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 「‥‥そんなバカなこと、あるものですか」

 チェリファリネが顔をしかめる。

「未来を知ることなどだれにもできやしないと、母さんはいつも言っていた。だからこんな戦争が起こったのも仕方がないことだって。未来はだれにも等しく訪れるのだと」

「それは人間の常識だ」

 チェリファリネの主張を、アンジェニは短い言葉で一蹴する。湯気を上げるカップを傾けながらも二人からそらさない彼女の視線は、まるで心のうちまで見透かしているようにも思える。

 一つ間を置いて問うたチェリファリネの言葉にも、彼女はすぐに答えた。

「ならあなたは、人間ではないというの?」

「いいや、人間さ。けれど父親は、人間ではなかった」

 さも当たり前のように言うアンジェニに対し、チェリファリネは苛立って口をつぐむ。レジェンは冷静に、相手がどんな説明を続けるのかを待った。

 が、その期待は裏切られる。アンジェニはそれ以上自分の身の上を語ろうとはしなかった。

「世の中に平等なものなどなにもない。実際、いいかい。わたしが少しばかり未来を見られたとて、戦はこうして起こっているだろう」

 ぎろりと、チェリファリネを見つめながら。睨みつけているようにも見える。

「いかに未来を知れようと、地位がなければ無意味な能力だ」

 反戦を訴えたとて、国王がやるというなら止められはしない。なるほど、それには、チェリファリネもうなずくしかなかった。

「わたしはあんたたちに会う必要があった。だからアウクには、島の子どもに会うことがあれば、ラグリマまで連れてくるように前々から言っておいたのさ」

 もっともらしい口ぶりは、かえって疑問を抱かせる。

「必要?」

「そうさ‥‥わたしの考えは、間違っていなかった」

 満足そうに笑いながら、彼女は続ける。手元のカップは次第に熱を失っていくけれど、レジェンはそんなことに気付きもせず、彼女の口許に注目していた。

 パチパチとはねる暖炉のまきが、いやにうるさい。

「わたしには地位がない。それはわかったね?」

 二人はただうなずく。子どもに説くような口調が気に食わないのか、チェリファリネは眉間にしわを寄せたまま腕を組んで悪態をついている。対してアンジェニは気に留める様子もないから、チェリファリネは余計に苛立っているようだった。

「だから、戦がどんな結末を招くかを知っていても、訴えることはできない。いいや、一度は試みたんだがね」

 自嘲気味に笑いながら、彼女は振り返る。かつて――そう、ほんの一年、二年前。彼女はブリランテにいたのだという。しかし、戦を続ければブリランテは滅びると唱え始めると、彼女は反逆者として捕えられた。

 当たり前だ。未来がわかるなど、だれが信じようか。

「危うく刑に処されるところだったが、なんとか逃げ延びてね。ここに落ち着いたわけさ」

 多少なり地位があれば、理解を示す者もあったろう。しかし、ブリランテではただの反戦論者の戯言、狂言としか思われなかった。

「けれど、それがどうして、ぼくらに会う必要と繋がるのです? それにぼくらにだって、地位はありません」

 疑問を重ねる。そう、彼らに地位はない。そもそも島には身分の上下がないのだから。反戦を唱えるのに地位が必要ならば、自分たちだって彼女と同じ。レジェンはそう考え、不安げに眉をひそませた。

 けれどアンジェニの考えは違う。彼女はほほ笑んで言った。

「もとより身分制度がないのだ、つまり、あんたたちの地位は身分でははかれない」

 言ってから思考に視線を泳がす。

「それが本来の生き物の姿だと、わたしは思うがね」

 嘲笑しながら続けた言葉尻は、悲しげにくぐもった。地位――それが彼女にとってなんなのか、島の二人にはわかるはずもない。なんと返せばいいのかわからずにレジェンがチェリファリネに目をやれば、彼女もまた、困惑したように彼を見つめていた。

「――あんたたちこそ、この戦を終わらせることができる」

 一つ息をついてから、アンジェニが真剣な眼差しで言う。

 ――だから、アウクには言っておかねばならなかった。そうでなければ、二人の足跡は港で途絶えていただろう。

 島民でありながら、大陸まで自力で渡ってきた彼ら。彼らこそ、この戦の真実に最も近付ける。

 国にも地位にも縛られない彼らだからこそ、託せる希望。

 アンジェニの予知はそう言っていた。

「けれど今のあんたたちは、危険な方向に進もうとしている。だからわたしは、あんたたちに会わなくてはいけなかった」

 危険な方向――大陸に無知で、しかもまだ幼い二人だ。兄を追ってきたというだけの彼らならばなおさら、道を過ちかねない。アンジェニはそれを危惧していた。

 また一つ、息をつく。

 アンジェニは再び、レジェンとチェリファリネの顔を交互に見る。レジェンは興味を示したが、チェリファリネはまだ疑っているようだ。致し方あるまい、無理強いもしたくはない。

「説明も飽きたな」

 空になったカップを流し場で洗う。アンジェニは一つあくびをしてから、奥の物置から布団を引っ張り出し、床に敷く。そこで寝るようにと言って、自身は暖炉の火を消してから、ベッドに身を放った。

 部屋を照らすのは、ろうそくの灯火。それもじき、消えるだろう。

 沈黙に包まれる。

 レジェンは深く考えていた。考えたくなくとも。

 アンジェニの話は、正直、素直には信じられない。未来が見えるなどといわれても、それは不確かだ。けれど自分たちこそ戦を終わらせることができるのだといわれれば、無下に疑うこともできない。

 危険な方向。兄を一心に追い続けたことが、そこへ進ませていたということだろうか。

「――やはり不満か? チェリファリネ」

 横になりながら、呟くようにアンジェニが言う。気になってレジェンが目をやれば、チェリファリネは背を向けたまま、壁をじっと見つめていた。

「‥‥言いたいことはわかってる。そう、ブリランテはいずれ、コモードの領地となる」

「負けると言いたいの?」

「いずれ、ね」

 今さら言わずもがな、チェリファリネはブリランテ寄りだ。いいや、島民の全てが、といって過言でない。

 ブリランテの負けは、島民の負けでもある。

「フィーネ双山がコモードにあるかぎり、コモードはコモードであり続ける。‥‥が」

 フィーネ双山。ラドリアナ教の聖地だと、アウクは教えてくれたっけ。

「今すぐの話じゃあないさ」

 それに、チェリファリネは答えない。

「兄に会いたいのなら、あと一週間、ここに留まれ」

 眠そうな声でアンジェニが言う。なぜ、と尋ねようとして、答えは返ってこなかった。代わりに静かな寝息が聞こえて、彼は諦めざるを得なかった。

 どうにも腑に落ちないことばかりだ。だけれどその正体が見えずに、彼は無理に自分を納得させる。

 ふっと、白く細い煙だけを残し、ろうそくの灯火が消えた。

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