表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
102/116

 イグニッション――蛇纏い。

 素手系イグニッションで強力な筋肉を持つ蛇を体に纏う。効果は単純に力を強化する。効果は時間ごとに徐々に力が上昇し二十秒でピーク、二十秒を過ぎると徐々に力が減少し、四十秒で元に戻る。時間は短いが瞬間強度は高い。


 「お前っ……」

 お前はさ、やっちゃいけないことをしたんだよと言おうとして言葉を詰まらせた。こんな時にまでエリシアに聞かれるのを気遣うなんてさ。

 露出した尻と、下ろされかけた男のズボン。

 露出した物がエリシアに近づけられるのを見ると無性に怒りが湧いた。

 激しく冷汗がでるような冷たい感覚――嫉妬と怒り。


 怒りを帯びたエリシアの表情、充血した瞳、震えた体と、腕より露出しかけたブレード。これが尺骨の変化したエリシアの特殊武器か。普段はツナギを着ているし、腕の中に納まっているので見えないのだろうな。


 影の……なんだ、エリシアの影に、何かが刺さっている。黒い、影、ナイフ、だが光すら発していない。


 エリシアは優しい。ブレードで人を傷つけるのを忌諱しているのかもしれない。でもそこは身を守っておくれよ。

 腕を掴む。

「聞こえなかったかな? もしかして、混ざりたいのかな?」

 男の腕を引っ張り――男が上空へ、そのまま男子専用便器へと衝突――せず、くるりと翻る。おかしな挙動だ。何かある。


 こういう手合いと見合う機会がそろそろあるとは思っていた。

 攻撃アイテムの持ち込みは不可だが、防御アイテムは街に持ち込める。


 防御アイテム持ち。

 男は驚いたように俺を見ていた。俺はもう一度掴んだ手を引っ張り、男を上空へ――入り口側の地面へと叩きつけようと、やはり地面でくるりと翻る。

 不転の指輪か――。

 不転の指輪はダウン状態を防ぐ指輪だ。こういう指輪は地味に役に立つ。


 「離せ‼」

 男の手にナイフが――黒い、ナイフ、何処から出て来た。コイツ、シャドウマンサーか。

 脇を蹴る――男の肋骨がひしゃげるのを感じた。

 掴んだ手、指を見る――指輪がいくつか。左手で手首を掴みなおし、右手で指輪を抜き取る。怒りは沸いたが、さすがに指の骨を折るような拷問は気が引けた。

「なにしやがっ‼」

 暴れようとする男の腹をラファが蹴る。俺が腕を掴んでいるものだから、衝撃が逃げずに男の体が跳ねた。


 シャドウマンサーは影から武器などを製造し戦う職業だ。職業という概念があるのか。そうとは思えない。男が驚いている。影でガードしたつもりだったのだろうが、ラファの蹴りはそれを容易に貫いた。


 指輪の一個を眺める。身軽の指輪か。それとも力帯の指輪か。猫足立ちの指輪なら欲しい。

 身軽は軽業補正が付く、力帯は単純に力が強くなる。猫足立ちは足音が消える。

 力帯は攻撃アイテム認定されてもおかしくはない。


 俺が指を眺めている間にラファが軽く飛び、男の頭へと降り立った。衝撃で男の頭が便所の床へめり込み、俺が腕を持っているものだから、腕が変な方向に曲がった。

「やりすぎ」

「足りないくらいだ。それに手を離せばいいのに離さなかった」

「治してあげてね」

「全部か?」

「まさか? 死なない程度に」


 指輪を男の背中へ下ろし、エリシアの方へ――エリシアは動けない様子、影に刺さったナイフが揺らいで消える。腕の中へ飛び込んできた。なぜ声を出さない。首輪のせいか。声を響かせない首輪か。デメリットアイテムか。

 エリシアを抱き上げ、男を踏んづけてトイレから出る――トイレから出たら、エリシアを下ろし、首輪に触れ、ヌース切断で破壊、千切り取る。

「タチアナ‼」

「大丈夫? エリシア」

 エリシアは何か言葉を発したのに嗚咽が漏れて出ないようで、落ち着くように腕の中へと抱きしめた。


 窓が開いてチョコが覗いてくる。

「どうしたのですか?」

「強姦されそうになったんです」

 そういうが早くチョコをはじめ、数人が出て来て、エリシアの傍に二人、チョコを含めた三人がトイレの中へ入っていく。

 完全には監視していないのか。監視は難しい問題だ。プライベートがあるからだ。それよりもどうやって悟られずに侵入したかだ。シャドーステップか、それとも影渡りか。影渡りは違うか。繋がった影同士なら移動できる技があったはず。なんだったっけ。思い出せねぇ。


 気絶した男は職員に連れていかれた。


 エリシアはいい女だ――いい女過ぎるのだろうな。いい女である限り、この宿命からは逃れられないかもしれない。泣きじゃくるエリシアを腕の中で慰め続けた。

 夕方に来たベシャメルはその話を聞き、エリシアに頭を下げて来た。


 エリシアの気持ちを察することができない。エリシアが今何を考え、何に苦しんでいるのか、俺には察せられない。できるのは傍にいて、できる限り見守ることだけだ。

 不安を解消するには時間と安心が必要かもしれない。吊るされたと思ったら次は強姦だなんて、災難がすぎる。


 職員が来て事情聴取を受けた。

 聴取を受ける間、エリーには配慮が行われ、エリシアと抱きしめあったあと察したラファと部屋の外へ。

 エリシアは俺の手を握りながら、状況を説明。あらかたの聴取を取ると、職員は戻っていった。


 今回の件で入院着を見直すとチョコから聞いた。あの男には余罪もありそうだ。エリシアは食事も喉を通らず、俺の傍からも離れなかった。

 夜ご飯は団子のスープ。水筒のような筒に入れて、ベシャメルが持って来てくれた。

 体が温まるからと。何種類ものオイルを用いたスープなのだそうで、浮いたオイルが種類により混ざりあって浮いていた。白いスープ。コクがあり、まったりとして温かく、ミルクのようで体が温まる。

 エリシアにも食べるように促したが、一口、二口食べたのち、もういらないと。

 暇だから(忙しいのは嫌だから)という理由で、マドレが部屋に滞在することになった。


 今日は湯船には浸からず、シャワーのみで済ませる。

 病院にはシャワールームがあるようで、そこを借りた。

 シャワールームはなぜか二階。階段を下りて、専用の受付を通り部屋の中へ。料金は銀貨二枚だった。病院では基本的にカードは職員に預けている。

 中に入ると簡易に区切られた小部屋が十個ほどあり、レバーとシャワーヘッドがある。


 俺とラファとトゥーナで一室、エリシアとエリーで一室。

 三人はさすがに狭い、一人一室にしてくれよとは思うものの、無理だよなと思う。特にトゥーナは無理だろうな。一人で浴びなさいと言うのは簡単だが、噛まれるのが目に見えている。


 レバーを上下に動かしてポンプを起動し、上部のタンクにお湯を貯め、バルブを捻ってシャワーを促す。レバーを動かすのは順番で、まずは体をお湯でしっかり温め、備え付けの液体石鹸を頭と体に塗りたくったらお湯で流す。


 頭から顔、体まで一括で洗える石鹸というのが珍しい。髪もカピカピしない。

 トゥーナにてめぇで洗えよと言いたいところだが、エリシアが傍にいるので汚い言葉は使えない。自分で洗おうとしないので結局洗い、そして俺の体はトゥーナに洗われた。

 ついでにラファの体も洗っておいた。


 獣人は体毛の関係で乾かすのに時間がかかる。俺たちが終わってもエリシアとエリーの二人は毛に残った泡を流したり、絞ったりと時間がかかりそうだった。先にあがっても良いのだが――。

「先に、あがりますね」

 そういうとエリシアが不安そうな顔で俺を見て来たので、言質を取り、トゥーナとラファを先に着替えに行かせ、行きませんよね、そうですね、湯冷めしても知らないからねとエリシアの手伝いでレバーを上下に動かしたり、絞るのを手伝ったりした。


 体を見るのは不可抗力だが、胸を隠したり内またになったりしているエリシアは可愛くてなんとも言えない気持ちに襲われる。

 意識してしまい、顔を背けて直視しないようにする。

 少し他愛の無い会話をした。


 エリィに好みを聞かれた。恋愛の話をするのはわざとで自分は大丈夫だよとエリシアを気遣っている。自己中なら無神経と思いそうだが、エリシアは泣きそうな顔を必死に誤魔化していた。

 そのまま容姿の好みを答えたら俺になってしまうので、適当に言っておいた。

「尽くしてくれる人が好きです」

 とか。

「怒らない人で、上手に甘やかしてくれる人がいいですね」

 とか。


 本音を言うと生理の時、エッチをしたいと伝えても、怒らずに優しく拒否してくれる人が良い。

「したい」

「ごめんね、生理中だから」

「やだ」

「汚れちゃうよ? それでもいいの?」

「いい」

「しょうがないな。はい、どうぞ」

 と言って、両手をこちらへ向けてハグをアピールしてくる女性は妄想するだけでも良い。実際にはかなり厳しいシチュエーションではあるし、断れるのが嫌なだけなので、そこまでしてもらえたら、エッチなどせず、後ろから抱えて、お腹を撫でたり労わったりしてあげたい。まぁ。理想なんて所詮理想だよな。


 そして心を読んだラファに渋い顔をされた。


 エリシア達が終わるころには俺達の体が冷えていたので、最後にシャワーを浴びてさっと体を温めた。

 エリシアが何を望んでいるのか、考えなければならない。もしかしたら一人になりたいと思っているのかもしれない。察するのは難しい。様子を見るしかない。


 部屋に戻るとマドレがいて、ベッドに寝そべっていた。

 マドレが通路側にベッドを置き、隣のベッドにラファとエリーが今夜は一緒に眠ることに。

 エリシアが俺から離れたがらないのでエリシアと俺とトゥーナでベッドへ。

 配慮してエリシアは窓側。通路も窓側も嫌そうだけれど。

 トゥーナのおでこに唇を付け、妖怪化を防止――したいが子供だましにしかならないようでトゥーナは牙を剥きだして俺の手を噛んだ。


 まずはトゥーナを寝かしつける。

 右ひじをついてトゥーナを眺めながら、左手の甲で頬を撫でる。俺より体温が高いのか、トゥーナの頬は温かった。トゥーナは俺を睨み、なぜかなかなか寝付かなかった。

 強制的に魔術で眠らせてもいいけれど、根気強く頭を撫でたり、目を眺めたり、頬に唇を付けたり、お腹を撫でたりと時間をかけて眠らせた。俺が手間を惜しまないと察したのか、表情は段々と緩んでいき、お前が大事じゃないわけじゃないと態度でアピールし続けた。


 やっとトゥーナが眠りにつき、息を吐く。

 ベッドの中が温かくなってきて、天井を向くと、エリシアが俺を見ており、袖を掴まれる。

「あのね、今日だけ、お願いがあるんだけど……」

「どうしたの?」

「後ろから抱っこして欲しい」

「後ろから?」

 あんな目に会ったのだから、できることはしてあげたい。

「ダメ?」

「いいよ」

 エリシアが後ろを向いて、動き、背中を密着させてくる。

「手……」

「手?」

 手をエリシアへ差し出すと、エリシアに手を上から握るように促して来る。握ると内側から掴んで、お腹へと手を回された。

「ごめんね……」

 小声――俺はエリシアのお腹を手で寄せ、より密着するように促した。

「ありがとう」

 俺の方が背も低く、体も小さいので包み込むのは難しい。

「お腹、撫でて欲しい……ダメ?」

「いいよ」

 エリシアが手を離し、右手でお腹を撫でる。エリシアの髪の匂い。胸に背中があたり、下腹に布越しの、お尻が当たる。

 布越しにも関わらず、形と柔らかさが伝わって来て、下腹を突き出してもっと密着したくなる。


 エリシアの足が俺の足に絡まり、冷たい足が体温で相互に温まり、小さな尻尾が動いて、股の間へと滑り込んで来た。

 もどかしそうに身じろぎするエリシア。楽な体勢、ぴったりと落ち着く場所を探すみたいで――掴んだ手を、上から握りなおされる。

 体毛の感触が気持ちいい。

 マイクロファイバーより手触りが良い。体が羽毛に沈むように、エリシアの体に埋もれていく。

 目を閉じて癒されていると、手の平に、柔らかい感触が。手の平の中心に突起が当たる。


 なんだろう――指が沈むような柔らかさと、手の平を突く突起の感触。平に突く突起が、こそばゆいような、確かな弾力で弾いてくるような。


 これ――まさか、エリシアが体をこちらへ翻し、寝返りをうつみたいに、ごろりと、重量を持って。心なしか、羞恥が見えて、それに気づかれないようにか、鼻を鎖骨に押し付けてくる。


 顔を上げたエリシアの、顔が近い。綺麗な形の瞳、まつ毛、夜の中でもはっきりとその造形が見えていた。

「あのね、お願いがある、の」

 口から言葉が紡がれるたびに、エリシアの吐き出す息が唇から顔に広がり、鼻孔をくすぐる。

「あのね、私の――に指を、いれて欲しい」

 そうはならんやろ。そうはならんやろ。なんだこの展開は――一体どうした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ