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 書き直すかもしれません。ちょっと変かなと思います。

 森の中を駆ける――めんどくせぇなと思いながらも余裕があるのは、対処の仕方をわかっているからだ。

 遅れてクトゥーナと囲むように数人の人影――もうすぐグラーヴェル聖王国の国境を超える。

「ライトニング「タッチ」ストレート」

 轟く刹那の稲妻を手の平に展開した稲妻で反らす――空気を裂き、轟音を立てる稲妻が掌に着弾し振って消す。


 対人でもっとも厄介なのは天属性魔術だ――天属性魔術には雷光や稲妻などを発する魔術があり、そのほとんどが呪文名を叫んだ瞬間命中するほどに早い。

 しかも付属効果として麻痺などもある。

 魔術の初歩にタッチと名の付く術がある――フレイムタッチ、アイスタッチ、ウォータータッチ、ウィンドタッチ、ダークネスタッチ、サンダータッチ、掌に展開することで、対応した攻撃魔術をいなし防御する。


 魔術は魔力量によって威力が変わり、発動から徐々に威力は減算、標的にたどりつくまでに元の威力の約80~95%と計算される。

 ライトニング系、稲妻系はこの減算値が低い――発動から着弾までほぼ0秒。

 物理現象へ変換する際に若干の魔力ロスがあり、空気中を飛翔している間は空気抵抗などで威力が削がれる設定はあった。

 稲妻系は見てから余裕でかわせない、見えた時には着弾しているからだ。

 着弾した後まである。

 タッチ系魔術でそれら魔術を完全ノーダメージで防ぐ場合、相手の込めた魔力量より誤差20%が要求される。


 100の魔力が込められた魔術を防御するには、80以上の魔力を込めた魔術でなければ、ダメージを負ってしまう。

 装備でもある程度防げるとはいえ、その調節は非常に難しく、発動から着弾までほぼ0秒、こんな理不尽なクソ魔術はそうそうない。

 敵対する者がラって言ったらすぐにサンダータッチを発動する。

 ライトニングストレートとサンダータッチは文字数の差で勝つので後発でもライトニングの間にサの言葉を差し入れればなんとか間に合う。

 とりあえず、サンダータッチを発動しとけば後はなんとかなるので、タッチと言うだけでサンダータッチを発動する短縮処理などは有効だ。

 唯一の救いはライトニングストレートが、サンダータッチにある程度引き寄せられる事。

 ホムンクルスを使用した無詠唱になるともうプレイヤーには無理なので、自分のホムンクルスを信じて丸投げするしかない。

 最悪ゾンビ戦法で、食らうことを前提に回復魔術を常に発動して戦う戦法まであった。

 雷神槍という魔術があり、雷を纏った槍を投げ、刺さった槍を避雷針替わりに防ぐ方法もある。

 しかしこの戦法だと雷神槍の傍を離れらないというデメリットもある。

 投げるためには右の武器を離す必要があり、また雷神槍を持ったまま雷を受けるとダメージを負う。


 PvPを初め、敵対する者と戦う際、天属性魔術は要注意事項だ。

 ニャンコなんかは天属性稲妻系魔術を得意としていて、俺は訓練と称されてさんざん撃たれたものだ。

 二極の一部はこれに対応できない。

 一極のプレイヤーは多かれ少なかれ、天属性熟練度は160%以上必須と言われている。

 絶縁すればいいって思うじゃん、空気を裂けるほどのエネルギーがぶつかったら例え通電しなくともダメージが入るってクソみたいな設定がある。


 この世界に来て初めて繰り出された稲妻系理不尽魔術を防げたことにびっくりしていた。

 マロがある程度補助してくれているのはわかるけれど。

「聞けよ。もうやめとけ、次は殺す。これは最後の警告だ。できれば俺は人を殺したくない」

 と言ったところで無理なのはわかっている――やめろって言ってやめるなら最初から殺しになんか来ない。


 空から人が降ってきて、剣を振り下ろしてきた――剣を向けられる感覚。


 ただ剣が上段より振り下ろされて、これが頭をかち割ったら死ぬ。

 人が死ぬのって案外こんなものなのかもしれない、殺意が無くとも人は死ぬ、殺意ってなに、そんなもの存在するのか疑問に思えてきた。


 振り下ろした剣をかわすと、かわす方向を予測していただろう者が、剣を水平にして突き入れてくる。

 迫りくる剣をのけぞってかわし、辺りから剣を俺に突き刺そうと一斉に迫ってきた――確実に人を殺す連携、見事とも綺麗ともとれる。

「クトゥーナ‼」

 全身を突き刺されて死ぬわけだ。

 クトゥーナの頭を押さえて地面に伏せる。

「岩返し‼」

 壁属性魔術、岩返しを発動――地面から畳をひっくり返すように岩がひっくり返る。


 四方に隆起した岩、クトゥーナを抱え岩に手と足をかけて上り、囲んだ人々の上を飛び、駆ける。

 背後からさらに剣を突き入れようと第二派がやってくる。


 そんなに殺したいのかよ、俺、これ、どうすればいい、これでも不殺の方がいいのか、殺さない方がいいのか。

「うううあぁあ‼」

 飛びかかろうともがくクトゥーナを掴む。

「こらっ。何をしようとしている」

「止めささないと‼」

 俺はクトゥーナを羽交い絞めにしながら足を動かす――重心がずれるだろ、暴れるなよ。

「った‼」

「お前はそんな事しなくていい、そんな事をするためにお前を鍛えているわけじゃない」

「でも‼」

「デモもストもなしだ」


 天属性魔術を使ってくる男――すかした金髪メガネやろーだ。

 俺に魔術を防がれて焦っているようだった。

 知的な顔が歪んでるぞ、マジ笑える。


 現れた人影、俺はクトゥーナを横へ投げ――そのまま左の腕で突き出されたナイフを反らし、鞄に手をかけ体を回転させ、自分の背中で相手の背中を押す――男は俺を追いかけていた奴らに突っ込んで。

「ちっ」

 飛び離れた男は舌打ちし退り、森の中へ――一瞬の出来事だ。

 暗殺者――ついでに奪った荷物の中身を見て、食べられなさそうだと捨てた。


 すげぇなと素直に関心してしまった――即去り辺りがマジでプロの暗殺者っぽい。

 何処にいたんだよ、木の影だろうか。

 門で一度襲撃を見ていなかったら、対処できなかったかもしれない。


 どうする、逃がすか、即去りしたのは機会を伺うためだ――俺が生きている限り俺を殺しに来る。

 俺だけならばいいが、なぁ、これだけ考えても殺してはダメか、今は俺だけを標的にしている、それは暗殺者のプライドのようなものではないか、でも俺を殺せないと知ったら次はどうなる、俺ならどうする、もちろんクトゥーナを狙うだろうな、大義名分は十分じゃないか、これでも人を殺すなというのか、これでもダメなのか、これでも倫理を問うのか。


 教えてくれよ、なぁ――答えてくれる者などおりはしない。

 全部自己責任でやってねと神の啓示を受けるだけだ。

 俺は瞬膜を展開――サーモで辺りを見回し、魔力を波のように広げてテリトリーを形成、魔力を流体へ変換して辺り一面の人々を足止めする。

「動けない……なんだこれは。貴様‼ 何をした!?」

「うるせぇメガネ死ね‼」

「ライトニング――「岩返し」ストレート」

 隆起した岩で雷の進行方向を塞ぐ。

「なぜ防げるんだ‼ 僕の魔術だぞ‼」


 人ってさ、たぶん、気づかないうちに、死んでいる時ってあるよ。

 それは幸せなんじゃないだろうか――逃げた暗殺者をテリトリーが補足、流体を形成、包み込み……圧殺、というわけにはいかないよな。

 流体で足を掴んだ――流体で完全に人々を包み込む。

 この中で動けるのは俺だけだ。

 最初からこうすれば良かったんだ。


 ヘルベロスの時も、これを素早く正確に展開できていれば問題なかった。


 これから先、狙われ続けるのだろうか――そうしたら、どうしようか、信頼できる人なんていない、ここまでしておいて、何処かに放置するのか、無理やり大人まで育てて、放逐するか、大人になったらあとは自己責任だよな。


 そう考えながらクトゥーナを見ると、クトゥーナを唸る犬のような顔で俺を見上げていた。

「なにその顔」

「今絶対意地悪な事考えてたでしょ!?」


 傍にいさせてくださいと言っていた頃よりはこっちの方がマシか、まぁ俺は大人しい奴に意地悪する方が好きだが。

 勘違いしないでほしい、愛のある意地悪をするってことだぜ、苦痛を与えるとかそういう事ではない。

 嫌がらせをされたのに、嬉しいと思ってしまうのを悟られるのが嫌だから、顔を強張らせて反抗するって顔が好きなんだよ。ロリコンの鏡だろ、いや、別にショタでもいいけど。

 俺はクトゥーナの頬に手の甲を軽く押し付けて、すりすりした。


 嫌がるかなと思ったけれど、クトゥーナは嫌がらなかった。

「かわいげなーい」

 そう言ったら手に噛みつかれた。


 動けなくした兵士たちの荷物からめぼしい物を奪う。

 殺しに来たんだ、これぐらいは大目に見て欲しいよ、誰に言い訳しているのだろう。

 女性もいたので胸を揉んでおいた。

 胸を揉んだのってはじめかもしれない――揉むより、手の甲で押した方が俺的には好みかな。

 柔らかさよりも温かさが心地よい。

 異性に触れているというシチュエーションに興奮するかも。

 腰とお腹も掴んでおいた。

「屈辱だ‼ この犯罪者め‼」

 いいっすね、腰を両手で摘まむの、なんかいっすわ。

「何してるの?」

 クトゥーナにそう聞かれて、何て言おうか迷ってしまった。

「セクハラ」


 屈辱で顔を赤らめて恥ずかしがるってアニメや漫画の描写であるけれど、そんなことは無かった。

 怒りの形相でペッと唾を吐かれて、でも唾は流体に阻止されていた。

「貴様何をしたんだ!?」

 すかした男が口うるさくしてきたので黙らせる。

「サイレント――」

 指を鳴らすとカオスが察して呪文詠唱妨害冥属性魔術のサイレントボイスを発してくれた。この魔術、円状に対象に向かって着弾するのだが、着弾するまでおよそ三秒のタイムロスがある。

 その間に破壊魔術を唱えられると壊れてしまう。

 三十秒ほど呪文詠唱を妨害できるけれど、着弾しても気合というイグニッションで簡単に壊されてしまう。

 事前に唱えて応戦しつつ着弾させ、一回だけ呪文を防ぐのには有効だし、連発すると地味に相手をイライラさせられる。

 ファンメが止まらなくなる。

 ファンから来るメールだ。

 この世のありとあらゆる罵詈雑言をお前のために書いておいた。

 欲しいならくれてやる――っていうのがファンメ。


 やっぱり流体の長時間の維持は難しい。

 流体の中を歩くのはまるで水の中を歩いている気分だ。

 人間の足止めをしつつ、クトゥーナと俺の動きを阻害しないよう流体を動かし制御している。

 人間が動けない硬さ、潰れない硬さ、クトゥーナが動ける柔らかさ、俺の動きを阻害しない柔らかさ、この四つだけでもだいぶ精神がすり減る。

 一定空間を流体で満たし、中にいる者の動きを制限する。

 この中なら俺は泳ぐことすら可能だろうが、微細な管理がやはり……。

 人相手に使うのは難だ。

 男が何か叫んでいるので指を鳴らしてサイレントを解くと。

「ぼくは選ばれた人間だぞ‼」

 そう叫んでうわっと思ってしまった。

 俺も昔はそう思ってたわ。

 伝説の剣が抜けるかもしれないと思ってたわ。

 高校に入ったら女の子にモテモテだと思ってたわ。

 今抜いてるのは……おっと親父ギャグ言いそうになったわ。


 冥属性魔術を使おうとして少し懐かしいと笑ってしまった。

 冥属性魔術と天属性魔術は、他の四属性魔術と違い、ある制約がある。

 カルマ値と呼ばれるものが付随しており、天属性ならプラス方向に、冥属性ならマイナス方向に傾くほど威力が上昇する。

 細かく言えば陽質と陰質という数値が設定されており、善行を行えば陽質が上昇し、悪行を重ねると陰質が上昇する。

 性質が陰質に傾いた時、カルマ値が現れ1~10で判断される。

 この性質により天属性と冥属性を同時に極めても片方はゴミクズだ。

 正直何の制約もない他の四属性を使った方が良いし、焦属性なんて単純火力トップだ。

 強くなりたいなら焦属性一点突破でもだいぶ強い。

 流属性だと攻撃できないというわけではないし、漂属性でも攻撃魔術はある。

 壁属性は多彩だし便利だし人気だ。


 冥属性は良心の呵責を起こすので一部にしか人気がない。

 冥属性で強い奴はどいつもこいつも似たり寄ったりというわけだ。

「テンタクルフラウ……」

 ぼそりと呟くと、突如として現れた無数の触手、イカなのかタコなのか判別できない触手が現れ、人々をさらっていく。

 太くて柔らかくて、うねうねしていて灰色の触手が人々を掴み取ると攫って行った。


 俺にはかなりのカルマ値が溜まっているようだ。

 今現在カルマ値があるかどうかなんてわかりはしないけれど、まぁそりゃ、ガキぼこったり、ウソついたりしてりゃカルマ値も溜まるだろうな。

 正直俺には冥属性が良く似合っていると思う。

 俺が思うだけで、天属性の方が気は楽だとは思うけれど。

 心の傷が深いほどにその深淵は深く濃くなるというフレーズが今思い出しても中二でくすぐられる。

 冥属性魔術は、伝説の生き物を形作るという変わった魔術だ。

 現在のカルマ値は6ぐらいだろうか。

 カルマ値は7~8で制御するのが良い。

 9になったら一気に10になる。

 10の方がいいと思うかもしれないが、例えば先ほどのテンタクルフラウ、直訳すると触手夫人でカルマ値により触手の本数が増える。

 10になったら夫人本体が出てくるというわけだ。

 そうしたら俺も触手に掴まれる。

 威力は高いが、俺もビタンビタンされる。


 カルマ値の設定が生きているとしたら、俺の天属性魔術の威力はお察しになる。

 それでも天属性はソロ必須なので取らないわけにはいかない。

 天属性魔術は理不尽すぎるし、防ぐのにどうしても天属性をある程度持っていなければいけない。

 ライトニングストレートなら一本の雷線なのでタッチでまだ対応できるけれど、雷を蛇にして地面を流す蛇雷ジャライや辺り一面に雷を落とす魔術はどうしたって無理だ。

 壁属性ならワンチャンあるけれど、貫通効果で受けるダメージが天属性の比じゃない。

 壁属性は見てから防ぐのに特化していると俺は思うよ。


 残った物資を漁り、食べれそうなもの、使えそうなものを集めて、あいつらから奪ったバッグにそのまま詰めるとクトゥーナに持たせた。

 ちょっとつまみ食いする。

 俺は食事を取らなくとも大丈夫だが、クトゥーナはそういうわけにはいかないだろう。


 森に入ってからもう一週間も経っていた。

 少し休憩する。

 水場を探して歩き、深い森の中は、苔むしていて水場も豊富にあった。

 明るいうちは緑が一面にあり、風も気持ちいいが夜は真っ暗でほとんど何も見えない。

 俺はサーモや夜目が利くからあんまり関係ないけれど。

 水場で手を洗い、倒れた木の上に座って休憩する――股の間にクトゥーナがちょこんと座ってきて――森に入ってからにこにこにこにこしてんなコイツとクトゥーナを見て思った。


 苔がふかふかしていて柔らかい――よく見ると苔だけではなく、無数の小さな生き物が沢山いる。

 キノコとか見つけて裏面を見ると、びっしりと小さな虫がいてびくっとしてしまった。

 これを水につけて放逐すると、なかからまたいっぱいの虫が出てくる。

 一度田舎からシイタケが送られてきて、放置してたら夜中にガサガサガサガサって音がして、何の音って思ってたらシイタケの入った袋の中に信じられないぐらいの蛾がひしめきあってたっていう。


 早速鞄から食料品を出して、クトゥーナに食べさせた。

 粉系の物を固めた固形食糧や芋類、あとは干し肉なんかがある――一度俺が口にし、食べられることを確認。


 食料を食べ終えたらスキンシップをとる。

 クトゥーナの手の甲に手を重ねてにぎにぎする――指の先まで毛に覆われたクトゥーナの手は触り心地がよかった。


 クトゥーナが体を擦りつけてくる。

「もっとなでなでしてー」

 見上げるクトゥーナの脇を持ち、こちらを向かせて、抱きしめて、頬に頬をこすりつける。


 右目を閉じ、まつ毛を、クトゥーナの左目のまつ毛にこすり合わせる――クトゥーナの手が背中に伸びてきて、背中をすりすりと撫でてくる。

 手をとって、甲や指に唇を這わせると、クトゥーナも真似するように唇を喉や鎖骨辺りにすりすりとこすりつけてくる。

 クトゥーナの耳の裏の臭いを嗅ぐ――スンスン……。

「くっさ」

 独特の臭いがして数日間ろくにお風呂にはいっていなかったのがわかる。

「くぅ……」

 臭いと言われたことに腹が立ったのか、クトゥーナは躍起になって俺の鎖骨辺りに顔や耳裏をこすりつけて来た。


 やっぱそろそろお風呂に入れてやらないとダメだよな。

 でも石鹸が無い。

 荷物をごそごそ漁って見ても、石鹸なんて持って来ている奴いないよな。

 なんか癖になる臭さだな、ちょっと舐めてみてもいいかな。

 耳の裏に舌先をつける――臭さの割に味が無い、いや、少しだけ味がある。

 少しの苦味、毛が口の中に入ってぺっぺっと吐き出す。

 耳をむんずと掴んで臭いを嗅ぐ――鼻を擦りつけて臭いを何度も嗅ぐ。

 ちょっと癖になりそう。

「ふにゃあ」

 ぐったりとして動かなくなりはじめたクトゥーナをそのまま放置する。

 人肌で温かいと眠くなるよな。


 あれから――。

 俺はリリアーヌの遺言により、リリアーヌの日記と指輪を引き取る事になった。

 もともと俺が持ってきた日記だから、俺が貰っても問題はない――日記には追加のページがいくつか書かれており、リリアーヌがつい最近書いただろう文字があった。


 そこには俺の体と最後に出会えてよかったこと、これまでに犯してしまった犯罪に対する後悔、これから迷惑をかけるだろう俺への懺悔が書かれており、読むのを躊躇いそうになった。


 思えば、救われているのは俺の方かもしれないと、最近はそうも思うのだ――あれから一週間、リリアーヌが亡くなってから、まだ一週間しかたっていなかった。


 リリアーヌの死後、遺書が公開されると共に、領地の分配が行われた。

 リリアーヌ公爵領という領地は六つに分断され、それぞれを養子が治めるよう遺言には書いてあった。

 これによりリリアーヌ公爵家は事実的な絶家――初代が二代前の王の兄であるが、その兄は王家に仇をなした者として王家から名前が消されている。


 しかし王家の血が混じっているのは事実であり、この場合、リリアーヌ公爵家は王族の誰かが引き継ぐはずなのではと思われたが、特別継承法により、六つの侯爵領に分割され、それぞれを養子が治める事となった。

 継承者は初代の直系に限り――この初代が、リリアーヌの父親ではなく、リリアーヌになったためだ。


 リリアーヌが継承者の候補を決められても実質的な継承決定権は無いらしいので、王の采配によるものが大きいのだろう。

 それで俺の扱いだが、リリアーヌは俺を、元側近の騎士であるドミナの血縁者と公表した。

 ドミナの娘と扱われても俺には異論がない、いや、娘なのは問題だが、これにてリリアーヌと俺の関係は確固たる確かなものとして認知されるはずだった。


 領土に関して、俺のいた教会辺りを統べる領主が嫌な奴だったら嫌だなと思ったのだが、この領地はデンギンが領地預かりとして治める事になった。

 デンギンは男爵家の次男らしくて家督でない。

 筆頭騎士でリリアーヌを守り続けた功績を称えられ、このような手筈になったのだが、あくまでも領地預かりであって領主ではない。


 ではここの領主は誰か、という話に当然なり、該当者なしという結果に養子たちが騒いだのは当然と言えば当然だ。

 そしてここでまずかったのが、指輪を貰ったことだ。

 この指輪、リリアーヌが父親の形見として大層大事にしていたものであり、リリアーヌの遺言により、俺に渡された。

 一目見て、これが変化の指輪であることがわかる。

 外見だけの話だ。

 変化の指輪は中石の中に妖精が象られているので覚えやすい。

 中石というのは中心の石、メインの宝石の事だ。

 緑色、四方形のメインストーン、に爪が無いのが特徴で、どうやってはまっているのか構造が未知、サイドストーンはなしに、銀色の腕が円を描き、金で植物の蔦の装飾がある。


 これで効果が違うなら俺の勘違いだ。

 その場合、俺はかなり恥ずかしい。


 父親が捕まって、逃亡するのに、この指輪を使い、変化していた繋がり、旅を想像する。

 変化の指輪とはゲーム時、黒の羊所属者に愛用されていた指輪であり、その名の通り、変化する効果がある。

 迷宮産、神々の遊び心だ。

 完全に殺す目的のダンジョンと違い、迷宮にはこのような遊び心のある装備が多い。


 鏡を用いて、疑似アバターを創作し、指輪に固定して使用するとその姿になるという大変過ぐれた性能を持っている。

 この指輪のおかげで、他人に顔を見られても変化できるので衛兵などから逃げ仰せられた。

 身長や体重、男女に自由自在だが、あくまで指輪を装備している間しか変化はできない。

 これかなり高性能で競売でも値段が高かったはず。

 下位アイテムに変装の指輪というものがある――こっちは顔だけしか変えられない。

 変化の指輪の何が良いって、猫にもなれることだ。

 猫にもなれる。

 マジで猫にもなれる。

 男の夢、女性をローアングルから眺め放題なのだ。

 これだけで価値あると思わないか↑、思わないか↓、俺だけか。

 最低って思うじゃん、でも安心してくれよ、ゲーム内の女って大体男だから。


 しかし鏡がないとアバターは作れない。

 つまり今持っていてもただの指輪という事になる。

 指輪とか付けてみて思ったのは、すげー気になって邪魔だ。

 アクセサリー系は動くのに邪魔なので付けないたちだった。

 クトゥーナに持たせとけばいいと、左手の親指の付け根にはめさせておいた。


 教会周りに新しい村を作るのはデンギンから聞いているはずだ。

 新しい領主が村を害するのを防ぐため、つまり俺のこの体のために、リリアーヌは王に頼み不可侵条約を結びなおして領地をデンギン預かりとした。

 王が譲歩しすぎているような気もするが、リリアーヌに対して何か思い入れがあるのかもしれない。

 約束なんて何時までも守る必要がないし、あとで変えられるし、ある意味ではやはり王の手の平の上なのかもしれない。


 死にゆくリリアーヌ最後の頼みを親族である王は断らなかった。

 そしてリリアーヌ家の指輪は俺の元にある――屋敷を出ると暗殺者に襲われ、デンギンの保護の元、ほとぼりが冷めるまでこの国を離れるように言われた。

 隣国であるサクシアに逃げている途中というわけだ。

 もともと何も言わず去るつもりだったのだが、街の中を散策していたら、暗殺者に襲われ、争っているうちにデンギンが割って入り、日記と指輪を渡されて、ここから離れるように言われた。


 詳細は日記に書いてありますのでと言われ、馬を渡されてそのまま街を出たというわけだ。

 そのままサクシアに行くのもいいけれど、一度村に寄ることにした。

 他の本や剣も置きっぱなしだし――森の入り口でマロにアーサーを呼んでもらい、アーサーに事情を説明して本と剣を管理するようにお願いした。

 アーサーならば本や剣の使い方を間違えないだろう。

 大丈夫なのか散々聞かれたが、ほとぼりが冷めたら帰ってくる旨を伝えた。

 ここで馬とも別れ、村で俺を守るという話をアーサーがしはじめたので、遠慮して北上した。

 テリトリーは全て持っていく、置いといても邪魔だろうから。

 なんとかならないか考えていたが、なんともならない、いや、マジで。

 俺の動きに合わせて、テリトリーも動かしている。

 これが結構神経すり減る。

 一か所に置いとくのとわけが違う。

 移動がマジで辛い。

 戦闘時は一定量を体にまとわりつかせて、あとは放置だ。

 このテリトリー本体を戦闘に使うのは今の俺には無理だ。

 遅いし重いし、めんどくさい。

 索敵としては便利だし、遠くの敵を認識して攻撃するのには向いている。

 力の加減ができないのでやる時は、マジで殺る時だけだけど。


 テリトリーと一緒に移動している――場所としては教会のあった森とは地続きな北西。

 俺が離れれば魔力は元通りになるだろう――しばらくは作り置きのブルーポットを必ず飲むように伝えた。


 クトゥーナの髪に指を通して撫でる――この森を抜けた先がサクシア共和国。

 元は国家ドミナスの一部で、グラーヴェル聖王国が生まれた時に独立した都市の一つだ。

 他にもヴァルトライン、オーギュスターという国があるらしいけれど、現在もっとも近いのがサクシア共和国だった。

 森の中でも容赦なく追手が来る――どれだけ俺を殺したいのだと言う話だが、食糧を持って来てくれるのでちょっとありがたかったりもする。


 さっきの天属性の男がリーダーのグループは、追跡力は高いがそれほど脅威ではない。

 別のやべーグループがあり、こちらはマジでどうしようか悩んでいる。

 たぶん、俺は人を殺せるんだ――殺さないのは……特に理由がないから。

 おっぱい触らせて貰えるし。

 やっぱおっぱいはいいわ。

 世界も救っちゃうよ。

 疲れて帰ってきてさ、嫁が一言。

「疲れた? おっぱい触る?」

 って言われてみ、俺はもう救われるね。

 もちろん触るけど、触るどころから顔も埋めちゃうね。

 埋もれたらしばらく堪能するわ。

 そしたら一日の疲れも吹っ飛ぶわ。

 この妄想始めると長いからここら辺でやめとこ。


 本を教会に置いてきたのは、村人たちが困らないようにするため。

 あそこで暮らすにはあの本が役に立つとは思うし、アーサーなら上手に使ってくれるだろう。

 まぁ、おかげで俺は毒などの判別ができないから、そこら辺のものを不用意に食べられない。

 もっとも本があっても判別できないから食えないわけだが、どっちもかわらねーじゃねーかバーロ―。

 スベスベマンジュウガニとか人にとって致命的な毒もある――俺はともかくクトゥーナは苦しむだろうし、死ぬだろうな。


 毒を持つ植物があり、その毒を食べて蓄積する動物がいないとは言えないし、シガ毒だって痛いだろうし、サポニンは熱で処理できるらしいけれど、名前を知っているだけで実際に関わったわけじゃないし、おそらく未知の毒もある――それを考えると不用意にその辺の生き物を食べるわけにはいかなかった。


 襲ってきた兵士たちの持ち物から食料を失敬して食べているというわけだ。

 暗殺者の持ち物は毒の可能性もあるので食べないけれど、兵士みたいなやつらが持っている物の中に、固形食糧や干し肉などが入っている。

 殺しに来ているのは本当なんだからおっぱい触ったり、食糧奪ったりしてもいいと思うんだ。

 先に手を出して来たのは向こうだから。

 一週間もご苦労様としか言えないわ。

 あれが本隊で、後方に物資を支援する部隊がいるとみて間違えないだろう。

 奴らの話ではそろそろサクシア共和国の国境沿いに入るとの事、森の中だから国境もクソもないだろうとは思う。

 魔物はいるし、動物だっているよ。

 でも魔物は俺が気を付けさえすれば避けられるし、俺が無理をして戦う意味もあんまりない。


 テリトリーは垂れ流しっぱなしだ。


 持ち込まれた食料が毒の可能性もあるので何とも言えないけれど、まず俺が食べてみて大丈夫そうならクトゥーナに渡す。

 つまみ食いしているのはそのためだ。

 おっぱい触るのもそのためだ。

 ブルーポットはいずれ作りたいとは思っているが、材料がない。

 しばらく、俺の血だけ飲ませとけばいいだろうし、水はどうにもならないから、飲む時には煮沸する。

 アイテム袋なんて無いので、ほとんど兵士から奪ったもので賄っている。


 いらなくなったものは速攻で捨てる。

 ゴミは持ち帰れって、大丈夫だって、流体で小さな玉にしてるから。

 人は魔物を食うし、魔物なら食えなくもないかなとは思うものの、ゴブリンを食う気になるかと言えば否だった。

 幸いなことに、この世界のゴブリンは装備などを身に纏わない。

 マントヒヒのようなものだ。

 マントヒヒでも十分狂暴なのだが。

 いや、マントヒヒもこん棒とかは使うらしんで、マジでゴブリンみたいだなと思った。

 いや、マンドリルかもしれないけれど、マントヒヒ、マンドリル、つまりやべぇってことだな。


 こうしていると、世界で二人だけのような気がする――森の中は静かだけれど、耳を澄ませると植物が立てる僅かな成長音や、地面から沸き立つ熱のようなものを強く感じる。

 それに混ざって身をひそめるように、音を消して静かにするように、虫達が寄り添っているように思えた。

 もっともその虫たちが音を立てないのは、身を守り、または餌を取るためなのだが。

 厄介なのはサシムシ、正式な名前はわからないけれど、口先が尖っていて、刺されると血を吸われる。


 俺は大丈夫だがクトゥーナは刺されるだろうな。

 流体で身を覆っているので、虫に刺される心配なんてないけれど。

 いつか誰かを好きになって、俺の傍を離れ、いつか遠くから、クトゥーナを眺める日が来るかもしれない。

 そう思えば、可愛がれるのは今だけなのかもしれないと、なんとはなしにそうも思ってしまった。


 何時か見かけて――ふーん、いいじゃんと呟きながらかっこよく去りたいものだ。

 いや、それ別にかっこよくないですって女性に言われそう。

 愛でられるうちに愛でておくかとも思うのだ。

「今何か、意地悪な事考えた?」

「この辺りって姥捨ての森って言うんだけど、知ってる?」

「乳母捨ての森?」

「姥というのは老婆の事さ、貧しい時分、このままじゃみんな死んでしまうって、一番弱い家族を森に捨てる風習があってね。それがこの辺りなのさ」

「そうなの? 可哀そう……」

「はじめは老婆や老爺などが犠牲になってね。家族のためなら仕方ないと諦めるもの、絶対に許さないとうらみつらみを述べる者、沢山の人たちが捨てられたものさ」

 目を細めてクトゥーナの頭を撫でる――クトゥーナは目を大きく開き、耳をそばだて、俺に興味を向けているようだった。

「老人がいなくなっても貧しさは良くならなかった。やがて子供を捨てるようになってね」

「なんで!?」

「本来なら守るべきものなのだろうけれど、みな自分たちを優先したのさ」

「そんなのひどい‼ 大人なのに‼」

「ところで、なぜ俺が、お前をここに連れきたと思う?」

「えっ……」

 俺はにこっと笑みを浮かべてクトゥーナを見た。

「いい子だね、クトゥーナはとってもいい子、だから……」

「絶対嫌」

「まだ何も言ってねーだろ」

「絶対やだ」

「だからまだ何も言ってねーだろ」

「やだ‼ やだぁ‼」

 クトゥーナが飛びかかって来て、俺に抱き着くと、ひしっとしがみ付き、尖る爪が背中に刺さる感覚と肩が噛まれている。

「いてててっ。いてぇよ」

「うぅうううう‼」

 思春期になったらキモいとかくさいとか平気で言うようになるだろうに、子供のうちは勝手なもんさ。

「へへへへっ寝る時は注意しろよ。すっといなくなるからな、すっとな」

「やだぁ‼ やぁああだぁああ‼」

 ちょっと笑ってしまった。


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