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6を見直しました。

 夜明けより少し前に目が覚める――隣ではすっかりと安心したクトゥーナが眠り、俺が動くと反応して目を覚ます。


 ベッドから起き上がり、窓の木枠を開け、青い空気と海、そしてわずかなオレンジ色が目の中に納まる。


 クトゥーナの頭を撫で、階段を降り、竈に火を入れ、礼拝堂の扉から外へ――井戸の水を汲み、竈に持ち寄って煮沸、クトゥーナと並び顔を洗い、歯を磨く。


 ウネ汁と竈から拾い上げた灰、それと塩を混ぜた歯磨き粉は少ししょっぱい。


 歯磨きが終わったら、クトゥーナの顔を眺め、歯が良く磨けたか確認し、おでこと頬にキスをする。


 もうすでに虫歯になっている歯を治療する術がない。


 痛くないのかと問うたら、クトゥーナはにやぁと笑って少し引いた。


 クトゥルナの粉で作った粉汁を飲み、外へ出て体を伸ばす。


 海岸へ出たらいつもの訓練――息切れもなく苦しくもない。


 少しの高揚と目覚めを感じて心地よい――朝の空気と、冷たい風、傾いた日差しに揺れる波音。


 肺の空気が入れ替わり、頭が冴える感覚――髪を蔦で結い、テールを作る。


 クトゥーナはそんな俺の訓練を真似てこなす――こちらは俺よりもずっと体力がある。


 お昼になったら訓練を切り上げ、井戸水と石鹸で体を洗う――粉汁を飲み、狩りへ。


 狩りは簡単になった――難しいのは獲物を見つけることだけだ。


 クトゥーナは鼻が良く、すでに蜂が巣にしたものから少しずつ少しずつ肉を切り分けて持って帰っていたようだ。


 それで毎回肩に寄生されていた。


 鱗鹿を見つけた――この辺りではポピュラーな獲物らしい。


 森の中に入ったら。目を閉じて、足元から魔力を広げる――円状に万遍なく、波をイメージして、近づかなくていい、魔力を地面に伝わらせる――触覚として辺りを認知している感覚、生き物に触れたら魔力を流体に変質させ足を掴み逃げられないようにした後、体を覆わせて形状を把握する――手の延長上、握り潰すイメージをもって鹿の頭を魔力で握り潰す。


 頭の無くなった鱗鹿がその場に倒れ込んだのを確認したら目を開けて、現場に向かう。


 残酷かもしれないが、脳を潰せば、痛みすら感じないだろう――切断された首から上が意識を持っていたという研究結果を俺は知っている。


 生き物を殺すのに、もっと抵抗を覚えると思っていた。


 夢で人を殺したことがある。


 知らないおばあちゃんだったり、若い女性だったり、筋肉質な男だったり、殺した後考えたのは、どうしたらこの死体を隠し、罰を逃れられるかだった。


 人を殺してしまったと、罪悪感に苛まれることもなかった。


 夢の中だから、実際には殺していないから……そうあってほしい。


 そうでなければ罰が無ければ殺しても何も感じない事になっちまうじゃないか。


 俺はそういう人間なのかもしれない、違うのかもしれない――獲物を殺すのに罪悪感は無く、ただ瞳孔が大きく開いた。


 命を捕った瞬間――感じたのはヤッた(トッた)という感触だけ。


 心だけでも人間でいてくれよ、じゃないと、何を間違えたのかわからないまま、どうしようもない奴になってしまう、俺は完璧じゃない、間違えるのだ。


 ちゃんと痛みを覚えてくれと心臓を二回強く叩いた。


 優しさは大切だ――だから昔感じていた罪悪感を思い出して心の中で反復する。


 決して謝り方を忘れないように、俺は強者じゃない、弱者だという立場を忘れないように。


 倒れ込んだ鹿を眺める――背中から尻までのラインを指でなぞる。


 まだ温かい、苦悩ばかりか、異世界なんて、クソッ、加工してもらっていた肉を、自分で加工しなければいけなくなっただけじゃないか。


 何を……肉を食うんだろ、あやまんじゃねーよ。


 食うんだよコイツを。


 生物としてある程度完成した形、尻から足までのライン、生存競争に置いて残り培われてきた形なのだろう。


 力強く、この生物がこの生物であるための理に適っている。


 このままだと肉はまずいので、クトゥーナに蜂を探してもらう。


「女王を見つけても手を出すなよ」


 無駄に傷つく必要はない――俺たちは蜂を利用し、見返りに蜂に餌を与える。


 とは建前で、ほぼ寄生だな、こりゃ。


 魔力で覆った手、爪の延長上に偽りの爪を作り、木に痕を付けながら移動する――すぐに鹿の死骸……ではない、巣に作り変えられた個体を見つけた。


 蜂でわかったことだが、女王は肉を食べて甘く特殊な蜜を作り出す――働き蜂はこれを食べなければ体を維持できずに死んでしまう。


 完全なる女王制、女王が種としてすべてであり、働き蜂は道具に過ぎない。


 反抗するには女王の羽を取って、飼殺すしかないが、繁殖力の無い働き蜂にそれをする意味はないだろう。


 倒れこんだ獲物――お茶のような独特の発酵臭。


 近づくと働き蜂が一斉に飛び出してくる――蜂独特の威嚇恩、ブーンという羽の音と口を打ち鳴らす音、これはブラフだ、こいつらに戦闘力は無いが、威嚇音でビビらせるには十分すぎる。


 この音、耳に痛い、近づいたら刺される、刺された痛い、本能と記憶と経験に訴えかけてくる音――いいね、不快だ。


 それでも近づくと、音が少し変わり、女王が姿を現す――働き蜂よりも一回り、二回り大きい、獲物の腹の中よりずるりと現れて、羽を広げ、羽ばたくと血が飛ぶ。


 まぁ俺のやることは、そう大してないのだが――飛んだところを魔力を流体へ変え包み込む。


 俺の手の中だ。


 働き蜂は戦えない、戦わない、女王を捕まえたら元来た道を引き返す――中空に保たれた女王蜂から、ジジジジと羽を擦る音が聞こえた。


 狩った獲物に寄ると――小さな動物が数匹いて、首筋に噛みついていた。


 俺たちに気づくと獲物を引きずって逃げようとするので、鹿の足を魔力流体で捉えて、移動できないようにした。


 ちぎれた肉片を持って、四足歩行のハイエナのような生き物は姿を消した。


 魔力流体を広げて索敵したが、少し離れた場所にいるようだ。


 獲物の死骸から流れる血はもう冷めていた。


 中空にいる女王を魔力に包んだまま、獲物に近づけると、獲物に針を突き刺し――刺したら、元の場所に返す、わけはない。


 虫なら俺の物にしてしまってもいいだろう。


 獲物を吊るして腹を裂き――内容物をごっそりと落とす作業にかかる。


 この魔力の固定化、というのだろうか、通常魔力は魔力を用いなければ触れることができない。


 通常外にある魔力を俺が自由に扱うことはできない、俺が体内に取り込み心臓を通った俺の所有物となった魔力だけを自在に扱える。


 魔力を魔力という物質と認識することで干渉している。


 とは言ったものの、粘度の高い水あめのようなものに、なんとか変換している――俺はこれを魔力流体と呼んでいた。


 魔力流体は水のような性質を持っているが、水ではない。


 魔力流体は魔力としての性質と物質として少しの性質を持っている。


 変えられるのは展開範囲と硬度だけだ。


 この魔力流体に触れた物をある程度認識できる。


 先も言った通り、構造がなければ構造通りには動かない、しかしチョキの形を最初から作っていれば、チョキは出現するし、パーもグーもできる。


 爪の延長上であれば、爪のようなものも再現はできる。


 爪の延長を魔力で作り、喉元から一直線に腹を――裂けた腹からは自重で内容物がごっそりと落ちてきて、引っかかっている部分を切れば、どさりと地面に落ちる。


 水が無いからここでは洗えない、考えてさばくのだった。


 身に纏った流体にぽつぽつと血が入り込み、赤い点が穿たれる。


 流体という物質に変換されていることを意味し、物質に干渉しているのがわかる。


 まるで水だ――否、俺が魔力のイメージを水と重ねているのかもしれない。


 しかし水の構造を再現できないから、水のようなものを再現しているに過ぎないのだろう。


 飲めるけれど喉を潤さないし、根本的な作り、元素も無い――元素の構造を俺が理解していないからだ。


 中性子やら陽子やらの原理を理解していないから再現できない。


 背負って家までもっていく――放置すると小動物やスライムに食われてなくなってしまう。


 スライムはスカベンジャーだ。


 だから死骸しか食べない。


 もっとも死骸はそんなに無いから生き物を殺して食べているのだろうな、主食はおそらく虫の類だ。


 この地にて、蚊などの羽虫を見るのは稀だ――水の中に卵を産み育てる生態を持つ生き物はスライムのいる場所では上手に生存できないのではないかと、なんとなくそう思った。


 内臓は家の前にいるスライムに与えればいいのかもしれない。


 そのまま持つわけにはいかないので流体で包んでもっていく。


 家帰ったら肉は軒に吊るし、内臓は草原に置いた。


 スライムが集まってきて内臓を食べ始め――肉を軒に吊るしたのは潮風でスライムを寄せないため。


「皮……鱗、皮……? 剥ぐの、面倒そうだな」


 ――女王を吊るした肉に返す、近づかなければ攻撃してこないだろう。


 女王も潮風は苦手と見える、肉の中に素早く潜り込んでいった。


 不覚にも、女王を可愛いと思ってしまった。


 終わったら部屋の掃除と本を見、クトゥーナを可愛がりながら魔力の特訓をする。


 エアコンの原理で魔力を冷気や炎に変換できないかと実験を繰り返しているが――おそらく無理だ。


 空気を薄くすると熱を奪うので温度は下がる、逆に圧縮すると熱をため温度が上がる。


 魔力の密度を薄くしても濃くしても強度の違いしかでない。


 魔力は外に漂っている間は誰の物でもない――取り込み、おそらく血管に乗り、心臓を介して俺の物になる。


 俺が俺の魔力を保有しているように、他者も魔力を保有している。


 試しにクトゥーナの魔力を少し奪ってみたが、クトゥーナは意識を失ってしまった。


 魔力が生命になんらかの影響を与えている――俺の魔力は俺の魔力であり、クトゥーナに与えても混合しない。


 だが俺の血液に流れている魔力であれば、それを飲み込み、自分の物に変換できるようだ。


 指を噛み切り、流れた血をクトゥーナに与えると、クトゥーナは血をコクコクと飲み込み、それが全身へと回って、徐々にクトゥーナの物に変換されていく様子がわかる。


 だがこの時、俺がクトゥーナを拒むと、魔力もクトゥーナを拒むことから、地続きであれば、俺の影響化にあるとわかる。


 逆に魔力が俺と地続きではなくなると、俺が拒もうと魔力はクトゥーナに取り込まれる。


 鹿の血の混ざった魔力は光の中できらきらしている。


 しかしクトゥーナには魔力が透明に見えるらしく、血が浮いているようにしか見えていない。


 魔力を動かして血を流動させると、クトゥーナは血を追いかけて楽しそうに笑った。


 俺の血管の中には多量の魔力がある――一滴ぽたりと垂らせばぶわりと俺の魔力が広がる。


 夕方になったら粉汁と肉を食べる。


 味覚があるので、楽しむために食事をとる。


 粉汁も飲む必要はなさそうだ――取り込んだ食物はすべて体内で魔力に変換されてしまう。


 魔力さえあれば、俺が食事を取る必要はない。


 地下に積まれた粉袋を見ると、誰がこんなに積んだのか気になる。


 クトゥーナには肉をよく噛んで食べさせる。


 食べ終えたらお通じをよくするためブルーポットを嫌々させながらクトゥーナに飲ませ、飲ませたら、泣きべそをかき恨めしそうに見上げるクトゥーナを抱える。


 すこしダダをこねるようになった。


 抱えたら肩に歯を立てて、表面を舐め始める――歯を突き立てるのは一瞬の痛みだが、コイツ、何を思ったのか、舌で皮膚を削って流れる血の飲み方を覚えてかなり痛い。


「……あむにゃむ」


 可愛い声を上げているが、俺は痛い――痛覚というのは一種の警報なので、作られた体としては不思議だが、無いよりは良い、まぁダメージを受けている。


 俺が魔力を操るようになってから、クトゥーナの血を飲む頻度は下がった。


 血を飲むだけで腹は満たされるようだが、食いものを食べないと体は作られないようで、一日食べなかっただけで次の日衰弱していたことがある。


 クトゥーナの体は魔力を食事替わりにできない、100%魔力で作られた体ではないからだ。


 血を与え終えたら匂いを落とすためにお風呂に入る――湯船は無理だが、お湯は作れる。


 クトゥーナの体を隅々まで石鹸と手を使い洗う、頭の先から胸の先まで、お尻や足の裏まで隅々まで洗う。


 体にしこりはないか、寄生虫はいないか、やましい考えが脳裏をよぎるが、俺は真のロリコンなので大丈夫だ。


 脳裏をよぎるのは俺が興奮しているというわけではなく、知識があるというだけに過ぎない。


 つうか、やっぱ子供に興奮なんかできないわ。


 洗い終えると逆に洗ってくれる――三年寝たきりの体を洗ってきたのだ、慣れたものだ。


 お互い体の隅々まで知らぬところはないだろう。


 洗い終えたら古着でぬぐい、竈の前でイチャイチャする。


 耳掃除をしたり、こちょこちょをしたり、肌を擦り合わせ、親子がするように、甘えさせ、こちらから甘えてみたり、明日死んでも良いように。


 クトゥーナには愛情が必要だ。


 目の中を見る――瞼を上げ、瞼を下げさせ、目の中を好む寄生虫もいる、鼻の穴も確認する。


 頬に唇を擦りつけ、擦りつけられ、お互いの匂いが良く混ざり合うように。


 俺が親で、お前は俺の愛しい子供だと良くわかるように――実際愛しいかどうかは別ではあるが。


 口の中にも手を入れて、満遍なく、確認したら歯磨きして、歯磨きさせ、二階へ上がる。


 寝る前にトイレに行かせ、日がどっぷりと沈んだら眠りに落ちる。


 夜中に激しい痛みを帯びて目を覚ました時は、体がより強く作り変えられていることを知る。


 神経に帯びる痛みが強いほど、魔力が良く馴染む、息が切れ、死ぬほどの眩暈に、肌のすべてが張り裂けそうになる。


 頭が割れそうなほど痛く、目の奥がくりぬかれるような痛みに悶える日もあるが、解放された次の日はなんとも気持ちが良い。


 最近そんな事は滅多にないが。


 目が覚めたらいい気分だ――が、クトゥーナが汗くせぇ。


 寝る前に風呂入れたのに汗くせぇってどういうことだよ。


 朝から外に出して頭からお湯をかけてやった。


 魔剣についてだが、対策が取れないうちは探さない。


 対策がとれるかどうかも不確定だが、魔力を得てからはもう必要ないかもしれないと思い始めている。


 俺から離れた魔力はどうなるかと言えば、水のように漂う。


 無重力の中の水のように漂い、しばらく漂った後、風に流されるように飛んでいく、あとは知らね。


 ハーフリザードの影響からか、魔力を纏う形が定まりつつある――手に纏った魔力は鋭いカギヅメ状に、あとは尾ができる、これが維持しやすい、安定した形なのだろう、無意志、本能の覚えている形……なのだろうな。


 午前の訓練を終え、昼飯に一工夫、ウネのトロミは食べても大丈夫らしいので、クトゥルナの粉と混ぜて生地を作り、焼いてみた。


 発酵させてないし、膨らませてもいない、俺ぺペロンチーノしか作れないんで申し訳ないわ、マヨネーズとか作り方知らんし。


 料理とかマジ興味が無い、料理にかかる時間をもったいなく思ってしまう、それなら市販の物買うわ。


 俺頭悪いから、容赦なく切り捨てないと他の事ができないんだよ。


 仕事が終わって材料考えて、買って、家に帰って作るなんて手間かけられるのはホワイト企業の方だけですわ、あたいはブラックなので冷食買って何かしながら食べて寝ないときついんですわ、料理した後の後片付けとか面倒で仕方ないから捨てるだけなんてマジ神だわ。


 いや、節約のためにホットサンドは作ってたよ、ホットサンドはノーカンだろ、あんなのパン買ってきてメーカーにセットして具を入れて挟んで焼くだけだぜ。


 ダメっていうなら俺は抵抗するで、いや、ごめん、しないわ。


 というわけで料理の知識なんてほとんどない、いやペペロンチーノは作れるよ。


 ペペロンチーノは誰でも作れるだろ、いい加減にしろ、いやしない、ください。


 焼けたら食べてみる――パン、ではなく餅だ。


 甘い生地だけの餅、これはこれでいいかもしれない。


 クトゥーナに食べさせると不器用ながらももぐもぐと食べていた。


 残念ながら味は粉汁と変らないので、塩でも少しつけて食べるといいかもしれない。


 庭に吊るした肉を見ると、羽化した働き蜂が鱗を剥いでいた、鱗が落ちる音がする。


 半日程度で卵は孵るようだ。


 クトゥーナの話では発酵には二日、三日かかるようだからまだ食べられない。


 紅茶の匂いがすれば食べられる、茶葉の匂いがすれば柔らかい。


 近づくと威嚇音がするのは同じで、女王はやはり俺を攻撃しようとする。


 女王を拘束して肉をスライスして焼いて食べてみたが、生臭いの極みだった。


 この鱗鹿、肉質がクジラに近い、獣肉なのに魚肉に近いのだ。


 これが発酵すると獣肉になる。


 魔力流体を体全体に纏うのは便利だ。


 もう服も靴もいらないんじゃないかと思うほどだが、さすがに裸の王様にはなれない。


 少し考えたのだが、俺から切り離しても魔力が漂い続けるのなら、クトゥーナに纏わせたままにできるんじゃないだろうか。


 試しにしてみたが、一応覆われてはいる――が、ダメだな。


 やはり俺と地続きでなければならない。


 クトゥーナの保有する魔力はクトゥーナの体内にあるので、外側を覆ってもクトゥーナの魔力と干渉することはない。


「息はできるか?」


「できます」


「体に異常は?」


「はい?」


 それは答えになっていないな、不思議そうな顔するなと俺はクトゥーナの頭をぐしゃぐしゃした、俺が変な奴みたいじゃないか。


 歩かせてみる。


「どうだ?」


 聞いてもクトゥーナは不思議そうな顔を向けてくるだけなので俺が不満だバーロ―。


「えへっえへへっ」


 クトゥーナは俺の腹に張り付いて来て、俺が纏う魔力とクトゥーナに纏わせた魔力が混ざり合う、胸に顔を押し当ててくる、あんまりくっつくなと手で引きはがそうとするとムキになって張り付いて来る。


「やだっやだっやだ」


 面倒なのでそのまま引きずり歩く。


「聖女様、聖女様……」


 聖女じゃねーよバーローと思ったが、もう否定するのも面倒だ。


 狩りをするために森に入ると、なんだか雰囲気が違っていた――何かに見られている気がする。


 そういえばこの森に入ってもオーガなどの魔物に会ったことがない。


 魔物に会ったことがないのだ――それどころか探せば必ず獲物がいる。


 昨日寝ている間に体が変化して、肌が敏感になったのかもしれない。


 魔力流体を体に纏い、作り上げた尾を背後に伸ばして掴むように丸めてみる――何か質量のある物を掴んだ感覚がした。


「なっなにするのだ」


 何を言っているのかわからねーと思うが俺もわからねぇ、クトゥーナとは明らかに別人の声に、尻尾で掴んだ物を眼前に持ってくると猫がいた。


 目つきの悪い猫がいた。


「早く下ろすのだ」


 まさか殺人毛玉にこんなところで会えるとは思わなかった、しかも言葉を話す。


 扱いに困り、猫を地面に下ろすと、猫は二足歩行していた。


「まったくひどいのだ」


 俺は猫を手で掴んで脇に挟んだ。


「さて、帰るか」


「なっなにするのだ‼」


「そんなのだめ‼」


 クトゥーナが抗議するように俺の足にすがりつく。


「やっぱもふもふしんてな」


 手触りがいい、俺の知っている猫そのものが、二足歩行している――柄は白を基調としたブチ、雑種柄。


 毛がもふもふだが、これは磨けばもっともふもふになる。


「いい加減にするのだ。不快なのだ、冗談でも許されることと許されないことがあるのだ」


「ちっ」


「こいつ舌打ちしたのだ……」


 俺は殺人毛玉を下におろした。


「攻撃してきたら殺すけどどうする?」


「なんかこいつ怖いのだ……。別に攻撃しないのだ、だから攻撃するななのだ」


 ファンタジーからいきなり夢の世界にワープしたわ、いっつあす〇ーるわるーど。


「それで? お前はなに? 夢の使者?」


「あのさ、お前って良くないと思うのだ、君は初対面の相手に対して無礼すぎるのだ。夢の使者ってなんなのだ……」


「失礼しました。貴方様はどういった方なのでしょう」


「ぼくは妖精なのだ。この森を守っているのだ、マリアンヌとの約束なのだ」


「マリアンヌとの約束、か?」


 いきなり急展開だな。


 マリアンヌという言葉を聞いて、初代を思い浮かべる――それが同一人物かどうか確認しなければわからないが、間違いなく初代だろう。


 そしておそらくマリアンヌはこの体の母親に相違ない。


「そうなのだ、君をというよりも教会と森の境界を守るように約束したのだ」


「マリアンヌと?」


「だからそう言っているのだ。魔物や人がこの地に入らないように境界を作って分断したのだ」


「それは君一人でしたの?」


「違うのだ、ぼくと合わせて七体の妖精がいるのだ。ずっと君が目覚めるのを待っていたのだ。目覚めてびっくりしたのだ。でも全然気づいてくれないからこうやって出てきたのだ」


「獲物が取れやすかったのも妖精たちのおかげだったのか」


「そうなのだ、代々の人たちが暮らしやすいように手伝いはしてたのだ」


「そのわりにクトゥーナに寄生虫が多かったが」


「ある程度は守ってあげるけど、それ以上はできないのだ。そういう約束なのだ、それにあんまり甘やかすと人間はすぐダメになるのだ。その子は扱いに困ったのだ、どこからどう守ってあげればいいのかわからなかったのだ。それに先代のこともあるのだ」


「十五代目? まぁ、子供だからな」


「そうなのだ。特にそこの子は……まぁこれは別の話なのだ」


 俺は膝を折り、その場に深々と頭を下げた。


「守ってくれてありがとう」


「おっおぉ、急に打って変わってなのだな、どういたしましてなのだ。でも別に自分たちのためでもあるから問題ないのだ」


 頭を上げる。


「そうなのか?」


「そうなのだ。ぼくたちは君と袂を同じとする妖精なのだ。だから居場所がないのだ。こうして居場所と役割を与えられるのはありがたいことなのだ」


「よくわからないけれど、それでも世話になったよ。ありがとう」


「君がいい人そうで良かったのだ。ぼくたちは争いを好まない種族なのだ。でもいきなりで悪いけど、問題が一つあるのだ、それを解決してほしい」


「ふむ」


「続けていいのだ?」


「それをこなしたらお前は俺の物になるんだよな?」


「なぜそうなるのだ、びっくりなのだ。話続けていいのだ?」


「いいよ」


「ダメ‼」


 クトゥーナが威嚇する犬のような顔で俺を見ていてびっくりした。


「何が?」


「これはいらない‼」


「なぜ?」


「わかんない‼」


「実は一か月前ぐらいに、オーガにやられそうな二人組を見つけてここに案内したのだ。すごい例外なのだ」


「ダメ‼」


「例外なのか」


「ダメ‼」


「マリアンヌとは害を与えるものだけを入れないでほしいって約束したけど、ミニットには誰も近づけないでほしいってお願いされたのだ」


「うぅうううう‼」


「アーサーとロレーナか」


「そうなのだ、昔二人……とは交流があって助けられたことがあったのだ。だから見捨てられなかったのだ」


 威嚇するクトゥーナの頭をナデナデしてやる。


「それで?」


「実は女の方が、あれから森の中を彷徨いまくっているのだ。来る日も来る日も彷徨い歩いて困っているのだ。毎日朝から晩までなのだ」


「それの何が問題なのだ?」


「実はこの中に入りたがっているのだ。でもぼくたちが守っているから絶対に入れないのだ。一人で来るから魔物に襲われることもあるし、とても危険なのだ。ここはそんな安全な森なんかじゃないのだ」


 俺が殺人毛玉の頭に手を乗せてナデナデするとクトゥーナが殺人毛玉の腕に噛みついた。


「撫でるか、噛むかどっちかにしてほしいだ……なんで噛むのだ。ちょっと痛いのだ」


「それで?」


「ぼくらはマリアンヌとミニットをとても大事に思っているのだ。だからその二人との約束とお願いをとても大事にしているのだ。それを破るのは非常に心苦しい、だから会って欲しいのだ」


「なるほどね。わかったよ」


「ぼくの話を信じるのだ? 君はぼくを疑わないのだ?」


「まぁその時、お前は力ずくで俺の物になるから、問題ないかな」


 殺人毛玉とか、俺を殺す気かよ、負ける自信がある、こんなかわいい猫が人を騙すわけないだろ、いい加減にしろ。


「どんだけぼくはお前のものなのだ。ぼくはぼくのものなのだ。でも会ってくれるのは嬉しいのだ。すぐに案内するのだ。今朝も来てるのだ。ついて来るのだ」


 とてとてと歩く猫の後ろについていく――クトゥーナが猫に対して牙を剥きだすので、抱えてやる。


「ところで、他の奴も君みたいな姿をしているのか?」


「ぼくはぼくだけなのだ。他の奴は他の姿をしているのだ」


 それを聞いて俺はコイツを誰にも譲る気がなくなった。


「なんか怖いのだ……聖女だって聞いてるけど、聖女じゃないのだ……」


「俺は犬の方が好きだけどな」


「えぇ……」


「がるうううううぅうううがるうぅううう‼」


「あとそっちの子も威嚇するのやめてほしいのだ。争いは嫌いなのだ」


「うぅううう‼」


「こらっクトゥーナ」


「うぅうう‼ 嫌なの‼ 嫌‼ 嫌なの‼」


 主語を頼む。


 しばらく歩くと猫は振り返った。


「ぼくたちは人間の前には姿を現さないのだ。だから案内はここまでなのだ、あとはよろしくなのだ」


「あとで、また会えるか?」


「会いたいのだ?」


「他の奴にもお礼が言いたいし、俺はいずれここを去るかもしれない」


「そうか、わかったのだ」


 この地を離れる前にどうにかしてこの殺人毛玉を俺の物にしたい。


「なんか怖いのだ……まぁ森で呼べば出てくるのだ。マローニャって呼べばいいのだ」


「わかったよ。ありがとう」


「いいのだ」


 マローニャ、まぁマロだな。


 マロが指さしていた方向に歩いていくと、バッと草陰から女性が飛び出してきた――ロレーナだ、俺と目が合うと、過呼吸になって泣き出してしまった。


「もうっもうっ会えないかと思いました」


 鼻水と涙で顔が汚れている。


 こんな女性と結婚して子作りに励みたいだけの人生だった――ロレーナに抱きしめられるとそんな感想が浮かぶ。


 クトゥーナが対抗するように背後から抱き着くものだから苦しい。


「どうかっ……」


 無駄に肉が、顔が埋まっていて上手に喋れない。


「なさったのですか? ロレーナ、さん」


 一度離すと、ロレーナは俺の顔を見て、俺を確認すると今度は優しく抱きしめてきた。


「また会いに来るって言ったのに、全然会えなくて」


 だから、会う理由を聞いているのだが。


「何が、大切なご用事が?」


「えっ?」


 なんで疑問顔なのか、用があるから会いに来たんじゃねーのかよ、あんまり近寄らないでほしい、好きになったらどうする。


 胸ってこんな感触なんだなとロレーナに触れてわかった。


 包み込まれる感触、ただ柔らかいだけじゃなくて、温かい、この温かさが心地よい、包まれていたいと思ってしまう。


 人肌が何よりも問題だ、女性とまぐわう場面を想像し、そこに感触と体温をプラスする、なるほどな、想像だけで経験とは違うものだが、十代でこれを味合わなくてよかったと心の底から安堵した。


 十代でこれを知っていたら、抗えなかっただろう、火のついた猿と一緒になっていただろうな。


 まぁ、女にもてるような面と性格ではなかったけれど。


「会いに来た、だけですけど」


 それで毎日朝から晩まで森の中を彷徨うってどういうことなんだよ。


「アーサーは?」


「アーサー……? アーサーが、良かったですか?」


「そういう意味ではありませんが、一人で森の中を彷徨うのはあまりにも危険で」


「アーサーが、好きなんですか?」


「そういう意味ではなく、貴方の身を案じているのです」


「そっそうなんだ」


 あったばかりだよな、何かおかしいんだよな、マロの言葉をあっさりと信じたのは何時でもマロを殺せるように魔力で包んでいたからだ。


 マロはそれを察していたようだが。


 クトゥーナの身も守っているが、これで死ぬというのなら今の俺にはどうしようもない。


 クトゥーナが死んだら自分の責任だと己を責めるだろう、だがそれだけだ。


 結局それしかない、それしかできない。


 一人の時間があまりにも長すぎる――ゲームの中でしか家族以外の他人と深くかかわった試しがない。


 ロレーナも何か、身を守る術を持っているのかもしれない、俺に対して有利な物を持っているのかもしれない、だから俺に対してこうも無防備なのかもしれない。


 わからない物が多すぎる――誰かが言っていた、科学者になって知ったのは、知らないことが多すぎるという事だけだと。


「教会に来る?」


「……いいの?」


「えぇ、もちろん」


 ロレーナはこの森を抜けた先にあるグラーヴェル聖王国に属する村の出身のようだ。


 アーサーとは幼馴染、アーサーの両親は若い頃に他界しており、双子の兄妹のように育ったとか。


 ちなみに年齢はロレーナが上だが、姉というよりは妹のようなポジションに納まっているらしい。


「情けないよね、私の方が年上なのに」


「そんなことはないと思いますよ、変な意地を張らず、年上だから、姉のように振る舞わねばと思うあまり、凝り固まってしまうよりはよいと思います」


「そうですか?」


「例えば父親と息子はぶつかりますよね、大抵の場合、父親は絶対に謝りません。それは本能に近い名残なのです。群れを形成する動物において、はぐれることは死を意味します。一匹狼は長くは生きられません。父親は群れの長です、何が何でも群れをまとめ、はぐれるもののないようにしなければなりません。よって父親は群れを支配しなければならないのです。息子が反発するという事は、息子が一人立ちする時が来た、という事です。新たな群れを作り長になる、自然な流れです。同じ群れに長は二人もいりません。もし父親に反抗するというのであれば、父は息子を殺さねばなりませんし、息子も父親を殺す覚悟で挑まなければなりません。しかし私達は人です、父子で殺し合う必要はありません、仲良くするにはどうすればよいか考え、譲り合う事ができるのです。そうして譲る事のできる貴方を、私は優しくていい人だと思いますよ」


「結構、難しい話だね、でも嬉しいよ」


 ニャンコの受け売りだけどな、友達がいないと言った俺に、長生きできないよとニャンコは言った。


 自然界で言えば、上記の通り一匹狼は長生きできない。


「私の村には言い伝えがあってね、もし森で女の子に出会ったら親切にすれば良いことがあるって言われているの」


「そうなのですか」


「はい、何代も前、村が疫病に苦しんだ時、森の中から一人の聖女が現れて、救ってくださったそうです」


「それはそれは」


「だから、もしかしたら、その、私たちを救ってくれた貴方も、もしかしたら、その、聖女様じゃないかって」


 聖女聖女っていうけれど、俺は聖女の概念が定まらないよ。


 何をもって聖女なのか、人々を救えば聖女なのか、体が清ければ聖女なのか、それなら大半の人間は聖女になってしまうよ。


 例え体が汚されようとも、踏みにじられようとも高潔であろうとする人間が聖女だというのなら、ジャンヌダルクは聖女だろうし、ナイチンゲールも聖女だろうよ。


 それらの逸話を踏まえるなら俺は間違えなく聖女ではない。


 そもそも逸話がないし、女ですらない、聖なる力というものがそもそも証明できるものなのか。


 聖属性って何と思ってしまう。


 自分一人だと何が正しいのか判断に迷うよ――受け入れる、受け入れない、肯定する、肯定しない、自分という形がうまく保てなくなりそうだ。


 クトゥーナは本当に俺と一緒にいていいのか、他の人間に――他の人間がクトゥーナを幸せにできる可能性は俺と一緒にいるより高いのか……。


 人間は知能を武器にする獣だ。


 人間は苦痛には抗うが、快楽には抗わない――お前が人間に絶望したからと言って、他の人間を憎んでいいわけでもどうにかしていいわけでもない。


「どうかしましたか?」


「いいえ、何も、私は聖女と呼ばれる類の人間ではありませんよ」


 竈の前、燃える火、布団を敷いて、お互いに寄りかかり、うとうとと微睡む、これが幸せじゃなくてなんなんだとは思うよ。


 体を預けて眠るクトゥーナを撫で、ロレーナがじっとこちらを見ている。


 ロレーナが手を掴んで来て、少しびっくりとする――潤んだ目、こちらへ近づいてくる。


「やっぱり、すごくきれいな目」


「少し、熱がこもっていますね」


 この雰囲気は少し苦手だ――俺はロレーナの手を置いて、クトゥーナの頭をそっと布団の上に下ろし、立ち上がると歩き礼拝堂への扉を開け、風を流し込んだ。


「村はここから近いのですか? もうそろそろ、お帰りになられた方が」


「私、邪魔、ですか?」


「そういうわけではありませんが、夜遅くなったら森を抜けられなくなるでしょう」


「ここに、今日は、泊まってはダメですか?」


「ご家族が心配なさると思いますよ、アーサーが探しに来てしまうかもしれません」


「でも‼ またここに来られると言う保証がありません‼」


「ここは貴方が思っているよりもずっと危険な森です、不用意に来ない方が良いでしょう」


「貴方は!? この子は!?」


「私達はここより行き場がありません、この子も外へ出れば奴隷として迫害を受けるでしょう」


「それでも、それでも私は……」


「今日は泊まってください、明日の朝、見送りしますので」


「これ以上我儘を言えば、迷惑をかけてしまいますね」


「そういうわけではありませんよ。貴方がここに来てくれて、私は嬉しく思います。しかし貴方を大事に思っている方に、心配をかけてまで来てほしくはありません。いずれゆっくりできる時が来るでしょうから、その時、時間をかけてゆっくりとわかり合えば良いのです」


 正直他人はあんまり好きじゃない――できるなら関わりたくもない、それはロレーナに対してもクトゥーナに対しても同じだ。


 人によって態度を変えて何が悪い――嫌われないように努力して何が悪い。


 素のままでいいなんてそんな性格の良い奴と一緒にしないでくれよ。


 俺は努力しないと人と仲良くできない人間なんだよ。


 夕食に、地下に残っていた残りの肉をすべて使い、クトゥルナウネ団子の中に入れて食べた。


「こんなものしかできませんが」


 そう言って差し出すと、ロレーナはウネ団子を美味しそうに食べてくれた。


「こんな贅沢は、滅多にできませんよ」


 そう言ってくれたのはありがたい。


 クトゥーナと湯あみをする時は困った――ロレーナも服を脱いで混ざってきたからだ。


 全部見えて困る、雌が全面に押し出された凹凸のある強烈な体、傷は少しあり、それを手で隠そうとしていたが、隠す様子が扇情的で困る。


 何処を見ればいいのかわからず、視線を背けるようにすると、ロレーナはそれを理解しているのだろう、僅かに微笑んで積極的に絡んできた。


 前は、すね毛のあった頃は、女性の体を見ないように意識すれば、異性として意識していると取られ嫌な顔をされた。


 逆に相手の反応を見て、意識していると積極的に絡んでくる女も要注意だ。


 なぜならその女性は別に好きだから絡んでくるわけじゃないからだ。


 体が変わったからと言って、性格までは変わらない――ロレーナが体に触れてくると電流が走るような痺れを受け、それに抗うようにクトゥーナの世話し耐えた。


 先端が腕に当たった時はむしろ冷静になった。


 未知の感触に驚く――ロレーナがビクリとしたので、感覚の鋭い部分だと改めて認識する。


 クトゥーナは大人しいが目が血走っている。


 これも経験だ、この先、何処かの街や村で美人局に会うかもしれない、その訓練だと思えば良いと逃げ出したい感覚に耐えている。


 普通なら欲情して襲うところだろうが、クトゥーナがいるのと、心の中の引っかかりが強すぎて性欲が負けてしまう、いや好ましいとは思うよ。


 こんな状況二度とないかもしれない。


「不思議と、昔、こんな生活をしていたと思うんです、おかしな話かもしれませんが」


 体を乾いた古着でぬぐい、竈の前で雑魚寝する。


「だから、こうしているととても嬉しくて、貴方と一緒にいると、どうして、こんなに安らぐのか、自分でも、よくわからないんです」


 そう言われても、前回と合わせて二日しか会ったことのない人間を、手放しで信用はできない、二足歩行する猫をすぐに信用した俺のセリフとは思えない。


 他人がいると言うのは不思議だ、クトゥーナがいてくれてよかったと思う、クトゥーナがいなければどうなっていたのか、想像するだけで恐ろしい――。


 唯一の知り合いとしてロレーナを心の拠り所にしたかもしれない。


 そうなったらロレーナに対して黒歴史確定になっていただろう。


 助けてアーサー。


 俺も男だ、妄想ぐらいする、仕入れた知識が嫌な妄想を垂れ流す――攻撃してきた女なら襲ってもいいんじゃないか、力づくで物にしてもいいんじゃないか。


 どれもこれも女の事ばかりで嫌になる――そんなに女が欲しいのかと。


 恋愛を考える、それが全てじゃないでしょうと。


「寝てしまいましたか?」


 俺の腕の中で寝たふりをするクトゥーナ、俺のおでこを撫で、母親のように接してくるロレーナ、竈の火は温かく、微睡んでいる。


 目を開けて、ロレーナの手を取る、俺は子供じゃない、確かにこうしていると安らぐけれど。


「もう、寝ましょう」


「はい……」


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