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 次の日――いつも通りの朝を迎えた。

「おはようございます」

 そう言ってきたベシャメルの容姿は昨日から変わってはいなかった。

 変わってはいないというのはそれはそうだけれど、髪が跳ねたりとか少し眠そうだったりとかそういう様子がない。

「おはよう」

 寝ると言う感覚があるのだろうか。

「これで、家族に一歩、近づきましたね」

 それはどうだろう……。


 今日は生憎の雨だ――みんな寝ぼけ眼に支度をしているのを少し愛らしく感じてしまった。

 職員がエリシアを呼びに来た。

 なんでしょうとエリシアが聞くと、ルシオが待っているとのこと。

 エリシアと話がしたいと――身支度を済ませラファにエリーを食堂へ連れていかせる。本当ならトゥーナにもご飯を食べさせてあげたいけれど、トゥーナの奴は俺の傍を離れる気がない。


 エリシアが俺を見るので、俺が付いて行かないわけにはいかない。

 エリシアが女子寮から出るとルシオがおり、話を拒むとルシオは強引にエリシアの手を掴んだ。

 ルシオがエリシアを取られたくないと固執しているのがわかる。

 その行動はケイシーを深く傷つけると何度も言っているのに、「俺が好きなのはと」そう告げるルシオの頬を、エリシアは思い切り引っ叩いた。

 まさか引っ叩くとは思っていなかったので、俺も目を丸くしてしまった。

「しっかりしてよ‼ どうしてそんなこと言うの‼ ケイシーは大事じゃないの!?」

 泣き顔を作るように茫然とするルシオ――口は半開き、目は点になり、震えて。

「でも、俺は……」

 なんとか絞り出すように口から言葉が。

「そんなのわかってる。わかってるよ。でも……しばらく距離を置きましょう」

 でも、でもの次にエリシアは何を言おうとしたのだろう。

 ケイシーだって大事じゃないのかというセリフを言ってしまえば、ケイシーが完全に邪魔者になってしまう。それを回避したのかもしれない。

「俺は……でも、俺は」

「ルシオ、私は、感謝してる。二人に、友達だと思ってる。これからも。でも今はダメ。今はダメなんだよ。ルシオ」

 もうダメなんだよと言わないあたりにエリシアの優しさを感じた。

「……ごめん。エリシア」


 関係はちょっとずつ修復していけばいいって何度も言っている。

 その上で、二人がそれを容認し、結婚すると言うなら結婚すればよい、付き合うというのなら付き合えば良い。

 だがまずはケイシーを幸せにしろって話だ。エリシアとの話はそれからだ。

 ケイシーとしっかりとした関係を構築してからエリシアを迎えに来いという話だ。

「どうすればいい? 俺はどうすれば……」

「もう、私には会いに来ないで。ケイシーを大事にしてあげて」

 ルシオの眉間には皺が、寝不足なのか、若干充血しているその目で、エリシアを見ていた。

 その表情は愛する者を見るというよりは、憎らしい相手を見るようで少しの不安も覚えた。


 そんなに大事ならなぜって話だけれど、良くある言葉に、大事なものは失って初めて気づくという言葉がある。ルシオにとってはこの感覚なのかもしれない。


 ルシオの顔には疲労の色が伺えて、ルシオの心も相当にストレスを受けているとわかる。

 昨日、寝ていないのだろうな――朝一番に会いに来た。

 ルシオにとってエリシアがかけがえのない存在なのだと理解できる。

 その反面、男というものは、すでに手の中にあるものではなく、手の内から零れ落ちようとするものに執着する、ものなのかもなとも思ってしまう。


 ルシオがいなくなると、今度はケイシーが、ルシオが居なくなったのを見計らうようにやってきた。昨日より、少し疲れて見えた。エリシアに声をかけ、ルシオの行動がケイシーを傷つけているのがわかる。

 ケイシーと少し話を……フォローはいいけれど、余計なお世話を考えて俺は後ろに控える。

 エリシアはケイシーを気遣い、ケイシーもエリシアを気遣う。

 エリシアは、ケイシーに幸せであってほしいと、遠慮しないでほしいと言った。

 ルシオは、貴方を好きじゃないわけじゃないと、エリシアがケイシーをフォローしているのだから、なんとも言えない気持ちになるよ。

 ケイシーもルシオが自分を嫌っているわけではないと、好いていないわけではないと理解している。揺れる自分自身に、肯定を得て安心したい。エリシアもそれがわかっていて、ケイシーを肯定していた。


 おそらく、おそらくだけれど、ルシオは優しい。若くて経験がなかった。人を傷つけた経験がなかった。恋人を裏切るとどうなるのか、経験がなかった。エリシアを傷つけたことに胸を痛め、どうにかしてエリシアに償いたいと思ったのかもしれない。


 エリシアが誰かに取られるのが嫌なだけなのかもしれない。


 男にとって一番辛い事は、大切な人との約束を、守れなかった時だと、俺は思うよ。

 大切な人達を残していくこと以上に、悲しいことなんてない。

 あのニャンコのクソ野郎共、やっぱ〇すわと俺も激情が沸いてしまった。若い気に当てられたな。


 おそらく、一面だけに過ぎないけれど、こういった感情に、執着などの複雑な感情が混ざりあいルシオを焦躁させている。

 俺はルシオじゃないし、ただ俺がそう思うだけで、おそらく真実ではない。

 多少仲が悪くなるかもしれない、ルシオが意固地になるかもしれない。献身してあげてと。辛くなったら相談に来てと言っておいた。


 エリシアの顔色は良くなかった――体調はあまり良くはなく、心も疲弊している。こればかりは時間がかかる。今ルシオと一緒になったからと言って、この問題は解決しないだろう。

 今度はケイシーが今以上の苦しみに囚われるのが容易に想像できる。

「大丈夫? 今日は休む?」

 そう言うと、エリシアは弱弱しい笑みを浮かべて顔を振った。

 一人になる時間が必要かもしれないが、こういう時、一人にするのは良くない。

 一人で考える時間と場所、雰囲気が必要なのであって、一人になる必要はないからだ。傍で、声をかけなければいい――ただそれだけだ。

 でも触れていた方がいいだろう。エリシアが嫌がれば、無理やり実行する。


 ケイシーが見えなくなると、エリシアはよろめき崩れ落ちそうになり急いで支える。

「私ってずるい女ですよね」

 頬から流れる涙を、うかつにも一等綺麗だと思ってしまった。

「なぜ?」

「貴方が、タチアナが、私を追い出さない事、わかってたんです。タチアナは優しいから。だから昨日、あぁいいましたけど、わかってたんです。苦しくなっても、タチアナは支えてくれるって、わかってたんです」

「そう」

「私って、嫌な女ですよね」

 俺がいなければ、エリシアはルシオと一緒になっていたのかもしれない。

 三人で案外幸せに暮らしていたのかもしれない。

 結局、本当に邪魔だったのは俺だったのかもな。

「私がいなければ、エリシアは幸せだったかもしれませんね」

「そんなことない。そんなことない」

 好きな人を、お世話になった人を、相手のためを思い拒絶するのは、辛いのだろうな。

 これは所詮詭弁ではあるが。

 エリシアを支え続けたが、トゥーナが犬のような怒りの表情を向けて来て、服の裾を掴んで来た。噛むなよ。


 ベシャメルは仕事、エリーは学校、俺とラファとトゥーナとエリシアは銃の講習と迷宮探索講習がある。朝ご飯を食い損ねた。

 エリーが姉を心配していたが、大丈夫よ、と言ったら「はい」と笑顔を浮かべて学校へ行った。

 本当は心配だろうな。表情に出さないだけ偉いよ。でも今日の夜は、甘えさせてあげたい。嫌じゃなければだけれど。


 外は雨で、冷気が肌寒い、雨を防ぐ手段はいっぱいあるが、傘が主流のようだ。

 傘は税金を納めていれば借りられる。和傘というのか、植物の棒に骨組み、防水性の皮で作られていて、やっぱり足元は濡れる。

 真っすぐというわけじゃなくて、枝の形が出ていて、無骨ながらお洒落とも思う。

 ツナギと靴は防水性なので、足元が濡れても気にする必要はないけれど、やっぱり紐はたわむ。


 エリシアの手を握る――少し困った表情をしていたけれど、黙って手を握り続けた。


 午前中は銃の訓練――訓練前、街を見たが、祭の準備が始まっており、およそ一週間後より本格的に祭が開始となるようだ。祭は一か月も続く。貴人あてびとが移動するまでの間ずっと祭というわけだ。


 大通りには提灯が飾られ、屋台がずらりと設置される――屋台は申請し通りさえすれば誰でも出店できるらしい。なんだろう故郷で行われていた祭……という感じはしない。出店でみせも、料理店がほとんどと、後は珍しい異国の商品などが取り扱われるようだ。

 クジや射的などはないが、劇や紙芝居みたいなものはある。

 まだ本格的な祭りが始まったわけではないので、準備をする人が多く、人通りもまばらだった。


 機関に赴き、ラザニアに挨拶――ラザニアは体調について聞いてきた。

 迷宮はどうだったか、などの軽い会話をし、依頼を受けられなくて申し訳ないと言うと、迷宮探索も立派な仕事だと言われた。

 迷宮探索は命を賭ける仕事で、迷宮から無事戻った人たちでも一定数トラウマのようなものを抱えて精神を病んでしまうと言われた。

「無理だけはしないでね。生きて帰ってくるのも仕事だから。これから、楽させてよね」

 まぁでもお前ギルドの名前勝手に変えたよな。その分で差し引きゼロだろ。

 昨日の迷宮の戦利品の分け前を振り込んでおいたので、あとで確認するよう伝えられた。

 とは言っても一人あたりは微々たるものだとも。


 銃の講習が始まると、銃の危険性について復唱し、銃の分解、組み立てを経て、また射撃訓練へ。今日はペイント弾を渡されて、模擬戦――動物、捕獲されていた鱗鹿を撃つなどの訓練を行った。射線には絶対入らないことを念入りに注意される。


 俺は全弾命中――させずに何発かわざとはずしたが、文句を言われた。

 それで上手なつもりか、とか、調子に乗るなよ、とか。いや、はずしたやろがい。

 終わったら実弾訓練――二十発渡されて、的を撃って終わった。適度に射線をずらしてはずしておく。

 トゥーナは銃の免許を取れないので、見ているだけだし、ラファも銃にさほど興味がないので適度に外している。

 エリシアは一番おっかなびっくりという感じだった。

 元気もないので息も絶え絶えの様子。

 コイツ等大丈夫なのかと教官に心配された。

 なんだか銃を撃っていたら、妙に懐かしい気持ちに襲われて、自分がどうやって戦っていたのかを、少し思い出したような気がした。


 今更だが、今の俺は生身だ――装備と呼べるものが軒並み無い。

 一つ一つに思い出が付きまといすぎた装備の数々に嫌にもなる。

 俺の物だと内側から湧き上がってもくる。  

 あれらの装備は俺の物だ――もう、何処にも無いだろう。

 装備もあいつらも、何もかも、尻にトゥーナが張り付いて来て、ため息が出る。

 ため息ばかりだ――思い出はため息をつかせてくる、ため息ばかりだ。

 トゥーナは身代わりではない、そのセリフが一等悲しいし、一等嫌になる。

 自分自身が良くわからない――俺の意思と、体の意思が混ざり合わない。俺がしたいことを体が拒否してくるし、体の命令を俺が拒否したがる。

 言う事を聞いて、抗うのはやめて、いい子にしてと、体をなだめる。

 でもやっぱり、これが俺の意思なのだろうなとも思う。


 午後から迷宮探索講習なので、お昼を食べに施設に戻り、エリーと合流。

 俺とラファは食わなくとも平気だが、トゥーナは腹が減っているだろう。

 エリシアは食欲がなく、フォークも進んではいなかったが、少しだけでもと……。

 お昼はお団子のような形をした肉饅頭だった。午後からも頑張るためだろうか、濃い味付けで、中身も肉マシマシ。表面は焼いてあり、カリカリと、中はミンチにされた肉と、サイコロ状の肉がぎっしり詰まっていた。肉汁が多く、普通に食べたのでは零れてしまう。

 バリエーションもあるようだ。

 次に食べた団子の中身は野菜たっぷりだった。

 スパイシーな団子もあるし、ミートボール状の物がぎっちり詰まった団子もある。

 トゥーナはバクバク食っていたが、エリーの今の状態でこの味付けはきついだろう。

 器にお湯を貰い、肉団子をお湯で崩してスープ状にし、エリシアに食べさせた。


 移動する間はエリシアの手を握っておく――エリシアは少し困った顔をしていたが、触れていた方が良いと思う。トゥーナがキレそうになっていたので、トゥーナの手も握っておく。

 エリーは珍しくラファと手を繋いでいた。

 少し恥ずかしそうに、少し嬉しそうに、俺と繋ぐより嬉しそうで嫉妬しそうだ。


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