B.O. 01(鬼の子)
血 to 味(血合:ちあい・けつごう)
綺羅々は、わたしの目が好きだと云う。
彼女は鬼の子。冷たい子。
ひと舐め、ひと咬み、ひとさらい。
この頃、毎夜々々と求めてくる。
少しだけ。ちょっとだけ。
もちろん、それで済むはずもなく。
結局、最後まで、キララは、わたしを好きにする。
風邪っぴきは、彼女のせい。
くしゃみ。鼻水。
*
咳/熱/のどの腫れ。
内科にかかる。
「保険証、無効です」
なんと。
「切り替えがされてません」
受付のお嬢さん、小声で教えてくれる。「間人専科なんです、ごめんなさい」
ああ、そうか。
キララのせい。
「ごめんなさいな」
冷たい子。
知っていたなら、教えてくれてもよかったじゃない。
「お見舞いに来てあげたわ」
それだけ?
「病院へ行きましょう」
四角て黒くて、ぴっかぴか。
霊柩車。
すごく大きな車に乗せられる。
「つらかったら横になれるわ」
棺桶の中?
キララは笑う。「わたしの膝の上よ」
わたしは甘える。病人特権。
はなみず、ずるずる。
彼女のスカートで、洟を拭く。
鬼専科・内科。違い/分からない。
*
全開祝いのプレゼント。
「開けて」
高そうなリボン。高そうな箱。
高そうな、腕時計。
「月齢カレンダーつきよ」
金の機械式/革ベルト。ダークブラウン。
「こうして」
巻かれた。巻き付かれた。
「どう?」
ありがとう。
左手首の腕時計。
キララの満足。わたしの満足。
わたしは彼女のお気に入り。
カチカチと、時を刻む。
「新月は鬼の領分」
(満月は、狼の領分)
「それとね、あなた。月の管理はきちんとして」
新しい保険証/紐付け。
新しい首輪。
女の維持費/メンテナンス。
お客がいると、追い返される。
近づきたくも、ないと云う。
「におい。そのにおい」
キララは鬼の子。冷たい子。
わたしの無理な時は?
「それを聞くの?」
キララは鬼の子。冷たい子。
ジャムの瓶。
薔薇のジャムで餌付けされる。
「舶来品よ」
本物だ。
「きちんと体調管理なさい」
キララは、わたしを支配する。
わたしはキララのものになる。
対等になれない、鬼とヒト。
キララは酷い子。冷たい子。
*
どうしても咬まれたい夜。
女の日。来客の晩。
男のジョーク。
毎月毎月、一週間も血を流し続ける生き物がいる。信じられるか?
気楽でいいね/なってみろ。
うろつく売血屋。
街で目に付く/目に入る。
キララは特別/きれいな子。
街にいるのは/格下給血者/供給者。
出来の悪い、給血器。
「おねーさん」
軽薄男の声は無視。
早歩き/ついてくる。
「憶えてないか?」
安い手口。お断り。
「俺だよ、俺」
しつこい客引き。お断り。
「懐かしいな、どうよ?」
どっか行け!
「変わってない」
男が笑う。「ムラカミ。カンジ・ムラカミ。憶えてない?」
痩せてる/ハゲてる。
面影。
急に記憶が遡る/はじける/引き上げる。
もしかして:あの〈覗きのムラカミ〉? 小学校の。死んだって聞いたような。
「そう、俺。生きてる」
うっわ。最悪/最低。ケチの付き始め。
「覗かねェよ」
当たり前だ。
「そんな色気のねぇパンツルックで、どうするってンだよ」
あんたなら脱がしかねない。
「脱いでくれるのか? 何色だ? どんな柄だ、きわどいか?」
ひゃっひゃっと笑う。
十も二〇も、老けて見える。
*
「後ろなら十歳、前なら五歳は若い」
其の手は桑名の焼きハマグリ。
「いいね。いい。とてもいい」
じゃあね。積もる話、一ミリもないのに、わざわざ声をかけてくれて、サヨナラ。
歩き出す/ついてくる。
「こんな上品な街角になんの用があって?」
あんたの知ったことじゃない。
「なにをイラついてるンだか。アレだろ?」
黙れ。
「アレが来ない」
来てるのよ!
「いや、鬼だ」
(ムラカミ、にやっと笑う)ぐいと、自分の袖をまくる。
「鬼、来ないんだろう?」
咬まれた痕/吸血痕。
だから、何?
「見た通りサ」袖を戻す。隠れる痕。「ちょっとした副業」
番号を書いた紙片/握らされる。
*
キララの呼び出し。キララと逢瀬。
彼女の牙に、わたしは沈む。
「いい味よ」
ありがとう。
「素敵だわ」
ありがとう。
「大事にしてね」
もちろんよ。
腕に絡まる小さな腕。足に絡まる小さな足。胸に納まる小さな頭。
髪の匂いと、咬み痕と。
「それじゃ、またね」
裸のまま/独り寝する。
くしゃみ。
クリネックス、どこ?