B.O. 02(大人になれなかった)
*
月の巡り/血の巡り。
腕時計のカレンダー。
まだ生きてたんだ。
「これまた、ずいぶんだなァ」
アンタ、仲の良かった子、いなかった?
──そう、いつもつるんでた。三人で。違った?
「みんな死んだよ。キットもケヴィンも。〝チャンプ〟はどうだ、憶えてる? ヤツも死んだ」
うっそ。キットって、狼の、あのキット?
「人違いかもな。女はみんなアイツに夢中だった」
死神め。近寄るな。
足早に/逃げていく。
「またな」
耳から声を/引き剥がす。
*
その子は、ふらふら歩いていた。(夜の街に・そぐわない)
どうしたの? 迷子?
(なんてひどいナンパだろう?)
「ううん」
深くて暝いクリムゾンレッドの瞳。
キララは、わたしの目が好きと云った。
今なら分かる/きれいな目。
──あなた、(アレ)足りてない?
「大丈夫。心配してくれてありがとう」
本当に?
彼女は小さく頷く。大丈夫。
ふらっと倒れる。ふわっと抱く。
綿みたいに軽くて驚く。
大丈夫じゃないでしょ? どこの子?
「わたしは野良だから」
まさか。お巡りさん、呼ぶよ。
(顔を上げ・辺りを見廻す)
手を掴まれる。「大丈夫だから」
そんなわけないでしょ。大人の言葉に従いなさい。
「ひどい」彼女は(青い)唇で云う。
(大人になれなかったのに)
──ごめん。
わたしは謝る。そんなつもりじゃなかったの。
「いい匂いがする」
それはダメ。
「なにが?」
わたしは誰彼構わず咬ませたりしない。
「うそ」
ほんとう。
「もったいない」
ありがと。とにかく、ほっとけないから。警察が嫌なら……どこがいい?
「あなたの、お家」
──それは無理。〈ビスコ〉、食べる? 美味しくて強くなる。
「トィンキー(ズ)がいい」
おいしくないよ。
「知ってる」
腐らないし、発酵もする(酒に成る)。
「知ってる」
──名前は?
赤い瞳が煌めいた。「──鬼怒子」
濡れた瞳で囁いた。「お家に連れてって」
耳元・くすぐる(甘い)誘惑。
*
乳首を舐り、ヘソを弄する。
手が指が舌が肌を這う。
奥で蠢く。入り込む。
どこ迄も/飽く迄も/昇り詰める。
頭の奥・痺れがはじけ(失禁)
少女は優しく残酷で。
なんども/なんども・求め/求められ。
すっかり血の気がなくなった。
寒い。肌と肌とを擦り寄せ、暖め合う。
鬼は冷たい。
気持ちの好い、ひんやり(肌)
鬼の肌。
嗚呼、欲しい。
知らぬうちに、わたしも咬む。
互いに咬み合う、二匹のヘビ。
絡まる手足に、捩れるシーツ。
その子は邪悪な石の狐。
*
「アンタも物好きだな」
売人/ムラカミ。笑う。
売血は違法。
「知ってる。知らなかった? 知ったばかり?」
うるさい。
「知ってるぞ」
何を?
「やめとけよ」
だから何?
「鬼を試す真似事さ」
? なんのこと?
「どうせ相手にされない。だろ?」
知ったことか。近寄るな。
囁き声。「カネ、あるか?」
貸すか、バカ。
「違うって」握った手のひら・開いて見せる。
わたしは逃げ出す。
於白粉──違法なんてものじゃあない。
「気が向いたらいつでも来い」此処にいるぞ。「初回は古馴染み価格だ」
知るか、無法者。
(〝ケセランパサラン〟、恍惚の白い綿)
オシロイは──洒落で済まない。
*
鬼怒子との出会いが、わたしを狂わす。
綺羅々を相手に、別れを考える。
手首の時計、カレンダー。
月の満ち欠け/一巡り。
キララの鎖。わたしの首輪。
──所有物。
ベルトを起こして、
ツク棒を小穴から自由にする。
*
ヨォ。戻ってきたか。
(売人、笑う)。
先ずはお試し、タダ同然だ、持ってけ泥棒。こっちにゃ、ちっとも、利にならない。
そのかわり?
もし、気に入ったのなら。リピートはおれ以外にするな。絶対に。
なんでかって?
株が違うからさ。同じに見えて、全部違う。
上海、台湾、それから斯坦。東側。
株が違うと心に障るぜ。身体にも。
おれの株は特別だ。純度が違う。
このルートは他にない。だから特別さ。
天国を愉しんでくれ。あっちは最高だ。
なぜって?
ひとりを除いて、誰も一度も戻ってこない。
地獄? それは子供騙しの与太話。
おれ?
誰かが送り出してやらなきゃいけないだろ。天国で、閑古鳥が、啼いちまう。