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せっかくなのでエルフの里を見て回った――端的に言って、エルフの里は何の面白みもなかった。
エルフの里にはエルフとダークエルフが共に暮らしている。
しかし感情豊かなダークエルフと違い、エルフの感情は乏しいように思えた。
――話しかけてもこちらを見て、佇むだけ。
首を傾げるような動作、こちらを見て、目を見て、何もせず、注意を向けてくるだけ。
ダークエルフは皆可愛らしい少女の容姿をしているのに対して、エルフは身長が高く、目も切れ長でまつ毛も長い。ダークエルフのまつ毛は長いというよりは、ボリュームがある。
ほとんどのエルフが薄緑色の髪、肌はほんのり肌色で、ほんのりと水色の瞳、頬がリンゴのように真っ赤だ。
一言で言ってしまえば美人で美丈夫で、それでいてわずかに幼い。
ふとにっこりと笑み、その姿はまるで愛らしい少女ようで、中性的で、一見では男女の違いを判別できない。
エルフの耳は別に長くはないし、尖ってもいないけれど、一目見れば、独特の髪色と瞳、容姿からエルフと判別できなくもない。
淡々としているが、エルフは触れても嫌がらない。
排他的というよりは抑揚がない。
屈んでいる時に、髪を撫でると気持ちよさそうにし、身を預けてもくる。
座っていると人懐っこく隣に座って体を預けてくる。
まるで無口で悪戯心の無い猫のよう。
まるで無邪気を体現した猫のよう。
体が冷たいので俺に触れると熱が伝わっていく、それを好ましく思うようだ。
神秘的、ミステリアス、無口で、愛らしい。
なんで同じ意味を二回言ったんだって、困惑だわ、言葉のバリエーションが足りない、基本的にアホだからだ。
もっと面白いセリフを、オモシロ楽しく言えたらいいのにって昔は思っていた。
でも今は無口こそが正義だ。
タバコ吸いたい、タバコ吸っている間だけは、無口こそ正義だ。
体に悪いって、ほっとけって話さ。
そんなに長生きしたいわけじゃない。
俺はタバコを吸っていなかったけれど。
この皮肉、誰か笑ってくれるだろうか。
誰かコーヒー持って来てくれないかな。
コーヒーを飲んでいる間は無口こそ正義だ。
クトゥーナはエルフに触られるのを嫌がるので、エルフはクトゥーナに近づこうとはしなかった。
エルフもダークエルフも色合いからまるで生きた宝石のようにも見える。
ナチュラルな人間が原石だと言うのなら、彼らはカットされ磨かれた宝石だ。
作られた、ともとれるし、いじられた、ともとれる。
家は木の上にあり、エルフやダークエルフの身体能力は高く、飛び移れるので家と家の間に橋などは一切ない。
どうやって上に上がるかって、登り木と呼ばれる複数の枝を使い飛び移りながら登る。
登り木は表面が滑らかで使い込まれているとわかる。
家も木の洞の中と言った感じで、トイレも無く、まさに寝るだけの部屋だった。
家具や本があるわけではなく、そこかしこにくり抜かれた台座があり、土と植物が植えられて良い匂いがした。
彼らは基本的に下着を付けない。
上に羽織るのは、皆同じような布の羽織で、白い包帯のような布を巻いて胸や恥部を隠すのが正装らしいが、面倒なのか羽織しか着ていない。
夜寝る時その恰好で寝て、起きて着替えるのが面倒だからそのままと言った感じだ。
湯に浸かる風習はなく、ダークエルフはエルフの体に水をかけ手で汚れを落とし、火で乾かすのでその間全裸だ。
整った肢体が露わになるが、エルフが気にする様子はない。
エルフとダークエルフを俺が観察しているように、向こうも俺の様子を観察していた。
スウは俺が里を見て回るのに危機感を持っているようだが、ラファはむしろ見て回ってほしいようで、テトにいたっては嬉しそうにしていた。
班があるらしくダークエルフが一人班長となり、5,6人のエルフが班員として組まれていた。
仕事は班ごとの交代制で、洗濯や縫物をする班が一つ。
部屋などの掃除や植物の世話などをする班が一つ。
食事を作る班が一つ、最後に医療班だ。
四つの班が仕事をこなし、交代制で、他の班は休みとなるようだ。
洗濯や水浴びは里の中を流れる小川で行われ、夜、寝る前、小川で軽く体を洗った。
なんだかどっと精神が疲れていて、石鹸を使うのが面倒になり、小川を掘って深くしている部分にドボンと飛び込んで潜り、終えた。
別にこの体を見られても俺は構わない。
元の体とは違うからだ。
そうして出てくると、エルフの一人が持ってきたエルフの正装を渡されたが、布を巻くのが面倒だったのでパンツなどの下着は――と思ったら回収されてしまった。
仕方ないので羽織だけ着た。
羽織を着ると医療班のエルフが来て、ぎゅっと抱きしめられた。
温かくて妙に心地よく、どうやら癒しの効果を与えてくれたらしいのだが、トゥーナがキレて中断された。
まぁ俺も、女性ならともかく野郎に抱きしめられて喜ぶ趣味はなかった。
次の日――起きたらテーブルの上に宝石が転がっていた。
ケツにへばりついたトゥーナの事はほっとく。
何を言っているのかわからねーと思うが、宝石がこれ見よがしにおいてあった。
これはなんですか……宝石を一つ手に取って眺める。
俺に宝石を鑑定することはできない――緑色と黒色が多い、翡翠っぽい、エメラルドかもしらん。
削られて磨かれてはいるが、研磨技術がそれほど高くないのは俺でも見てわかる。
これをもって逃げろってことなのだろうか――俺は一体なんなの。
前の世界はもとより、この世界でこんな物持っていたらカモネギなんだよなー。
捌くルートもないし、商人は稼げるなら次を考えてこちらに融通すると思われがちだが、そんな確証もない取引をするような商人はそういない。
鑑定スキルなんてないし、否、持っている奴はいるかもしれないけれど、街商人は通常信用できる相手からしか買い取りはしない。
相場もあるし、商業組合のようなものもあるので売価を偽る事は少ないが、高く買い取ることもない。
行商人は基本一期一会なので足元を見るし騙すし詐欺る、顔見知りでもなければ正規価はまず無理だ
俺のようなコネも後ろ盾もない奴がこんな宝石なんて持っていたら殺して奪ってくれと言っているようなものだ。
つうか見知らぬ商人にわざわざ話かけるなんて高等技術俺ができるわけないだろ。
できたら陰キャじゃねーんだよ。
とにわかが申しております、実際は知らね、だって俺、商人じゃないもん。
これが宝石かどうかすら判断できないし、ただの緑のガラスかもしれない。
ガラスでも価値はあるかもしれないけれど。
ゲーム時には鑑定する奴はいた――いたよ、人ではなかったかもしれないけれど、否、あるいは彼らからしてみれば、己は人で、人が他者が人であることを拒んでいるのかもしれない。
宝石を置いて外へ、開け放たれた入り口より外を見回す。
ダークエルフの姿は無かった。
俺が宝石もって逃げるとでも思っているのだとしたら俺はどうすればいいのか困惑してしまう。
否、逆に考えて、宝石だうぇーいと言ってエルフさいこーと叫びながら宝石をもって街まで換金しにいくべきなのかもしれない。
そうすればみんなハッピーってわけさ。
やべぇ、そうしたくなってきた。
中に戻り、ケツにへばりついたトゥーナに辟易する。
最近夜は俺に抱き着いたままずっと動かない、マジで動かない。
俺も動けなくてマジで何もできない、だからずっと考えごとをしている。
トゥーナは目を閉じ、胸の間に耳を当て、心音を聞いているような、目を閉じて、眠っているかのような、声をかけると。
「Aさんは幼いころから親元を離れ、立派に働いて家庭を持ち、沢山の子供を持ち幸せに生きて子供や孫に見送られて亡くなりました」
「うん?」
ちゃんと聞いている。緩んだ表情で見上げてきて、トゥーナの息遣いを感じる。
「Bさんは親元を離れず、ずっと親元で過ごし、やがて親も亡くなり、自身も一人で亡くなりました」
「うん」
もどかしいと、もっと合わさりたいと願うかのように、身じろぎ、密着して。
「この話で俺が何を言いたいか、わかる?」
「C子は親元を離れず、立派に働いて親と一緒に末永く幸せに暮らしました」
「勝手に話を作るな」
「C子は親元を離れず、親の世話をしながら末永く幸せに暮らしました」
「C子は親元を離れ、よそで旦那を貰って幸せに暮らしましたとさ」
この世界での生き方は、元の世界の生き方とは違う。
幸せの形は人それぞれだと俺も思うよ。
「よそって何処?」
「しらねぇよ」
「旦那ってだれ?」
「しらねーよ」
「……ママだもん」
「誰が?」
「ん」
俺か。
「ママじゃねぇ」
「ママだもん……離れないもん」
「ママじゃねーつってんだろ」
「家族だもん‼」
「ママじゃねぇ」
「じゃあ……お姉ちゃん」
「離れろ」
「やだぁああああ‼」
「はーなーれーろー」
「やぁあああだぁあああ‼」
「噛みつくんじゃねぇよ、殺すぞ」
無理やり引きはがそうとすると。
「はー‼ ぬぁー‼ れぇー‼ ぬぁー‼ いぃー‼」
全力で抗ってくる。
「一人で寝なさい」
「一人で寝ない」
「お前の事嫌いになりそう」
「大好きだもん」
「お前の中ではそうなんだろうな」
「お前なんてそんなの知らない、別の人」
「お前だよお前」
「お前なんて知らない、別の人。お姉ちゃんは意地悪、トゥーナはタチアナと家族、絶対離れない。離れたら約束破り、タチアナは悪者、意地悪だけどさらに悪者」
「悪党だからお前見捨てて逃げるわ」
「三倍悪者‼ 四倍意地悪‼」
結局コイツは俺の胸に顔を埋め続けた。
「家族は離れちゃダメなんだもん。トゥーナとタチアナは家族だもん。タチアナが良いって言っても、トゥーナは良くないって言うもん。だから良くないんだもん」
良く喋りやがる。めんどくせぇな。でも意地悪するの楽しいな。
「えーそんなの知らないなぁ」
気が付いた時にはこうして二人で一緒にいた。あの教会からずっとそうだ。
エルフの家の床は木で何も敷いていないから硬い――普通に座っているとケツが痛くなってくる。
ラファは器用に魔力を使って宙に浮き、横になっていた。
真似をして流体でベッドをこしらえる。
部屋の中では植えられた植物のいつかが光、青や赤、黄色などの薄っすらとした明かりを灯し、窓に添えられた植物の周りには、肉食で小型の蛾が巣を、部屋に侵入しようとする虫を捕らえ食べてしまう。
寝転がりながら蛾を捕らえる。
肉食の蛾っているんだなって話だ。
口がストロー状ではなく、上下に分かれておりケチン質らしき顎がある。
捕らえてみたが、仲間意識を持つほど知性は無い、しかし体液には仲間を呼び寄せる効果があり、仲間の体液を浴びた者を強力に襲う習性を持っているようだ。
顎はケチン質で硬いが、お腹は柔らかい、腹の先端が八つに分かれており、吸盤状になっている。
大きさは人差し指の一節ぐらいだ。
植物の中でもチューリップを逆さ状にした植物を好み、卵を産みつける。
成虫は葉の裏などに腹の先端を付け、逆さになって休むようだ。
排泄肛から空気圧を調節してくっついているようだ。
ケチン質は硬いが指を食いちぎられるほどじゃない……しかし妙な病原菌を持っていないとも限らないのでトゥーナには近づけたくないな。ちょっと過保護すぎるかな。
石鹸の匂い――マロとカオスを召喚し、マロ枕に頭を乗せると、顔にカオスがのしかかって来た。これはこれでありだなと思ったのだが、成長痛だろう足が痛いというトゥーナの足を一晩中さすり続けなければならなかった。
一人暮らしは切羽詰まってするものだ。でも――。
コイツが死ぬところを想像し、看取りたくないと思う。
これが全てで、これが全部だ。
トゥーナは子供だから気にしなかったけれど、寝顔を他人に見られるのは好きじゃない。
スウは俺を信用していないのだろう、家の中には来なかった。