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8

 転校ばかりしていた頃、良くしてくれたお姉さんがいた。

 お姉さんは結婚していて、朝登校する時、いってらっしゃいと声をかけてくれた。明るい人だった。旦那さんも悪い人ってわけじゃなくて、小学校帰りに道の途中で会うと、車に乗せてくれて家まで送ってくれた。


 ある日、お姉さんの部屋に知らない男の人が出入りしはじめた。

 俺は特に気にしていなかったし、お姉さんはいつも通りだったし、最後の最後まで、いつも通りだった。それからしばらくして、お姉さんは自殺した。

 出入りしていた男は探偵だった。

 旦那さんの浮気を知って、自殺した。

 臭いが、ひどくて、お姉さんは妊娠していて、首を吊るとさ、全部が下に零れ落ちるんだよ。だから、お腹の子も、零れ落ちていて。

 旦那さんは茫然としていた。


 俺はそれ以来、浮気とか不倫とかは嫌いだ。

 授業中真っ暗なのをいい事に、口でしていたあの女も嫌いだ。

 修学旅行に、彼氏ではない男を連れ込んで、やっていたあの女も嫌いだ。

 全部嫌いだ。


 カーテンの隙間、みんなにバレて、彼氏は泣いていた。泣いていたよ、大の男がみっともなくな。


 俺には何一つ関係ない。それだけが救いだ。

 他人の失敗を見たから、自らの戒めとできる。その事実が堪らなく嫌だよ。

 心は性を嫌がるのに、体は性を求める。

 いつからかそんな風になっていたのか、それがひどく苦しかった。

 謝りながらオ〇ニーするんだから笑っちゃうよ。


 血は水よりも濃いなんて言葉は嫌いだ。

 水より透明なものはない。

 血が繋がっていても親子じゃなくていいよ。

 なぜかって、血が繋がっていなくとも、本当の親子は存在するからだ。血が繋がっていなくとも本当の親子になれるのなら、血が繋がっていようとも必ずしも親子だというわけではないだろうって、勝手な理屈。

 血の繋がりだけが全てじゃない。ゴリラだって人間との遺伝子は約90%以上一緒なんだから、人間同士なんてほとんど遺伝的には変わらない。人類みな兄弟姉妹って言うしね。


 近親相姦はおそらく禁忌というほどの事ではない。動物や昆虫の世界では当たり前の行為だからだ。

 倫理的には問題だろうけれど――遺伝子的には親と同じ遺伝子を持つ子供を作ることになる、かな。続ければクローンを作る事になる、だろうか。

 同じ遺伝子を持った二人の別人が交配した時、遺伝する際に端子が同じでバグることはあると思う。

 劣性遺伝は悪い遺伝子ばかりじゃない。腋臭わきがは優性遺伝だし、ウェスターマーク効果があるから抑制はされるのだろうけれど。

 ウェスターマーク効果というのは、幼い頃から近い人物に、性的興味が薄くなるっていう心理効果の事だ。要は幼馴染は負けるっていう、まぁその、なんだ、あれだ。


 近親相姦じゃなければ疾患を伴った子供が生まれてこないわけじゃない。

 どちらかと言えば、卵子に到達する過程で欠損したり、卵子に入り込む際に欠損したり、卵子が移動中に傷ついたり、膣内にいる細菌やウィルスの影響で異変を起こす場合が多いと思うけれど、俺は医者でも研究者でもない。これを言ったらにわかだと言われるだろう。

 子供を作るなら人工授精が一番いいと思ってしまうよ。


 結局何が言いたいのかと言うと、俺には何もできない、だ。

 エリシアが本当はどう考えているのか、エリーが本当はどう思っているのか、俺には知りようもない。例え口頭で気持ちを伝えられたとしてもそれが真実とは限らないからだ。

 一番ダメなのは傍にいると気まずいと感じる事、雰囲気が重くなる事。

 だから話半分ぐらいでちょうどいい。間抜けだって演じるさ。


 さきほどの自分の言ったセリフを思い出して、間違えていなかっただろうか、変ではなかっただろうかと思案する。昔の失敗ばかりを思い出すと、何とも苦くて、目も当てられない。


 父親と母親どちらが大切か――そう聞かれたらどう答えるか。

 普通に、どちらも選べない。それが普通で健全な答えだと俺も思うよ。

 でも理性的に考えれば答えは父親、となる。

 なぜなら、母親を一番大切に思うべきは父親であり、母親は子供を思うだろう。必然的に、子供は父親となる。これが良い親子の関係だと俺は思うよ。

 俺が思うってだけで、正解なんて人それぞれではあるけれど。


 少し寝るかと、寄りかかるトゥーナの頭に頭を預け、うとうとと朝を待った。

 生きているだけで少し苦しい。

 俺には関係のない事が、俺を苦しめる。


 不意に足の重みが薄れ、それに気づいて目を開ける――薄目、視界半分、ラファの姿が見える。寄りかかっていたトゥーナの頭から離れ、トゥーナの重みが増してくる。

 寝て覚めて、寝て覚めて、か。

「ごっごめん……。起こしちゃった?」

 声のする方を見ると、エリシアが起きていた。かすれた声、目が少しはれぼったそうだが、口から少しだけ甘い匂いがした。

「いいえ、具合はどうですか?」

「大丈夫です。ごっごめんなさい。昨日、何か、ありましたか? どうして、こんなところで」

「覚えていませんか?」

「えーっとお酒が目の前に来たところまでは、覚えているのですが」

「お酒を飲んで、気を失ってしまったのですよ」

「そっそうなのですか? すみません」

「いえ、大丈夫です」

 左手を伸ばすと、エリシアの体が一瞬ビクリッと震えた。覚えているのかもしれない。

「頭を、撫でてもいいですか?」

「はっはい……」

 左手でエリシアの頭を撫で、笑みを浮かべておいた。


 一度みんなを起こす――洗面所へ連れて行き、歯磨きと用を足させる。歯磨き飴買ってねぇとまぁいいかとうがいをしていたら、エリシアがまた飴玉をくれた。

 歯磨き後、トゥーナが口を開いて磨けているか見せて来た。

 流体を入れて確認するとしっかりと磨けていた。歯の間の歯垢も無い。

「よく磨けてる」

 ラファも口を開けてみせて来た。なんでだよ。

「こういうものじゃ?」

 あぁ、まぁ、妹的なあれか、演技ね、口の中を見て確認する。綺麗な舌、良い匂いもする。邪な思いも沸いて、考えたくもないが沸いて困る。

「あっ……」

 エリシアがこちらをみて、そんな声をあげる。

「どうしたのエリシア?」

「いえ」

「お姉ちゃん、どう? 磨けてる?」

「どれどれ~。うーん、よし磨けてる」

 やべぇな、あの姉妹、微笑ましすぎる。

「おい」

 あ、わり。

 ラファの口の中を見て、問題無いのを確認、つうか問題あるわけないか。

 時刻は午前四時――エリーとトゥーナはまだ眠そうだし、エリシアもまだ眠そうだ。

 二度寝するか。

「少しベシャメルのところへ行ってきますね」

 トゥーナが付いて来るのはわかっていたが、結局みんなついて来て少し笑ってしまった。

 ベシャメルに、仮眠室を使っていいか聞き、了承を得て、二時間ほど、今度はしっかりと体を休めた。


 今日も銃の訓練だ。

 訓練用の銃(弾なし)を渡されて、分解と構築を何度か繰り返す。故障について少し学んだ。弾が詰まった時の対処法などだ。明日からは射撃訓練をするようだ。

 教官はやたらめったら銃は危険なものだと再三にわたり注意してきた。特に俺は教官に気に入られたらしく、ことあるごとに注意を受けた。

 俺には銃の故障などの知識は必要ない、うろ覚えで聞いているのがバレたかもしれない。

 んなこと言ったって苦手なものは苦手なのだ。容量オーバーだ。あと俺の性格の問題で、必要ないと思ったことはとことん覚えられない。魔術で銃を扱える以上、俺にはこの知識は必要ない。それでも教官が再三にわたって言ってきたので結構楽しく時間が過ぎていった。

 ラファは才能が無いと言われて眉をひそめていた。

 ラファも銃が必要ないのだろうが、才能が無いと言われるとムキになって覚えようとしていた。

 トゥーナは優秀だ。教官がいたく気に入っていた。俺とは逆の意味で。

 まぁ……トゥーナは銃の免許はとれないのだけれど。


 エリシアは銃を恐れている――それが少し愛らしい。

 エリーは学校だ。

 エリーも来たがったが、すでに講習は二日目、初日から受けるなら俺達とは別だと言うと、諦めて学校へ行った。来てもどうせ免許はとれない。一人ぐらいまともでなければ困る。エリーにはまともになって貰わないと、エリートコースまっしぐらという奴だ。


 午後からはエリーと合流し迷宮探索講習――今日はアイテムについて学んだ。

 再三にわたって迷宮から持ち帰ったアイテムは機関に必ず一度提出するよう念を押された。アイテムの不正所持や横領、横流しは重罪に問われると再三にわたって注意された。


 それから液体の入った瓶を見せられた――瓶は種類により形が異なり、同じ形の瓶だからと言って同じ液体が入っているわけではないので絶対に飲まないことと言われた。所謂回復薬とかその類のものだ。状態異常回復アイテムは高値で引き取るので、薬類はお金になると、金銭考率が一番良いのは武器でも防具でもなく薬品類だと再三にわたって伝えられた。


 教官が迷宮産のアイテム類をテーブルに並べて実物を見、触れた。

 懐かしい――そう思う反面、映像で見たのとリアルではやっぱり何処か違うなとも思う。

 インゴットは金属の匂いがするし、薬品類を入れる瓶も感触がある。

 インゴットに触れた手の匂いを嗅ぐと、金属の匂いが移ってて顔をしかめてしまうし、瓶の中の液体は確かに液体で、半透明なものは中の液体が揺れたり、気泡があったりするのが見えていた。


 装飾品、指輪類はその辺に売っている安物とは異なる――人間の手で作られたわけではない遊びのない完璧な造り。迷宮産の装飾品は芸術というよりは完成品という印象を受けた。見る人によっては絶望するかもしれない。


 迷宮産アイテムにもあたりハズレはあるとのこと。

 ステータスアップの指輪を初めて見つけた時、嬉しかったな。

 テーブルの上、今見せてもらっているこの指輪は性能の無いただの装飾品のようで、教官が自らの指にはまっていた指輪を差し出して見せてくれた。

「これは不変不動の指輪よ。精神を安定させる強い力を持っているの」

 レアアイテムだ。不変不動の指輪は精神状態異常全般の耐性を上げる。

 耐性の仕様がわからない以上、付けるとどうなるのか判断できない。

「はめてみてもいいですか?」

「かまいません」

 左手の人差し指にはめると――なんとなく性能に関して察せられたような気がした。

 あーなるほどね、耐性ってそういう、感情の揺さぶりが少なくなり安定する。


 抑圧、抑制、この指輪、いい、すごくいい。

 この指輪を思春期の子供にはめたらみんないい子になる。

「ありがとうございます」

 お礼を言って指輪を返す。

 俺が指輪を返すと、他の生徒も指輪をはめさせて貰っていた。

 特にエリシアは指輪をとても羨ましそうに見ていた。

 どうやらこちらの世界の人間にも効果があるようだ。

 

 あとは娯楽類――プレイング(トランプ)カード、将棋、リバーシ、チェス、前の世界に存在した娯楽類が迷宮から産出する。これはゲームの時からあったし、意味があるのかどうかはわからなかったが、今となってはこの世界の住人の娯楽にするためだったことがわかる。

 ただ、ルールが違う。ルールが違うんですけど。

 将棋が将棋じゃない。

 まず並べ方が違う。駒の数は対面しているので駒の数だけは正解だ。並び方が違う、自陣縦三マス内に自由に並べていいことになっている。

 歩兵は全方位一歩だけ進むことができるが最弱だ。

 桂馬は騎兵として扱われる――前方一マスより横に三マス攻撃できる。歩兵を薙ぐことができ、歩兵は背後から攻撃すると騎士を倒すことができる。

 香車きょうしゃは戦車――前方五マスに進め、方向転換に一ターン消費。前方でぶつかった相手、歩兵、桂馬を踏み潰せる。

 飛車は竜――竜は三マスおきの移動、移動時に踏み潰した駒は除外されるが、同じ飛車だけは撃ちとれない。また各方位三マスおきの合わせて六マスに炎を吐くことができる。

 角は魔術部隊――前方放射線状三マスに魔術を放つことができ、自身を中心に各十六マスを自由に移動できるが、駒のある場所には移動できない。

 金は金騎士、鈍重だけれど、竜はブレス、魔術部隊以外が倒すことはできない。また一マスずつしか進めない。

 銀は銀騎士、銀騎士は魔術が効かず、竜を討つことができる。全方位二マスに進めるが、竜に潰される、騎兵には勝が、戦車には潰される。

 最後に王、王は特殊な駒で全駒を討つことができ、歩兵にしか倒すことができないが、一マスずつしか進めず、また後退しかできない。

 他にも色々特殊なルールがあるらしいが、将棋のルールとはかけ離れていた。


 トランプに触れてみる――何の変哲もないトランプだ。トランプでの遊びは多いらしい。これら娯楽アイテムは市販のものもあるが、迷宮産の物は質が良く、壊れにくいものもあるために、高値で取引されるようだ。

 このトランプ――武器じゃねーか。

 詐欺師のトランプ、ギミック武器だ。

 ゲーム時はマインドを込める事で武器化した。投擲武器の部類に入る。人気の武器だがいかせん弱い。相手に刺さって終わりだからだ。

 このトランプ、実はカードマジック、トランプマジックが練習なしにできるという素晴らしい利点がある。いや、まぁそれだけなんだけれど。

 奇術師、手品師にとってはチートアイテムだ。

 本職にとってはクソくらえなアイテムなのかもしれないけれど。


 気づいていない、のか。まぁプレイヤーじゃなければ扱えないしいいか。

「ちなみに、このトラ、カードはいくらですか?」

「このカードは銀貨二十五枚で買えますよ。気に入りましたか?」

「やはり結構なお値段がしますね」

「迷宮産のアイテムは命を賭けて取って来なければいけません。命を賭けてです。そこまでしなければならないという事です。それに見合う金銭の取引がなされなければなりません。しかし、それは命を捨てても良いというわけではありません。お金よりも命が大事だということをお忘れなく」

「はい。わかりました」

 気づいてないのだな。

 そこからもアイテムの武器や防具類の解説と迷宮用の鞄などを聞いた。都合よくアイテムボックスなどない、という話だ。そこで荷物持ちなんて職業が出てくるのだろうけれど。

 基本的に荷物を置いて戦闘をするため、荷物はそこまで苦にはならないはずだ。

 アトゥルナトゥルがいればな……とは思うものの、今の面子にあれが増えたらすさまじく面倒そうで嫌になってきた。

 午後の授業が終わると、ぐったりしながら施設へ戻りお風呂へ。


 お風呂から上がり、食堂へ向かうと、ルシオが――エリシアの顔は強張り、どうしたものかと――エリシアと二人で話すことになり、エリシアが放つ空気を察してとりあえず数メートル後ろにはいた。

 ルシオはエリシアに謝っていた――エリシアの事が大切じゃないわけじゃないと言い、エリシアは苦笑いを浮かべていた、どう答えればいいのか答えが見つからないという風だった。


 どちらかを選ぶことはできない――どちらも幸せにしたい、どちらも笑顔にしたい。

 若けぇなおい、と素直に思う――そう思ってしまう自分に辟易する。

 三十路を超えたら他人、特に女性に、ガチ恋と、杞憂、心配するのはやめとけって話だ。

 気になっても離れとけ、余計な事はするな、話すな、見るな、聞くなだ。

 イケメンならいいよ、そうじゃないならやめておけ、見合いでもしろって話さ、それが安パイだ。


 二人を見ているといいなと素直に思ってしまう。

 俺がこんな事言おうものならドン引きされて、翌日にはみんなに言いふらされてつるし上げさ。

 青春の十代を惜しいと思い、だからと言って今更昔に戻ったところで結局できることはなにもない。同じ日常を繰り返すだけだ。記憶があっても顔や体質は変わらない。


 ルシオは身勝手だけれど、男なんてみんなこんなもんだよ。

 それからルシオにどうしたらいいですかと俺に聞かれた。

 俺に聞くなよ――エリシアが何も言えないのに、俺が何か言えるわけねーだろ。

 二人で話すんじゃねーのかよ。


 いや、一応言うけどさ。

「貴方が今すべき事は、ケイシーと一緒にいることです。ケイシーもきっと悩んで、傷ついています。貴方が傍にいて支えないで、誰がケイシーを支えるのですか? 今すぐにケイシーの元へ行き、抱きしめて安心させてあげてください。貴方が今できるのはそれだけです」


 そう言った――そう言うとエリシアは少し悲しそうな顔をして、嫌な役回りだなと思ってしまった。ごめんなと心の中で謝っておく。

 今ここでケイシーを疎かにすれば、ケイシーがルシオから離れてしまう。

 俺はケイシーと接点が無い。ケイシーを支えられるのはルシオだけだ。

「エリシアの事は落ち着くまで私が支えます。答えは急がなくても大丈夫です。だから二人とも、焦らず、自分を大切にして、ゆっくり考えて、答えを出していきましょう。ルシオさん、ケイシーの元に戻り、支えてあげてください」

「でも俺は‼」

「その先を、今は言ってはいけません。貴方は今、ケイシーを大事にしなければいけません。それが筋というものでしょう?」

 

 昔おんなじ事を誰かに言った気がする。

 でも結局ダメで、俺の答えが間違えていたのかと悩んだこともあった。

 ニャンコに言われた。

 他人であるあなたの言葉より、貴方より重きを置く人がいる人にとって、貴方の助言なんて紙切れに等しい――善意を押し付けるのはいいけれど、結局傷つくのは貴方よ、と。

 

 その人たちのためになると思っていた――思っていたんだ。

 そんなことは全然なかった。

 俺は自己満足が満たされずに、悲しくなっただけだ。


 お前の事なんか思い出したくねーのによ。

 お前が言うなよ、お前が言うなよ、お前が言うなよ、俺の心を掻きむしってんのはお前だよ。


 ルシオは納得しておらず、エリシアが今日は帰ってといい、ケイシーの元へと帰った。

 翌日朝早くからケイシーがエリシアのところへ来て、泣きながらごめんねと謝り続けた。

 エリシアは良いと言った。

 一人になるのが怖かったと彼女ケイシーは言い、その苦しみも共感してしまう自分がいる。決められるのはエリシアだけだ。

 エリシアはケイシーを抱きしめてケイシーはエリシアに謝り続けた。ケイシーに対して、一緒に来てくれてありがとう、感謝していると、エリシアが元鞘に戻るのは、意外と早いかもしれない。

 ケイシーが去ったあと、人気のないところまで歩くと、エリシアは俺に寄りかかり、本当はどうすればいいのかわからないのと泣きはらして、それで一区切りだった。


 本当は嫌だった、本当はとても苦しかった、どうして裏切ったのと言ってやりたかった、心が傷ついて騒いで、自分でもどう対処すればいいのかわからなくて、ただ苦しくて仕方なくて、泣くことしかできなくて、泣いても悲しくて、それから逃れようともがいて、逃れられなくて泣きはらして、体が疲れるのをひたすらまって、疲れたら眠るだけ。

「そうは思うの、そうは思うけれど、思ったよりも、辛くなくて、不思議なの。ルシオの事も、ケイシーの事も、許してあげられる」

 辛いのに、疲れているのに、悲しいのに、日常はやって来て、しなければならないことを成さなければならない。仕事に学業、と。


 傷だらけになった綿入りのハートを、針で縫うものだからいてぇのなんのって、自分で縫うのだから辛いのなんのって。


 ケイシーの気持ちもわかるとは言わないまでも、想像ができるのだろう、自分がケイシーだったら、恋人たちが関係を持たずとも、二人の様子を見て、対比する自分に、寂しいと思ったり、せつないと思ったりするのだろうと。

 もしケイシーがルシオと関係を持たなかったとしても、寂しさや苦しさが無くなるわけじゃなかったと思う。

 ケイシーは二人を祝福し、その影では、やっぱり寂しさと苦しさを覚える。

 ここにいるのがエリシアではなく、ケイシーであった可能性もある。

 これは俺の妄想だけれど。


 きっと多分、みんないつかは何処かで通る道だ。失恋に似た痛み。

 そうなった時、苦しくなった時、支えてくれる人がいればいいけれど。


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