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 俺のパソコンにはAIアプリが住んでいた。

 画面の端っこに可愛いデフォルメ画像として存在しており、可愛い動作をしてくれる。

 押せば反応し、可愛いセリフなどを言ってくれる。

 音声機能もあり、動画サイトから無作為な動画を進めてきたり、設定した物をお知らせしたり、他にも色々な機能がある。

 髪型、体系、目つきや口元、自由にカスタマイズできる。


 何より面白かったのが、彼女たちを訓練し、ステータスや、スキル、前衛や後衛などの役割や強さを自由に与えてあげられること。

 職業は三つ、ウォーリア、スカウト、シスター。

 訓練の仕方によっては性格や気持ちまで変化していく。


 彼女(彼)たちには彼女(彼)たちの街やフィールド、ダンジョンがあり、放っておくとダンジョンなどに挑みに行く。

 たまにオンライン上にいる見知らぬ友達を連れてきたりもする。

 取ってきた装備品などを鑑定してくれと言ってきたり、装備するものを選んであげたり、ふてくされたり、泣いたり、喜んだり――誕生日に何かしないとすねたり。


 この子達の良いところは、どの子も、必ずこちらを必要とすること。

 それが例えプログラム上で設計されたものだったとしても。

 ケーブルで繋げばスマホに移すこともできるし、USBに保存することもできる。


 年をとるほど時間が短く思える――俺だけなのかもしれないが。

 大規模なゲームよりは、こういう片手間で、しかも楽なゲームは愛でるにはちょうど良かった。


 感情を揺さぶらせてくるものは嫌いだ。

 依存させようとしてくるものも嫌いだ。

 依存しようと、怒りを覚えようと、所詮俺の感情論でしかない点がもっと嫌いだ。

 女の弱さも、不純さもそういうのが全部嫌いだ。

 それはたぶん俺がそういう男で、クズだからだろう。

 それは女性の視点ではない。


 ニャンコが言っていた事を、なぜだか思い出していた。

 独楽を回す時、錘を付けると、どうなるか、想像できるかと言われ、それは重心がずれるのでバランスが崩れると答えた。

 ではもし、地球上にある金属類が、この錘だったのならと言われて、でもその程度の移動なら、重力があるわけだし、銀河の束縛みたいな、大きな力で影響はないんじゃないかと答えた。


 ニャンコは、そうかもしれない、でもそうじゃないかもしれない。人は知らず知らずのうちに取り返しのつかない事をいくつもしている。たった角度が1°でも違えば長い時をかけてその1°は大きな障害になる。100m先ではいくつずれるのか。

 一%は刹那的に見ればなんてことない数字、でもね、一%あるということは、それはいつか必ず引けてしまう。

 百日後か、それとも百人のうちの誰かか――。


 もし他に生物の住める星があったとしても、私達は関わるべきではない。

 星の物を移動すれば、それは星から奪うということ、星のバランスを崩すということ。

 増やしてもいけないし、減らしてもいけない。

 微々たる影響だ、そんな事に大した影響はない――私達がやらなくとも星のバランスは何時か崩れる、そう言うのでしょう。

 でもその微々たる影響は、いつか取返しの付かない物になる。

 私達がしなくとも、誰かがするから、そんな理由で私達が行うべきではない。

 ニャンコはそう言った。

 バタフライエフェクト――それは現在進行形なのよ。


 飛行機は全面的に運行をやめるべきね。

 そう言って笑ったニャンコの言葉は、ぼく(俺)には難しすぎてよくわからなかった。ぼくに気を使って、細かい計算や数字なんかは絶対に言わなかった。数字を言われたところで、ぼくには理解できなかったからだ。俺だって理解できねぇよ。


 昔も、そして今もそうだ。

 俺がお前に思うことは、そんなことより抱きしめさせろだ馬鹿野郎。


 拾った鍵で宝箱を開ける――渋いとは思っていたが、小さな短剣が一つ入っていただけだった。古びた皮の鞘、抜くと少し錆びていた。

 これはお金にはならなさそうだ――とは言うものの、性能なんかを見た目から探るのは俺にはほぼ不可能だった。

 鞘に納め、鞘の方をもって、柄をラファに差し出す――ラファは受け取り、鞘から抜いていた。

「ただのナイフだな。これだけか」

「そうみたい」

「見せてください」

 エリシアがラファからナイフを大事そうに受け取るとおそるおそる抜いた。

「これが私達の、初めてのアイテムですね」

 何の変哲もないナイフだけれど、そう言われると感慨深いものもある。

「見せてみせて‼」

 エリーがエリシアにそう言い、エリシアは俺を見て来た。一応確認をとっているみたいだ。エリーに渡していいかどうか。

 俺は二度頷くと、エリシアは顔を綻ばせてエリーにナイフを渡した。

「指を切らないように気を付けて」

「はい、ありがとうございます。タチアナさん」

 お前もこれぐらい可愛げがあればねと、尻に張り付いているトゥーナを見ると、トゥーナはそんなの知らないと言った目つきで顔を反らして強く抱き着いて来た。


 宝箱を蹴り、施設へ帰る。

「エリー、ナイフを鞄に入れていいから」

「はい‼ 大切に保管します‼」

 丈夫で硬い革製のバッグは支給品だ。荷物持ちはリュック型を支給される。戦闘をしないから多少かさばっても良いのだろう。


 ラフィを呼ぶと、ラフィは少しばかり嫌そうな顔をした。

 ミミックに飲まれるのがあまり好きじゃないみたいで、少し笑うと、笑うなよと言わないばかりに俺の肩を軽く叩いて来た。

 宝箱を蹴ると、黒い何かに飲み込まれる。


 気が付いた時には地下水路、立ち入り禁止の前にいた。

 ――立ち入り禁止の札と金網の封鎖、隣の小さな窓付きの建物から人が出て来る。

「おかえりなさい」

 手に飲料水入りの水筒を持って。

「もどりました」

「成果を受け取ります」

「お願いします」

「無事帰って来たみたいだね」

 マドレーヌもおり、オムレツの受け取った鞄より、ナイフを取り出して眺める。

「うんうん、上出来だ。これで迷宮講習は無事終了だ。でも銃の免許を取るまでは迷宮に入っちゃダメだよ――しばらくはこの水路に来るといい。他はまだおすすめできないし、ここに来るといいよ」

「わかりました。ありがとうマドレーヌさん」

「あぁ」


 トゥーナを訓練したいとは思いつつ、トゥーナに訓練をさせる意味はあるのか考えてしまう。この国にいる限り、戦う必要はあまり……悩んでしまう。

 トゥーナの戦闘センスは本物だ――俺とは違う。

 同い年なら俺はコイツにコテンパンにやられているだろう。

 俺ならばフェイントなどの小細工が必要になるだろうが、コイツにはいらない。


 一流のスラッガーは打席に立つだけでピッチャーにプレッシャーを与える。

 一流のサッカープレイヤーはボールを持たなくとも仕事ができる。

 コイツは相手と対自するだけでプレッシャーを与えられるようになるだろう。

 若いうちは命を弄んだりしてしまうかもしれない――俺だってアリで遊んだ事はある。


 水路から出て、橋へ――光と、雲と、ほんの少しの雨。

 開かれた世界に心がほっとするのを感じた――迷宮内の、四方を壁に囲まれた閉塞感は、硬い壁、閉ざされて、日の光の無い、薄暗い闇の中、少なからず、日の光は気分を腫らしてくれるような気がした。気がするだけだぞ。

 こうして外に出ると伸びも出て、解放的な世界に気が緩まる。

 木を組んで出来た橋――少しきしみ、少し揺れて、隙間から波間が見える。でも水は綺麗で、足を付けてもいいだろうかと、橋の端っこへ行き腰を下ろしてブーツを脱いでツナギをめくり水に足をつけた。

 つめてぇ――足が気持ちいい。

 ラフィも隣に来てブーツを脱ぎ、足を露出させて水に浸ける。

「あっ、いいですね。それ」

「エリシアもどう?」

「はい‼」

 エリシアより早くエリーが口を脱いでいる。

「わっつめたーい」

「エリー、落ちないように気を付けてね」

「はい。うわぁ大きなクジラみたいなのがいますね」

「ゴルディオンサンドホエールだ」

「ラファさんは物知りなんですね‼」


 そのまま倒れ込み、仰向けになると、トゥーナが目線の先で足踏みにしていた――足からモモ、頭を見上げる形になる。

「何してるの?」

「とっといれ」

「行ってきなさいな」

「やだっ」

「なん……」

 なんでだよと言おうとしてやめた――一緒に来なければトイレも行かないのね、はいはい、行けばいいんでしょ、行けば。


 俺は上体を起こして水から足を上げ立つ。

「ちょっとトゥーナを御手洗いに連れて行きますね」

「あっ私も行きます」

「私も‼」

 エリシアとエリーもトイレについてくるようだ――というよりラファもついて来て、結局みんなでトイレだ。

 トイレの隣には自由に使っていいサンダルもあったはずだと、靴を履かずに入り口へ戻る。

「トゥーナ、少しぐらい離れても大丈夫になりなさい」

「嫌だッ」

「トイレぐらい一人で行きなさい」

「やだ‼」

「トイレも一人でいけないの? 甘えすぎなんじゃない?」

 エリーにそう言われて。

「うるさい‼」

 トゥーナはエリーに怒鳴って、ビクリとしたエリーがプルプル震えながら顔を歪める。

「うるさくない‼」


 そんな我慢しなくてもいいだろ――水路に引き返し、受付のマドレと目が合って、俺はトゥーナを指指す。

 マドレは頷き、受付を左に曲がってすぐ右にあるトイレへとトゥーナを連れて行った。

「私は大丈夫ですので、他の方でお先にどうぞ」

「すみません、ではお先に」

 エリーがトゥーナを一瞥してトイレに入っていき、トゥーナは俺を見上げた。


 さすがに俺が女子トイレに入るわけにはいかないので、入り口で待機、トゥーナは何度か俺を見て渋り、めんどうなのでケツに蹴りを入れてトイレに押しこんだ。

「いる!?」

「いるから」

「ほんとにいる!?」

「早く済ませなさいな」

 俺、コイツをどう育てればいいんだ――いっそうの事このまま何処かに身を潜めて自立させるか、それとも俺の手の中で生き途絶えるまで飼殺すか。

「ねぇ!? 返事してよ‼」

「いるから。急がなくていいからゆっくり済ませなさい」

「約束!?」

「約束するから」

 通路の奥へ行く人や、トイレを利用する女性に笑われてしまった。


 エリシア、ラファ、エリーが出てくる。

 トゥーナが出て来て、俺を見て軽く跳ねるように飛んで駆けてくる。

「手を洗った?」

「洗ってない」

 なんで手を洗ってないんだよコイツ。

「手を洗いなさい」

「なんで?」

「なんでも、いいから手を洗ってきなっ」

「えー」

「えーじゃない」

 俺はトゥーナを回れ半回転させ、またケツを前蹴り――エリシアがいるので、手で押してしてトイレの中に押し込んだ。

「大変だな」

 隣のラフィにそう言われて、俺は目を細めてしまった。

 実際の子育ての面倒さはこんなの比じゃねーよ。こいつはまだましな方だ。

「そうね、まだ小さいから、不安なのよ」

「タチアナ、私も支えるから」

 エリシアがそう言って、ぐっと目の前で両手を握る。

「ありがとうエリシア、私も、エリシアを支えるわ」

 その動作可愛いやんけ。

「うん‼」

「エリーも頼って頂戴ね」

「はい……その。はい、タチアナさん」

「呼び捨てでいいわよ」

「じゃあ、そのお姉ちゃんで……いいですか?」

「もちろん」

「なぜ?」

「えっ……」

 ラファがそう疑問を言った――なぜって、何がって話だが、子供の世話が大変なのをなぜ知っているのかって話だろうか。

 なぜ知っているのか、そう聞いているのか。

 そう考えると、ラファは頷いた。

「ラファはエリーに言ったわけじゃないから、気にしないで」

「そう、ですか? ダメだったら言ってください……」

「本当にエリーに言ったわけじゃないから大丈夫よ」

「あぁ悪かったな。姉でいいよ」

「あっはい‼」

 子供なんて何処にでもいるだろ、そいつらの行動を見ていれば、面倒なのは容易に想像がつく。奇声はあげるわ、駆けまわるわ、言う事は聞かないわ。見ているだけで辟易しそうだ。

 そう思うとラファはふふっ少し笑った。

「たまに、二人は目だけで会話するよね……それちょっと羨ましいかも」

 エリシアがそう言う。

「エリシアも、そのうちわかるようになりますよ」

 適当に誤魔化しておいた。


 ラファが傍に寄って来て、耳打ちしてくる。

「お前、〇〇か?」

 何てこと聞いてくるんだよ――そう思ったが、ラファの視線がエリシアの耳を見ていた。エリシアの顔が若干強張るのがわかる。あぁ、なるほどね、内緒話はできないよって知らせてきたのか。

「もうっラファったら、なんてこと聞くのよ」

 手でラファの肩を軽く叩く――〇〇だし〇〇だし〇〇もまだだよ。ふざけんな。

「ちょっとからかっただけ」

「もうっ‼」

「うぅ‼ 二人とも‼ 二人で内緒話なんてしないで、私も混ぜてください‼」

「ごめんごめん。ふふふっ。ラファったらエリシアをからかっているのよ」

「そうなの!? もう‼ ラファちゃん‼」

 手を洗って出て来たトゥーナは傍にきて濡れた手をぶんぶん振るものだから、水が俺の服にかかってこの野郎と思ってしまった。わざとだろ今の――ついで俺の服を掴み、そのまま俺の服で手をぬぐいやがった、この野郎。


 換金は時間がかかり、すぐには受け取れない。

 次の日に受け取るのが暗黙の了解らしいので、今日の稼ぎは明日にならないと受け取れないらしい。ナイフ一本でそこまでの稼ぎがあるとは思えないけれど。お金がすぐに欲しい場合などは受け付けてくれるようだ。後は、よほどレアなアイテムが発見された場合は優先されるらしい。らしいばかりで未確定だ。


 実はフィールド型迷宮に潜った時の報酬が入り、お金には余裕があった――貰っていいのか迷ったけれど、正当な報酬なので貰っても良いと、俺を入れて五人分、銀貨五十二枚の報酬を貰った。

 俺とラファとトゥーナは同じギルドなので、ギルド報酬として、エリシアとエリーは個別に受け取ることに。荷物持ちは若干報酬が下がるらしく銀貨五枚となる。

 俺とラファとエリーで残りの四十二枚を折半、一人頭銀貨十四枚となり、俺とラファとトゥーナはギルド受け取りなので三十三枚を受け取り、エリシアは十四枚、エリーは五枚となった。

 そこから税を先に払う、十五枚が税で残り十八枚だ。


 橋に戻り――知らない男達が橋の上、俺達のブーツの傍にいて、ブーツを拾い、においを嗅いでいてびっくりした。

 お前、それ俺のブーツだぞ、良く匂い嗅ぐな。

「すみません、それは私のです」

 駆け寄って声をかける。普通、置いてあるブーツの臭いは嗅がないだろ、誰のかわからないのに、俺の足の臭い舐めてんの。いや、この体だとあんまり臭いは無いのだが。

「あぁ、ごめんごめん、脱ぎ捨てられているのかと」

「いえ、別にかまいません」

「ヒューいい体してるね」

 隣の男が前に出て来て――なんだろ、カチューシャみたいので前髪をはね上げている。

「え?」

 足元から頭までに視線が走り、値踏みされているかのような感覚を覚える。


 ブーツへ手を伸ばすと、男はブーツを俺より遠ざけた。

「返してください」

 ラファがこっちに気づいた。ラファが来る前に返せお前、どうなっても知らんぞ。

「どうしよっかな」

「こっちの女もすげぇ美人だ」

 ――水面が爆ぜた。

 ゴライアスなんとかが上空へと体を縦に伸ばし――世界が止まるような錯覚を覚える。


 この巨体が水面を打ったら――俺はブーツへ手を伸ばして回収し、ラフィとトゥーナと目を合わせて――大波が来る。

 トゥーナにブーツを投げ渡し、トゥーナが受け取って驚いた顔を、トゥーナを体で包むように押し倒し、エリーの服を掴んで内側へ。橋の板を掴み張り付いて。

 ラファが男を蹴り飛ばし、エリシアを掴んで橋を掴み――目があった。

「エリシア‼ 橋を掴んで‼ 流されないで‼」

 エリシアは俺が守るエリーを見て、橋の板を掴んだ。

「心配ない‼」

 ラファの声、頷いて了解する。

「トゥーナ‼ エリー‼ 息を吸って‼」

 俺の下のトゥーナが頷き、エリーが目を見開く。エリーは間に合ってない、状況を理解できていない。

「止めて‼」


 圧力――橋が揺れて体が揺さぶられる。足の指を板の間に滑り込ませて曲げロックする。

 指に力を入れて剥がそうと押してくる水圧に抗う――飲み込まれ、全身が水の中へ、閉じていた目に流体を纏い開け、水の中にいることを認識――綺麗、水の中は光が乱反射し、巻き込まれた魚がいて、最初はぬるま湯、通り過ぎるほどに冷たく感じる。

 視線を下へ、トゥーナは目を閉じぎゅっと板を掴んでいる――エリーも目を瞑り、しかし板より手が離れていたので、流体でしっかりと板と固定する。少し苦しそうだが――一瞬口移しで空気の移動も考えたが、そんなことをしても気管に水が入り咽せ余計に苦しくなるだけだ。我慢してくれ。

 表層は温かく、深いところの温度は低いのだろう。

 気泡の群れ、うねる波の陰影――ラファがこちらを見ている、浮いた髪、エリシア、不安そう、目もしっかりと閉じられている。ラファに頷くと、ラファも頷き返して来る。

 エナ――ラファには安心感がある。


 水が引いて今度は逆に引力のようなものに引っ張られる――水が無くなり外気に触れ、トゥーナが思い切り息を吸い込んだ音が聞こえた。

 そしてエリーが強く咽て、呼吸を繰り返した。

 急激に増した重さに体が引っ張られ、トゥーナもエリーも体の重さを実感しているようだった。

 顔を横へ傾けて息を吐く――吸って、吐く。


 橋はしばらく揺れて、落ち着くまで時間がかかった――男達の姿はなく。

「やれやれ」

 何時の間にか水路の受付から出て来たマドレの声。

「大丈夫?」

 そう聞かれ答えようとし、体から滴る水が邪魔で、髪をかき上げ、顔を拭う。

「はい、私たちは」

「ツナギとかブーツとか、予備いっぱいあるから、別に、そこまで死守しなくていいから」

「そうですか」

「あぁいう輩は、今度から近づけないようにするから、気に入られたんだな。珍しいよ、ほんと、あの子は気難しいのに」

「はい?」

「寛いでいいから」

「ここで、ですか?」

「いいとこでしょ、あたし、気にいってんだ」

「そうですね。私も好きですよ」

「そうか。みんな汚いっていうんだけどな。ちゃんとここに来る間までに浄化は済んでいるっていうのに」

 アンニョイなんだよな。

 遠くの水面で声が聞こえて、男達の声で、マドレはため息をつきながら、水の中へ飛び込んだ。

「えへっえほっえへっ」

 エリシアの間の抜けた咳。

「お姉ちゃんっ」

 エリーが俺の傍から離れて姉に駆け寄り、エリシアはエリーを見て咽ながら、俺を見て、またエリーを見、手を伸ばしてエリーと手を合わせていた。

 トゥーナへ視線を。

 トゥーナが顔を手でぬぐっている。前髪を手で押さえてやり、水を払いのけてやると、トゥーナはぺたりと座り、俺を見て、手を膝におき、掴むと、寄って来て、鎖骨に顔を埋め、背中に手を回してきて、抱き着くと、そこで咽た。

 トゥーナの息遣いが鎖骨にあたり、水と合わさって冷たいやらくすぐったいやら。

 怖かったのかもしれない、落ち着くのをまって、夕食を食べに施設へ帰った。


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