されるという精神的ストレスもある。


 止めを刺すだけだったら技術もあまりいらないだろう。


 偉そうに言っているけど、俺馬鹿だからな。


 敵は多いが余裕そうだ――劣化した魔物では魔術も使用してはこないと見える。


 鶏のようなものが口から何か吐き出したが、ナクティスの放った爆撃のようなものの衝撃で霧散していた。


 流体を地面に広げているものだから、地続きではない空を飛んでいるものは別途覆わなければ認識できない。


 流体によるセクハラは俺にかなりのショックを与えた――こいつは厄介だ。


 人間は苦痛には抗うが快楽には抗わない、自分に快楽を与えてくれるものならばクズでも必要とする。


 できるとわかれば、ちょくちょく遊んでしまうかもしれない、性欲がないわけじゃないし。


 自分は万能ではない、俺は王者でもなんでもない、強者ですらない、矮小な者だ。


 下手に敵を作れば這いつくばり、異世界ならば殺される可能性すらありえる。


 よく考えなさい、よく考えなさいと己に言い聞かせる、よしよしと己の頭を撫でていた。


 最初に攻撃した者は、何が何でも勝たなければならない――なぜなら負ければ正義が無いからだ、何をされても文句は言えない。


 逆に攻撃された者は正当防衛だと言い張れる、世間的に見て正義を語れるのだ。


 もっともこれは法がしっかりと整備され、機能していればの話で、戦争となればまた別の話となる。


 他人が国になるだけなのだが。


 遠隔攻撃はできるのだろうか――ゴブリンの足ならば潰しても良いだろうか、オーガの足ならば握り潰しても良いだろうか。


 試しに少しだけギュッと握ってみたが、有効だった。


 さすがに潰しはしなかったけれど、正直魔物を殺す理由があまりない――いや、攻撃されれば攻撃するし、殺そうとするなら殺してもいいのだろうけれど。


 グラーヴェル聖王国がどういう基準なのか判別できないな。


 それが嫌なら他国に移るか、自分の国を作るしかない。


 関係ないけど、急にDKの言葉を思い出した。


 運命の糸が国内で通じ合う可能性はどれくらいかとDKと真剣に話していた――もし運命の糸があるというのなら、日本国内だけでなく海外も視野に入れるべきだという話で、確率を考えると、人間は70憶もいたわけで、国内で赤い糸が通じている可能性はそこまで高くないのではって話だった。


 ニャンコは数字で確率まで出していたけれど、そこまで覚えてなかったな。


 魔力が見えない敵ならば、かなり遠隔でも倒せるかもしれない。


 魔力が見えなければ――の話だけれど。


 見ていたが問題はなさそうだ。


 ロレーナの輪郭が動き、俺の前髪をかき分けた――顔が近づいてきて、何をする気だと目を開ける。


 ロレーナのおでこが俺のおでこに触れ、目を閉じたロレーナの長いまつ毛が俺のまつ毛に触れ、漏れる息が唇に触れて息を止めていた。


「ロレーナ?」


 思わず、名前を呼んでしまう。


「あんまり気を使わないで、私、もっと貴方と仲良くなりたい」


 それはごめんこうむりたかった。


 俺は大切な者を作りたくなかった――ゲーム上の付き合いとはいえ、ギルドが無くなった時の喪失感は俺を苦しめるには十分だった。


 もう二度とあんな思いはしたくない。


 愛する者なんてまっぴらごめんだ。


 俺は弱いんだよ、本当に愛してしまって、裏切られたら、失ったら、俺は耐えられないかもしれない。


 ギルドが亡くなっただけで何年も、そして今もこうして思い出してしまう俺の精神を舐めるなよ。


 白髪も相当増えたし、鼻毛まで白いんだぜ。


 恋愛は重いし、結婚も重いよ、結婚なんて、自分が何時死んでも相手が暮らしていけるように先を考えるべきだと思う。


 人間色々あるし、気が緩み浮気したり、されたりすることはあるだろうが、俺には無理だ。


 だからそういう人間でなければ俺は大事に思いたくないし、童貞のまま死んだってかまわない。


 自分の子供なんて自分に似るのだから、無理に子供を作っても育てられないのであればむしろ害悪だ。


 それは他人に子供を作るなって言っているわけじゃない、作りたければ作ればいいさ、だけどその責任は親にあり、他者が担うべきではない、と、俺は思う。


 国のために子供を作ったわけでも、他人のために子供を作ったわけでもあるまいに。


 もちろん子供に罪はない、恨むなら社会じゃなくて親を怨めって奴だ。


 真っ当に暮らしている人間と真っ当に暮らしていない人間がいて、真っ当にくらしていない人間が優遇されるなら、真っ当な人間なんていらないという話だ。


 と、思うのだけど、冷たすぎるだろうか。


 要約するとモテないし辛いし一人だ。


 だからロレーナの言葉に対して、俺は返事をしなかった。


 仲良くなりたかねーんだよバーロ―。


 好きになったらどうするんだよ、とは言ったものの、恋人が存在した事のない俺に、本当の愛とか恋とかわかりようもないのだけれど。


 うだうだ言っている間にも魔物は森からやってくる。


 器は小さいし、傷つきたくないし、頭がいてぇよ、ニャンコさんよ。


 もう一目会えるだけでいいのと、布団の中で何度泣いたかわからねぇよ。


 いつの間にか、大丈夫になっていた、いつの間にか、痛みに慣れるようになっていた。


 自分の実力がどの程度か知りたい。


 この世界で俺はどの程度だ――大事な人は守れるのか、ナクティスが視認するよりはるか先で、俺は魔物達を圧殺した。


 お前は俺の物だとでもいうのだろうか、誰にだよ。


 それからしばらくして、アーサーを含め、ロレーナの両親も帰ってきた。


 日は上り始めており、俺は椅子の上で微睡んだ。


 起きたのは昼頃――目を覚ますと誰もおらず、ロレーナのベッドの上に寝かされていた、クトゥーナが上におり、頭を撫でると目を開いてしがみ付いて来る。


 とにかくしがみ付いてくるな、どんだけ離れたくないんだよと思いながら、起き上がり、ドアを開け、リビングへ。


「おっ起きたか」


 アーサーがいて少しびっくりとした。


「アーサーさん、貴方、お金もっています?」


「開口一番に? 何か買いたいものでもあるのか?」


「えぇ、実は籠とタルが欲しいので、お金払ってください」


「いきなりだな」


「アーサーさんは男ですよね。年はいくつですか?」


「男で年は十四ですが……」


 このガタイで年が十四って、どう見ても十八かそこらに見える。


「私は貴方より年上です。年上の言う事は聞くものです。私はアーサーさんの願いを一度聞き入れています。今度はアーサーさんがこちらの願いを聞き入れる番ではないですか?」


「貸し借りはなしという事だな、OK。先に飯食えよ。食いながら話そう」


 テーブルの上には麦飯と肉と野草が置かれていた。


「麦飯なんですね」


「麦ってなんだ。マギサのところでは麦って呼ぶのか、まぁじゃあ麦飯だな」


 パンに加工するよりそのまま食べてしまった方が良いのだろうな、食べてみたけどこれ麦じゃねーわ。


 豆っぽい触感と味がした。


 でも悪くない、少し独特の青臭さがある程度だ、一部の人間にとっては致命的な味かもしれないけれど、牛乳飲めないときついかもしれない。


 俺はグリンピースを食えない、これは好き嫌いの問題ではなく、食べると体に震えがくるほどの拒絶なので、精神的なものではないのではないかと思っている。


 肉は薄切りにスライスされて焼いてあった、何の肉だろう、鹿肉かそれともワニの肉だろうか。


「これは何のお肉なのですか?」


「あぁ、昨夜捕れたばかりのオーガの肉だぜ、うまいだろ、とれたてだからな」


「魔物の肉を食べるのですか?」


「食べるけど、マギサは食べないのか?」


「私は鹿肉を頂いてはいます」


「あれは美味しくないだろう。オーガの方がうまいさ。魔物を食べるのを嫌がるなんて、貴族みたいだな」


「嫌というわけではありませんが、人に近い、ましてや魔物と呼ばれるものを食べるというのに、嫌悪感を抱かないのかなと思いまして」


「はははっ。やっぱり貴族みたいな事を言うんだな。そうか、マギサはずっと人里離れたところで暮らしていたもんな。一般人は魔物の肉を食べるもんだよ。オーガは少し硬いけど、美味しいし、ゴブリンの鼻なんて珍味の一種だぜ」


「そうなのですか」


 鼻とか、鼻水とか気にしないのだろうか、逞しいなこの世界の人間は――オーガの肉をついばんでみる。


 悪くない、悪くはないが、蜂を使って発酵させた肉の方がはるかにうまい。


「オークの肉って食べたことあるか?」


「ないですね」


「あれも絶品なんだ、俺は特に足の肉が好きだ」


 豚足と一緒にしたら怒られるだろうかと思ってしまった。


「そうなのですか。それにしても、こんなごちそう頂いてもいいのでしょうか」


「いいよいいよ、ロレーナの命を救ってもらって、俺も彼女の両親も感謝してる。こんなものしか出せないけど、喜んでくれたなら嬉しいよ」


「私にはどれもごちそうですね」


 嘘は言っていない。


「食べる前に顔と歯磨きをしましぉう、クトゥーナ」


 口元にご飯を運ぼうとしていたクトゥーナは止まり、スプーンを元の位置に戻した――汲んだ水を使っていいという事なので、顔を洗い、歯を磨く。


 クトゥーナにも同様に――改めて席に付き、クトゥーナに食べていいと言うとクトゥーナはご飯を食べ始めた。


「ところで、他の方は?」


「みんな昨日の戦利品を漁ってるさ」


「戦利品というのは肉ですか?」


「肉以外にもある、骨も使えるし、内臓だって使い道がある」


「骨にも使い道があるのですか、内臓にも?」


「あぁ、骨は砕いて畑にまけるし、砂に混ぜて焼けばいい感じのブロックもできるし、内臓類は薬になるよ、骨の一部が宝石化していることもあってさ、結構高値で売れるんだ」


「余すことなく使うのですね」


「余すことなくだな」


 ご飯ついでに世間話でもしておく――国の情報が欲しい、どの程度、どのくらい、良しあしはどうか。


「私は、ずっとあの教会で暮らしていたので、少し世間に疎いところがあります。よかったら、この国の事を教えていただきたいのですが」


「あぁ、いいぜ、何から聞きたい? そういや、マギサって教会暮らしなんだよな。やっぱりエウロス教なのか?」


「エウロス教、ですか。エウロス教とは?」


「違うのか? じゃあ、アレクス教なのか?」


「申し訳ないのですが、私はどちらもご存じではありません。よろしければ、どういう宗教なのか、教えてください」


 ハルフォニアとパンタノーラが主教の主じゃないのか、名前を聞いて、少し疑問に思った。


「アレクス教は、神アレクシアを祭る教会だな。なんていうのかな、アレクシアの教えは友愛だったかな。愛を持って周りと接しましょうっていう教えだったと思うよ。エウロス教は制度を守りましょうって感じの宗教だったと思う。主神は聖エウロスなんだよ。で、エウロスはアレクシアの息子だったかな」


 随分内容をふにゃふにゃした感じに話すな。


「そうですね、何か、二つの宗教の決まりで違うところを教えていただければ」


「あぁ、そうだな。ごめんな、俺は宗教ってあんまり興味無くてさ。エウロス教は友人は友人として大事に、家族は家族として大事に、夫婦は夫婦として大事にという感じで、一夫一妻制なんだ。エウロス教は庶民の女性が多くて、裏切りは何よりも重い罪って考えなんだ」


「宗教で制度を設けているのですか」


「よくわからないんだけどさ。アレクス教は夫婦とか関係なしに、愛し合おうって感じなんだ。俺はあんまり好きじゃないかな。この村にはエウロス教の人ばかりだけど、アレクシア教徒の多い街だと、こんな話をするのは野暮だけど、その……夫婦だけど相手を交換したり、浮気したりとかそういうのが普通なんだってさ」


「なるほど。結婚に束縛されないってことですね」


「そうなるのかな、貴族はアレクシア教徒が多いんだ。この二つの宗教は仲が悪くてさ、よく揉めるんだ。俺は宗教には興味ないけど、結婚するときはエウロス式がいいよ」


 アレクス教が奔放だから息子がしっかりしすぎて分裂したって感じだろうな。


「ちなみに、ハルフォニアってご存じですか? パンタノーラは?」


「あぁ、知ってるぜ。数百年前、この世界を滅ぼそうとした二人の神だろ」


「滅ぼそうとしたのですか」


「知らないのか? 有名な話だよ。ハルフォニアは魔物を作ってこの世界を蹂躙しようとし、パンタノーラは王家の転覆をはかったんだ。でもその二つとも、今の王家、初代グラヴェルによって防がれ、現在に至るってとこかな」


 思い出した。グラーヴェル、聞き覚えたがあったはずだ。


 マルコ・グラヴェル・リンドヴェル。


 俺たちプレイヤーを制作したとされる科学者の名前だ。


「そうですか」


「何か、まずいことを言ったか?」


「いいえ、そんなことはありません。あの教会は、アーサー、貴方だけに言いますが、他言は無用でお願いしますね」


「おっおう」


「あの教会はパンタノーラ様を祭った教会です」


「はははっ。まさか、冗談だろ?」


「冗談ではありません」


 冗談ではないが嘘だ――あの教会は教会の体をなしているだけで神など祭ってはいない。


「つまり、どういうことだ?」


「パンタノーラ様は王家を転覆させなかったのですね?」


「あぁ、初代王により回避されたけれど」


「ですが、国名は変わっていますね?」


「そっそうなのか?」


「ちなみに王都の名前は?」


「アクスレイピアだけど……」


「昔の王都はラルーシャです」


「ラルーシャは……この辺りで一番大きな街の名前だけど、王都なんかじゃ」


「シャリダネイルクラフトという城があるのではありませんか?」


「あぁ、公爵様が住んでる城だけど」


「王家は変わっているようですね」


「パンタノーラが覆したと?」


「それはないでしょう。パンタノーラは王家交代に利用されたということでしょう」


「へぇ……なんかすげー話だな」


「なんて、これは考察みたいなものです。あの教会は昔パンタノーラを祭っていたのでしょう。今は信徒は誰もおりません」


「マギサは違うのか?」


「私は無宗教ですから」


「はははっじゃあ俺と一緒だな」


 アーサーとの会話は思いの他弾んだ――種族に関して、この世界には大まかにわけて四つの種族がいる、獣人、亜人と呼ばれる獣人種、エルフと呼ばれる天人種、ローレライと呼ばれ水に住む水人種、最後に人、地人種だ。


 他にも天使や悪魔などいるらしいけれど、それらは人類とは呼ばず、神々と呼ぶようだ。


 この世界の成り立ちから考えて、天使や竜が神々に喧嘩を売らなければ、ハルフォニアとパンタノーラは世界を滅ぼす構図など作らず平和に暮らせたはずなのだが。


 その天使や竜を神々と人が信仰するのはなにやらおかしい気がした。


 ハルフォニアとパンタノーラが悪神になっているところを鑑みると背後に誰がいるかは容易に察しが付きそうだ、そんな大きなことに首を突っ込む気はないけれど。


 平和に暮らしたいのなら、田舎が良いらしく、都心部に行くほど犯罪率が高くなるとアーサーが言っていた。


 のんびり暮らしたい者ほど田舎暮らしをするのだとか。


 こういう開拓には国からサーチャーが派遣され、村が十分に発展するとギルドができ、民間のサーチャーが後を継ぐ形で引き継ぐ。


 国のサーチャーは帰還するようだ。


 民間のサーチャーは魔術が使えない者がほとんどなので、国のサーチャーと比べると質で劣るそうな――アーサー、少し臭うな。


 昔の俺の臭いに似ている。


「アーサー、この村では湯あみはするの?」


「湯あみ? あぁ、気が付いた時に拭く程度かな。浴槽を作るほど余裕はないし、街に行って大風呂に入るにも、遠いしな。夜は魔物が来るから稼ぎ時だし、終わったらクタクタでねちまうし、起きたらまた魔物が来るから飯とトイレ以外はあんまり時間が無いかな」


「そうですか。魔物がいるということは、近くにラビリンスかダンジョンがあるのではないでしょうか」


「それは俺も思うよ。でも今ラビリンスとかダンジョンとか攻める余裕がないからさ。村を維持してある程度の防衛を築かなきゃ、攻めるなんてとてもとても」


「なるほど、そうですね」


「それより、マギサっていい匂いがするよな。ロレーナなんてこんな匂いは絶対しないぜ?」


「いい匂いですか?」


「あぁ、なんか安らぐっていうか、女の子って感じだよな」


 思わず自分の手の匂いを嗅いでいた、違う、のか……。


「ロレーナも言ってた。すごくいい匂いだって、どうしたらこんな匂いがするのかわからないってさ。香水とか使ってるのか」


「いいえ、そんなはずは――」


 あー思い出した。


 エターナルパフューム――トップはハルフォニアエッジ、ミドルはストレートパンタノーラ、ラストはローズインラブ。


 DKと守男が対人戦で優勝し、記念に贈られた香水を、ふざけてかけられた記憶がよみがえってきた。


 香水は吹きかける事で効果を及ぼすアイテム、装備とは別枠で色々な効果を及ぼす。


 エターナルパフュームは永続的効果を持った香水だ。


 DKはルージュオブルージュ、守男にエターナルパフュームを送られた記憶がある。


 ルージュは口紅の事――これは所持するだけで効果を及ぼすが、唇に塗るとさらに強力な効果が得られたはず。


 DKとニャンコとハルポンが口紅を試し、守男がふざけて俺に塗ろうとしたがDKがめちゃくちゃキレた記憶がある。


 ハルフォニアエッジの効果は体力回復効果F、状態異常解除F、精神正常化効果C、ストレートパンタノーラの効果は物理耐性F、魔術耐性F、動作補助C、チャームC。


 こいつのやばいところは重複することだ。


 Fで体感5%ってところかな。


 個人では微々たるものだが、人数が増えると効果が重複する、しかもこの香水は本人だけでなく周りにいる者全員に効果を及ぼす。


 通常一つの香水で時間が経つごとにトップ、ミドル、ラストと香りが変わるはずなのだが、この香水は周りの人間が匂いを感じた時に、必ずトップから入り、嗅ぎ続けるとラストに至ると説明があった。


 五人付けていたなら五人分が重複する効果。


 俺は思わず頭を抱えた――つまり俺の世話係は香水の効果を受けていたことになる。


 ラストのローズインラブ……こいつの効果は不明だが、DKが嬉しそうに言っていた言葉を思い出す。


 恋に落ちた――頭いてぇ。


 香水を付け、紅を刺せば、その口づけに抗える者などいない。


 香水はギルドの面子五人で使い切り、紅はDKが持っていたはず――。


 この香水、もうこの世界に存在しないだろうなと思うのは、原料の一つであるハルフォニアがもういないからだ。


 教会で少人数、安定しない世界、傍にいるだけで精神を安定させ、チャームでセロトニンやオキシトシンがじんわりと滲む状態。


 呼吸は魔力を吸い、血は魔物を遠ざけて、妖精にも守られている土地、通りで俺の世話を率先して行うはずだ。


 クトゥーナが俺から離れないのも、俺の匂いに精神安定効果があるからで、恐怖や不安が和らぐからだろう。


 遊び半分で吹きかけられた香水でこんな事になるなんて……。


 そりゃ人にとって最良だろうよ、パンタノーラとハルフォニアはこの世界における人の創造主と言える、そいつらの匂いなのだから。


「マギサは、サーチャーライセンス取るのか?」


「ないよりはあるほうが良いと思いますが、私でも取れるでしょうか」


「門は誰にでも開かれているって話だし、大丈夫だと思うよ。飯、食い終わった? これからちょっと外に行って、さっそく籠やらなにやら見に行かないか」


「そうですね、クトゥーナ……」


 は俺から離れないので連れて行くしかない――クトゥーナの扱いを考え直さなければいけない、この世界の治安がわからない、女性である以上……。


 俺も見た目は女性だから、男装したほうがいいかもしれない、人とオーガが戦う上で、オーガは人を傷つけるに足るだろう。


 そのオーガを虐殺できるのなら、人を虐殺することも可能と推測する。


 しかし魔力が使えなければどうなる、魔力が効かない相手がいたら、防衛はいくつあっても良い。


 ナクティスと戦うことになったらどうする、魔力が効くのか。


 俺は身を守れるのか――死んでも良いじゃないか、でも踏みにじられるのは嫌だ、色々な感情が渦巻いてしょうがない。


 俺にとって一番大切な物ってなに、命、プライド、尊厳――何を譲りたくない、これだけは奪われたくないというもの、それは何。


 クトゥーナを眺める――いつか誰かに殺されるかもしれない、いつか誰かに奪われるかもしれない、それならばいっそう、俺が奪い殺すか、そうすれば問題は無くなり楽になる。


 どうしてそう考えるの、もうクトゥーナが大事なの、奪われるぐらいなら殺すの、それならば奪うの、それが一番楽だものね。


 愛情が沸いた証拠だと、この本能が最高に最低で最高に嫌いだ。


 自分にとって一番辛い道が、俺にとって一番正しい道なのも、それを嫌というほど理解しているのも。


 嫌いだ、みんな嫌いだ、とにかくめんどくさい、とにもかくにもめんどくさい。


 考えたくない――問題は一つずつかたずけて行けば、何時かはなくなると自分を納得させながらできることからするしかない。


「どうした?」


「いいえ、行きましょうか」


「あぁ」


「そういえば、昨日魔物と戦ったのに、大丈夫なのですか?」


「はははっ、大丈夫大丈夫、ナクティス、いや、師匠に三日寝なくても動けるようでなければダメだと言われてんだ」


「ナクティスさんに教えを乞うているのですね」


「この村にいる間だけだけどな。よし行こうぜ」


 十四歳にたかるおっさんの図はここです。


「はい」


 この後村の中を見て回り、アーサーに籠とタルとクトゥーナ用の衣服、靴を買ってもらった、手助けしたのだから、これぐらいしてもらっても罰は当たらないだろう。


 しかし買い物をしていると、あとからやってきたロレーナの機嫌はすこぶる悪かった。


 女性というのは未知だ――女性の友達が増えれば、女性の事を少しは理解できるようになるだろうかと考え、愚かにも女性に対して己の疑問を質問している自分を想像する。


 答えはキモイって話だ。


「マギサの服はいいのか」


「いずれ必要になりますけれど、今日はクトゥーナの分だけで十分です」


「マギサ、今日はどうするの?」


 ロレーナが恐る恐る聞いてきた――俺は帰るつもりだが、帰ってほしくなさそうだ。


「そろそろ教会に帰ります。あまり遅くなりますと、つくのも遅くなってしまいますから」


 くっついているクトゥーナから若干脱力するような力が抜けるのを触覚として感じた。


「でも、森の中は危険です。マギサ、この村に移住しよう?」


「今日はアーサーと露天を見れて良かったです。行商とはこのような感じなのですね。お金の種類も確認できましたし。ロレーナさん、申し出はありがたいのですが、どちらにせよ一度教会に戻らなければいけません」


 やんわりと断ると、ロレーナはまだ不服そうだった。


 クトゥーナに靴はいるのか悩んだが、獣人用の靴というのがあった――人の物とは違い、足の指が自由になるサンダルのような作りだ。


 履くというよりは装着するといった印象を受ける。


 獣人は毛深い、この毛は草や枝で肌が斬れるのを防いだり、打撃を和らげたりするためだろう。


 逆に人間は衣服を纏わないとこれらが防げない――獣人というだけでかなりのアドバンテージを感じるが、ノミみたいな生物がいるとも限らないし、風呂が面倒そうだ。


 籠に衣類をいれ縄を腕に通して背負い、タルはクトゥーナに持ってもらった。


 頭に張り付いていたカオスがストンと籠の中に落ちた感覚がした。


 村の出入り口で二人と別れる。


「本当についていかなくて大丈夫?」


「はい、森は私の庭のようなものですから」


「危なくなったらすぐに引き返してくるんだぞ」


「えぇ、大丈夫、今日はありがとうアーサー。確かに恩は返してもらったわ」


「持ちつ持たれつだって、あ‼ そういやさ、あの薬、あの青い薬とさ石鹸‼ 村って今薬とか石鹸とかが不足してるんだよ。悪いんど恵んでくれないか?」


 アーサーはなんとなくだが、いい奴だと思った。


 表情に濁りがないというか、嫌な顔をしないというか、もう少し年をとればいよいよ頼りがいのある男になりそうだ。


「それはかまいません。しかし作るのに時間がかかりますので、後日納品でよろしいですか?」


「あぁ‼ 頼むよ。ちょっちょっと待っててくれ。前に消費した聖水の空き瓶が結構あったはず、持ってくるからそれに積めてくれよ。ちょっちょっとまっててくれよ」


 アーサーは駆け足で行ってしまった。


「マギサは、アーサーが好きなの?」


 ロレーナが俺にそう聞いてきた。


「いいえ、なぜそう思うのですか?」


「アーサーといる時だけ楽しそうだから」


「そういうわけではありませんが、男の人だとやはり気兼ねなく話せますからね」


「女同士よりも?」


「ロレーナの前でおならをしてしまったら恥ずかしいです」


 そういうとロレーナは目を丸くした。


「アーサーの前でおならをしても恥ずかしいですが、アーサーに嫌われても恋愛的な視野から外れてもかまいませんので、気が楽なのです」


「そっそうなんだ」


「仲良くしたい人の前では、気軽に接せられないものではないですか。嫌われたくないと思うものではないですか?」


「そっそんなことないと思うけど‼」


「わりわり……ん? どうしたロレーナ」


「なんでもない」


「そうか? ほいこれ。悪いけど頼むよ」


「わかりました。その代わり、また衣類などよろしくお願いしますね」


「あぁ‼ 全然いいぜ‼」


「アーサーさん、全然という言葉は否定形の言葉です。肯定に使うのは間違えですよ」


「はははっそんな事言われたの、マギサが初めてだよ」


「ふふふっそうですか」


「やっぱり楽しそうに見える……」


 森の入り口まではとアーサーとロレーナが護衛してくれたが、正直言うと少し邪魔だ。


 森の中に入り、二人から離れるとやっと一息ついて、肩を慣らした。


「やっぱり人といるのは疲れるわ」


「……はい」


「クトゥーナ、お前は人見知りすぎだ」


「ごめんなさい」


「カオス‼」


 カオスが籠の中から顔と前足を出し吠え、お前もやっと気兼ねが無いなと思った――森の中に入る前から魔力流体で体は覆っている。


 俺は流体を使って浮いた――正確には流体に入ったというのが正しいだろう。


 流体に入り、ダメになるソファーに腰を沈めたような恰好でふわふわと移動する。


 クトゥーナは生身で歩かせた――これから俺はクトゥーナに対して鬼にならなければならない、殺す気でやることにした、ただ甘やかさないとは言っていない。


 ふわふわと移動する俺の後ろを、とことことクトゥーナがついてくる。


 別に楽をしたいわけじゃなく、流体をより扱えるようにするためだ――流体を水のように扱っている、まるでスライムだな。


 自らを浮かすほどの質量を与えた魔力という粘体を動かし、かつクトゥーナを範囲から除外し、かつ広げた魔力で索敵する。


 肌に触れていると勘違いしそうなほど虫や植物の微細な触覚がうっとおしい、面倒で辛い。


 何かが近づいて来る感覚がして、二足歩行からマロだとわかった。


「やぁやぁ、帰ってきてくれて嬉しいのだ」


 マロは俺を見ると手を挙げて振った。


「猫のくせに犬みたいだな」


「いきなり悪態をつかれたのだ……」


「別に悪態ではねーよ」


「そうなのだ? それにしても、変わった移動の仕方をしているのだ」


「そうか?」


「普通はそんな風に魔力を――あっ」


 あって、なんだよ、あって、魔力が見える事を隠していたのか、それとも別の事か。


「じっ実は魔力が見えるのだ」


 なるほど、他に隠していることがあると察した――魔力を扱う者を知っていて、その扱いと、俺の魔力の扱いが違うということだな。


「そうか、それで、どうしてここに来たんだ?」


「それは、ちょっと心配になったのだ」


「何のだ」


「普通に考えて君たちの心配なのだ」


「そうか、ちょうどいい、お前たちのこと聞いてもいいか? 教えてくれ」


「別にいいのだ。ぼくはマローニャ、見てのとおり妖精なのだ」


「そういうことではないんだけどな」


「何が知りたいのだ?」


「お前らがどういった存在かってことかな」


「妖精は、妖精なのだ?」


「疑問を俺に投げるなよ、別にいいけど」


「カオスはどうやら君を気に入ったようだね、よかったのだ」


「ふむ」


「疑問に思わないのだ?」


「実を言うとどうでもいいんだよ。俺を攻撃さえしなければ」


「君はとても怖い人なのだ。その膨大な魔力で何をなすのだ」


「なんもなさねぇけど。しいて言うなら強姦かな」


「……ぼくは君を誤解していたのだ、君はとっても淫乱なのだ」


「淫乱というよりはたった一人においてだな」


「そっちの子なのだ?」


「違うな。俺を傷つけた女がいるんだが、俺はそいつを見つけたらヤルつもりだ」


「よっぽど怒ったのだ?」


「よほど傷ついたよ」


「裏切られでもしたのだ?」


「別れを告げられずに別れたのさ」


「恋人だったのだ?」


「全然、ただの仲間さ」


「それでそれはやりすぎなのだ」


「そうかもしれないな。会ってみたら、意外と何もできないかもしれないし。この力を使って何かするっていうのは程度によるよ。この力がどこまで通用するのかわからないし、この力を失った時、蹂躙されたのではたまったものじゃない。ひきこもるのが得策とは思うが、こいつの事を思うとそうも言っていられないしな」


「大切に思っているのだな」


「どうだろうな。例えばコイツが殺されたら、俺はコイツに対して、死んでんじゃねーよってキレるだろうな。そして殺した奴を捕まえて玉、手、足、視力を奪って放逐するだろう」


「正義感が強いのだ?」


「違うな、俺が悪だからさ。俺が我慢して抑えていることを、他人がするのが許せない。もしこの子が強姦されて、それで懐柔されて喘ぐようであれば、俺がコイツを殺すよ」


「この子の事で君が傷つくというのであれば、それを大事に思っているということじゃないのだ……? 人間は複雑なのだ」


「そうだ。人間は複雑なんだよ」


「君は強姦するのに、強姦されるのは嫌なのだ?」


「それは言い方が少し異なる。俺が強姦する相手は俺を知っているし、もし強姦した後、俺を殺そうとしたとしても俺は無抵抗でそれを受け入れるよ。嫌がる無関係の女をただ自分の楽しみのためだけにヤルのは許せないってことさ。まぁ最低なのは変わらないんだけどな、いや、わかってる分、俺の方が最低かもしれないわ」


「つまりは自分勝手ということなのだ?」


「まぁな。女が全て犠牲者ってわけじゃないし、人間というのは恐ろしい生き物だとマロも知っておいたほうがいいよ」


「マロってマローニャの事なのだ?」


「そうだ。呼びやすいだろ。例えば、腐敗したどうしようもない街があるとするだろう? もしその街を壊せるボタンがあったら、俺は迷わずボタンを押すね。その街には少なくとも少しの善人はいるだろう。だがその善人と悪人の処理と労力を考えたら、全部まとめて吹っ飛ばした方が効率がいい。だから殺す。俺はそういう奴だよ」


「君は善人だけど、善人すぎるのだな」


「悪人だよ。だから何もしないのさ」


「カオスが好きになるわけなのだ」


「俺は無保証で何かを与えるほど聖人じゃない。ただ義理には義理で答える。それだけだ。お前たちがこの森で教会を守っているというのなら、それは俺に対する義理だ。だからお前らの頼みもできる限りは断らない。多少の無理もするさ」


「ぼくも君を気に入ってきたのだ」


「そうかよ。もし女が、俺が与える何かで誰かを助けてほしいと言ってきたら、俺は迷わず報酬を要求する」


「お金なのだ?」


「ちがう、女自身だな」


「女が好きなのだ?」


「実を言うとその女自体にはあまり興味がない。自分では行動せず、自分にはできないからと、貴方ならできるでしょうと他人に頼むのなら、それぐらいの誠意は見せろって話さ。俺はそれぐらいの覚悟を持って頼むよ。だからそうならないように努力するし、他人とはなるべく関わらない」


 悲しいことにリアルで友達のいない俺は、誰にも頼めなかったし、一人で頑張らなければならなかった、ボッチにとっては普通の事だ。


 それでもニャンコやDKには勉強や質問で世話になったことがある、ゲームの中で返したかったけれど、結局は貰ってばかりだった。


 傷や痛みまでくれるのだからサービス満点だろ。


「なるほどなのだ」


 言葉ではなんとでも言える――そうなってしまった時、どうなるかなんて俺にはわかりようもない。


 強姦するなんて最低な事を言っておいて何だけど、おそらく、俺はニャンコやDK、ハルポンを見つけても、他人のふりをするのだろうな。


 相手が声をかけてこないのなら、おそらくもう関わることなんてない。


 苦しいし辛いけれど、我慢するさ。


「ところでお前、何しに来たんだ?」


「だから心配して迎えにきたのだ‼」


「ははっそうかよ」


 そうこう会話をしているうちに教会についた――迷わず到着したのはマロの仕業だろう、自然と先を歩き、行き先を先導されていた。


 森からは出ないと思ったが、マロはついてきた、カオスは籠の中にいる。


 マリアンヌが本当に守りたかったのは教会ではなくこの体なのだろう、だからこいつらが本当にマリアンヌと約束していたのだとしたら、こいつらは俺を守っていたことになる。


 俺が目覚めて歩き始めたら、俺を守ると約束したこいつらも俺を守るために動かなくてはいけなくなった、こう考えるとつじつまが合う気がした。


 よほどマリアンヌの事を気に入っていたのだろうな、約束だけで数百年この体を守り続けた義理堅さを考えれば、感慨深い。


 もっともこれが俺の憶測だという側面を決して忘れはしない、いくら何でも都合が良すぎるからだ。


 人間は自分に都合のいいように解釈する生き物だ、それは俺であっても変わらない。


 魔物とも遭遇しなかったのは、やはり、マロの何かしらの能力なのだろうな。


 教会に帰ってくると、家に帰ってきたという感じがした――教会が視界に入るとクトゥーナは駆けだして、タルを置き、壁の中に隠した平たい棒を取り出して扉の隙間にいれ、閂を上げる。


 扉を開けて振り返り、嬉しそうにしていた。


 これからクトゥーナにする行いを考えると少し心が痛んだが、クトゥーナのためという俺の押し付けでクトゥーナが俺を怨むのは間違えないだろう。


「そういえばマロ、お前に頼みたいことがあったんだった」


「何なのだ?」


「明日から定期的に魔物を数匹招き入れてほしい、できれば種類別で」


「いいけど何するのだ?」


「解剖だよ、解剖」


「食べるのだ?」


「もっと素敵なことさ」


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