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 午後からの講習、今日は別の迷宮に行くと、昨日聞いていた。

 街の左側、商業区の何の変哲もない路地の裏に入り口はあった。

 機関の施設――入ると受付、フロア、ロビー、喫茶店だろうか、カフェと呼ぶべきだろうか、併設されたカフェには沢山のツナギを着た人がいて、寛いでいた。

 迷宮に入る旨を伝え、隣の階段を下りる――厳重な扉が横並びに二つ、一つは入り口で、一つは出口のようだ。


 案内兼護衛兼講習兼任の教官がやって来て、軽く挨拶を――街中の迷宮はすべからず入り口が封鎖および管理されている。

 扉に入ると受付――扉が閉まり、隣の窓よりヘルメットとガンホルダーがスライドしてくる。受け取り、装着、相互に確認。教官が念入りに俺達の装備を確認してきた。


 エレベーターを降り、そういえば、この街には電力の供給があるのだなと思う。

 あの水道設備があれば、水力発電ぐらいはできるだろう。別のエネルギーかもしれないが。

 文明が進めば進むほど、消費されるエネルギーは大きくなるだろう。

 省エネ、省リスク、ハイリターンなんて、質量保存の法則に反しまくりじゃないか。

 いつか何処かで止まらないといけないのかもしれない。


 エレベーターを降りるとそこには廃墟が広がっていた。

 制圧型フィールド迷宮――そこかしこで発砲音。

 やべぇところに来たものだ。

「ここでは絶対にツナギ、およびヘルメットを脱着しないでください。大変危険な迷宮となります」

 やべぇのは他の奴が撃つ弾が当たる事だろうな。


 目の前に広がる廃墟、ビルなども見える。地下に一体どのようにしてこのような建造物が立ち並ぶのか、想像もできない。

 空と雨も再現されている。


 フィールド型迷宮は、各建物に魔物が沸くようにホットスポットがあり、その魔物を鎮圧することで制圧となる。建物の中にはアイテムがまばらに置かれておりアイテムだけを奪って逃げるのも良いけれど、制圧後に出現する宝箱からはよりよい物が出るので出来る限りは制圧したほうが良い。


 奥に行けば行くほど制圧の難しい魔物が沸くようになるが、あまり制圧されていないと普段はいないような場所にまで強敵がやってきてしまう。

「ここは市街地フィールド型迷宮となります。このように建物が立ち並んでいます。迷宮に入りましたら速やかな建物の制圧をお願いします。制圧後は速やかなアイテムの回収、帰還、移動をしてください。またこのフィールドでは対人での争いが絶えませんので、私はこの迷宮に来るのをおすすめしておりません。では参ります。ついて来てください」

 銃を構えた教官が走りだし、近くの二階建ての建物へ――入り口の影に隠れ、俺達を確認するとドアを蹴破り中へ、すでに制圧済みのようで中には何もなく、アイテム類もなかった。

「ここは制圧済みのようですね。では隣へ」

 エリシアとエリーを気遣うのは余計なお世話だろうか――ラファに目配せ、連携を試みる。


 隣の建物へ向かうと、同じ機関所属の探索者に出会い、他に行けと大声で言われた。

「このように、このフィールドでは魔物だけではなく、対人に関しても争いが絶えません。速やかな対処をお願いいたします。相手が発砲する場合もあり、また殺人も行われますので、争わずに逃げてください。このフィールドにはヒューマンキラーと呼ばれる人間達も存在します。出くわした場合は戦おうとはせずに逃げてください。では隣の建物へ」

 やべぇー事を淡々と言うね。


 周りでは他の探索者がみな我先にと建物の中へと侵入していく。

 欲望の加速――とでも言うのだろうか、アイテムを奪われまいと、次々に進んでいく。

 人間同士の争いも起きている、建物の傷を見てそう思う。

 どう考えてもこの血痕は銃弾によるものだ。魔物が銃を使わなければ――いや、銃を使う魔物は存在するか。

 グレイスツリーの中には人間に向けて種をぶっ放してくる個体もいる。

 デッドマンと呼ばれる個体だ。


 移動に移動を重ね、やっと無人の建物へ、五階建ての事務所みたいな廃屋だった。

 五階、又は屋上がホットスポット、地下の場合もある――入り口を蹴破り、中へ。

「ついてきて、私より前には出ないように――」

 教官が目の前の階段に向けて発砲――トカゲのような生き物の皮膚が爆ぜる。

 ファコズーン――爬虫類系の魔物だ。

 続いて発砲――階段からわらわらと下がってくるトカゲ、教官が銃より弾倉を抜き、込める間、ラファに目配せ、ラファが発砲する。


 どうも。


 音がうるさくて声が聞こえたわけではないが、口の形より教官がそう言ったと推測する。

 弾を入れ替えて再び発砲――教官が階段へ向けて走りだし、あとに続く。

 ファコズーンは黒いサンショウウオのような魔物で、人間を丸呑みにする。消化液を吐き、場合によっては毒を吐く。


 爬虫類系の基礎的な魔物がファコズーンだ。これより種類が幾重にも分化する――否、末端の枝がファコズーンなのだろう。

 ヤバいのは赤く角ある個体エンブラズム、コイツは鰓のように広がった角より放電する。

 一番ヤバいのはフラーペッタ――名前に反してかなりの危険性を持っている。

 薄っぺらく壁を魚のように泳ぎ、何より目の合った人間を石化させる。放電能力も持ち、いつの間にかフラーペッタの腹の中だった、なんてこともありえる。


 迎撃音で上から一気に下ってきたらしい。二階――舌が伸びてきて、教官が銃で舌を打ち落とし、続いて発砲、始末、弾倉を交換。

 ギチギチと音がして、俺は耳の横に銃を、天井へ向けて発砲――どさりと落ちて来た巨大なムカデよりトゥーナとエリーを遠ざけ頭を足で踏み壊す。

「エリー‼ もう少し寄りなさい‼」

「はっはい‼」


 フラッシュバック――どのようにこの子を操って来た。


 リオビオモルファ――昆虫系の魔物の枝先だ。

 ブレードマッカルだったらやばかった。興奮したと思う。好きなんだよ、奴が。

「やるじゃない」

「たまたまです。それより、苦しいです。息が……」

 胸を押さえる演技――エリシアが手を伸ばしてきて、背中を支えてくれる。

「落ち着いて、息を大きく吸って、吐いて」

 俺が演技をしていることをラファとトゥーナは理解しており、トゥーナも怯えるような仕草、教官が少し笑っていた。

「大丈夫、大丈夫ですよ。貴方達に危害は加えさせませんので」

「えぇ。私は、大丈夫です。次に行きましょう」

「早く終わらせた方がいいですね」

「大丈夫?」

 エリシアにそう言われて、弱弱しいと思われる笑みを浮かべ、エリシアの手を取る。

「大丈夫ですよ」

 実はなんともないからな。

「ごめんなさい……」

 エリーが謝ってくる。いや、お前、なんも悪くねーよ。

「大丈夫よ」

 頭を撫でる。


 三階に行くと、地獄のような光景が広がっていた――ムカデとトカゲが食い殺し合っていた。トカゲを食ったムカデが尻尾から針を飛ばしてきて、銃弾で教官がそれらを打ち落とす。やべぇなコイツ。

「ぃいいっ」

 それを見たエリーの口から悲鳴のような嗚咽のような。

 誰だってこの光景を見たら喉が引きつる。


 教官はホルダーよりもう一丁銃を取り出し、両手に持ち、流れるように引き金を引く。

 マズルフラッシュ――反動で跳ね上がる腕、手首と腕で制御され、殺される反動と、その動作は完璧で美しく、リズムすら刻んでいるように見える。

 やがて止む射撃音と、漂う煙――ふっと銃口を吹く教官。

「研修にしては当たりを引きましたね」

 弾倉を落としながら、教官はそう言った。落ちた弾倉を受け止める。

「ありがとう」

 ファコズーンの生態とリオビオモルファの生態、というよりも構造を確認したいが、今は止めといた方がいいかな――教官は四階へ向けて歩き出す。

「離れないようについて来て」

 四人に先に行かせ、トゥーナは俺の服を掴んで、それ以上先には行かなかった。

 ファコズーンの表皮に触れておく。

 少し湿っており、ねっとりとした粘液に覆われていた。磯臭い――この表皮に展開された粘膜はファコズーンを守るためにある。粘液内には捕らえられた微生物が大量に付着していて、傷口にこの粘液が触れたらあっという間に感染症にかかるだろうな。


 ゲーム時と同様なら、この粘液は雷と火、それに凍結系に耐性を持つ。凍結系でも刺し殺す系ならば粘液の効果はない。凍らない、燃えない、感電しづらいというものだが、そこまで耐性はたかくないだろう。

 リオビオモルファの表面、節はぶよぶよしていた。

 硬いわけではなく、適度に柔らかい。流線形で、威力を殺す形だが、角度にさえ気を付ければ刃物も通るだろう。厄介なのは頭を潰さないと体が斬り離されても頭部は生きている事。足の形が良い、表面には僅かな油――節の動きを良くするためだろうか。


 四階――青い個体が一体。

 でかい――部屋を一つ占領するぐらいの大きさだ。

 教官は背負ったバックの中からアサルトライフルを取り外して、構え、安全装置を外す音。

 ネーム付――コイツ、アンドレアスだ。

 空気が一気に跳ね上がるような衝撃――波打つように何度も空気が揺れる発砲音。

 弾が表面でぬめって反れている。回転するその形、尻尾――教官の足が俺達を階段下へと突き放す。

 尻尾に叩き飛ばされた教官が壁にめり込むのが見えた。


 フラッシュバック――どうやって人を殺してきたのか思い出して。


 階段から頭を出し――。

「危ない‼ 隠れて‼」

 教官はそう言うが、銃を構え――二発発砲する。

 階段の手すりと腕で銃を固定する、固定発砲によるほぼ同じ位置への二連射。

 ニャンコなら正確に射貫くだろうが、俺には不可能だ――銃弾はアンドレアスの喉にたまった胃液袋を撃ち抜き、アンドレアスがのけ反る。

「頭を下げて」

 体勢を立て直した教官がバックより卵型の何かを取り出し投げ、次いで新たな銃を――頭を下げると教官しか見えないが、教官が引き金を引くと銃より炎がほとばしった。

 火炎放射器――そんなものまで所有しているのか。


 アンドレアスの悲鳴と建物が揺れ、もう生物のなのか建物のなのか判別する余裕すらない破片が飛び散る。

 ラファが耳打ちしてくる。

「後方より侵入者だ」

「誰?」

「人だ」

 舌打ちをしそうになり、背後の階段を見る――トゥーナは目を開け、真っすぐに俺を見ており、エリシアは耳を両手で塞いでエリーを庇い、顔を背けていた。エリーは俺を見ていた。

 姉の腕の隙間より、恐怖に打ち勝とうとするかのように。

 ラファの耳元で声を出す。

「階段を落とす」

「やろうか?」

「頼む」

 ラファが指を鳴らすと、地響きが、展開されたヌース、広がりエナへと変換し、物質として階段を一気に斬り離したようだ。

 教官が火炎放射器を後方へ投げ、アサルトライフルを手に突撃、教官はアンドレアスの頭に飛び乗り、至近距離で発砲していた。

 殴られたようにへこみ沈む頭が陥没していく。

 熱と熱気と、音と衝撃と崩壊音でイカレチマイそうだ。


 フラッシュバック――あなたが、ここで、何をしてきたのか、思い出して。


 アンドレアスの頭が地面に押し付けられ、何度も跳ね上がる。

 物語であるかのようなゆっくりとした終わりなどではなかった。苛烈で劇的で、命が、最後まで、暴れるかのような、そんな死だった。

 脳髄が炸裂して、体だけが跳ねまわる。

 やがて止んだ発砲音――静けさと、遠くで聞こえる銃声、埃と煙で悪くなった視界と、服を払う教官。さっきまでの激しさが嘘のように………ガタンッと落ちて来た瓦礫にみんな目を丸くする。

「手間がかかりましたが、終わりました。怪我はないですか?」

「終わりましたか……私は大丈夫」

 みんなを見回すと、怪我という怪我はなさそうで、エリシアの足だけが震えていて、歯を食いしばっているのが不覚にもちょっと可愛かった。


 教官は小箱を持ち、こちらへ差し出して来る。

「戦利品です。持っていてください」

「はい」

「誰か侵入してきたようですね。まったく……五階へ急ぎましょう」

 五階へ行くとそこには穴があった。


 真っ黒い穴だ――そして今まさにファコズーンが穴からでようとしており、教官がハンドガンで頭を撃ち抜いて戻らせる。

「これがホットスポットです」

 弾倉を交換し、スポットの裏側へ――。

「ここに魔石という物がはまっています。これを壊してください。決して抜き取って所有物になどなさらぬように、必ず破壊してください」

 教官が銃で石を撃ち抜くと、黒い穴は歪み、また出てこようとしたファコズーンごと捻じれるように消えた――切れたファコズーンが地面に落ちて暴れ、その上に箱が出現し、ファコズーンを押しつぶす。

「これが今回の戦利品のようですね。素早くこのバッグに回収してください。漁夫狙いの人たちがいるようです。私が牽制してきます。箱は閉じないで」

 先ほどのアンドレアスの戦利品の小箱を開けると鍵があり、差し込むとぴったりとあった。鍵穴を回して箱を開けると剣と宝石、貴金属インゴットに装飾品、服……あとは銀貨だろうか、大量の銀貨があった。

「貴方達‼ 私は機関職員になります‼ 今すぐ略奪行為をやめなさい‼ やめない場合は貴方達を告発することになります‼ 今すぐに略奪行為をやめなさい‼ 漁夫行為は許されません‼」

 中身を取り出して、確認するよりも早く教官より渡されたバッグへと詰め込んでいく。

「まったく……回収したらすぐに戻りましょう。戻る時は同じです。箱を閉じずに、蹴って下さい」

 教官が箱を蹴ると箱が大きくなり、飲み込まれ、入り口にいた。


 エレベーターの前だ。

 このフィールドは結構やばそうだという感想を浮かべる。

 対魔、対人、利敵、略奪、漁夫行為――ハイリスクハイリターンという感じだろうな。

「へへへっ。あんたら、新人?」

 声をかけて来た男、背後には数十人。

「痛い目に会いたくなかったら荷物を置いていきな」

「はぁ……貴方達と来たら」

「やべぇ‼ コイツ教官だ‼」

 入り口で待ち伏せとかマジやべぇなコイツ等。


 エレベーターを昇り、受付へ、教官より預かっている鞄と銃、ヘルメットを差し出す。

「お疲れ様でした。少々お待ちください。教官は、どうなされたのでしょう」

「待ち伏せの対処をしております」

「またですか、凝りませんね彼らも」

「しょっちゅうあるのですか」

「えぇ、禁止行為なので発覚すれば迷宮探索を禁止されるというのに、後を絶たないんです」

「そうなのですね」

「お疲れでしょう。券を発行いたしますので、カフェにて寛いで行ってください」

「ありがとう」

「いいえ、私達はあなた方が正しい国民であり続けることを願っています」

 カフェに入り、カウンターに券を差し出す――席について待っていると、コフィが運ばれてくる。

 コトリと置かれ、湯気がゆらゆらと――ごくりと喉がなり、体は熱しているのに、温かいものでも構わない。いいや、温かいものの方がいい。

 指先に感じるコップの重さ、目の前で揺れる黒色の液体――このままでは口が火傷してしまうだろうなと、ふーふーと息を吹きかける。

 たわめく液体の表面には空と、歪む景色。

 コップの縁に口をつけ、ずずずと飲み、息を吐く。


 エリシアと目が合う――少し、目を反らして、伏せて、こちらを見て、恥ずかしそうに、笑みを浮かべだす。なぜ恥ずかしそうに顔を反らすんだよ。


 コーヒーじゃないんだよな、塩ココアなんだよな……。


 エリシアが急に笑いだす、急にどうしたんだよ。

「ごっごめんなさい。なんだか急に、ぶふっ‼」

 コフィを吹き出して咽た。ぶふってお前、かかったんだけど。

 トゥーナが顔にまともに受けていて、真顔というか唖然としていた。

 苦しそうにエリシアは咽る。

 袖でトゥーナの顔を拭い。

「ごっごめ、ふぐっふぇっえほえほっえほっ」

「もう、大丈夫?」

 背中をさすりに席を立ち――。

「お姉ちゃんてば」


 みんな焦げ臭かった。なぜだか頬が緩みだして、笑ってしまった。

 エリシアはたぶん解放感から、俺はあの戦闘を見て、ラファは雰囲気だけでも、トゥーナは真顔、エリーはとても楽しそうだった。

 あんなの豆鉄砲でどうにかできるものじゃない。

 今日の教えはつまりそういうことなのだろう。


 みんなで目を見合わせて、ただ笑っていた。


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