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 冷たい――ひんやりとしてうつ伏せで寝るのが好き。

 久しぶりに夢をみる――願望、かな、ニャンコに会ったんだ、顔も知らないくせにさ。


 隣で寝ているニャンコの頭を撫でている。

 それがすごい幸せでさ、なんで俺、コイツの頭を撫でて幸せなんだよって、顔がにやけてるの、で、なぜか泣きそうなの、別にさ、他の誰かと恋愛したり、結婚したりしていてもいいんだよ。


 たださ、友達にはみんな幸せになって欲しい。

 だって俺みたいなボッチの友達なんだぜ、そりゃ幸せになって欲しいよ、絶対いい奴だもん。

 それと共に、俺を一人にしないでくれと一人は嫌だと心の中で暴れ回る俺もいるんだ。

 ばらばらになっちまいそうだと暴れ回る俺もいるのだ。

 それが堪らなく嫌で、堪らなく堪える。

 この感情に何年も悩まされたものだ。

 誰でもいいから傍にいてほしいと、出会い系に手を出したこともあったっけ。


 でも不幸なのか幸いなのか、サクラとしか出会わなかったんだ。

 いや、会ってねーよ、メールしただけ、金払ってね。


 しかも結構金取るんだよこのメール、三万ぐらいだったかな。

 良く考えればさ、その金でキャバクラ行った方が確実に女の子に相手して貰えるって話さ、中身がおっさんでそれを仕事にしている人からすごいメールくるの。


 それで馬鹿みたいに相手するわけ、いや、もう犯罪なんだけどさ、サクラって。

 ほんと馬鹿なんだよ俺って。

 結局三万払ってメールしただけってね。

 結局キャバクラにも行かなかったよ、虚しくなるだけだってわかっていたからさ。


『魔物なのだ』

(マジかよ、今いい気分なのに、最低、何処のどいつ? 殺す)

 で、いい夢を邪魔されたのが今って話。

 もしかして泣いてしまったと顔に触れてみたが、泣いてはいなかった――しかも撫でていたのがクトゥーナって話。

「うぇへっうぇへへへへっ」

 そんな笑い方あるってふやけているクトゥーナの涎が俺を襲う。

 いや、だってクトゥーナが俺の上で寝てるんだよ、うつ伏せでさ。

 涎がついちまったよ、胸元にな、キレそう……今も侵略中だよ、涎がな。

 でもごめんな、猫みたいに撫でちまって。

 俺、うつ伏せで寝るのが好きなのにうつ伏せですらねぇ、朝からメンチきっちゃうよ。

 かんじもーかんほじーぺんちょんやさんじー。

 このネタわかる奴おるー。

 ごめん、ただの耳コピなんだ。


 ため息をついて、テリトリーを感じる――森の中、感覚で言うと教会から直進約5km、地続きだから森の輪郭はあっても空の感覚はない、感覚の無いところが空気というわけだ。

 距離に関しては目算だ、正確な距離を測る手段はない。

 部屋の中――体が、水の中にいるかのように、髪が流体の中を広がっていく。

 体が浮いて、沈み、浮いて、波紋が見えるように。


 魔力は物質を透過するわけで地続きと言う事は、俺の感じている範囲は流体になっているわけで、でも別に流体は空気より重いってわけでもないのに、空気より沈んでいるわけで、その割に木とかも覆っていて、地面よりは露出している。

 なんなんだ、この、魔力って考えれば考えるほど……。

『君の魔力はここより少し東を中心にして約7kmの範囲に、約20㎝の厚みで広がっているのだ。で、君の体は他の人間とは違って、魔力と物質の境目にあるのだ。君の本体はあくまでも心臓にあるブラックボックスなのだ。そこから形成されているのが君の肉体なのだ。つまり、大きく考えれば、この広がった魔力は君の体も同然であり、だから心臓と接続されると体のように扱えるというわけなのだ。それで、この魔力は君の200年が詰まっているのだ。つまり凝縮されているのだ。まずここまではいいのだ?』

(よくないのだ)

『えっと……何がわからないのだ?』

(全部)

『ぜっ全部? 全部!? 全部なのだ!? はえー……』

 はえーってお前。

(それで?)

『うん、それで、なのだけど、君はこの魔力を上手に扱えないので、中途半端に水みたいな性質を与えて使っているのだ。でもこの魔力には沢山の凝縮された魔力が詰まっていて、性質を与える事で、重たい流体になってしまうのだ。つまり、結果から言うと鉄の強度で出来た水あめを操って、万力で締め上げるように敵を圧縮しているのだ』

(うん)

『わかったのだ?』

(理解、できたと思う?)

『うん』

(ほんとなのだ?)

『なんでぼくが言われるのだ!?』

(なるほどね) 

 そういう仕組みなんだとしか俺には言えないよ。


 水の中に根を張るみたいに伸ばした感覚が、森の中にいる獣を捉える――犬型、色は不明、この状態だと色は判別できない。

 形状、現在の状況、犬型、ヘルベロスが真っ先に脳裏をよぎり、他の奴なら大体見たものなと思う。

 おそらくヘルベロス……竜が来た時、寄ってくる犬型はヘルベロス。

 いや、違うかもな、無視してもいい……くはないよな。

 ヘルベロスだったら逃せない、無視できない。

 例えヘルベロスではなかったとしても、形状から判別できないのなら無視はできない。


 目を開ける、窓――木の枠から少しだけ漏れる青い光、ブルーモーメント、俺、この色好きだよ。

 ファーストキス、奪っちまって、悪かったな。

 何時か、幸せな姿を見せてくれよ、いい子だからさ。

 クトゥーナの頭を撫でる、俺も余裕なかったんだな。


 ――あれ、やべ、これ、詰んでね。

 敵をヘルベロスとした場合、数が二十三体なのはテリトリーで判別している。

 流体で包み込めばいいじゃんと思うかもしれないが、そうすると結構な範囲を流体にして持ち上げて、包み込み、一気に圧し潰すしかない。

 そんなのできる――のか、と疑問に思ってしまう。


 一体一体を包み込み圧縮するのは……さすがに機動力のある犬二十三体を同時に包み込む自信が無い。


 炎を吐かれたら終わりだ――森が燃える。

 一体でも炎を吐かれたら終わりだ――森が燃えちまう。

 流体で森全体を覆って炎から森をガードすればって、できる……のかと疑問を浮かべてしまう。

 そんな範囲流体にできる――のか。

 森が燃えたら何か不都合でもあるのと問われたら、そりゃ獲物が取れなくなっちまうよ、隠れ蓑もなくなるし、ヘルベロスがいるって事はキュクロスも来る可能性がある。


 キュクロスは体長三メートルぐらいの一つ目、禿、灰色のおっさんだ。

 パンチされたら家が倒壊する。

 家を倒壊させるだけのおっさんならいいじゃんと思うじゃん、でも奴らも群れで来るからね、仕方ないね。

 ヘルベロスが来るって事はハリティダンジョンがあるよ。

 迷宮はヘルベロスを絶対に外に出さないから。

 でもキュクロスはいるのか、この世界にキュクロスがいるのかどうか聞いてない。


 今キュクロスはどうでもいいよ、ヘルベロスをどうするかだろ、機動力のあるヘルベロスを一体残らず包み込むのは実質不可能だ。

 だって俺、一人しかいないし――足を流体で捕らえて動きを封じ、そこからというのも考えたが、足を捕らえた時点で炎吐かれる可能性がある。

 マロとカオスは流体自体を操れない。


 マロとカオスが流体を操れたら可能なのだろうが、流体自体に干渉できるのは俺だけだ。

 えっ、俺の頭悪すぎ……これはクソだと煽られても仕方ないな。

(作戦会議しようぜ)

『口を流体で覆って開けないようにしたらどうなのだ?』

〈カオス‼〉

(それ考えたわ、でも無理なんだわ、だって俺一人しかいないし、俺一人だと流体で適当に圧縮することはできても精密なのは無理。二十三体の口を同時に封じるのはさすがに無理だわ。奴らが群れなのって連携するためだし)

 はぁーつっかえ、俺、つっかえないわ。

『壁魔術で閉じ込めるのはどうなのだ?』

(いや、無理だわ、そんなことしたらみんな起きるじゃん。大きな音を立てる魔術も無理、同時にやれないのも無理、炎を吐かれたら終わり)

 石返しという壁属性魔術があるのだが、これ、実質岩壁を作り出す畳替えし。


 大きな音を立てたら村人たちがパニック起こしそうで怖いんだよ。

 ただでさえクソドラゴンの後遺症でメンタルクリニックなのに、森が燃えるのを見たり、大きな音がしたりしたら、発狂しちゃうよ。

 いや、しないかもしれないけれど、俺だったら発狂するわ。

 俺が発狂しないのは人間じゃないからだわ、親もやられてないし、もし親を殺されていたら俺、全力でクソドラゴンを血祭にあげにいく自信がある。


 でも俺が人間だったらそんな力も無いから泣き喚いておっちぬのがオチだろうな。

 口だけは達者かもしれない、女の子にモテなさそう。

 女の子にモテるのは大事だから、これ絶対大事だから。

 次生まれ変わったら、可愛い巨乳の幼馴染が俺にぞっこんでありますように。

 頼むよ、ねぇ、これ絶対だからね、神様頼むよ、これマジ絶対だから、でも種族はフジツボですとか言われたら俺発狂しちゃうから、一人でいいからお願い。

 フジツボに胸ねーじゃんいい加減にしろ。

『絶望的な割には楽観的なのだ。そんなに女の子にモテたいのだ?』

(多分、男の9割は常に思っている。あの子、俺が好きなんじゃないかってさ。男ってそういう生き物、違うなら俺だけ。その場合、俺が発狂するから言葉は選んでね)

『なんでそんな面倒なのだ……』

 あん、めんどうって言われちゃった、きゃぴきゃぴ。

 あぁ、でも陽キャに告白するのだけはやめとけよ、次の日、呼び出されたとルンルン気分で向かったら、男女混合複数人に囲まれて言葉の暴力を浴びせられるとか割とあるから。

 ソースは俺。


 だって、俺、同じ班になっちまった女子に、ショートメール聞かれて答え、家に帰ってから当たり障りのないメール送っといたら、次の日、男数人に取り囲まれてオラオラされたから。


 キモいんだよお前とか、勘違いすんなよストーカー野郎がよとか言われてさ。

 今日はありがとうございましたって送っただけだぜ。

 それは良いとして、なんで男ってオラオラする時にまず顔近づけてくんの。

 顔近づけてくるのなんなの、ちけーしくせーよ、良い匂いがすると逆にきめーよ。

 男の俺にもわかんねーよ。

 でもドエムにはおすすめ。

 ただでののしって貰えるぜ。


 俺みたいなよぉ、根暗な奴はよ、女の子にちょっと声かけただけで呼び出されるんだからよ。

 許せねぇよなポリスメン。


 友達の多い女はやめとけ、化粧のうまい女はやめとけ、三人以上元彼がいる女はやめとけ。

 ソースはねーよ。

 だって俺、付き合ったことねーもん。


 こんな俺の妄想オ〇ニーと会話してくれる心優しい友達ほしー。


 思わず真顔になりそう、マジどうするかな。

 退治しないわけにもいかないよな、助けに来た人たちがもれなくバーベキューになっても誰も喜ばねーよな。

 肉の焼ける美味しそうな匂いが人間のものとか、想像するだけで吐きそうだよ。

 いや、火吹かないかもしれんやん。

 そもそも本当にヘルベロスなのか、違うんじゃね。

 うだうだしちまうよ。


 つうか人の肉の焼けるにおいでにっこり微笑める人がいたらサイコだわ。

 上手に焼けました。

〈カオッカオカオッ、カオカオカオスカオ‼ カ……カオス‼ カオス? カオ……カッカオス‼ カオス〉

〈マジかよ‼ それ妙案じゃね‼ マジカオスぱねぇわ、ふわふわしちゃう。それありよりのアリゲイツじゃね‼〉

『何言っているのだ……』

(ごめん、おっさんなんだ俺、寒いってわかってるけどやめられないとまらない。いや、俺は面白いからね、言い方悪いけど、俺は笑えるからね、俺は、他の奴は知らね)


 助けが来るのかも未確定、どんな人が来るのかも未確定、何もかも未確定。

 流属性があるのなら火消しもできるだろうが、マロとカオスは二極だ。

 二極とは、二つの属性を極める代わりに他の属性魔術が一切使えないという構成だ。

 パーティ向き、魔術混合と呼ばれる他プレイヤーとの連携を前提にする型で、天と壁、冥と焦、流と漂で分かれるのがテンプレ。

 三人いれば全属性カバーできるし、連携できるし三人いればいいし、ソロでもある程度戦えるので最高だ。


 まぁ……友達がいれば、の話だけど。

 俺のギルメンメン主要メンバー、須らく一極、悲しい。


 このヘルベロス、五期でもっとも猛威を振るった怪物だ――五期は竜との闘いと言っても過言じゃない、いや過言だわ。

 街に降ってくるクソドラゴン、いきなり高圧水を放ってくるクソドラゴン、いるだけで氷に包まれるのに街のそばに居座るクソドラゴン、いるだけで街が溶けるほどの熱気があるのに街に居座るクソドラゴン、地面を食いながら進むクソドラゴン、霧状で漂い触れる物すべてを溶かしながら進むクソドラゴン。


 そしてそんなクソドラゴンにゾッコンラブな魔物がヘルベロス。

 ゾッコンラブっておやじくさっ、くっさ、くさっ。

 そしてそんなクソドラゴンが大好きな魔物がヘルベロス。

 クソドラゴンで壊滅した街に追い打ちをかけに来て、いくつかの街が消えては生まれ、生まれては消えた、ついでにプレイヤーも死んだ。

 発狂したプレイヤーが装備を脱ぎ捨てて裸で突貫して燃えたのを皮切りに、第〇回裸ヘルベロスマラソンが生まれたほどだった。

 ルールは簡単、装備を脱ぎ捨ててヘルベロスの群れに突っ込むだけ。

 どうせ死ぬ。

 守男は裸でもヘルベロス虐殺したけど。

 ダメージ1でも入れば勝てるって言うのが奴の格言だから。

 んなわけねーだろ死ね。

 ちなみに思考加速しているのでここまで0.1秒しか経ってないから。

 ごめん、さすがに嘘だわ、そんな能力はないわ。

『誰に謝っているのだ。どうするのだ』


 どうするって言われても……。

(逆に考えるんだ――燃えちゃってもいいさって)

『それでいいのだ?』

(君、猫のくせに、結構まともな事言うね、もっとはっちゃけてもいいのよ)

『……君に、言わなきゃいけない事があるのだ』

(愛の告白? いいぜ、結婚しよう)

『違うのだ‼ ぼくは……その、その、怒らないで聞いてほしいのだ。ぼくは……実は猫じゃないのだ‼』

(なっなんだって!?)

『ぼくは狸なのだ‼』

 何を言っているかわからねーと思うが、猫だとか狸だとか、そんなちゃちな話じゃねー。

 ありのーままのーすg、あっごめん、コイツはさすがまずいわ、存在消されちゃうよ。


 俺の体から黒い霧のようなものが溢れ漏れ、ベッドの縁に集まるとマロの形を形成した――そしてその模様と毛の生え具合が変化していく。

 そこにいたのは、全身真っ白な、クマだった。

 狸ですらない。

『これがぼくの本当の姿なのだ』

(いや、クマだよお前)

『タヌキなのだ‼ 毛が白いし小さいからクマに見えるかもしれないけど、タヌキなのだ‼』


 タヌキだったわ、つうか白いタヌキ、クッソ可愛い。

 今すぐにでもよしよしからのわしゃわしゃムーブに入りたいけど、クトゥーナがいるから無理。

(なんで猫のふりしてたの?)

『前の、宿主が、猫が好きだったのだ……』

 せつなっ、せつなすぎる。

(いや、でもその姿でも可愛がってくれたと思うぜ)

『でも、猫が好きだったのだ』

(気にすんなって、可愛いよお前)

 動物だが雄の獣に可愛いという俺に犯罪臭しかしない。

『そうなのだ?』

(あぁ)

『良かったのだ』

 左手を伸ばして甲や指でマロの頬や口元を撫でた。

(ところで……君はエゾタヌキなのか、それともホンドタヌキなのか)

『それは秘密なのだ‼』


「さてと、そろそろ本気出すかな」

 寝ているクトゥーナの脇を持ち上げて横に追いやると、クトゥーナは嫌がり、俺の体を掴んで来た。

「トイレに行くから離して」

「ん……一緒に行く」

「すぐ戻るから寝てなさいな」

 眠そうな眼で見上げてくる――ここで少し微笑みながら、安心させるように頬を撫でるのがグッド。

「……すぐ?

「すぐ戻るから」

「ん……」

 へっへっへ、すぐ戻ると言ったな、あれは嘘だ、まさに外道。

 ベッドの隣に置いておいた魔剣エンヴァーを持ち出す、コイツがなければどうにもならなかったかもしれない。


 クトゥーナがベッドの上で体を丸くして横になったら窓から外へ出た――首と肩を解し、柔らかい朝の空気を胸いっぱいに吸い込んで吐き出す。

 この体って奴はいいものだ――元の体だと内臓的な重さや食べ物に気を付けなければならなかった。

 甘い物を食べ過ぎるとすぐデブる、三十代からは内蔵脂肪がうるさい、尿酸値や尿の白濁り、色に愕然とする。

 白濁りは別に変な意味じゃねーよ、尿道が炎症起こすと白濁りすんだよ。

 細菌感染とか塩類結晶化したり、女性ならおりものが混じったりな。

 これ真面目な話だぜ。

 それが無いと言うだけで爽快な気分だ。


 変なもの食うとすぐ屁が止まらなくなるしな。

 信じられるか、大砲みたいな屁がところかまわず出るんだぜ。

 しかもくせーの。


 足も臭いし、口も臭い、屁も臭いって言うもう絶望だね。

 体臭も臭いし、やってらんねーよ。


 テリトリーで誰も見ていない事は確認している――ロレーナとアーサーは子供達と夢の中だ。ロレーナは俺も一緒に寝るように視線を向けてきたが、夜はクトゥーナを甘やかさないとキレるから遠慮しておいた。

 部屋はそんなに広くないので、狭いのも問題だ。


 寝返りすらうてないのはさすがに辛いわ、抜け出すのも面倒だし。

「ところで、犬の対応はできるのだ?」

「できる、まぁなんとかってとこかな、俺の最強魔術を使えば、使えればなんとかなるってとこかな、コイツもあるし」

「カオス‼」

「カオス、あんまり大きな声を出さないようにね」

「カオス‼」

「あははっ、俺のいう事を聞くたまじゃないよな」


 さてと、右手で剣を持ち、肩にかけて駆ける――。

 えっと移動魔術は……月のワルツだっけ。

 シャドーライン……だったかな。

 年は取りたくないな、魔術が思い出せない。

「カオス‼」

 おっ、おお――俺の意思を汲んでくれたカオスの魔術で、俺は黒い犬になって駆けていた。


 魔術ブラックドッグ――黒い犬となり駆ける魔術だ。

 犬系の宿星を持っており、なおかつ冥属性固有の魔術で、うらやましいと思っていたんだよな、この魔術。

 つまり俺の宿星は犬系じゃない、という事になる。

 なんか思い出しそうになった、あの魔術で駆けると、気持ちいいんだよな。

 早ければ早いほど良い。


 駆ける――姿は犬そのものに見えるが、中で剣を担いで二足で走っていることには変わりがない、その推進力を上げて走るのがブラックドッグ。

 風のように早い――漂属性魔術【風乗り】を思い出し、使えない事を残念に思う。

 風乗りは、その言葉の通り風に乗る魔術で、小麦畑を撫でる風を想像してほしい、もしその上に乗れたなら、楽しいだろうなという夢を実現した魔術だ。

「ここで残念なお知らせ、今から五分間、俺、一切の魔術が使えなくなるから」

「へ?」

「カオス?」


 うっそうとした森の中を駆ける間の風景――移動が速すぎて流れしか見えない、しかしそんな流れの中にでも瞬間が止まって見えることがある。

 木々の皮に手を付いた時、植物の葉、雫の垂れる瞬間。

 興奮してきた。

 今なら何でもできるような気がする――この勢いを利用して突撃する、俺は躊躇ったらダメな方なんだ。

 テリトリーで場所は確認しているが、ヘルベロスは森と同化して肉眼では確認しづらい、瞬膜を閉じで温度を感じるが、こんな風に使えばいいのか。

 今から魔術を全て使えなくなることを思うと、瞬膜は有用と言えた。

 もっともヘルベロスに温度はなく、真っ黒に見えるというだけのものだったが。

 いや、こいつが本当にヘルベロスなのか判断つかないわ。

 普段会っているゴブリンが、ゴブリンなのかも判別できないし、ついでに言うとクトゥーナが本当にクトゥーナなのかも判別できないわ。

 だって証明のしようがないし。


 飛び出したらすぐに発動する――この魔術、ことわりは宿星が無くとも発動できると思っていた、いや、できなければ困る、てか詰む。

「デ・パンタノーラ」

 パンタノーラの幻影――テリトリーを含めて、全ての魔力が一か所に刹那にして集まるのを感じた。

 ブラックドックが解けて体が露出する。

「なっなんなのだ!?」

 ただの人間モドキになっちまったな。


 現れたのは一人の女性――の陰影。

『フフフフフフ……』

 ヘルベロス達が一斉に女性にヘイトを向けた瞬間――その口が強く閉じられた。

 パンタノーラの幻影は組織黒い羊にて一定成果を上げた者に贈られることわりだ。

 理とは神から直接贈られるチートのようなもの。

 だけれど、デメリットもある。

 パンタノーラの幻影の効果は、自らに攻撃を行う者の全ての攻撃を無効化するというもの、その無効化方法は、火を吐こうとすれば吐けなくなり、魔術を行使しようとすれば、魔術自体を封じるか、相殺魔術を放つというもの。

 効果時間は五分だけ。


 その間、一切の魔術の行使ができなくなり、五分経つと自身の魔力を全て消失する。

 もしかしたらテリトリーも消失してしまうかもしれない。

 しかしアイテムで魔力を回復できるし、解けたら自然回復は当然ある。

「はい、こんにちは」

 口を閉じられて、体を震わせるヘルベロスに、足を引っかけ――ゴロリと一回転、同時に魔剣を鞘から引き抜いてヘルベロスの脳天に差し込んだ。

 

 硬い感触に、頭蓋骨が貫けるか刹那心配になったが、そこはさすがに魔剣だ――伸びた刀身が頭を包み込み、頭蓋骨の隙間を広げて差し込まれるという感触がした。

 剣はヘルベロスの頭を穿ったように見えるが、真実は刀身が頭蓋骨の隙間を広げ突き抜け避け地面に達したというもの。


 ヘルベロスは曲りなりにも竜との戦闘を好むような魔物なので、その体毛は硬く、頭蓋骨の硬さも相当だと思われる――脳みそがあるかはわからないが、構造戦上の時は生きている体を成さなければ死ぬので、これで死んでくれるのを期待している。


 ヘルベロスは仮に第一世代が魔物本体だとすれば第三世代、肉を持ってからは第二世代の魔物ということになる。

 第一世代に銃は効かないが第二世代、第三世代は銃が効く。

 雑魚的として人気なゴブリンやオーガは第五世代。

 これらカテゴリー付けは世代で分かれ、対処の仕方も変わる。

 たまに先祖返りを起こす第五世代はいて、これらはディザスターと呼ばれていた。


 ちなみに魔人は第一世代。

 第一世代に銃が効かないのはおそらく内蔵類が無いからだろう、奴らにはおそらく肉体が無い、仮に魔力構成体と呼んでおく。

 ヘルベロスは第三世代の中でも結構強い方。

 ヘルベロスのヘイトが俺に向いた時、口への拘束が解けたのを感じた。

 俺にヘイトを向けた時、火を吐ける状態になったという事を意味している。

 パンタノーラの幻影は、幻影にヘイトが向かなければとけてしまう。

 五分間、一人ずつやっちまわなければダメだろうな。

 おっ死んだ。

 やっぱり肉があると、構造上死んだと判断されれば死ぬのだろうな。


 素手だったら無理だろうな、いや、いけるか、目から指を突っ込めば、脳を破壊できるかもしれない。

 犬が剣に吸われて萎んでいく――吸われているのは魔力か血液か。

 吸っている間は抜かれるのを嫌がるのか抜けづらい――抜いたら鞘に納めて次の奴。

 刀身は良く見なくとも木造だ――金属的な光の反射は無い。

 ダマスカス模様に良く似ている。


 奥まで入れたら十秒待つんだぜ。

 そうすりゃ良く馴染むらしいからよ。


 鞘に納めると大人しくなるのは鞘に何かあるのか、それとも光を失うと動けないのか。

 口を封じられ、口の封を解こうともがくヘルベロスはそれ自体に集中しており、こちらにかまっている暇がない様子。


 一体一体順次始末していった。

 魔物とは言え、犬を殺すのってやっぱり良心に来るなぁ。

 全てを始末すると対象のいなくなったパンタノーラがこちらを向いた。

 地面を転がったから、体は泥だらけだし、草の汁がついて土臭い。

『フフフフフッ』

 ワンピースだとやっぱり動きやすいが肌が切れる。

 所々にある切り傷、擦り傷に顔をしかめた。

 幻影は俺の頬に手を添えると、魔力に戻っていく。


 うーん……テリトリー無くなるかと思ったけれど、そんなことはなかった。

 幻影を構成していた魔力が地面に広がっていく――運動エネルギーとして消費された分だけが消失した――あと俺の中にあった魔力も全て消失した。


 テリトリーの一部が俺の中に入って来て、枯渇した魔力が、消失したはずの魔力が戻ってくるのを感じる。

 魔剣が波打っている――心臓が鼓動するように、ドクン、ドクンと、喜んでいるのか、嬉しいのだろうか、お腹いっぱい、嬉しいね。

 少し興奮している――少し不安、本当に殺せたかと、犬の死骸を見ると、皮と骨だけが残っていた。

 黒い毛皮と骨だけで、目も肉もない。

 

 少し、冷静、心臓の鼓動は早いのに、思考ははっきりとしていて、それでいて、誰かに甘えているかのような、蕩けているかのような感覚。


 骨だけが残っているのは第三世代だから、肉体ではない部分が消失したのだろう。

 第二世代では皮膚が、第三世代では骨類が、第四世代では筋肉と神経が増え、第五世代では血液が流れる。

 人は第五世代、そしておそらくプレイヤーは第二世代、否、第一世代と第二世代の中間なのかもしれない。


 皮と骨は二十三体分ある――復活したテリトリーを広げて辺りを確認する。

 さすがに五分で二十三体全殺は骨が折れた、つか良く慣行できたな、我ながら感心する。

 300秒で二十三体って一体あたり、十秒ぐらいだろうか。

 マジすごくね、褒めてほしいわ。

 つっても六期になったらヘルベロスなんてクソ雑魚負け犬マンだけど。

 狩っても面倒だけど、狩らないのも面倒、素材も良くない。

『十三秒ぐらいなのだ。すごいのだ‼ あの魔術、使っている人、初めてみたのだ‼ パンタノーラの幻影なのだ? 黒い羊の一員だったのだ?』

(あぁ、まぁ)


 んっ……広がったテリトリーに見慣れた陰影を感じ、それが思いの他近かった。

「トイレっつったろ」

 振り返りそう言うと、クトゥーナが歯をむき出して威嚇してきた。

「嘘つき‼」

「トイレだよトイレ」

「うぅぅぅううう‼」

 何唸ってんだよ。

「トイレって言ったもん」

「トイレマウント取りにくんじゃねーよ。ここが俺のトイレなんだよ。大自然でトイレがしたかったんだよ」

 つうか俺がトイレに行かないの、コイツ知っているだろうに、寝ぼけてて気づかなかったな。

 つうかどうやってここを把握したのか、タイミングいいな。


 剣を鞘ごと地面に刺し、地面に転がっていた黒い毛皮と頭の骨を一つ手に取り、クトゥーナの頭に乗せてやった。

 クトゥーナは牙を剥いて、俺に飛びかかってくる。

 受け止めて、脇に手を入れ、お腹に顔を埋める。

「うひゃっ」

 へそにキスを、何度かキスをすると、くすぐったいのか、クトゥーナが身じろぎするのを感じた。


 少し大きくなったかな。

 でもまだ、男でも女でもない、子供の匂いがする。


 クトゥーナと連れ立って帰る――ハイパーくっつき虫と化したクトゥーナは背中に張り付き、腹に足をかけてくる。

 毛皮や骨に使い道があるのかは不明だが、子供のおもちゃぐらいにはなるだろうから、一つずつ持って帰る。

 垂れてきた毛皮を鼻に持っていくと、ほぼ無臭だった。

 獣臭さがない――毛は柔らかくなく、ゴワゴワとして強靭そうなイメージを与えてくる。


 獣という感じではないと改めて思った。

 皮も油というものが一切ない、まさに皮だけという感じだ。

 もう少し油っぽくても良いのになと素で思う。


 こいつらがさらに肉体を得るとラッツェルハウンドという魔物になるのだが、コイツはゴブリンやオーガ同様、もう魔物というよりは動物に見える。

 ゲーム時の知識が新しい知識と合わさっていくのは、世界が完成していくような感じに似ていて、少しわくわくとしてしまった。

 もしかしたら俺の思い違いや、勘違いしていることもあるのかもしれない。


 情報は上書きしていくけれど、その情報は絶対ではないと、自分に良く言い聞かせる。


 テリトリーが復活して良かった――魔術が使えないのも不便だ。

 森を抜けると瞬膜を張っていた事に気づき、はずす。

 色のある世界に少しうっとりとした。

 草原とスライムと、教会があり――波の音が聞こえる、世界ってとても綺麗。

 崖の向こうから登ってくる朝焼けが眩しくて、少し目を細めてしまった。


 ――なにか、崖のところに人がいるような気がする。

 ロレーナだろうか、アーサーかな。

 そんなところに立つんじゃねーよ、あぶねーだろと思い、なぜだか足が速く動いていた――テリトリーが教会に到達し、崖に向かっていく。


 おいおいおいおいおい。

 崖の上にいた少女の陰影は、消えた――。


ちょっと妄想オ〇ニーがひどいので、次回からは控えようと思います。

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