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 子供が寝静まると、エリシアがエリィを跨いで俺の傍に来た。

 ベッドの枕側、壁に背を付けて、とんび座りをしている――させられていると言った方が正しいだろうか。トゥーナはそんな俺の右足脛からふくらはぎに頭を乗せ、右指の薬指を噛み、左足にはエリィがトゥーナと同じように横たわり、目を閉じて寝息が聞こえる。

 エリシアが鎖骨辺りに鼻を近づけてくる。満たされていて、眠くて、微睡み。エリシアの頭を胸に抱えて左手で頭を撫でる。耳に指の腹を当てつまみ、優しく擦る。指を合わせ、エリシアの手の平の一部が、肉球のように毛が無いのを知る。

 やはり耳の匂いが気になる。ダニがいる。

 エリシアが両手で俺の体を包み、肩に顎を乗せると、耳の裏の臭いを嗅いでいるのを感じた。頬擦りすると、そのまま――肩から胸元、胸元からお腹、モモの上、滑るようにゆっくり移動し、モモに頭を乗せたまま、微睡みはじめる。


 右手に鈍い痛み――いってぇと目を向けるとトゥーナが俺の右指を噛んでいた。

 いてぇよ。そう見ると、トゥーナはもう一度俺の指を強く噛んで、痛くとも耐えて噛ませる。それを見上げ、俺が痛いと言った表情を見るとトゥーナはにんまりと笑みを浮かべた。

 また強く噛んできて、俺が痛そうにしながら何も言わないのを見ると、にんまりとして、血を舐めてくる。なんて嫌な奴なんだ。俺の嫌な表情を見て喜んでやがる。なんて嫌な奴なんだ。信じられねぇよ。

 指を引き寄せて、トゥーナが指を離すのを嫌がるように持ちあがり、持ち上がった頭に唇を付ける。トゥーナは口を開いて俺が唇を舐めるのと同じような動作で嬉しそうに口の周りに付いた血を舐めた。


 ラファがエリシアの隣まで上り詰めてきて、これじゃ俺が寝れないじゃないかと思ったけれど、ラファはまるで気にしないと言った風に目を閉じてしまった。

 いや、俺が横になれない、寝れないのだが――まぁいいか。


 お前も少し寝なさいと、トゥーナを寄りかからせる。


 これからまた迷宮に潜らないといけないとなると少し憂鬱だ。戦うのはストレスになる。命を奪う行為がストレスとなる。止めを刺すのを想像する。できると自信はあり、力が満ちるのも感じるけれど、それを許すのを俺が許せない。めんどくさい性格だけど、少しほっともする。これが無くなったらいよいよ末期だ。人を殺した俺が、善人を名乗るのは不可能だけれど。


 エリシアの頭を撫でる――性暴力は心の殺人。俺が言えた事ではないが、実勢に目の前で起こると思っていても言葉にしていいものではないと理解できる。

 ごめんねと再びエリシアの頭を撫でる。でもあいつらは〇していいと思いました。ニャンコは〇したいと思いました。すみませんでした。ブチギレ。


 未遂とは言え、エリシアの様子から心的外傷後ストレス障害(PTSD)になっていると思った方がいい。時間がかかるだろうな。


 目の前で寝ている人たちが、大切になればなるほど手放せなくなりそうで少し怖い。いつかこの子達に大切な人が出来た時、一人にしないでくれと嘆きそうで怖い。せめて、表情にだけは出さないように、汚い言葉を言わないように、無理やり傍に置こうとしないように、覚悟は持っておく。


 一人でも大丈夫――一人になるのは初めてじゃない。耐えられる。まだ耐えられるだろう。


 この子達一人一人に個性があるように、魔物も、同じ種類でも、個体は違うわけで、毎回同じ動きをするわけじゃない。運が悪ければあっけなく死ぬ。

 魔物が血を流すと、血に対して、怖れを感じてしまう。肌を裂く刃物の感触、相手の痛みを共感しようとしてしまう。


 魔物と戦っていると興奮して、タガが外れてしまうのが怖い。この思考が無くなるのがよくないと思う。冷静ではいられない。殺されるのではないかという怯え、勝つと高揚してしまう。

 また同じ事で悩むのかと、他人に相談すれば言われてしまいそうだけれど、俺はこれで良いと思うことにした。逆に考えなくなったら困る。

 俺に力があるからこんな風に思うのかもしれない。力がなかったら、こんな事を考える暇も余裕もない。もっと必死になっていたと思う。

 今の境遇は、幸せすぎるほどに幸せなのだろうな。結局迷宮には潜らないといけない。お金を稼がないといけない。魔物を殺さなければならない。

 偽善――偽善を悪とは思わないけれど、この気持ちを他人に話すこともない。


 武器は槍が良いだろう。

 剣と盾でも強いけれど、相手の傍に近づくのは得策じゃない。槍で相手から距離を取るのが良いだろう。

 槍のイグニッションもいくつかは使える。

 イグニッションに関して言えば、使えるがモーション補佐は無い。

 アトゥルナトゥルが居なければ、利便性は皆無だ。

 戦いを想像すると腰が引ける――傷つきたくない。


 トゥーナを迷宮に入れたら、魔物の殺し方を改めて教えなければならない。永遠に一緒にはいられない。トゥーナの寿命もそうだが、俺が先に死ぬ場合も考慮しなければならない。

 こう思うと、甘ったれた考えではいられないとも思う。

 でも相手を傷つけると、自分がそれをされた時を想像して引けてしまう。


 床に倒れた相手が、自分に見えてしまう。

 明日は我が身か。


 「ん……」

 エリシアがムクリと起き上がった。

「どうした?」

「トイレ……」

「うん」

「行ってくる……」

「いってらっしゃい」

 ドアを開けてエリシアが部屋を出ていく――出っていたエリシアが気になり、テリトリーを追従して、エリシアを覆う。

 トイレについていくのはどうかとは思うものの、目を離すと何か問題がありそうで怖くなる。プライベートもそうだが、トイレに追従するのはどうなんだとは思うものの、やはり心配になってしまう。心配性すぎるだろうか。


 エリシアの存在が、俺の中ですでに他人で無いことを意味していた。

 この感情が、とても嫌いだ。

「俺も見ているから心配するな」

 ラファの声が聞こえ、頭を撫でる。

「邪魔した?」

「問題ない」

 ラファが見ているならと、エリシアからテリトリーを斬り離す。

 ラファのエナの邪魔はしたくない。


 ラファが目にも止まらぬ速さで起き上がった。

「っつ」

 舌打ちを一つ――ベッドの縁より立ち上がる。

「今朝来た男、いただろ」

「どれ?」

「髪が尖っていた奴」

「あぁ」

「エリシアを狙ってるぞ」

 はい。ぶっころーす。


 ベッドより立ち上がり、エリーを起こさぬよう気を付ける。トゥーナは俺が動いたのをサードアイで捕らえていた。

「歩いて間に合いそう?」

「あぁ」

 エリシアが悪いのか、それともエリシアの運が悪いのか。俺の傍にいるから運が悪いのか、つくづく嫌になるよ。

 ドアを開けて通路へ、左右を見回す。ここは三階の通路、周りに人気無し、階段近くに窓、中にチョコ、それから数人、こちらへ気づいた。手を振る。

 チョコが手を振り返してくる――トイレはそんなチョコの受付の隣。受付からは影になっている。

 歩く――どうしましたとチョコが窓から声をかけてきて、トイレと答えながら笑顔と手を振る。


 トイレの入り口――中へ。

「何番目?」

「三番目だ」

 三番目のドア――静かだが、中に人の気配。息を吸い、吐き、テリトリーを伸ばして鍵を外し、ドアを蹴り飛ばす。

 中には後ろ手に腕を押さえられたエリシアが壁に押し付けられ、喉に首輪のようなものをはめられていた。

「あん? わりいけど今使用中なんだわ」

 キレちまったよ。


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