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 「私を呼んでいるということなので、ついでにお食事もお持ちしました」

「ありがとう」

 みんなで食事を取る。

 トゥーナ、エリシア、エリィは病院食で、俺とラファでお好み焼きを食べる。

 エリィは俺たちが食べているものを興味津々に見ており、少しなら食べても良いと言われて喜んでいた。

「それで御用とは」

「お呼びだてして申し訳ないです。大した用事では無いのですが、あれからどうなりましたでしょうか?」

「あれから?」

「あ、マリアさんのことです。手術のお話になるのですが」

「マリアさんのことですね。明日、舌の移植が行われます」

「まずは舌からなのですね」

「そうですね。舌がなければ話辛いでしょうし、ご飯を食べるのにも苦労します。味を感じないのは問題だと思いまして。まずは舌を移植して食べ物を沢山食べ、英気を養っていただきます」

「そうですか。それが気になっておりまして、問題が無いのであればそれで」

「そうですね……。ただ、寂しがってはいると思います。扉が開くと嬉しそうな気配を感じるのですが、私どもと察すると表情がもとに戻りますので。もし時間がありましたら、お見舞いにいらしてください」

「そうですか。では、後でお伺いさせていただきます」

「はい。ぜひ」

 それ以上用事は無いと告げると、ガロアはエリシアとエリィの方へ行き、雑談したり、食事の補助をしたりしていた。


 じっとベシャメルがこちらを見ているので、お好み焼きを口に含む。

 トゥーナは俺の隣に食器を広げ病院食を食べ、ラファは俺と向かいあってお好み焼きを食べる。

 味は塩、だろうか。べちゃべちゃしている。温かいが、このべちゃべちゃはいただけない。餅丸の風味が全面的に出され、少し不快だ。見た目はパンケーキだが、パンケーキじゃない。

「うーん……」

「正直におっしゃってもらってかまいません」

「正直言ってまずいですね」

「そうですか。ではこちらを食べてみてください」

 二段目のお好み焼きを差し出され、ナイフで切ってフォークで刺し、口に含む。

 今度は野菜が入っていた。べちゃべちゃではあるが、野菜の歯ごたえがあって前のよりは幾分かマシではある。

「これはまだ食べられそうですね。ただ野菜だけというのは……少し青臭いですし」

「そうですか……では次をどうぞ」

 次のお好み焼きは、お好み焼きというよりはパンだった。グルテンミートを混ぜて捏ねたものだろう。お好み焼きというよりはピザトーストみたいになっている。

 野菜が入っており、べちゃべちゃもしていないが、肉の味がする。肉と餅丸と野菜の味があり、肉の味が強いので野菜の青臭さがなく、べちょべちょしていないので餅丸独特の食感が気にならない。

 生地が肉の味――なんだろう。悪くはない。悪くはないが、なんだろう。触感だけが足りないような。お好み焼きの中に入っているタコやイカを偉大だと感じた。


 「悪くないです。悪くはないですね。食べ応えもあります。お肉を食べている気分ですね」

「そうですか」

「もう一声欲しいですね」

「では最後の一枚を」

 これは期待できるのかと思ったが、最後のはもうパンだった。

「これはもうパンですね」

「そう……そうですよね。これはもうパンですよね」

「パンとしてみれば美味しいと思いますよ」


 三番目のお好み焼きピザトーストは悪くなかった。

 何か言っといた方がいいかなと、ただ味を見るだけだと申し訳ないし、かと言って的確なアドバイスなどあるわけもない。

「あの、一つ提案なのですが」

「はい、何でしょうか」

「マーボー豆腐、ありますよね」

「ありますね」

「白い四角いのが入っていますよね」

「豆腐ですね」

「豆腐、ですか」

「豆腐です。何かおかしいですか?」

 豆腐ではない。豆腐ではないな。豆腐ではないが、豆腐で良いとしよう。

「いいえ。三番目のこのお好ッ……生地に、その豆腐を混ぜてみるのはいかがでしょう」

 あぶね、お好み焼きピザトーストって言いそうになってしまった。

「おこ? 豆腐をですか?」

「すみません。噛んだだけですのでお気になさらず」

「そのようなものを入れるのですか。うーん。わかりました。また試作を作ってみます」

「大したお役には立てなくて申し訳なく思います」

「かまいません。新しい料理とは新しい感性から生まれます。このような試みも決して無駄ではないと、私は思うのです。では帰りましたら早速調理してみましょう」

「ベシャメル様がお料理をなさっているのですか?」

「恐れながら私は料理開発担当も兼任しております。私一人だけで行っているわけではありませんのでご安心なさってください」

「そうなのですか」

「はい。ところで体はお拭きになられましたか? この後、差支えなければお体をお拭きいたします」

「汗、は済ませましたので、大丈夫です」

「そうですか。他に何か、してほしい事はありますか?」

「もう大丈夫です」

「……私がここにいては気が休まりませんか?」

「いいえ、そんなことはございません」

「色々お役に立てず、申し訳なく思っています」

「気にしないでください。こうして気にしていただけるだけで、それだけで嬉しいものです」

「そうでしょうか」

「人に何かして頂いたら嬉しいものです。それに、こういっては何ですが、ベシャメル様はとても綺麗な方です。そんな方に気にしていただけるのは嬉しいです」

 なんか一瞬空気が凍り付いたような不穏な雰囲気を感じたが、なん、だ。

「もう、ベシャメルでかまいませんよ。それにしても、不運なのか幸運なのか、わかりませんね。アムブロシアですか。現在世界に三本もない妙薬ですよ。およそ二百年前には沢山あったそうですが」

「そうなのですか」

「えぇ、後で、ウィル様が謝りに来るかもしれません」


 急になぜウィルが謝る話になる。話の前後が繋がっていない。

「それは、なぜ、でしょうか」

「実は、今回の件で隊にアムブロシアが交渉に使われたと広まってしまったのです。最初はウィルと補佐のアメリア、それに数人程度だったのですが、どうやら漏らしてしまった方がいたようで」

「そうなのですか」

「アムブロシアは国家が欲しがる薬です。見つかったと聞けば、黙ってはいないでしょうに。特にワーヴァジャックの獣人王が欲しがっているという噂です」

「ワーヴァジャックという国があるのですか。そこまで危うい物だったとは……。知らないというのは罪なものですね」


 雌ケモにしか興味がない。目の前にエリシアがいるのでこういう感想は危うそうだ。

「フフフッ。そうですね。でももう手放したのですから、問題は無いはずです」

 スライドする扉、空気の流動、廊下とマドレが見え、疲れた顔をして入ってきた。

「クソッ」

 悪態を一つ呟き、俺の傍にくる。


 「お前達のせいで私の職場が台無しだ」

「マドレーヌ。どうしたの? 何かあったの?」

 ベシャメルが意外そうにマドレーヌに視線を移した。

「お前、ばらしたな。アムブロシアが地下水路迷宮で出たってばらしたな? おかげで迷宮挑戦者が後を絶たない」

 マドレーヌはベシャメルを無視して俺に指を突き付ける。


 マドレ、こうしてみると身長が小さい。ちょっとしたくせ毛、後ろで結ぶと可愛くなりそう。目の下のクマ、濃い演出。コイツ俺のタイプなんだよな。特に目の下のクマ。

「忙しいというのは、職場的には嬉しいのでは……」

「馬鹿を言うな。私はな。適度に暇でゆるゆるコフィを飲みながらホエールウォッチングするのが趣味なんだ」

 仕事中に趣味に走るなよ。

「おかげで人が苦手なのに人が来て困っている‼」

「そうなのですか」

「そうなのですかじゃない‼ どうしてくれるんだ‼」

「申し訳ないと思いますけど……」

「くっ」

 マドレーヌは拳を握り、振り下ろそうとしてやめ、外へ出て行こうとしてやめて、もどってきた。


 「お前ら、ここにいつまでいるつもりだ?」

「落ち着くまで入院だそうです」

「この騒ぎが落ち着くまでか」

「そうですね。一週間ぐらいになると思います。その間にトゥーナの運動能力をはかったり、色々調べたりするそうです。一日で終わりそうですが」

 トゥーナを見ると、スプーンを持ち上げるのに力を込めていた。思い通りに体が動かずもどかしそうにしており、頭を撫でる。

 ごめんな、負荷をかけて。


 「……じゃあ一週間俺もここにいるわ」

「マドレ‼ 仕事はどうするのですか!?」

「大丈夫だろ。俺なんてホエールウィッチするのが仕事みたいなもんだし。ていうか略すな‼ マドレーヌだ」

「職場に戻りなさい」

「嫌だ‼」

 そう言うが早く、マドレはベッドにもぐりこんで来て、それをベシャメルが引っ張りだそうとする変な構図が展開されてしまった。

「これを気に、目の下のクマが無くなるかもしれませんね?」

「は?」

 変な事を言っただろうか、マドレに変な顔をされた。

 目の下のクマが無くなったら、そうしたら俺の性癖から外れてしまうな。


 寝るしかないのは暇なものだ。

 お昼を食べ終わるとベシャメルは料理を作りに帰ってしまった。

 マドレは居座ろうとしたが、ベシャメルに連れていかれた。どうせなら試作品を作るのを手伝いなさいと言われて顔を引きつらせていた。


 トゥーナを愛でるしかやることがない。

 正面から抱き着いているトゥーナの頬を両手で包む――セカンドアイ、サードアイのある位置は、少ししこりがあるような手触りがした。

 頭を撫で、腕の表面に手の平をゆっくり歩かせる。柔らかい毛並み、右手を持ちあげて、中指の根元付近を唇で挟み、圧力を加える。


 トゥーナの様子を見ると、目を伏せていた。

「嫌?」

 中指から唇を離し、そう聞くと頬が膨らんでいく。

 手の平を掴み、頬ずり――ふと見ると、エリィがベッドの傍に立っており、その様子を見ていた。

 目が合う。

「何してるの?」

 エリィはそう言い、目は大きく見開いて瞳孔が開いていることから興味を持っていると推測できる。

「スキンシップですよ。エリィもしますか?」

「えっ!?」

 トゥーナが顔を上げて驚くのが視界の端に、エリィの顔が興味津々と、好奇心旺盛な様子に変わっていく。

「うん‼ する‼」

「ダメ‼」

「ダメじゃないもーん」

「ダメ‼」

 エリィがベッドに入ろうとして、トゥーナがそれを防ぐように手でエリィを押す。トゥーナの腕を掴み、傍に寄せ左脇に、エリィを右脇に抱えて、腰に手を回す。

「なっ‼ くっ‼」


 トゥーナが憎々しいと言った表情で俺を見上げ、左手をトゥーナの左手に回して上から包み、ニギニギと握った。

 エリィの右手にも右手を重ね、握る、緩める、を繰り返す。

「ふへへっくすぐったい」

 エリィの声。


 スンスンとエリィと匂いを嗅ぎ、頭に鼻先を擦り、唇を付ける。やはりエリィとトゥーナの匂いは異なる。同じ薬品で体を洗っても、細かな匂いは異なってくる。

 耳の中に鼻を入れるとエリィは耳をパタパタと振った。

 エリィの耳の匂い……少し気になる。これは、ダニがいるかもしれない。まさかエリシアの耳にもダニがいるんじゃないだろうな。ダニだって生きている。そんなのはわかっている。

「うーっ」

 トゥーナが強く体を擦りつけてくる。

 トゥーナの耳の中にも鼻を入れて、匂い嗅ぎ、耳の根元に唇を付けて擦る。毛が口について、柔らかくて、少しばかり臭い。


 エリィが俺の体に触れてくる。

 お腹に触れたり、喉に鼻を押し付けてきたり、大型のネコ科の動物と触れ合えば、こんな感じなのだろうか。足を足に絡めてきたり、指を頬にあてたり、甘えるようにくっついてくる。

 毛並みがふわふわしていて、トゥーナより量が多いので肌が少し沈み込んで包まれるような錯覚を覚える。


 温かいのが何よりも心地よい。熱を持っている。毛布じゃない。毛布より柔らかい熱を帯びた生き物が、意思を持って体に触れてくる。

「エリィは何が好きなの?」

「エリィはねぇ、お肉が好き。麻婆豆腐好き。ハンバーグも好き。お姉ちゃんも好き」

 エリィは十二歳だ。もう少し大人扱いしたほうがいいのかもしれない。お姉ちゃんが好きとかよくストレートで言えるな。そのあたりは尊敬する。

「そうなんだ。トゥーナはね。魚が好きなのよ」

「そうなの?」

 エリーがトゥーナを見。

「好きじゃない」

 トゥーナは顔を反らした。

「トゥーナ。前に言ってたでしょ?」

「好きじゃない」

「どうして嘘つくの?」

「嘘ついてない」

「でも前言ってたよね? 嘘ついたの?」

「嘘ついてないってば‼」

 おもしれコイツ。すぐムキになる。

「でも魚好きなんだよね」

「好きじゃない」

「トゥーナ、ウソは良くないんだよ」

「嘘じゃないって言ってるだろ‼」

 エリィが俺の前に顔を出してきて、トゥーナはその顔を手で押しのけようとする。

 二人を両腕で抱きしめる。

「すねてる」

「すねてないもん」

「ごめんねエリィ。全然素直じゃないの」

「普段からこうだもんね」

「そうなのよ。困ったものだわ」

「うざっ」

「うざくありませんー」

「お前嫌い」

「大好きって言え‼」

「だ、い、き、ら、い、だ‼」

「この‼」

 二人で腕を掴みあい、震えていた。

「すきっつていえぇええ」

「んぎらいだぁああ」

 もみくちゃになって笑ってしまう。動物とは違い、獣人の毛は抜けにくいようだ。エリーの尻が手に触れて、気にしないように、気にさせないように。トゥーナが聞き分けの良い子で良かったけれど、やっぱり我慢しているのかもしれない。もっと我儘でも良いけれど、面倒を全て見られるかと言われたらやはり見れない。


 武術が使える分、トゥーナの方が有利なようで、でもトゥーナはエリィを組み伏せたりはしなかった。それを好ましいと思う。離れさせるように二人を抱きしめる。


 匂いに、味に、触感に――トゥーナが俺の指を噛んだ。

 いつっ――痛みに顔をしかめ、トゥーナはそれを見たあと、力抜いて指を噛んでくる。

 それを見ていたエリも同じように俺の指を噛んできて、最初は柔らかく、徐々に力を込めて、俺の顔を見て、反応を見ているようだった。エリー、エリィって呼び難い、エリと呼んではダメだろうか。


 「何してるんですか?」

 不意に声がしてみると、エリシアが仁王立ちして俺達を見ていた。

「スキンシップですよ」

「私、親にそんな事してもらったこと無いです」

「でも愛情表現にはなります」

 エリの頬に頬ずりをする。

「うーっ‼ ずるいです‼」

 うーがマジで獣みたいな唸り声で少しびっくりとした。

「エリシアもしますか?」

 そう告げるとエリシアは表情を崩し、周りを見回して、迷ったあと、ベッドへ入って来て、四人でプロレスでもするみたいに、いっぱいスキンシップを取ると、やがてエリの寝息が聞こえてきて、今寝たら大変だとは思うものの、なんとも温かくて、横で見ていたラファもベッドへ入って来て、五人でかたまっていると、なんとも温かくて、お昼寝を一人でするのもいいけれど、こうして眠るのもいいと思ってしまった。悪くない。悪くない。


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