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 マロとカオスを警戒はする、だが不思議とマロやカオスを受け入れている自分がいる、二匹を体の一部のように感じる、元は一つだった気がする、そんな気がしてしまうのだ。


 家の中の空気、匂いが心を安定させる。


 部屋中を見て回り、変化が無いことを確認、軒下に吊るした肉を見て、威嚇音を慣らす女王とその配下に挨拶をする。


 ご機嫌麗しゅう女王陛下という奴だ。


 ある意味家の番でもある。


 今日はゆっくり休むことにした――竈に火を入れるとほっとする。


 石鹸で体を洗い、竈の前に布団を敷いて横になる――クトゥーナが傍におり、腹を見せて倒れたカオスは動かないのでお腹に頭を乗せると、足をバタバタした。


 湯あみにはマロとカオスも混ざって来て、石鹸であわぶくまみれにしてやった。


 石鹸で洗ったマロの毛は、乾くほどに柔らかくなる。


 一日しか離れていなかったが、教会ではよく眠れるような気がして、実質よく眠れた。


 次の日から、俺はクトゥーナに対して鬼になった。


 俺がいなくなってもクトゥーナが暮らしていけるようにする、もしそれで死んだとしても、割り切ることにした。


 割り切るってなんだよ――でも他者に苦しめられて死んだコイツを見るぐらいなら、俺が殺した方がいいと、そんな風にも思ってしまうのだ。


 まずは俺と組手だ。


 型から覚えさせる――人間木人。


 俺が男から教えられたのはこの型だけだ。


 人を木人に見立て、攻めの型、守りの型を繰り出し、一通り終えたら攻守を反転させて型をまた繰り返す。


 強い者が攻めれば守りが砕かれボコボコにされるし、攻めが弱ければ守りにボコボコにされる。


 クトゥーナに型を教え込む――この武術がどう足掻いても対人を意識して作られた武術であることに変わりはない。


 点と面と払、払は別名凪とも言うらしい。


 蹴りはしない、相手が蹴りをしてきたら、それは殺してくれの合図だと言われた。


 俺はクトゥーナをボコボコのボコにした。


 体格と年齢を考えれば真っ当に勝負してクトゥーナの勝つ確率は低いだろう。


 容赦なくボコボコにした、顔を殴り、腹を殴り、倒れたら頭を殴る――動かなくなったら家に戻り、あらかじめ煮沸しておいた水を持ってきてぶっかける。


 クトゥーナはわけもわからずボコられて泣いていた。


「立ちなさい、立たないのならお前を捨てる」


 そう言うとクトゥーナはボロボロになっても立ちあがった。


 俺に対してビクビクするようになり、俺が手を挙げただけで顔を強張らせる――それでも俺の傍を離れようとしないのは、一人が怖いからなのかもしれない。


 訓練の合間にスライムを捕まえブルーポッドとレッドポット、石鹸を量産する。


 材料を食わせ、クトゥーナをボコボコにしながら合間合間にポーションを作る。


 夜はビクビクしながら傍に来て、近くで寝ようとする――エターナルパフュームの効果が本当にあるのなら、俺の傍にいるだけで体力は回復するはずだ。


 体を清潔に保つのを心掛けさせ、夜は密着して眠った――恨みや怒りが沸くだろうに、クトゥーナは俺が傍にいるのを許すと驚くほどぐっすりと眠った。


 別に俺が寝ている時、殺してもいいのよ。


 頭や耳を撫で、頬に唇を這わせると手を掴んで来て頬に寄せ、嬉しそうにした。


 次の日、マロに頼んでオーガを一匹引き入れてもらうことに、マロはオーガを本当に一匹だけ招きいれた。


 濃い灰色の毛に覆われた二足歩行のゴリラだ――体は小さいが体格が良い。


 原種に近いほど体格は大きくなる――最大の者は体長三メートルを超える。


 俺の身長が167㎝と過程して、オーガの身長は150㎝ぐらいだろうか。


 オーガは俺を見つけると四つ足で駆けてきて、傍に来ると立ち上がり、手を広げて襲いかかってきた。


 指は四本、体表は黒い、毛に覆われていない部分の肌が黒い――手を合わせ、手の表面は……硬いが、柔らかい、当然ながら握力が強い。


 握力を確認したらすぐにいなして離す、力を逃しながら左へ逃げるだけで良い――この感覚、ゲーム時と一緒だ、いや、ゲーム時よりはやっぱりリアルだな。


 オーガの武器は牙、それに爪と拳――オーガが振りかぶった拳が最大まで引いた時点で掌で振りかぶられた拳を押す――軽くでいい、拳は俺の掌に止められて、動かなかった。


 不思議がるオーガ、怖いな、オーガが怖い。


 魔物が怖い。


 体格の小さな者が、体格の大きな者と真っ向から何の制約もなしに戦って、勝つことはない。


 体格差とはそんな生易しい物じゃない。


 掴まれたら終わる、死ぬのだ。


 魔物を素手で殺すのは骨が折れる――これはゲーム時でも変わらなかった。


 中には変態もいて、すべての魔物を素手で殺すのを生業とする者たちもいた。


 守男もその一人だ。


 オーガの行動に安心する面もある、彼らは知能を使って攻撃してこない――学習能力の低い生物なのだ。


 繰り出された拳と、伸び切った肘――掌で肘を打ち、何度か繰り返すことで肘の腱を痛めさせる――痛みはあるようだ。


 肌の強度はどれぐらいだろうか、緊張してる――緊張してるわ。


 怖い、逃げろ、足が、ガクガクしてる。


 俺、すげぇ緊張してる――振りかぶられた拳をかわし、背後に回り、右手の人差し指をモモに刺す。


 指がモモに沈む感覚――心臓が、耳に競り上がってくる。


 やっぱ怖いわ、戦いは怖い、偉そうなことを言っておいて、怖い、怖いのは、負けるのが怖い、いつの間にか、歯を食いしばっていた。


 不良にオラオラ攻められると、足が震えるのはなぜだろう――弱いから、弱いからなのか。


 どうして足が震えて動けなくなるのかわからねぇよ。


 オーガの振りかぶった拳が俺の頬を打ったんだ――気が付いたら地面に落ちていた。


 空で景色が回って、殴られたと気づいて、わざとだけど、心が冷えていくのがわかった。


 暴力を振るわれると思うと、なぜだか動けなくなってさ、勝てないって相手にはへこへこしてさ。


 戦意喪失って奴――あとは無抵抗でボコられるだけ。


 俺はクワガタかなんかかよって、たまに思うんだ。


 奴らはさ、本能で死んだふりすんの。


 俺みたいな弱い奴も、反撃せず丸まっていることで、難を逃れようとするんだよ。


 笑われて、雑魚って言われて、それでもそれが、一番穏便に済ませる方法で、下手に逆らって逆襲されたり、後でもっとひどい目にあうんじゃないかって心配したりして、誰も守ってなんてくれないから、只管耐えるしかないって。


 でもさ、人間の、ちょっと頭のおかしいアウトロウならいざ知らず、魔物はさぁ、俺を殺すまで攻撃をやめないっていうのにさ。


 体は縮まって動こうとしないんだよ――心が委縮して。


 イラつく、本当にイラつくよ、イラついてしょうがない。


 俺の心って奴が本当にムカついてしょうがない。


 やるなら徹底的にやればいい――でも家族の顔がチラついてさ。


 母に迷惑をかけてしまうって、父に迷惑をかけてしまうってさ、俺が耐えればとかなんとか言い訳してさ、本当は弱いだけなんだろうって、涙まで出てきやがるんだ。


 情けなくて、惨めで、どうすればいいのかわかんなくて、泣きべそをかいて、誰にもわからないようにひっそりと泣くのだ。


 馬鹿みたいだろ、なんでこっちは一人なのに、お前らは複数なんだよ。


 俺は人なんか殴ったことないのに、人の事を平気で殴る奴がいるんだ。


 なんで俺はそいつと同じ環境で暮らさなきゃいけないんだよ。


 なんで俺はこんな奴らに脅されて、暴力をちらつかされて、金を出さなきゃいけないんだよ。


 不良の漫画見るとさ、素直に怖いよ――。


 俺が弱いからって言うんだよな、キモイ奴なら何をしても、何を言ってもいいのかよ……。


 なんで俺はこんなに弱いんだよ。


 理想の中の俺はいつも無双するのに、現実では弱虫なんだ。


 弱くて惨めで、何もできなくて、必死に取り繕って嘘ついたり、必死に粋がったりして、それが俺だよ。


 ゲームでもしょっちゅう負けてたよ。


 石を拾い上げて、頭に振り下ろしていた――何度も、何度も何度も、動かなくなったオーガを見て、手が震えて、後ずさりした後、尻もちをついてしまった。


 頭のひしゃげたオーガを見て、ひどく安心したのと、ひどく……俺、こんなことするために生まれて来たわけじゃないじゃん。


 死んだオーガに自分の姿を重ねていた。


 それから笑ってしまった――ひどく笑ってしまった、あはははっておかしいぐらい笑ってしまった。


 あまりに笑いすぎて、教会の中にいなさいと言ったクトゥーナが教会から飛び出して来たぐらいだ。


 泣いてしまった――抗うオーガをひどく……慣れて、いくのだろうか。


 殺すのに、慣れて、行くのだろうか――心がすり減って、何を今更って、動物は殺したくせに、何を今更って思うのだ、何を今さら。


 草食動物と肉食動物を殺すのは違う、と――自分に襲い掛かってくる者と戦うのはやはり、怖い、怖かった。


 意気地なしなんだ、弱い物虐めしかしない奴なんだ、俺は。


 普通に暮らしたいだけだって思うのに、職場には体育会系の奴がいて、そいつが怒鳴りつけてきて、震える。


 なんでコイツ、呼び捨てにしてくるんだよ――会社はプライベートじゃねーよ。


 なんでこんなに惨めなんだろう。


 言い返した時もある、やり返した時もあるよ、でも、俺の前で惨めになる人を見て、何を喜ぶっていうんだ。


 俺が忌諱した最低の行為を、俺がしているだなんて、笑える話だろ。


 なんで俺、こんなに生きにくいんだろ……また泣き言か、全然大人じゃないな。


 結局は、自分のためにしか、泣けないんだもんな。


 俺はそういう奴だよ、そういう、最低な奴だよ。


 強くなりてぇよ、強くよぉ――でも、そんな都合よくはいかねーよ。


 何時までたっても弱虫のまんまだ。


 俺はこれを、ずっと抱えて生きてきたんだ。


 でも俺は、弱い自分が好きだったよ、弱い俺のいるおかげで謙虚だった。


 痛みは痛みのまま、でもよしよしと撫でてはやれる。


 嫌な事ばかり覚えているものだ――恥ずかしい記憶が走馬灯のように流れて、恥ずかしくて顔もあげられねーよ。


 不良を好きになる女がいるけれど、それは身の危険を感じて興奮しているのを、何度も繰り返す事で恋と勘違いしているだけだから。


 ソースは俺。


 だって俺ヤンキー女子好きだし。


 そう言うときっとキモイって言われるんだろうな。


 次の日目を覚ますともう、痛みも、何もかも失ってしまっていた、これでいいと思う、これでいいのだ。


 いつもの朝、クトゥーナが心配そうに俺を見上げているのを、不思議に思ってしまった。


 外へ出て、軒に吊るした肉塊から、一部を削りだす――出て来た女王は相変わらず俺を威嚇して、捕獲して諦めろとキスしてやった。


 これセクハラじゃね。


 教会の中へ戻り、ウネとクトゥルナで餅を作り、肉と一緒に食べる。


「しっかり噛んで食べなさい」


 そう言うとクトゥーナは俺の傍に来て、頬にキスをした。


 俺が女王蜂にしたことを、真似したようだ。


 飯を食い終えたらマロに頼み、連れてこられたオーガを何の躊躇もなく殺した――。


 魔力もなく素手で殺すのはやはり俺には骨が折れる。


 魔力流体を纏い、体に流体の尻尾と爪ができる――この状態だとオーガの頭を掴んで握り潰せる――オーガの攻撃は流体に阻まれて俺の体には届かなかった。


 マロに他の魔物も連れてこさせた。


 この辺りは危険だが、それほど強力な魔物はいない――数日間一通り殺し慣れ、経験を積んだら、クトゥーナに同じ事をさせ、俺は村に向かった。


「本当にいいのだ?」


「あれで死ぬようなら、どうしようもない」


「君は厳しいのか優しいのかわからないのだ」


 俺もわからねぇ、でもさ、俺が何時死んでもいいように、あの子が生きているようにしなきゃいけないと思うのだ。


 俺が無敵じゃない事は、俺が一番良く知っている。


 俺が強くない事は、俺が一番良くわかっている。


 俺が蹂躙され殺された時、体を動かして逃げてほしいよ、俺が何時か病気か何かで死んでも、一人で生きていけるだろ。


 小学生が考えましたって宇宙最強ロボじゃないんだよ俺は。


 村に行くとアーサーとロレーナはナクティスと訓練していると村の人に言われ、ロレーナの家にブルーポッドと石鹸を置いて早々に教会に帰った。


 クトゥーナにオーガを押しつけてから半日が立っていた。


 クトゥーナは血で汚れ、顔をはらしながら、オーガの頭を石で叩いていた。


 俺を見ると鼻水と涙を目にいっぱい貯めて泣き出して、その鳴き声は耳に痛かった。


 俺はクトゥーナに水をぶっかけて黙らせ、次にオーガを解体する。


 その光景はおよそ人間のする行為とは程遠い――オーガがどのような構成で出来ているのか調べられるだけ調べた。


 腕の構造は、内臓の種類は、神経の張り具合は、骨の形は――何処がどうなっているのか、その日からマロが引き入れた魔物をクトゥーナに押し付け、解剖する日が続いた。


「クトゥーナ、良く考えて戦いなさい」


「クトゥーナ、ここを見なさい、いい? 魔物と言えど、構造から成り立っていることに変わりはない。ここの関節はこちらには曲がらない。ここを触ってみなさい。他と違い、強度があまり高くない。相手の構造を理解しなさい。いい、この世界にある物には必ず構造があります。扉を見なさい、どうして開く、どうして閉まる。そこには仕組みと構造があるからだ」


「クトゥーナ、これは猛毒だ。これは注意しなさい」


 クトゥーナは戦いそのものを恐れたが、魔物の解剖は恐れなかった。


 魔力の訓練も決して欠かさない。


 朝方魔物と戦わせ、午後は俺と組手だ。


 クトゥーナの体は痣だらけになり、逃げてもいいレベルの精神状態もあった――しかし逃げなかったし、夜は涙を流しながら俺に抱きついた。


 夜は受け入れてくれることを理解しているから、夜はめちゃくちゃに甘えてきた。


 俺が寝ている間は特にひどく、自分の匂いを俺になすりつけているような感じがした。


 より深く結び付きたいのに、そのやり方がわからない、この先、もっと密着したい、近づきたい、気持ちよくなりたいのに、どうすればいいと試行錯誤するような感じがした。


 離れようとするとムキになって密着してきた。


 より触れる面積を多く、心臓の音を混ぜ合わせるように、より混ざり合いたいと思っているのか、自分の指と俺の指を傷つけて、傷口を合わせようとする。


 血を飲むとき、憎しみを込めるように、あちこちに歯型をつくり、八重歯を突き立ててくる。


 自分の両手で俺の両手を抑えて、指の間に指を通して、上乗りになって眠る。


 俺に自らを刻み付けることで、必死に自己を保っているのかもしれない。


 アイデンティティという奴なのかもしれない。


 心臓の位置に自らの胸を押し当てて、心音が重なると蕩けるような表情をする――家族が欲しいのだろうな。


 万人が当たり前に得ていい平穏という日常は、万人に対して平等には訪れない。


 こうしている間にも、誰かは不幸になり、誰かは死ぬ。


 楽しいこと半分、辛いこと半分だと言うけれどそんなことは無く、大抵の人間は辛い事七割、楽しい事三割だと俺は思っている。


 中には一割の奴もいるだろうな。


 そのたった三割とか一割を守るために必死に生きて死ぬのだ。


 クトゥーナも、きっとこの世界で、残りの三割を俺に固執することで補おうとしているのだろうな。


 いろいろな魔物を解剖した――ゴブリン、オーガ、コカトリスetcetc。


 クトゥーナの格闘センスは、普通に俺よりあった。


 この世界での強さは筋力だけではないようだ――肉体が保有する魔力の量に依存する。


 体が傷つき、筋繊維はボロボロに、それを修復し、補い強靭にするのは食物と魔力だ。


 人が魔物から生まれたという説はいよいよ真実味を帯びてきた。


 おそらくこの世界では男女の強さは均等を保っている。


 そうなれば男女に生殖器以外の違いが生まれないと考えるべきだろうか、しかしアーサーとロレーナを見るに、明確に違っている。


 一か月もこんな生活を続けていると、クトゥーナはゴブリンの頭ぐらいなら片手でねじ切るような変貌を遂げた。


 オーガを与えれば、オーガを殴り殺す――一切の躊躇はない。


 やべっ、育て方間違えたかもしれない、いや、仕方ねーよ、いや、仕方なくはねーよな、これで猟奇殺人鬼とかになったらやっぱ俺のせいだよな。


 俺の武術は確実にクトゥーナにすり込まれていた。


 そんなクトゥーナを相手にして、立ち回れる俺が少しおかしいと思い始める。


 そんなクトゥーナを俺はいまだにボコっている。


 真面目にやらなければ俺に捨てられるのはわかっているから、戦う時は必至だ――年齢や体重の差だとしても、何かおかしい。


 俺の体がおかしい――昔の体に比べて、各段に今の体が良いというのを、嫌というほど思い知らされていた。


「君は本当に容赦がないのだ、甘いところがないというか。夜は優しいのにどうして昼は鬼のようなのだ?」


 マロとよくこのような話をする――会話をするのはいいことだ、相手を知れるから。


「特に意味なんてねーよ」


「意味なんてないのだ?」


「あぁ」


「それは嘘なのだな」


「いや、本当に大した意味なんてねーよ」


「自分が死んだ時のためなのだ?」


「ははっ。まぁな」


 自分の事ばかり話す奴はモテないとか巷では言っているけれど、まずは自分を知って興味を持ってもらわなければ始まりすらしないと思うよ。


 相手の話を永遠と聞いていたって、相手のストレス解消に利用されている場合だってある。


 そういうのなんて言われるかって良い人だよ。


 ソースは俺。


 フラれる時なんて言われると思う。


 私にはもったいないだよ。


 ソースは俺。


 つうか告白すらしてないのにフラれるってなんだよ。


 クトゥーナの歯は虫歯が多くボロボロな物が多かった。


 俺に殴られてへし折れたり取れたりを繰り返している。


 もう生えてこないのではないかと不安になったが、次の日には新しい歯が生えてきていた。


 虫歯もなくなって良かったと思った方がいいのか、新しく生えてきてよかったと思えばいいのか、次の日に生えてくるっておかしくねって思えばいいのか、どう思えばいいのか考えちまうよ。


「頑張ります……だから捨てないでください」


「約束は守る、俺に勝ったら、お前の言う事を何でも一つ聞いてやるよ」


「……ほんと? なんでも? なんでもいいの? なんでも!?」


「いいぜ、なんでも、足の裏でも舐めてやるし、頭を地面にこすりつけてもいいぜ。死ねって言うなら死んでやるよ」


「死ぬのは良くないです……」


「他の奴とやれって言うならやってやってもいいぜ」


「何をですか?」


「大人の話さ」


 クトゥーナは夜、俺の膝の上で俺の指を永遠と噛んでいることがある。


 甘噛みしていたと思ったら、急に強く噛み、いてぇと見ると、こちらを伺うクトゥーナがいる。


 俺の顔をじっと見て、にへらっと笑ったら、また指を甘噛みしだす。


 何がしたいんだコイツはとたびたび思う。


 魔物の構造についてはなかなか面白い、犬系の魔物は胃が無い、彼らは消化器官が無いのだ。


 食べた物は直接腸に送られて栄養摂取され、排出される、それゆえに体が軽く、便の匂いは強烈だ。


 その分、肉の量は少ないが臭みは無い。


 肉質は筋張り美味しくないが、いい出汁が捕れる。


 ゴブリンの胃は小さいが腸は長い、よって腹が一部ぽっこりとしている個体が多い、また腰布などはしておらず、股間周りだけ剛毛に覆われている。


 ゴブリンは人間の女を使って生殖するのかという話だが、実際のところ、現場を見ていないのでなんとも言えない――ただ俺とクトゥーナを女だと判断したゴブリン共の陰茎はそそりたったので、無くはない無い話だ。


 ゴブリンが嗅覚でも本能でもなく、視覚で性別を判断しているというのが良くわかる。


 倫理の面で面倒だ――ゴブリンが人間のメスを大事にするかどうかはわからないが、やはり個体差はある。


 臆病な個体もいれば、頭のいい個体もいる。


 この頭の良い個体が集団を持ち、賢い世代を重ねれば、やがて倫理を持つ個体が生まれるかもしれない。


 人間の女性を大事にし、懐柔する個体も現れるだろう。


 どっちにしろ犯された女性の末路は最悪だ――ゴブリンたちと生きる事を決めたとしても、人間はゴブリンを容赦なく殺すだろう。


 そうして助けられた女は諦め、受け入れたものを、また諦めなければならなくなる。


 ゴブリンに犯されたという事実は、人間社会において劣等感や差別という形で襲い掛かってくるだろう。


 子供を失ったという事に、どう思うのか――父親の姿からこの子は生かしておけないと考えるのも、母性により子供を大事にしようとするのもどちらも人間的だと俺は思っている。


 この子が将来人間を襲うかもしれないと、自らの手で殺してしまうのかもしれない。


 これがゴブリン社会なのだからと、自分と同じように犯される女を見ても、何とも思わないのかもしれない。


 にこにこしながら懐柔してくるかもな。


 世界には誘拐した女性を何日もかけて結婚するよう説得する文化もあると言う。


 それで自殺しないのだろうか、好きでもない男と結婚するってなったり、犯されたりしたら、相手を怨み子供が生まれても殺し、相手の男の家族も男も隙があれば殺そうとし、壮絶に死んでやると思うのは俺だけだろうか。


 手足の腱を切られたら口だけでも抗うし、口も封じられたらもう自殺もできないかもしれない。


 手足の腱を切られたらさすがに絶望するだろうか、絶望して何もできなくなるだろうか。


 怖くて震えて何もできなくなるだろうか、この男が他の女も襲うのだとしたら、俺はち〇こぐらいなら噛み切って死んでやろうとは思うけれど。


 やっぱりそんな簡単なものじゃないのかもしれない、拷問だってやり方は色々ある。


 犯されそうになった時、小や大を盛大に漏らして変な動きをしたら助かったという話も聞くけれど、人間ならまだしもゴブリンには効かないだろうな。


 実際にそんな目にあった女性は沢山いるのだろう、何にも言えなくなるよ――その犯罪者がどうか壮絶な苦しみを味わいますようにと願うしかない。


 こんなことを言うのも、もしかしたら傷つけているのかもしれないと思うよ。


 人間が容姿にこだわるのは、自分の子供の事を考えるからだと誰かが言っていた気がする。


 もし魂があるのなら、魂だけは平等なはずだと俺はなんとはなしに思った。


 肉体の違いは、たかだかそれだけの違いにしかならない。


 もし魂があり、魂がみな平等であるのなら――の話ではあるが、そうであって欲しいと思い、実際にそうであったのなら、すべての感情が無駄になってしまうとも思う。


 罪は罪だ――その意味すらなくなってしまう。


 ゴブリンと人の間に子供ができたとしても、普通はハーフになるのではないのか。


 なぜハーフが生まれず、ゴブリンが生まれるのか――人間とゴリラのDNAは約90%以上一緒というが、交配しても子供はできないと聞く。


 ごめんな、DNAのソースは無いんだ、確実じゃないんだよな。


 実際は試していないだけなのかもしれない、倫理の観点で危うい橋なのは俺でもわかる。


 ライオンと虎の子は有名だし、ブリマサもいる。


 どちらも体は大きくなるが、繁殖力に難がある。


 異世界だからって片づけられる問題ではないだろう。


 必ず仕組みが作られているはずなのだから。


 ゴブリンは食糧から余すことなく栄養を搾り取るようで、便も細く少ない、内臓類の匂いはひどい。


 肉はまずくはないが、美味しくもない。


 各種族は各種族なりの特徴を持っている。


「トゥーナ、ただ戦うだけではだめだ。相手の嫌う事を見つけなさい」


「……相手の嫌う事?」


 組手の時、そう言って俺はクトゥーナのモモを強い力で殴った――当然クトゥーナのモモに痛みが走る。


 俺はさらにそのモモを殴った。


 さっきよりも数倍強い痛みに襲われたクトゥーナは足を押さえて、膝をついた。


「戦いでは常に相手の嫌がる事をしなさい。これは戦いにおいて重要なアドバンテージだ」


 人対人において、同格ならばリーチの長い方が有利だ――自分は傷つくリスクがあるのに相手はノーリスクなんて精神的にもくるだろう。


「無理に急所を殴ろうとするな、間合いに入れば向こうの手も届く、ではどうすればいい? ではどうすればいい?」


 俺はクトゥーナの防御する腕の上に拳を振り下ろした――。


「あっ‼ いっ‼」


 腕で防御しようと腕だって傷付く、刀対槍において、槍が優位だ。


 違うと言うのなら武田は勝っているさ――織田を征して。


 もっとも織田は槍ではなく銃を使っていたけれど。


「早く立て。まだ組手の途中だ」


 俺はとことんクトゥーナの嫌がる戦い方をした――その夜クトゥーナは泣きはらしながら俺を叩き続け、俺はそれを受け入れた。


「ひどい‼ ひどい‼ ひどい‼」


 膨れ上がり腫れたモモ、嫌がらせされた方はたまったものじゃない。


 新しく作った捻挫などの内出血や熱さましに効くグリーンポッドの粘液をモモに塗り、一晩中クトゥーナの足をさすって痛みを和らげ続けた。


「俺の行動を良く見て真似るんだ。どうさばいた、どう攻撃した、どう防御して、どう返した? 暇な時は脳内で何度も対応を反復するんだ。反復するだけではだめだ。暇な時に、何度も動いて動作を確認するんだ」


「うぅ……」


「嫌って言ってもいいよ? 別に」


「意地悪‼」


 可愛い奴と額に唇を押し付けると、クトゥーナはぽろぽろと泣き出してしまった。


 数日おきに森にロレーナとアーサーが来る。


 アーサーが来るのは物々交換するために良いがロレーナが来るのはあまり歓迎していない。


「服とか便利そうな道具、皿とかもある。乾燥燃料とかも」


「ありがとう、これがお返しの薬ね」


「おっサンキュー。このブルーポッドだっけ? すげぇいいよな。これ飲むと体調がすごくいいんだ。このレッドポットも傷に塗るとすぐ治るし。教会の物より全然いいよ」


「これは新作のグリーンポッドです。塗るとひんやりして捻挫や打撲に良いですよ」


「本当に? 助かるよ」


「アーサー、もういいでしょ、先帰ってて」


「えぇ……」


「私だって話があるの‼ 早く行ってよ」


「わかった……」


 俺には話が無いんだが。


 ロレーナと話しているとクトゥーナの機嫌も悪くなるし、アーサーと仲良くしているとロレーナの機嫌も悪くなる。


 手を握ってくるロレーナが永遠と話をやめないので、途中で区切ってお別れをする。


 遅くなるからと言っても渋々と言った様子で、なかなか手を離してくれない。


 やっと手を離して別れたと思ったらクトゥーナに手を強くぬぐわれて痛い。


「私が勝ったら、もうあの女に会わないで」


「勝ったらな」


「勝つから」


 ぼそりと呟くように言うなと頭にチョップする。


「勝つもん」


「お前の代わりがロレーナになるかもな」


「勝つもん‼」


「どっちが早いだろうな」


「うぅううううう‼」


 物々交換のおかげで教会内は快適になりつつあった。


 新しい布団に、新しい毛布、シーツに、乾燥燃料、皿も助かる、衣服はより助かる、タルのおかげで洗濯もはかどる。


 カオスが洗濯してくれるのでだいぶ楽だ。


 二足歩行している犬が、腕をグルグル回すとタルの中の水が宙に浮きグルグルと周り、乱流するとすっかり綺麗になる、タルの意味がねぇな。


 左手をグルグル回し、しばらく止まり、右手をぐるぐる回し、しばらく止まる。


 生きてんのかコイツとたまに思う。


「タルの意味がねぇ」


 そしてそのまま水分だけをより分けて干す必要もねぇ。


 もう、なんだ、この、もう、なんだこれ。


「カオス‼」


 カオスしか言わねぇし、カオスなのかこれ。


 俺の魔力の扱いもだいぶ上達した――マロが言うには本来の扱い方とは随分と違うようだ。


 スライムを参考に、スライムの核を握って手に持つかのような感覚で魔力流体を展開し纏う――これで殴ると手に受ける衝撃を和らげることができる。


 しかし、こんなことをする意味があるのだろうか――魔力流体で捕らえて圧殺するだけでいい。


 オーガやゴブリンを限界まで圧殺する訓練を幾度か繰り返した結果、一体のゴブリンを手の平に納まる黒い球体になるまで圧縮できるようになった。


 これを一瞬で行えるように只々反復する。


 魔力で棒を作り、鈍器のように扱えないかと思案している。


 魔力に関して理解したことはそんなに多くはない。


 一つ、流体になりえること。


 一つ、硬さ弾力を与えられること。


 一つ、空間に固定はできない。


 この三つが俺が感じた中で特に強い特性だと思われる。


 何回か人と戦いたい――人のレベルが知りたい。


 そうは言ってもこの辺で思いつくのはナクティスだけだ。


 アーサーでもいいけれど、アーサーは魔術使えないからなぁと思う。


 ナクティスの強さがどれくらいか判別できないのに戦う意味があるのか。


 戦う口実もないし、いきなり戦ってくださいっていうのも変な話だ――魔力流体で戦って変に目立つのも難だし、素手で戦うのも、同じだな。


 クトゥーナが運動に慣れて来た頃を見計らい負荷をあげる。


「お前さ、空気薄くできたりしない?」


 マロに話しかける。


「空気を薄くしてどうするのだ? マロはお前じゃないのだ」


「クトゥーナの周りの空気を薄くしてくれるだけでいい」


「そんな事してどうするのだ?」


「クトゥーナに負荷をかける。人は呼吸しなければ生きて行けない生き物だ。周りの空気が薄くなれば体に負荷がかかる。慣れれば強くなれるのさ。簡単だろ」


「というか君の傍にいるだけでかなり負荷がかかっているはずなのだ。人は魔力を呼吸とか食糧から得て身体に影響を与えているのだ。この地域は君がいるから魔力が薄いのだ。あの子は体に物凄い負荷をかけて生活しているのだ。だから代々この地に生きる人は君の血を吸って生きているのだ。魔力が薄いから魔物でも苦しいのだ。君の血にはすごい量の魔力が凝縮されているのだ。魔力の薄い土地はただでさえ忌諱されるのに、そこに一点だけ強い魔力だまりができたら普通は警戒するのだ。魔物なんて上位の魔物には逆らわないから余計に忌諱するのだ」


「そうなのか」


 その言い方だともう俺が魔物って事になってしまうのだが。


「そうなのだ。これ以上きつくするのだ?」


「ギリギリまでやる」


「どうしてそこまでするのだ?」


「人間の体ってさ、怠けられるとわかると、ギリギリまで怠けるようにできているんだよ」


「そうなのだ?」


「いや、しらねーけど」


「なんなのだ‼ もう……わかったのだ。それと一つ、お願いを聞いてほしいのだ」


「いいぜ、なんだ?」


「実は森の中でずっと封印しているものがあるのだ。解放してほしい、それを取り除いてほしいのだ」


「死んだらごめんな」


「君はたぶん死なないのだ」


 たぶんかよ。


 クトゥーナに負荷をかけると、クトゥーナいつもより気だるげになった、呼吸を深く繰り返し、あくびの数も増える。


 しかしいきなりこれでは……。


「最初から負荷をかけすぎると死んじまうかもしれないから、4段階ぐらいに分けて、ギリギリを攻めてくれ」


「注文が多いのだ」


「こちらは料理店でございますので」


「なんなのだ、それは?」


「はははっ。ちょっとした冗談だ」


「もう、なんなのだ」


 俺が最初にオーガを倒してから、二カ月が過ぎようとしていた――。


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