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 女の中に混じってわかったのは、やたらと男に声をかけられると言う事。

 俺はそうでもないのだが、エリシアとラフィは街を歩けば声をかけられ、飯を食べていると声をかけられ、オーダーラインにいても声をかけられる。

 トイレ掃除していてもラファは声をかけられていた。

 掃除中だバーローと心の中では思っていたが、口には出さなかった。


 同じ奴もいれば、別の奴もいる――色々な方法があるのだろう。

 少しずつ接触してきて、回数を重ねることで、ガードを緩めるという奴なのだろうか。

 正直ここまで声をかけられるとは思っていなかった――元の世界じゃ声をかけることもかけられることもなかったからだ。

 ナンパをするにはハードルが高すぎる。

 恋愛偏差値二十未満の俺がすることじゃない。


 ラフィもそうだが、エリシアも声をかけられている。

「やはり、声をかけられると、嬉しいですか?」

 エリシアにそう聞いてみる。

「あははっ……そうですね。警戒はしているのですが、やっぱり嬉しいと思ってしまいます。同じ方に何度も誘われますと次第に断り辛いと感じることもありますし、多少強引な方もいますので」

「そうなのですか」

 エリシアが俺の手を握ってきて、少し首を傾げてしまった。

「気を付けてくださいね」

「私は大丈夫です。お二人ほど、美人ではありませんので」

 そもそも男だ。

「そういう女性を狙う男性の方もいるんです。気を付けてください」

「そういうものですか」

「それに、タチアナは美人です。化粧をしていませんよね。私、こう見えて、少し化粧してます。骨格も整っていますし、その瞳の色が、やっぱり綺麗です」

 だってよ、とラフィを見ると、ラフィは上に目線だけを向けてため息をつくような素振りを見せた。

 俺が元の姿だったら、この二人とは接点すらなさそうだ。


 適度にいくつかのトイレを掃除、今日は機関だけではなく、街の外に点在するトイレの掃除も行い、ある程度済んだので機関へ戻ることにした――トイレは毎日汚れるので、掃除には事欠かなさそうだ。話によれば、一日、同じ場所でも多い時は五回ほど依頼が出るとのこと。回転率の高いトイレはそれだけ汚れるのだろう。しかし嫌われる仕事でもあり、受けるのは決まった面子であることも多いのだそうだ。


 掃除道具を持って街中を歩いていた――外はすっかり暗くなっており、明かりが灯っている。眠らない街というわけではないだろうけれど、暗くなっても人通りは多く、喧騒も多かった。


 提灯――祭の準備が着々と進んでいる。

 ただ、俺の故郷のような様相を見せながら、建物の形が西洋風というか。複雑な気持ちになってくる。


 それは、故郷式の祭に近いと、心にくるものはあるけれど。


 注意して見ていると、街中には沢山の銀糸竜の娘がいる――普通に男に声をかけられ、応じているものもいた。

 彼女たちが女性の姿をし、容姿が可愛いのは、もしかして囮なのかもしれないと、そうも思う。彼女たちは人間の姿をしているが、厳密には人間の姿をしているだけの糸の束に過ぎない。これが正確な情報なのかは確かめないと何とも言えないが、設定上は人間とは明確に異なっているし、繁殖方法も違う。


 衣食住がそろえば、やはり性欲も満たそうとするのだろうなと、なんとなくそうも思ってしまった。街にいる銀糸竜の娘の何人かはそれを処理する役目を持っているのかもしれない。天使だわ――いてっ。

 ラファに嫌な顔をされて蹴られた。


 「トゥーナ、どうして彼らが私達に声をかけてくるかわかりますか?」

 トゥーナに聞く。

「わかる。そこまで子供じゃない」

「トゥーナ、私と同い年なら子供だよ?」

 エリーが横からそうツッコみを入れ、トゥーナは渋い顔をした。

「貴方は黙ってて」

「やだよ、何言ってるのーうける‼」

「お前、嫌いだ」

「私は大好きだよっ‼」

「大嫌いだ‼」

「大好きって言え‼」

 エリーは陽キャだな――誰にでも優しい女性って罪だよな。


 仲良くされて勘違いして、俺みたいな陰キャは女の子に声をかけて貰えるだけで嬉しいから、ほいほいチャーハンだ。


 だから女の人に声をかけられたら100%美人局だと理解できる。

 どんなに顔がにやけようが、後ろ髪を引かれようが、君子危うきに近寄らず、丁重にお断りをして即去り案件だ。


 職場恋愛は気まずいって言うけれど、別にいいと思う、思うだけだぞ。

「トゥーナ、良く見て男を判断しなさいね」

「どうでもいい」

 可愛くない。

「興味ないなんて言っていると、後悔することになるから。青春は短いのよ? もっと楽しみなさいな」

「うるさい」

 うるさいってますます可愛くない。

「私は貴方が心配だわ……」

 生涯独り身ってことはないだろうけれど、変な男にだけは引っかかってくれるなよ。


 コイツまだ九歳だったわ。いや十歳かもしれない。

「タチアナも、気に入った男性がいましたら、真っ先に私に言ってくださいね」

 エリシアにそう言われる。それだけはない――一瞬アーサーの顔が脳裏に浮かんでしまって、奴は俺とは違ってイケメンだからなと心の中で悪態をつく。男の嫉妬って見苦しいと思う。思うけれど、出さないだけでみんな嫉妬しているからな。女性は言葉に気を付けて、どうぞ。

「そうですね。その時は、真っ先にエリシアに相談します」

「はい、私が責任をもって消しますから」

「え?」

「私が責任をもって相談に乗りますから」

 一瞬不穏な言葉を聞いた気がしたが、気のせい、か――ラファを見ると、ラファはため息をついて首を横に振った。

 掃除用具を持ったラファの姿を見て、トイレ掃除に勢を出す天使か――やっぱお前天使だわ。そう思ったら、ラファに睨まれた。


 オーダーラインに着くとカウンターにはラザニアがいた。

 ラザニアはいつもいるが、コイツらに休みはあるのだろうか。

 近づくと、向こうもこちらに気づいて目配せした。

 軽く挨拶をかわし、話をする。

「ラザニアさんて、休みとかってあるのですか?」

「ありますよ。私は貴方達専属アドバイザーになりましたから、貴方達がここへ来ない時は基本的に休みです。雑用とかはありますけど」

「買い物とか、色々趣味とか、大丈夫なのですか?」

「大丈夫ですよ。本当に休みが必要な時はお休みを頂きますから心配なさらないでください」

「そうですか。それよりそのような専属になりましたら、お給金に影響が出るのでは?」

「そんなの気にしないで。基本給はちゃんとあるから。負担に思わないで。貴方達の働きによっては私に追加報酬も支払わるしね。基本給だけでも十分な金額を頂いているから問題ないよ。おっと、頂いていますので問題ありませんよ」

 コイツら人間じゃねーからな。


 そもそも飯食う意味もあまりないだろう。

「ラザニアさんて何か好みのものってあります?」

「お酒とか好きですよ」

「お酒ですか」

「趣向品なので手に入れるのには銀貨が必要ですし、それなりのお値段もしますけど、やっぱり私はお酒ですね」

 ラザニアが好きだから、ラザニアという名前というわけではないんだな。

「そうなのですね」

「お酒は好きですか?」

「あまり嗜みませんね。お酒に弱い方なので」

「あー、弱いんですね。それならお酒はおやめになったほうが賢明だと思います」

「ちなみに、お酒はいくつから飲めますか?」

「市販のお酒は十四歳から窘めます。機関から配られるお酒に年齢制限はありませんのでご自由にお飲みになっても大丈夫です」

「二十歳ではないのですね」

「二十歳? なぜですか? 若いうちから、親御さんと飲んで、お酒に酔うという感覚に慣れてほしいという観点からそのようになっています。大人になって初めてお酒を飲んでトラブルになるケースは多いですから。前はお飲みになっていたかもしれませんし、タチアナ様は十六歳以上ですので、お酒をたしなんでも問題ありませんが、クトゥーナちゃんとエリーちゃんの飲酒には十分注意してください。ラファさんも。飲んだからと言って、特別罰などはないですが、問題を起こされますと、国も見過ごせなくなりますので、お願いしますね」

「そうですか。ちなみに知らずに飲まされた場合はどうなるのでしょう?」

「飲ませた方には大きな罰を、飲んだ方には小さな罰があります。それに付随して何かをしていますと、その何かに応じて罰も大きくなります。男の方にお酒を勧められましたら、お断りをした方が賢明だと思います。特にタチアナ様はお酒が弱いということなので。もしお酒をお飲みになって許容量をオーバーしたと感じましたら、近くの職員などに助けをお求めになってください」

「わかりました」

「タチアナ、お酒に弱いの?」

 エリシアにそう聞かれて、目を見る。

「そうですね。酔わない方なので」

 俺は昔、酒に強いと思っていた――酒を飲んでも酔うという事が無く、ただただ頭痛い、不快になるだけだったからだ。

 しかし会社の飲みかえで、顔が青くなっていることを指摘され、お酒が弱いと言われた。

 俺はどうやらお酒に弱いようだ。

 この体は別だが。

「お酒を飲むときは絶対私を呼んでくださいね」

「えぇ、まず飲まないとは思いますが」

「くれぐれも一人で飲まないでください」

「大丈夫ですよ。ラフィもいますし」

「トゥーナは?」

「トゥーナもいますし。それに、お酒に弱いのはエリシアの方です。この間はひどかったです。お酒を飲むときは、離れないでくださいね」

「そっそう? そんなに? そんなっひどかった?」

 エリシアは両頬を手で包んで恥ずかしがっていた。


 ラフィに酒を飲めるのかこっそりと聞いたが、体のつくりがそもそも違うので、酒と水の違いがわからないと言われた。

 人間が酒に酔うからと言って、天使も酔うわけではないよな。

 酒を飲んでもいつも同じ味がする、アルコールの味しかしないというのは、酒を飲みなれてないか、舌が繊細で細かな味を感じられないという事らしい。

「ちなみに、この国に未成年という定義はありますか?」

「子供と大人の境界の事ですね。はい、ございます。十八歳から大人、という事にさせて頂いております。全ての種族に共通する年齢となっておりますし、義務教育の終了を意味しています」

「そうなのですね。未成年の方が、その、異性と粘膜接触した場合、何か罪に問われますでしょうか?」

「ねっねんまっねんまくせっしょくですか。小さい子もいるので気になさるとは思いますが、基本的に個人の自由になっております。ただ大人が子供に対して強制力を持ち、そのような行為を行った場合は、重罪にとわれます」

「そうなんですね」

「十代では同性での恋愛を推奨しています」

「同性なのですね」

「同性!?」

 エリシアが前のめりになってきた。びっくりした。

「はい、そのようになっております。性欲は仕方のないものですが、脳へのダメージがあるため、複数回の行為は推奨しかねます。また薬物は全面的に禁止させて頂いています。また洗脳、脅迫、その他行為により事に及んだ場合、最悪去勢もありえますので、お気をつけください。精神的ダメージにより相手を傷つけ、支配しようとした場合も同様になります。万が一子供ができてしまったという場合、別途説明がありますので、速やかに申し上げてください。悪いようにはいたしませんし、その場合は中絶、出産、どちらの場合においても私達が保護します」

「そうですか」

「はい、ですので、安心して、恋愛をなさってください。この国では相互の愛によってなりたつ愛情を重視しています。私達は、そのお手伝いをさせて頂きたいと思っています。どうか貴方が、慈悲と慈愛を合わせ持つお方であることを願っています」

「私は残念ながら、それほど高貴な者ではありませんので、ご期待には沿えないかもしれませんが、自分なりに頑張ってみますね」

「堅苦しい言い方をして申し訳ないですが、普通に生活していただければそれで充分だと思っています。他に何かございますか?」


 「脳へのダメージと言うのは?」

「そ、それも知りたいですか?」

「不味かったですか?」

「そういうわけではありませんが、そういう話を聞く方はあまりいないので」

 ラザニアの会話の節々が丁寧語じゃないのは親しく接しようとするのと業務面が混ざっているのかもしれない。

「そうなのですね。興味があって。薬物はやはり恐ろしいですから、対策があるのかなと思いまして」

「そうですね、大半の薬物に関しては中和薬が存在しますので、問題ありません。現在この街に在庫はありませんが、万能薬も存在しますので、薬物に関してそこまで注意することはないと思います。無理やり摂取させられたという場合も、すぐに仰ってください」

「わかりました。それで脳のダメージというのは」

「うーん。簡単に言いますと、脳が溶けて萎縮してしまうみたいですね。詳しくは私も存じないので、なんとも言えませんが」

「そうなのですね」

「はい。他にありますか?」

 真面目な話、感度三千倍になったら人間は死ぬ。

「もし、貴方達職員の方を好きになってしまったら、どうすればいいでしょうか?」

「わたっわたし……私ですか?」

「タチアナ!?」

 エリシア、どうした。

「いえ、職員の方全般の中から、好きになってしまったら、どうすればいいでしょうか?」

「そっそうですね。それは問題ありません。ただ恋愛は相互の感情によるものです。一方的には成り立ちません。それさえご理解いただければ大丈夫だと思います」

「職員さんのカップルはいるのですか?」

「えっ!? そっそれは、いる、と思いますけど」

「そうなのですね。ここの職員の方は、綺麗な方――」

 クトゥーナが妖怪化した気配を読み取り、足を見ると踏まれていた。

「が多いですからね。きっとラザニアさんもオモテになると思いまして」

「そうですか? そう見えますか? 一度も声かけてもらったことありませんけどね。一度も声かけてもらったことありませんけどね。一度も、ありませんけどね。こないだお前に言ってないって、貴方の目の前で言われましたけどね」

 なんで三回も言ったんだコイツ。根に持ってやがる。


 風邪を引いてしまいました。風邪にはご注意ください。

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