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 「どうしてきみたちがここにいる?」

 咎めるわけではなく、真実不思議そうに、キャロスは問うた。レジェンは後ろめたさを感じながら、全てを話さねばなるまいと覚悟を決めた。が、話そうとして、それより先に、キャロスがマリアンに向けて説明した。

「彼らはハオン島の、センプリーチェの住民です。島で会いました。マリアン様も覚えておいででしょう、港まで裏切り者を追ったあの夜です」

「ああ」

 マリアンがうなずく。と、その宝石のように輝く黒い瞳が、まっすぐにレジェンとチェリファリネを捉えた。そして次には、説明しようと機会を伺うレジェンだけを見つめる。

「――ああ、ハオン島か。いつか、モソ村でもきみを見た覚えがある」

「モソ村?」

「三年前かな。ずいぶん立派になった」

 彼は笑わずに言った。冗談でもからかっているのでもない、むしろ眉間に寄せたしわは、どこか申し訳なさそうな印象を与える。

 けれどレジェンはわからなかった。島では争ったはずの敵将なのに、顔を見たのは初めてだった。モソならともかく、センプリーチェの住民の中には、今も彼を知らない者は少なくないだろう。

 意外な言葉に驚いたのは、マリアンを除くその場にいた全員だった。しかし、目配せをされて、キャロスが思い出したように声を上げる。続いて、レジェンももしかして、と感づく。コモード軍が初めて、島にやってきたときのことだ。

 マリアンが立ち上がってレジェンに歩み寄る。それから彼の足元で膝をつくと、深く頭を下げた。

「申し訳ないことをした。あのときの従騎士は身分を剥奪し、刑に処した。どうか許してほしい」

「亡くなったのですか?」

「いや、遠い島で塔を建てているよ」

 それを聞いてレジェンは安堵した。

 思い出す。モソ村に使いに行って、コモードの来襲に遭遇したこと。馬を守ろうとして従騎士に剣を振るわれそうになったこと。そして、騎士に助けられたこと。

「では、あのときの騎士は‥‥」

「キャロスだ。わたしは後ろで見ていた――追いつけなくてね」

 苦笑いをして、キャロスを指差す。今までベッドの脇で立っていたキャロスもまた、改まって膝をつき頭を下げている。

 隣でチェリファリネがなんのことだと尋ねたが、あとで説明すると止めた。それからマリアンには、もう顔を上げるように促した。一国の王子に頭を下げられるというのは、かえって申し訳ない気分になる。キャロスにも改めて礼を述べた。

 マリアンはカースに、椅子を二つ、いや四つ用意するよう命じた。カースは丁寧にお辞儀をしてから部屋を出た。

 マリアンは再びベッドに腰を下ろすと、先ほどまでより小さな声で話を続けた。

「あの件があって、わたしは司令官の交代を父に願い出た。父は前の司令官が特別気に入っておられたようだが、あの襲撃は彼の命令だった」

「トルディアスタ公、ですね」

 マリアンがあえて伏せた名前を、レジェンははっきりと口にした。途端、三人の顔色が険しくなる。

「彼らの話をするときには、声は控えめにお願いするわ。この部屋の周りには今、大勢の騎士がいる」

 そう言ったのは、今まで黙っていた王女だった。女性にしては低い、アルトというよりテノールの声。彼女が身に纏うのは派手ではないけれど美しい朱色のドレスと、左腕には似合わない黒い喪章。王子と同じように黒い美しい瞳が、彼をたしなめる。

 マリアンが黙ってうなずく。と、ドアが叩かれ、カースが椅子を抱えて戻ってきた。マリアンは彼にそれらを並べるよう命じ、レジェンたちに座るよう促した。カースとキャロスも含まれている。深刻な話が始まりそうな予兆にカースは慌てて退席しようとしたが、王子に留まるよう制され、二人の兄弟は丁寧に前置きをして腰掛けた。

「ところで、話を戻そう。なぜきみたちがここにいる?」

 マリアンが問う。

 ここまで来て嘘をつくのは後ろめたい。レジェンはキャロスと別れてからのことをありのままに話した。

 クワジ山から不審な影が出てくるのを見たこと。山に入ると別の悪党がいて、彼らを追ってモソ村の港まで行ったこと。マリアンが出した追っ手の船に、ひそかにに乗り込んだこと。

 ことの発端は兄の行方知れずだということも話した。もとよりキャロスは知っているのだから、隠す必要はなかった。

「そうだったのか」

 呟いたのはカースだった。そういえば、彼にはここまで詳しくは話していなかった。それを謝ると、カースは首を横に振る。

「いや、むしろ今でよかった。最初に聞かされていたら、あの二人がきっと動いたろう」

 あの二人――マーティアルトとオリエルのことだろうか。そういえばカースは先ほど、彼らは王派だと言っていた。レジェンたちはそれがなにを意味するか気になったが、今は訊くべきではないと感じてやめた。

 レジェンは続けた。大陸に着いてから商人に出会い、彼の手引きでラグリマに行ったこと。そこで魔女と名乗る少女に出会い、指輪を預かったこと。

「魔女?」

 王女が訊き返す。レジェンはうなずいて、杯に隠していた指輪を取り出した。

「真っ白な髪の少女です。メリアン様を訪ねろと、これを預かりました」

「メリアンはわたしよ」

 王女は指輪を手に取り、調べた。そして悲しげに目を細め、溜め息をつく。

 ほんのしばらく、妙な沈黙が室内を包む。レジェンがそこで口をつぐんだからだ。続きがある。けれど、言うか言うまいか、悩んだ。

 いや、悩むというより、それは躊躇いだ。つい今朝方、山への道を見送った葬列。白い布に包まれ、簡素な棺に乗せられて運ばれていった小さな体。

「‥‥兄君は?」

 キャロスが尋ねる。レジェンは、ただ首を横に振った。けれど知らずのうちに膝の上の両拳は固く握られ、顔はうつむいていた。隣に座るチェリファリネがそっと、彼の背をなでる。

 カースは悟ったようだった。今朝方見た葬列とその後の彼らの様子を今の話に重ねれば、想像に難くない。しかし口には出さず、黙って弟に目配せをした。キャロスもそれ以上、訊こうとはしなかった。

 再びの沈黙は、先ほどより長かった。

 一つ息をついてから口を開いたのはメリアンだった。指輪の輝く左手で示したのは、先ほどまで自分の指輪が納められていたものだった。

「それ、デライフの杯ね」

 レジェンの膝上に置かれている、銀の杯。美しい花の紋様に飾られ、底には八枚の花弁に囲まれてなにやら文字が刻まれている。レジェンは一つうなずいて答えた。

「兄が置いていったものです」

「そう、お兄様が」

 言いながらメリアンは彼に歩み寄り、彼の足元でしゃがんだ。「いいかしら?」と断りを入れて、そっと杯を手に取った。

「杯の意味は知ってる?」

「はい、ブリランテの友人から聞きました」

「では、ここに書かれている女性は?」

「いいえ、知りません」

 そもそも文字を読めないのです、と続けて。そう、と呟くように言うと、メリアンは優しくほほ笑んで彼に返した。

「なんて書いてあるのですか?」

 チェリファリネが問うた。身を乗り出し、聞き逃さじと、メリアンの手首を掴む。この杯を見てからずっと、胸に抱いてきた疑問だった。

 メリアンは彼女の無礼を特に気にした様子はなかったが、ただ彼女をまっすぐに見つめていた。チェリファリネの乞うような瞳と眉間に寄せられたしわからは、乙女が異性に抱く愛情と嫉妬、それから不安が窺えた。メリアンはそれを、決して笑いはしなかった。

 彼女は少し躊躇ってから、大陸ではよくある名前よ、と前置きした。

「――〝パリス〟」

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