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 もちろん向こうは馬なのだから、徒歩で追いつくはずもない。が、早くから歩き始めたことは、彼らにとって、よい結果へと繋がったように思う。

 日が橙からやがて朱へ落ち変わろうとしたその時分、隆起した道を登りきったところで、その先に多くの人影を見た。影たちはそこで休むつもりなのだろう、小さな天幕を張り、やがて日落ちに周囲が夜闇に包まれると焚き火を始めた。レジェンたちはその明かりを頼りに歩き、けれど慎重を期して、まずはやや離れた木の陰から彼らを観察した。

 全部で四人、身なりからして三人は騎士だ。残る一人は平民か、けれどそれにしては衣服に恵まれているように見えるから、地位のある人物だろう。騎士らはみな兄と同じくらいの年齢だろうが、彼だけはもう一回りほど年長と見受ける。全員が左腕に、黒い布をくくっていた。

 幸いか、四人の中に先ほどの悪党はいないようだった。

 四人の会話はほとんど他愛もないものだったが、時折深刻そうに小声で話したことは、二人には聞き取れなかった。ただ溜め息をつき、年長の男は胸を二つ叩いてお祈りをした。

「あれは死者に捧ぐお祈りだわ」

 ぼそりとチェリファリネが呟く。なるほど、レジェンも記憶している。戦で死者が出ると、ブリランテの騎士たちは旅立った者たちに涙と祈りを捧げていた。

 パチパチと粉をはねる火に、騎士の一人が焚き木をくべる。

「ところで司祭様、わたしには大きな不安があるのです」

 ふと、それまで物憂げに黙っていた栗色の髪の騎士が言う。どうやら唯一騎士でないこの男は、ラドリアナ教の司祭らしい。しわがれた、けれど優しげな声は、つぶらに瞳を開いて返す。

「どうしたね、カース」

「弟のことです」

 カースと呼ばれた騎士が言うと、聞いていた三人はああ、と息をついた。弟、という単語に、レジェンは思わず耳を澄ませた。

「先に申し上げますと、わたしはこのほど、初めて葬列に参加しました。そして戦が始まってから初めて、フィーネ双山へ来たのです」

 ――呆然とした。山に運ばれた殉死者たちは墓もなしに、かつては美しかったそこがまるで地獄のようだった。弟はまだ無事だというが、いつかこの手で運んでやらねばならない日が来るかと思えば気が気でない、と。

 カースの言葉に、司祭は言葉を詰まらせた。代わりに答えたのは、隣に腰掛ける黒い髪の騎士だった。

「不安がそれだけだというならば、カース。きみは戦に出向くべきだ。それならばきみは、この葬列に加わることはないのだから」

 優しい言葉ではない。目は冷たく遠くを見据え、嘲るように溜め息をつく。カースはギッと睨みつけたけれど、すぐにやめた。

「そうだな」

 うつむくと、暗がりに映える白い肌が青くも見えた。どこか見覚えのあるその横顔は、遠い島を思い起こさせる。

「行こうか」

 レジェンの発した言葉に、チェリファリネは振り返った。行こうか、とは?

 訊き返す間もなく彼は歩き出し、四人の元へと進んでいった。チェリファリネも慌てて追いかける。彼はさも今来たばかりのような顔をして、四人に挨拶をした。

「こんばんは、騎士様がた、それから司祭様」

 気付いて振り返った騎士らは、一様に驚いたようだった。レジェンたちはいつも通りに夜闇の行脚をたしなめられたが、丁寧に名乗って身分を明かすと、快く受け入れられた。

「これは不思議な客人もあったものだ、島からの旅人とはな」

 そう笑ったのは先ほど冷たい言葉を放った黒い髪の騎士だ。マーティアルトと名乗った。

 彼は二人に焼きあがった芋を振る舞った。大したものはやれないが、と前置きしたが、アンジェニから貰ったパンも尽きかけていた二人には大きな恵みにほかならなかった。

「感謝します、サー」

 言うと、四人はほほ笑んだ。それからオリエルという騎士は、二人にマントを貸してくれて、レジェンたちは暖かい夜を過ごすことができた。

「そちらの彼女だけなら、一緒に寝てもいいのだけどね」

 マーティアルトの冗談に、チェリファリネは顔を真っ赤にして憤慨していた。

 皆が寝静まったころだった。レジェンが消えぬ炎に目を覚ますと、カースはまだ起きていて、夜空を眺めてなにやら思案している様子だった。

「どうしたんですか」

 声をかけると、彼は静かに振り返った。いいや、と溜め息混じりに彼はほほ笑んだが、レジェンは気になってその隣に腰掛けた。

 しばらくの沈黙を駆け抜けるのは、ひんやりと冷たい一陣の風。新月の近い空には、小さな星々が己の輝きを誇らしげに瞬かせている。

 パチッ、と炎が粉を上げた。

「島では、コモードの評判はあまりよくないと聞く」

 唐突にカースが切り出した。どこか悲しげに、またこちらの心中を探るような語りかけに、レジェンは気構えた。

「たとえ戦に勝ったとて、このままでは島をどうすることもできまい。それなのに戦を続ける意義が、わたしにはわからないのだ」

「‥‥だから、あなたは戦に出ないのですか?」

「いいや。むろんそれもあるが、妹が足を悪くしていてね」

 早くに両親を亡くしたがため、その世話をできるのは彼しかいなかった。

 尽きることのない溜め息。それきり彼は黙ったが、真意を推察することは難しくはない。勝って利のない戦に弟が出ている。いつなにが起ころうとなにも不思議のない地に、愛すべき弟がいる。だがこれは盗み聞きしたことだ、口に出すわけにいかない。レジェンもまた、口をつぐんだ。

「ところで、きみたちはこれからどこへ行くんだ?」

 一つ息をついてからカースが口にした問いに、レジェンは逡巡した。というのも彼はまだ、そもそもなぜ大陸に渡ってきたのかを明かしていなかった。カースたちが正しい城の騎士ならば、真実を話すことは悩ましいことだ。なぜなら、親切にしてくれた彼らを疑うことになるのだから。

 いいや、けれど、行き先くらいはいいだろう。また後々、城で会うことがあるかもしれない。

「ある人の忠告で、コモード城へ向かっています」

「城へ?」

「はい、メリアンという人に会え、と」

 言いながら、彼は兄の杯に埋めた指輪を取り出した。と、カースはひどく驚いてそれを見つめた。

「メリアン様だって?」

「ご存知なのですか?」

「知っているもなにも、メリアン様はこの国の王女様だ」

 いったいだれの忠告だ、と彼は問うたが、アンジェニの名を出したところで、彼はわからない様子だった。しかし指輪を調べればたしかに王家の紋章があると言って、レジェンの話を信じてくれた。

 レジェンは再び、杯に指輪を埋めた。カースはその杯がデライフの杯だと見ると、これも不思議と首を傾げて問うてきたが、レジェンは答えなかった。カースは特に追求する様子もなく、火が弱くなってきたことを区切りに、もう休もうと横になった。

 いよいよ尽きた焚き木から、白く細い煙が立ち上る。

 もといた寝床に戻ると、いつから起きていたのか、チェリファリネが小さく彼の名を呼んだ。

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