5
次の日――朝、ベシャメルが呼びに来て一緒に朝食を取った。
エリシアは良く眠れたようだが、精神的なストレスは無くなってはいないだろう。笑顔も何処か寂しげなのは変わらない。
エリシアばかりを優遇してエリーが寂しさを感じないか不安を覚え――エリシアには申し訳ないが少し早めに起きてもらって、一緒にエリーの頬を撫でた。
少し寝ぼけ眼のエリーは、俺とエリシアを見て嬉しそうに微睡む。
手で頬を撫でると、まだ眠っていたいと身をよじり、エリシアが脇に手をいれて、やめてぇと笑い声を浮かべる、それが愛らしい――がトゥーナにふくらはぎを噛まれて悶絶した。
起きたらエリシアが俺の胸に埋もれて眠っていたのを見たトゥーナは顔を引きつらせていた。
「どうしたの? 不細工。不細工が不細工な顔をして。ふふふっ不細工」
って言ったらめちゃくちゃキレられた。
「不細工の不細工‼」
朝食を取っている間も移動の間も俺に齧り付いていて正直痛かった。
今日の朝食は骨付き肉と、豆腐の煮込み、それとなんかの実だ。
骨付き肉は骨の付いた肉で、スペアリブに近い、甘辛いタレが染みていてうまい。思わず口の周りまで舐めてしまう。トゥーナなんて皿まで舐めていた。
棒状の骨に、肉の塊が付いている。
豆腐の煮込みは白い豆腐のようなチーズのような何かの巣を煮込んだもので、中は所々空洞、チーズのような独特の舌ざわりで味が無く、スープにはオレンジ色の油が浮いていた。
スープは少し酸っぱく、酸味が心地良い――一緒に食べず、別々に食べた方がうまい。
最後になんかの実だが、フキノトウみたいな外見に皮をむいて食べるらしく、皮の向き方はイチジクに近い。中から現れたのはピンクの果肉、甘い匂いだ。
口に含むとねっとりとしたバナナみたい。
いちいちうまいなここの飯、しかもおかわり自由だ。
朝は食欲ないほうだったけれど、これはおかわりしてしまう。特に肉。昨日のブルストもいいけれど、俺はこっちの方が好きだ。マスタードがあればもっといいのに。
「気にいっていただけましたか?」
「えぇ、すごくおいしいです。こんな料理、本当に久しぶりで」
「久しぶりなのですか」
まずった――。
「はい、こんなおいしい料理、滅多に食べれません」
「そうですか……これからは、お腹いっぱい食べても大丈夫ですから」
「あんまり甘やかさないでください。ナマケモノになってしまいます」
そう言うとベシャメルは嬉しそうにふふっと笑みを浮かべてくれた。
トゥーナがおかわりの肉をとりに行きたいと俺の手を引っ張る。
「トゥーナ甘えすぎ‼」
エリーがトゥーナに掴みかかり、トゥーナが手を掴み返す。
「甘えてない‼」
「一人で取りにいくべき‼」
「お前には関係ない‼」
「関係ある‼」
「もう、エリー、どうしたの?」
エリシアがエリーを諭すように頭を撫でる。
「だってトゥーナってば全然子供なんだもん‼」
「そうそう、トゥーナはエリーに比べたら、まだまだ子供ね」
そう言うとエリーは嬉しそうにフフンッと鼻を鳴らし、トゥーナはどうでも良さそうな顔をして俺の手を引っ張った。
結局トゥーナは肉を三つもおかわりした。
「今日はどうするのですか?」
食後に少しゆったりとしていたら、ベシャメルがそう聞いてきた。
「今日、銃の講習があるということなので、免許を取ろうと思います」
そう告げるとベシャメルが急に立ち上がり、机を両手でバンッと叩いた。
「なぜですか?」
なんだコイツ急に――顔が怒りに歪んでいる。
「迷宮に挑もうと思っています」
「なぜですか?」
なぜ怒る。
「お金が、必要なので」
「命よりもですか?」
「そんなわけはありません。どうしたのですか?」
「この子もですか?」
「私が拒んでもこの子は勝手についてきますし、私がいなければ授業もサボって逃げます。仕方ありません。大人二人がいれば子供が一人いても良いということなので」
「貴方達も子供です」
「十五歳以上です。この子も十二歳、ルールには反しておりません」
「ですが‼」
そう言うと、ベシャメルは元の無表情に戻り、席に座った。
「すみません、取り乱してしまいました」
「いいえ、心配して怒ってくださったのだと思います。それに、おかしな話ですが、少し、嬉しく思います」
「そうですか。迷宮に挑まれるのですね」
「迷宮は好きではありませんか?」
「……そうですね。差し出がましいですが心配になります。貴方達が怪我をしないか、とても心配になるのです。会って少ししか経っていないと思うでしょう。でも、なぜだか、すごく、心配になるのです」
「いいえ」
やべー奴だな。
あぁ、こいつ、原初の一体かとふとそう思ってしまった。
銀糸竜は母が一体に娘が複数、そして母が死ねば若い娘が新たな母となる。つまり娘の中には母より古い個体が存在することになる。
手が伸びてきて頬に触れた。
「無理をしてほしくないのです」
銀糸竜は過保護すぎた。
人々を守りたいと願うあまり暴走し、自らの体で編んだ繭の中に閉じ込めて眠らせた。
未来永劫このままでいいと――それは間違えだとプレイヤーが挑みぶっ殺した。
銀糸竜は巨大だった。各エリアに分割されて銀糸竜に挑み、スコア(ダメージ)の高いチームが次のエリアへ進み、五人一組チームが十八組に絞られると最終戦へと突入した。
俺達もその中に含まれている――あの戦いで俺何回死んだかわかんねーよ。とにかく死にまくった。まぁ他の奴も死にまくったんだけどさ。
でもその最終戦に挑むことすら名誉な事で、嬉しかったな……あの時。
スコアを稼いだのは守男とDKだけれど。
持つべきものは強い仲間って奴。
銀糸竜の娘も過保護の血を引いているというわけだ。
頬に添えられた手に上から手を添える。
「大丈夫です」
「でも……」
「大丈夫です。命が一番大切なのはわかっていますから」
「そう、ですか……。出過ぎた真似をいたしました」
「いいえ」
「……迷宮産の武器防具は争いの種になります。くれぐれも管理にはご注意ください。何かあれば言ってください。私達は貴方達を全力でサポートいたします」
「ありがとうございます。迷宮産の武器防具の取り扱いも伺っております」
「……それを教えたのは、誰ですか?」
「どうして、ですか?」
「迷宮産の武器防具、装飾品、それに薬剤はとても重宝しますし、他国に横流しすると大金が得られます。情報の出どころを把握したいと存じます」
「ウィル様です。リーヴィスウィル様」
「あの方ですか……」
「他国では重要なのですね」
「我が国では軍事力に関して迷宮産のアイテムは大した意味を持ちません。しかし他国は異なります。聖王国もオーギュスターも、それこそ躍起になってアイテムを集めています」
「貴方達は迷宮には潜らないのですね?」
「……それはどういう意味ですか?」
「この国の機関所属、そのなんといいますか、軍と言いますか、兵といいますか、そう言った方たちは迷宮には潜らないのではないかと思いまして」
「……そうですね。私達は迷宮には潜りません。意味がありませんので。迷宮に入るのはお金を目的とした国民の方々のみになります」
下手な事を聞いた、今ので少しベシャメルの俺への警戒度が少し上がったかもしれない。
「そうなのですね」
銀糸竜の娘という戦力がいるのでわざわざ迷宮産のアイテムをそろえる意味がない。銀糸竜の娘ならば、迷宮の奥まで行けてしまう。そうして発見されたアイテムは混乱しか生まないと、そう言う事なのだろう。
「はい。アイテムも防御系、薬剤系以外は強制的に全て換金されます」
「そうなのですか」
「武器類は強制でも値段が安く設定されておりますので、迷宮で見つけても持ち帰るのはおすすめいたしません。持ち帰るのであれば、換金であれば薬剤系がおすすめです」
「薬剤系、ですか」
「意味のない薬剤もございます。こちらは値段が付かずお土産品などに回されます。毒類は全て没収になります。多少は換金されますが、おすすめはいたしません。状態異常回復系のアイテムは高い利率で買い取りがございますので、持ち帰るのはそう言ったアイテムがよろしいかと存じます。ただ、鑑定は難しいと思いますので、瓶系、そして装飾系を中心に持ち帰るのがよろしいでしょう」
「なるほど、参考になります」
「あとは……そうですね。娯楽品、カードや素材などは需要によって買い取りがありますが、インゴット系の素材は重たいのでよほどの事がなければ、持ち帰るのは推奨いたしません。ただ銀は高値で取引されますので、銀の持ち帰りは推奨いたします」
インゴットは普通に重いのだろう。銀は高いのか。っても銀の見分けなんてつくのかどうか。
「迷宮講習にて、利率の良いアイテムの見分け方も教わると思いますので、ご参考になさってください」
「わかりました」
「ところで……今日も学校をさぼるのですか?」
俺はそこで苦笑いを浮かべた。
「そんなまさか、エリシアとエリーはちゃんと学校に行きますよね」
にっこりと笑みを浮かべてエリシアとエリーに聞くと、エリシアは気まずそうに視線をそらし、はいともいいえともとらない態度を、エリーは満面の笑みで「うん」と言った。
「……仕方のない人ですね。今日の夕食は麻婆豆腐になります。私からもお勧めの一品です」
「マーボー豆腐ですか」
「マーボー豆腐です」
こいつ、今日の夕食もご一緒とか言い出しそうだな。
まぁ、味方になってくれるというのなら歓迎だけれど。
「銃の免許講習は午前九時より行われます。最短でも一週間はかかりますし、筆記試験もあります。試験資料は無料配布のものと有料配布もございます。迷宮講習はオーダーラインにて受けることが可能です。最短でも一週間前後はかかります」
「ベシャメル様」
「はい、なんでしょうか?」
「何から何までありがとうございます。私はベシャメル様に出会えたことを、感謝しています」
「そう言っていただけると幸いです……。私を思うのならば危険な仕事をなさらず、学校へもちゃんと通ってください」
耳がいてぇ。
「お話はこれくらいで、私はそろそろもどります」
「はい」
「ではまた夕食にて」
これやっぱ監視されているよな。