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 早すぎる目覚めを補うため、一行は今しばらく休むことにした。けれどレジェンとチェリファリネの二人はどうにも寝つけず、騎士らと少し離れたところで、だだっ広い眼前の草原をぼんやりと眺めていた。

 いいや、きっと見えてはいまい。見つめていたのは、混沌と乱される思考の行く末。彼の左肩と彼女の右肩は力なく互いに支え合い、けれどやがて彼のほうがその背を大地に委ねる。湿気を含む冷たい丈の短い草が、柔らかく彼の体を受け入れた。彼女もそれに従って、彼の腕に体を預ける。

 空が青すぎるようにも思える。白々しいまでに。

 その朝を、きっと二人は忘れはしまい。

「――嘘だわ」

 呟くように唇は唱える。

「魔女が嘘をついたのか、今しがた見たのが嘘なのか」

「きっと後者だ」

 彼は信じたいばかりに言う。愚かだ。占いよりなにより、目の当たりにした事実を疑う余地などあるはずもないのに。

 ふうう、と息をつく。太陽を見つめれば目が眩み、まぶたの裏には懐かしい思い出を見る。目頭が熱を持ち、彼は右腕で覆った。

 昼前には、六人は再び進み始めた。城はもう見えている。夕方には着くだろうと、オリエルは教えてくれた。レジェンたちは努めて明るく振る舞ったが、彼らが昼食にと分けてくれたパンも、うまく食べることができなかった。

 二人の異変に気付いたのはカースだけだった。どうかしたのかと問われたが、レジェンたちが答えることができずにただ黙ると、それ以上訊こうとはしなかった。そして放っておいてくれた。ほかの三人――特にオリエルが彼らに話しかけてもなるべく早々に助け舟を出して、二人が二人きりでいられるように図ってくれた。

「先の遺体は、まだ子どものようだったな」

 先頭の司祭が言う。そうですね、とマーティアルトが答える。それから、彼らはいったい、なににあんなに驚いていたのだろうと首を傾げる。列の後方でレジェンがそっとうつむいた。チェリファリネが儚げに震えるその手を、優しく握った。

 彼女だってきっとつらい。つらいはずなのに。

 こんなに自分が情けなく思えたのは、これで二度目だ。レジェンは感謝しながらも、やりきれない悲しさに目をつぶった。

 東に上がった太陽が西まで傾くと、オリエルの言った通りに城に着いた。白に近い灰色の石を積んだ立派な城壁と堀に囲まれ、島の集会所より何倍も大きな建物の向こうには、美しい塔がそびえている。今の時間は赤い陽に照らされてその色に染まっている。

 城は賑やかだった。大陸の国とはこういうものなのかと思ったが、この様子に騎士らも意外そうに驚いていた。開かれた門は武装した兵で固められ、周囲には市民らが集まっている。一行は人ごみの中を縫うようにしてようやく門に着き、葬列の帰りだと言って入城の許可を得た。が、当然のごとく、レジェンたちは足止めされる。

「メリアン様への使いだという。通してやってくれ」

 カースが言って、レジェンは慌てて杯に埋めた指輪を差し出した。門番は注意深くそれを調べてから間違いなく王家の紋が入っていると確認すると、一つ詫びて、二人を迎え入れた。城内の案内はカースが引き受けてくれた。オリエルやマーティアルトも名乗り出たが、カースが説明すると渋々諦めたようだった。

「メリアン様にお会いするなら、王派のあいつらじゃあ勝手が悪い」

 呟くように彼は言ったが、むろん、レジェンたちのわかることではない。

 ところで、と、カースはすれ違う兵にこの騒動を尋ねた。兵は嬉々とした表情ではきはきと答える。

「ああ、ハオン島から、マリアン様がお帰りになったのです」

「勝ったのか?」

「いいえ、けれどトルディアスタ公が順調だと仰っているのを聞きました」

 兵は、勝利は時間の問題でしょうと言った。対してカースは表情を曇らせるだけだった。少なくとも嬉しそうではない。

「トルディアスタ公が、か」

 ならば信用はできないな。呟くように言ったそれを聞いたのは、レジェンだけだった。

 ――トルディアスタ公。レジェンはその名を知っている。そう、ウォルドから聞いた。悪い噂を持つ騎士。レジェンは驚いて訊き返したけれど、カースはただほほ笑むだけで教えてはくれなかった。

 カースは続けて、メリアン様はどこだと尋ねたが、兵は知らなかった。では王子はと訊けば、御寝所に、と返ってくる。

「ならばそこだ」

 礼を言ってからレジェンたちを案内する。

 城内は騎士やら兵やら侍女やらが忙しそうに駆け回っていた。今夜は宴になるらしい。勝ったわけでもないのに、とチェリファリネが呟くと、王子のための慰労だよ、とカースが笑った。

「けれど戦も終わらぬうちに王子が帰られるとはな。なにかあったに違いない」

 深刻な面持ちで彼は言う。たしかに、そうだ。島の港でも、悪党の船を追って出た船に乗り込むことを控えていた。けれど実際なにがあったかは彼らの知るところではない。

 騒がしさの中心とも思えるくらい人でごった返す大きな広間の横を通り抜ける。カースは、あそこが食堂だと教えてくれた。それから中庭を抜けて大広間を横切り、さらに回廊を進む。ここまで来るとさすがに人気がなくなってきたと思った矢先、多くの兵が集まっているのが見えた。ある一室の前‥‥カースがやれやれと溜め息をつく。

「どいてくれないか、王子にお会いしたい――中にメリアン様はおいでか?」

 近くにいた兵に尋ねると、兵ははいと答えて道を開けた。それからドアの前にいた係の騎士が取り次いで、三人は中へ通された。

 膝をついて、カースが挨拶を述べる。レジェンたちは立ったまま、丁寧に頭を下げた。

 顔を上げるとそこにいたのは三人。大きくて綺麗なベッドに腰掛けているのは身なりの整った短い黒髪の男性。きっと彼こそ、マリアン王子だろう。その脇、ゆったりとした椅子に腰掛けているのは、王子と同じ顔をした、けれど髪の長い女性。驚いたのは女性だというのに、座っていてもレジェンより長身であることが明らかにわかった。大陸の人間は女性もこんなに背が高いのか、と、レジェンは思った。

 それからあと一人は――と、その人物は驚いたように声を上げた。

「兄さん?」

 カースが顔を上げ、レジェンたちも彼に目をやった。やや長い栗色の髪、白い肌。深いグリーンの瞳はカースを兄と呼んでから、次にその後ろに立つ二人を見た。

「きみたちは‥‥」

 互いに見つめ合う。気まずい――なるほど、カースに覚えを感じたはずだ、彼らはとてもよく似ている。

 マリアンやカースも、不思議そうに三人の様子を交互に見ていた。そしてついにマリアンが問う。

「知っているのか、キャロス」

 騎士は王子に向き直り、短く「ええ」と答えた。それからまだ開いたままになっているドアを気にして、外から見ていた騎士に閉めるように命じた。

 サー・キャロス。島で知り合った、唯一のコモードの騎士だ。

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