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カウンターで夕食を受け取る。
今日の夕食は……なんだろ、肉まんみたいな、にら饅頭を肉まん状にしたような感じの食べ物だった。それにスープ。こちらは薄茶色、焼き魚、最後に果物が丸ごと。
赤くてトマトとモモを混ぜたような果物で、美味しそう。
今日は真ん中に座り、片方にエリシアを、片方にトゥーナを座らせる。
トゥーナは俺の隣でなくともいいけれど、俺がトゥーナだったら、横に座らせてほしいと思うだろう。もっとも俺だったなら、決して表情にも出さないけれど、トゥーナは顔に不満を露わにするのでわかりやすい。
エリシアにルシオが見えないように配置する。
ラファは俺の正面、エリーはラファの隣だ。エリシアの気まずさをエリーに悟らせないよう気を付ける。
ベシャメルもやってきて、ラファの隣へと座った。
席に着いたものから食事をはじめる――これどうやって食うんだよ。
とりあえずスープに口をつける。それはトゥーナも一緒だった。
お風呂から上がったばかりで喉が渇いていたのかもしれない――うかつだった。お風呂でも汗はかく。今度からお風呂上りにしっかりとトゥーナに水分を取らせるよう心掛けるようにする。
少し、胡椒のような風味のスープで、さっぱりとして、胃に染みる。温かくて――全部飲み込んで口の周りについたスープを手でぬぐいそうになり、ベシャメルより紙を差し出されて、ありがとうと言って口を拭いた。
トゥーナは構わず腕でスープをぬぐっている。
「おかわりいる?」
そう聞くとトゥーナは首を振って、饅頭にかぶりついていた。
それを見ながら饅頭を見て思案する――ベシャメルに聞くのが早いか。
「ベシャメル様、これは、どういった食べ方が正しいのでしょうか」
そうベシャメルに聞くと、ベシャメルは手を止めて俺を見た。
「これは餃子と言う食べ物です。食べ方は、かぶりついてもいいですが、中に汁もありますので、上をナイフで切り、このように穴をあけて、スプーンで中身を掬い、周りの皮と合わせながら食べてください」
何処が餃子か問い詰めたい――問い詰めたいが、この世界で餃子と言ったらこれなのだろう。どちらかと言われたらシチューのパイ包みだ。
トゥーナは餃子を傾けて、汁が垂れないように気を付けながら、ちみちみ、皮と中身を食べていた。こういう事には器用な奴だ。
餃子の上を切り、中身と皮をスプーンに乗せて食べる。
外側の皮はパン状で味が染みており、外側の皮は餃子状でもちもちしている。
これ、逆じゃね。これ逆にした方が良くないかと思ったのだが、これはこれで美味しい。
パン状の皮に中の味が染みていて外側の皮はモチモチ、触感も味も良い。
中身はシチューのようなミルク質に、野菜と肉がゴロゴロ入っていた。
この肉、少し癖が……鱗鹿の肉かな。この味、ちょっと懐かしい。やっぱり癖があって、あんまり美味しくないのに頬が緩んでしまう。
温まる。ここのところ雨ばかりだったから、こうして温かいものにほっとする。
少し安堵もした。
森の中を進んでいた時、トゥーナの食事についてあまり考えていなかった――追手の食べ物を奪って食べていたが、あの食べ物がなかったら、トゥーナは困窮していただろう。
食べているトゥーナの頭を撫でる。
エリシアの右足が俺の左足に触れて、ぱっと離れる。
ちらっと見るとエリシアは気にしていない。ラファとエリーが何か会話をしながら食べていて、エリーはラファといて楽しそうだった。ラファがエリーの饅頭の上を切ってあげていて、エリーがそれを見て待っている。
また足にエリシアの足が触れて来て、見てもエリシアは気にする様子がない――と思ったら視線はそらしているのに口元はモニョモニョしており、わざとだとわかる。
ルシオとケイシーがいるし、自分も今は幸せだと見せたいのかもしれない。惨めじゃない、楽しいと意地を張りたいのかもしれない。
「もうっエリシアったら、悪戯して」
俺からもエリシアの足に触れて離すと、エリシアの顔は緩んで、笑うのを我慢しているようにしていた。
「へへへっ」
「今日のご飯はどうですか?」
ベシャメルがそう聞いてくる。
「ちょっと懐かしい気持ちになりました。これ、鱗鹿の肉ですよね?」
「はい、やはり癖を殺せていませんね」
癖を殺すってあくが強い言い方するな。
「これが良いという方もいらっしゃると思います。少し魚のような風味と言いますか、癖といいますか」
「そうでしょうか。懐かしいというのは?」
「昔、そんな昔でも無いのですが、良く、鱗鹿を狩って食べていました。それがまずくてまずくて、それでもこれを食べないとお腹はすきますから、我慢して食べていました。でもこうして改めて食べると、懐かしくて、美味しいと感じます。どうしてでしょうか」
トゥーナ、疑問に思うような、口を少し開けて見上げる顔をするのはやめなさいと俺はトゥーナの頭を撫でる。
「そうでしたか」
「はい」
「そうなのであれば、この味も悪くはないのかもしれませんね」
コイツ、言った通りに解釈したな。実際美味しくはないけれど、気持ち的には美味しいよって話だ。懐かしい味という微妙なニュアンスを伝えるのは難しいのかもしれない。
「南の方で、この肉を美味しく加工する方法が確立されたようですので、色々試してはいるのですが、なかなか上手にいきません」
「南の方、ですか」
「すみません、聖王国の話をするのは気に障ったでしょうか」
「いいえ、そのような事はありません」
「タチアナは南の方の出身なの?」
エリシアにそう言われ、迷ってしまった。
えぇ、南の方にある村の出身ですと言っていいのかどうか、この情報から、大公爵の娘、追われているマギサエルレインだと推測される可能性は十分にありえる。
俺の罪状調べておけばよかったと、少し思ってしまった。
「そうですね。もしかしたら、私が寄った村の一つかもしれません。私に故郷はありません。行商のように、一定地域にはとどまらず、色々なところを移動しておりましたから」
「ごっごめんなさい。そっそうだったのね」
「気にしないでエリシア」
嘘だから。
ベシャメルは肉をスプーンに掬い、噛みしめながら苦い顔をしていた。
やっぱりまずいものはまずいよな。血の味が濃いというか。
「私も、この味、好きですよ」
私、も、というのは俺に同調してくれているのだろう。
エリシアがそう言い、エリーを見る。
エリーも美味しそうにお肉を頬張っていた。
「そうですか?」
ベシャメルが意外そうにエリシアに聞き返した。
「はい。私達の味覚の問題かもしれませんが、その、故郷の村でも、ルシオやケイシーは鱗鹿のお肉はあまり食べないと言っていたのですが、私達は、私達家族は結構食べていましたので」
「そうなの?」
「……はい。オークの肉とかは、まずくはないんですが、その、物足りないと感じまして、鱗鹿の肉は、味が濃くて好きなんです」
獣人の味覚の問題か。
「なるほど、もしかしたら獣人の好みなのかもしれませんね。エリシア様、参考になります。今後ももし何か人と違うという味覚がありましたらおっしゃってください。参考になりますので」
「あっ、はい。私でよろしければ、なんでも」
今日、ウィルは来ないようだ。
「ウィル様は、今日は来ないのですね」
「ウィル様は、今日は来ないでしょう。あの方、この肉の臭みが好きじゃありませんので」
ベシャメルが歯がゆそうに、ちょっと愉快そうにそう言った。
「そうなのですね」
「えぇ、子供の頃、吐いたこともありますから」
「あはっそうなのですか」
子供の頃から面識があるのだなと言わなかったがそうは思った。
焼き魚を食べる――スプーンでこそげるように半分を食べ、頭と尻尾の方にある中骨を尻尾と頭で折り、ぺりぺりと剥がして反対側もスプーンでこそぐ。
「この魚、皮は食べてもいいのでしょうか」
なんとなくそう聞いてみる。鮭は皮が一番うまい。
「皮も食べて大丈夫です」
内臓は苦いので俺は食べない。
「タチアナ様は、随分変わった魚の食べ方をなさるのですね」
ベシャメルにそう言われてはっとした――他の人は普通にかぶりついていたからだ。
トゥーナに至っては頭からバリバリ食べているけれど、すげぇなコイツ。
「内臓の苦いのが苦手でして、なので、こんな食べ方になってしまって、いけませんでした?」
「いいえ、かまいません。綺麗にお食べになると思いましたので」
最後に果物に手を付ける――モモのようなトマトのような、生かと思ったら、若干表面があぶられている。
「こちらの果物の皮を食べるのは推奨しておりません。皮を剥いて食べてください」
「そうなのですね」
ナイフで先を少し切り、縦に切れ目を入れて、ぺりぺりと皮を剥く。
「やはり、タチアナ様は綺麗にお食事なさいますね」
「へっ……そうですか?」
「えぇ、食べ方が上品といいますか、そのような教育を受けたのですか?」
俺は少し笑ってしまった。
「いいえっ、すみません。そのように言われたのは初めてです。そうですか? 上品に見えますか?」
「そうなのですか」
皮を剥いたら、ナイフで六等分に、真ん中に種の塊があり、スプーンでかきだし、フォークで摘まんで食べる。
蕩けるような甘さ、美柑みたいだ。美柑味のモモだ。
「あっ、これ、美味しいです」
「それはよかった」
フォークに摘まんで、トゥーナに差し出す――トゥーナは差し出した果物を見て、俺を見て、果物を見て、かぶりついた。
「うへぇ、うへへぇ」
美味しいか。
「あっ‼ またタチアナさんが甘やかしてる‼」
「エリーも食べる?」
フォークを紙で拭き、果物を摘まんで差し出すとエリーは果物を見て困惑した。
やっぱ口に咥えたフォークはまずかったか、食べないか、そう思っていたが、エリーがおそるおそる近づいてきて、口を開け――トゥーナがフォークにかぶりついた。
「あっ‼ トゥーナ‼」
「ふへへぇ」
「私がタチアナさんから貰ったのに‼」
「ふらない(知らない)、ふぉそいから(遅いから)」
「このっ‼」
トゥーナの奴、うまそうに食うな。
「トゥーナ、はしたない」
一応注意はする。
「ふぁらない(知らない)」
もう一度フォークに果物を指してエリーに差し出すと、エリーは間髪入れず、もう一度フォークにかぶりつこうとしたトゥーナの顔を手で押さえてかぶりついた。
「おいふぃ‼」
「このっ‼」
仲いいよな、コイツ等。
「あのっ、タチアナ」
「ん? なに? エリシア」
エリシアに呼ばれて振り向くと、エリシアがナイフに果物を刺して差し出していた。
いや、ナイフはちょっと。
躊躇っていると、エリシアの頬が引きつっていく――わかったよ。食えばいいんだろ、食えば。そんなところで頑張らなくていいからとは思いつつ、ルシオとケイシーがいる手前、頑張っているのだろうなとも思う。気まずいよな。
口を切らないようにハムッと果物を口に含み、咀嚼する。
「美味しい?」
「えぇ、エリシア、ありがとう。エリシアも食べる?」
そう言ってフォークに刺して差し出すと、エリシアも――舌を出して、果物を乗せ、包み込むように口に含み、咀嚼した。
顔が強張っている――やはり、ルシオとケイシーがいるので無理をしているのかもしれない。
「いいですね。それ、私にはないのですか?」
ベシャメルがそう言って来て、笑ってしまった。
食堂を出る時、ルシオと目が合った――ルシオの目を見て何度か頷いたが、ルシオは俺を睨みつけつて踵を返した。こえぇな。エリシアは大丈夫だよ、という俺の意図は伝わっていそうにない。ラファとのアイコンタクトが多すぎて、他人にも使ってしまっていた。
普通に考えて伝わるわけはない。
ラファが傍に来て、首を振る。
ダメそうだ。
飯を食ったら歯磨きをして寝るだけだ――寝る前に、俺は医院に行った。
歩いて三十分ほど――食後にはいい運動だ。
病院に行って、面会をする――消灯は二十一時、面会は二十時まで、現在は十九時半――ギリギリに滑り込み、病室へ。
彼女はぼんやりとしていた――指先に触れるとビクリと、もう一度触れ、手を両手で包む――頬に寄せ、そのまま十五分ほど。
職員が入って来て消灯時間だと、手を離して病院を後にした。
また三十分かけて施設に戻る。
ベシャメルに挨拶して、仮眠室の使用許可を貰い仮眠室へ、仮眠室のベッドを移動し、くっつけて、川の字で眠る。
トゥーナを寝かしつけ、みんなが寝静まると、ラファが傍に来て、いつも通り、膝枕、耳を塞いで眠りを促す。
神様は罪造りだ――こんなに繊細な生き物を作るだなんて。
ラファを見ると素直にそう思う。心が読めるというのは俺が思った以上に、きついことなのかもしれない。人の感覚のないラファが人と同調するのは無理がある。生物としての本能がおそらくないラファに、人の行動は難解だろうに。
トイレでの行動を踏まえて、フォローしたいと思ってしまった。
「悩まないで」
悩まないでいいよ――そう言おうとして、エリシアを気にし、言葉を止める。
人の事で悩まなくていい。
二万年……その年数は途方もない。その途方もない年月を察することはできないし、そんな年月を生きるラファに俺が言えることは無い。
でもあえて、言うのがいいのかもしれない。
上手に言えるわけではないが――ラファは俺に目を向けて、俺の思考に意識を傾けていた。
俺にも人の全てがわかるわけではない。すべてがわかるわけではないし、間違うこともあるから、片隅程度で聞いて貰えればいい。
俺の考えだけれど、選択肢がある場合、答えが明確にわかる場合を除いて、人が一つの答えに集まる事は少ない。
「なぜ?」
それが人の多様性と言うものだから――人と言うよりは生き物全般に言えること。
一言で言えば、絶滅を避けるため。
純愛を貫く者もいれば、性に奔放なものもいる。それは別に変なことじゃない。絶滅しないための、生物としての本能に近い。
人を殺すなと言う者がいれば、人を殺せ、殺したいと思う者もいる。
これは、人が生物である以上、避けては通れない道だ。
それを許していいのかどうかは別の話としても。
ラファの手が伸びて来て、頬に触れた。
人に迷惑をかけたくないと思う人間がいる以上、人に迷惑をかける人間は必ず現れる。
歪んだ思いを他人にぶつけるだろう。
俺がどれだけ不貞が嫌いだと言っても、思っても、不貞をする人はいる。
それに怒りを感じたり、嫌いになったり、拒絶したり――心の中で葛藤するだろう。でもそれに、俺の正義感を押し付けるのは違う。それは間違えている。
自分を大切にして、なんて馬鹿なセリフを、言ったことがある。
でもそれは、相手にとって存在の否定に過ぎなかった。
優しさも、相手にとっては否定になる。
望まなかったこともある、自分ではどうすることもできなかった人はどうなる。誰も助けてくれなかった、失った人間に、失っていない人間の正論は酷だ。
嫌なら知らないふりをすればいい。
目を閉じて、耳を塞いで、気づかないふり、口を閉ざして、相手を傷つけないように、相手を否定しないように。
「そう……」
世の中には、近所の猫を殺して喜ぶ女のコもいる……。
――その子が、そういう風に生まれてきてしまったというだけ。
自分を傷つける人には近づかなければ良い。
自分の痛みをラファに重ねていると気づいて、癒されているのは自分なのかもしれないと、そうも思う。
傷のなめ合いを気持ち悪いと言う人もいるだろう。そう思ってもいい。でもそれを口にするのは間違えている。そうしなければ、生きられない人もいるのだから。
「不毛だな……」
ラファがそう呟くのが聞こえた。
不毛だよ。俺のように何でもわかったような顔をする奴だっている。
本当は何一つわかってなんていない。だから失敗する。だから失う。
「そうか……」
sinθ=θとか、そういう難しいことは未だに理解できない。
偉そうな事を言っている。釈迦に説法だ。
でも、でもさ、一応言っておくよ。だから、心を痛めなくていい。俺の勘違いかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。
寝返りをうつように顔を横に向けて、やがてラファの寝息が聞こえて来て、隣のトゥーナの頭を撫でる。
トゥーナを見ていると、無性に抱きしめたくなる。湧き上がってくる感情に支配されそうになり、それを留める。溺愛したくなる。お前を愛していると言いたくなる。ドロドロに愛してやりたくなる。
抱きしめたい、体を全て包み込むように、力を込めて、より体が密着するように、感情を吐露するように、耳元で、囁いてやりたくなる。
ただ愛していると。深く深く愛していると。
交尾を抜きにしてだ。交尾を抜きにして、湧き上がる愛情をドロドロと注ぎ込んでやりたくなる。果てが無い以上、解消されることもない。
それを拒否する。
この子は、俺の持ち物でもなんでもない。俺の感情のはけ口ではない。俺を満たす道具ではない。
真面目な事は言わない方がよかったかもしれない。
ラファが聞き流してくれたことに感謝する。
あんまり深く考えない方がいいと思いつつ、また考えてしまうのだろうなとも思う。
俺の方が悩んでいるのだろうな。
頭を撫で、良く眠れるようにと掛布団をかけた。