7
次の日、起きたら、羽織と下着が置いてあり、洗ってくれていたのがわかる。
下着を着て、その上から羽織を。
降りたらいつも通りだ――顔を洗い歯を磨き、餅を貰ってモチャモチャと食べる。
トゥーナがぶっ倒れるまで訓練をし、お昼過ぎに獲物が運ばれてくるので、捌く。
大人しく寝てればいいのに、トゥーナは昨日の事を警戒しているのか、ケツに張り付いて離れようとしない。うとうとしているので流体で支えてやる。
今日は……なんだこれ、カタツムリのような殻をかぶったイカみたいな奴を持ってこられた。せめてもっとわかりやすい獲物取って来てくれよ。
「ふふふっ今日も一緒にお料理だー」
テトがそう言って、ツムリイカ、イカツムリ(勝手に名付けた)を差し出して来た。
不満たらたらながら、どう調理するのか吟味する。
生で食べないほうが良いだろうし――触手を伸ばしてきて、俺に調理されるのに抵抗してくる。絞めてからだろうなと、テトにお湯を作ってもらい、放り込んで茹でていく。
茹で終えたら、この殻どうすんの……まさか食べられるわけないよな。
殻は案外脆く、バリバリと取れる――中には渦巻き状の内臓と、黄色い卵状の物がびっしりと付いているのが見えた。見ていて気持ちのいいものではない。
一応殻を食べてみる――なんだろ、味は渋く、ラムネを齧った時のような触感だ。
口の中が渋くなるから、食べるのには向いていない。
これどうすんの、ていうかこれ、食えんのとテトを見ると、テトは不思議そうな顔をしていた。
「これ、食えんの?」
そう聞くと。
「食べれなかったら持ってこないよー。変なタチアナっふふふっ」
と返された。
俺は構造を把握するのが好きだから捌くのは構わないけれど。
不意に――テーブルが消えた。
視界の中で、スウの足が真上を向いていた――回転しながら飛び上がる机と、皿と、上空に舞い上がった料理、エルフ達の体はふわりと浮き、みな木の上に、落ちて来ないのは――視界の中のラファ、そのエナ。
ラファがスウを睨みつけ、スウが引きずって持ってきたのは――怒っているのかとスウの表情を見ると、別に怒ってはいないようだった。
なぜ机を蹴ったのかは謎だが、スウは俺の目の前にそれを投げ放った。
数は2、人、軽装、金属音、ナイフの、その他、散らばる。
「近くにいた」
スウは短くそう言った。
「そう……」
言葉を選んでしまった――何を言ったらダメなのか、考えてしまった。
何時――スウもそうだが、ダークエルフは神出鬼没だ。
何時、人間を狩った。
「殺したの?」
テトがスウの傍に、目を見開いて――スウは静かにテトの目を見ていた。
「あぁ」
「そう……苦しまないようにしてあげた?」
「あぁ」
テトが俺に向き直り、俺に対して頭を下げて来た――俺は問題ないことを手と口頭で伝えた。
「トゥーナ、向こうに行ってな」
「やだ」
あぁもう、あぁあぁ、まぁいいや。
一悶着あるかもな、茹でて手に持っていたイカツムリの足を切り、トゥーナに渡すと、トゥーナをそれらを器用に口に咥えてしゃぶりだした。
くちゃくちゃ音がして緊張感が無い、まぁいいや。
この足切ったイカツムリ、捨てたら、怒るよな、やっぱ、命の無駄とか言って、怒るよな。
俺は無言でスウに近づき、イカツムリの頭付き胴体を手渡した。
スウは頭に疑問を浮かべ、イカツムリを見てから、俺を見た。
またイカツムリを見て、俺を見て、イカツムリを返して来たので、俺は笑顔で手を引っ込めた。
「は?」
屈んで手を――一人の口元に当てると、息はなかった。
手を合わせたいところだけれど、この世界にはこの世界の風習、死生観があり、いただきます、や、手を合わせる行為が正しいとは限らない。
コイツらは俺を追ってきた――直接的に手を下したのはスウだが、間接的に殺したのは俺だ。
コイツら暗殺奴隷が俺を追ってきたのは明白だ――何度も思い浮かんだのはどうやって追って来ているのかという事。
それさえわかれば、この人たちが、俺を理由に死ぬのを防げるかもしれない。
奴隷というものに、興味がある――どうやって奴隷にしているのか、という話だ。
「おい」
彼らに足枷などは見当たらない、どうにかして命令を聞かせているはずなのだ。
それは自身の生命か、それとも人質という形か――。
仕組みがわからなければ対策のしようが無い――俺はここにいるべきではないのだが、どうやってラファを納得せるか。
「ありがとうテト」
「おい、無視するな」
優しい奴だ。
これ幸いと手を広げ、テトを抱きしめる。
「なんなんだコイツは、ラファ」
「やめろ近づくな」
「は!?」
柔らかい、温かい、血の流れを感じる、心地よい。
「うぅ‼」
腹をトゥーナにつねられて、素に戻りテトから離れた。
テトの手がまだ抱擁の形を保っている、目は真っすぐに俺を見ていた。
もう少し抱きしめたいが、トゥーナのクソがクソすぎて、クソ。
暗殺者の死体を見て、ホムンクルスを思い起こす。
「クソッ」
「食べればいいだろ」
「クソう‼ これをか!? ラファ、お前も食べろ‼」
「断る」
「クソ‼」
「そこうるさいよ」
考え事しているのだから静かにしてくれよ。
「お前のせいだろ!?」
俺を追えるのは何か道具を使っているからかと、荷物を漁るが、特に目立った物はない。
簡単な食料と、飲み物、毒と思われる瓶が数点――まさか指輪に発信機が付いているわけでもあるまいにと、リリアーヌに貰った指輪はクトゥーナの親指に納まっている。
森を人海戦術するにしては規模が大きすぎる。
それほどまでにリリアーヌの血筋というのは問題なのか。
どうあっても俺をどうにかしたいようだ。
非人道的だが、医学の発展にはこのようなやり取りが少なからずあったと言い訳しながら、死体を譲ってもらい、俺から離れるのを嫌がるクトゥーナをテトに拘束してもらい遠ざけて、死体を調べた。
「来たのか」
背後に来たラファにそう告げる。
「あぁ、スウを怨むなよ。残酷な奴だと思うなよ」
俺は少し鼻で笑ってしまった。
「そんな風には思わない。仲間を連れて来たのだろうと攻撃されるかと思ったけれど、攻撃されなくてよかった」
「……そう」
「少し手伝ってくれ」
死体をエーテルで覆い触感で調べる――口の中から侵入させて、体の隅々に行きわたらせる。
暗殺者、男、痩せ気味、筋肉、程よくあり、身長はあまり高くない、手の指、薬指より人差し指が長い、爪、表面に欠け多数、爪の間に白と黄色の垢あり。
針状の武器を携帯していることに気づき取り出す――長さ二十センチほどの鋭い金属製の針、裏ポケット、隠すように複数の瓶を発見。
瓶の中身はおそらく毒――否、先に見つけた鞄の中身が毒で、こちらは解毒薬と見るべきだろうか、逆かもしれないし、どちらも毒なのかもしれない。
針に塗り、対象に刺す――針はゲーム時でも存在した。
髪、白が混ざる茶色、洗っていないのか、硬くべたつきあり、顔表面に汚れとべたつきあり、眉毛、一部の毛が長い、瞳、白目が赤い、白く膜のかかった部分あり、鼻、高く、鼻毛の一部が飛び出している、唇、所々に裂傷あり、口内、ねばつきあり、歯の表面に黄色と茶色の塊あり、歯茎の間に塊あり、口臭、それなり。
衛生面にかなりの難があるのがうかがえる。
左頬に数字あり、数字の番号は65903、首元に数字あり、011。
――心臓付近に動く反応あり、暴れるので流体で包み込む。
ナイフを取り出し。
「何に使う?」
「この辺りに傷を作り、内部から生物を取り出したい」
そう告げるとラファは男の傍により、胸に人差し指を立てて線を引いた。
それだけで胸元がぱっくりと割れ、俺は思わず顔を背けそうになり、耐える代わりに目を細めてしまった。
なんとか顔を背けるのは抑えられたが、引っ張りだした流体が取り出したのは、心臓に巻き付く蛇とナメクジを合体させたような奇妙な生き物だった。
「これが……ホムンクルス」
にゅるにゅると忙しなく動いている。
触覚だろうか、それを俺に向けた、俺を認識しているのだろうか、外を認識しているのだろうか、それとも生物を認識しているのだろうか。
「ホムンクルス?」
「人が魔力を使うのに、こいつらが必要なんだ」
「なるほど、エーテル受容体か」
「受容体というよりは、変換部位だな。人はヌースを保有できるけれど、変換する術を持たないと推測している。人はヌースを所有できるが、ヌースを扱うことはできない。ホムンクルスを使い、ヌースをエナ、又はエーテルに変換している、と思う」
「お前もホムンクルスを持っているのか?」
一瞬話すかどうか躊躇ってしまったが、言っても戦術的には問題ない、かな。
「俺にも一応ホムンクルスは三体いる。今は行方不明だが。……俺は、俺たちは魔術を使うのに、ホムンクルスを必要としない。代わりに宿星がいる。宿星が魔力を魔術に変換し、構築する。というよりは、宿星が俺たちの魔力を使って魔術を構築すると言った方が正しいのかもしれない」
「なるほど。お前たちがどうやって作られたのか、理解した」
ホムンクルスの話をしていたら、いつの間にか学術的な話になっていた。
「その辺は作った奴に聞かないとなんとも言えないな」
「先の大戦はまた激しかった」
「エルフは助けてくれなかったっけ」
「助ける義理がない」
「巨人は助けてくれたのにな」
「そのせいで巨人は数が減った」
「まぁ、裏切ったから殺しちまったんだけどな」
「絶滅はしてない、自業自得だ」
「天使をクソだって言ったら怒る?」
「……少し」
「天使はクソだ」
「くっ」
ラファが俺を睨んだ――全然少しじゃねーじゃねーか。
「お前は嫌な奴だ」
「改めて言わなくても俺は嫌な奴だよ」