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 このアウクという男にすっかり心を許したわけではない。ただ彼も人間だと、当たり前のことに安心しただけだ。

 アウクは二人に親切にした。森に入り少し進むと洞穴があり、彼の馬が休んでいた。彼は荷車を繋げ、背負っていた荷物を載せる。それからレジェンたちに大きな毛布を手渡すと、荷車に乗るように言った。

「ちいとつらいだろうが我慢しな。それからおれの荷物には触るなよ。これに包まって隠れてろ」

 大きな布は二人を容易に覆った。アウクは荷車の上の二人を見ると苦笑して、これもいい経験だ、と呟いた。というのも本来、荷車に乗るのは荷物か罪人か、どちらかでしかないからだ。大陸の民にとってはひどく屈辱的なことで、それになんの抵抗も感じないのは、つまり二人はそれを知らなかった。島ではごく一般的な移動手段でもあったからだ。

 馬を進めながらアウクがそれを話すと、チェリファリネは降りて歩くと言い出した。しかしレジェンに止められ、また彼女自身に歩く元気もなかったから、渋々耐えた。

 森を走る荷馬車はガタガタとよく揺れた。馬も走るというほど速くはなかったが、荷車の二人は乗り物に必死に掴まっていなければならなかった。

 日が昇るころには森を抜けた。きっと島ならこれだけ進めば反対側の海岸に着いてしまうだろうが、そこにはさらに広い、起伏の激しい草原が広がっていた。波打つ地形はその向こう側を隠し、どっちに進めばいち早く海に出れるかなどもわからない。

 振り返れば、港を出たときにも見えた山が少しだけ近くに見える。昨夜は暗さもあって見えなかったが、朝日に照らされて、実は同じくらいの大きな山が二つ並んでいたのだとわかる。

「フィーネ双山だ、ラドリアナ教の聖地さ」

 だが、今は行かないほうがいい、と続ける。信者はその命を終えるとこの山で弔われる。神話を模したもので、本来なら神聖な儀式を行ったうえで火葬されるが、なにしろこのご時勢だ。とても追いつかないのだという。

「兄さんがいないことを祈るんだな」

 可能性を否定できない言葉にチェリファリネはギッとアウクを睨みつけたが、彼は振り向きもしなかった。

 あまりの振動に疲れ果てた二人のために、アウクは見晴らしのいい丘の上で馬を止めた。親切はありがたいが、彼のような人間のそれには疑いを抱いてしまう。彼もわかっているのだろう、朝食をとろうとして二人が少し離れて座ったのを咎めはしなかった。

 ――やはり、不思議だ。

 アウクはなにを考えているのだろう? レジェンは船内で失敬してきたパンをチェリファリネと分け合いながら、男を眺めていた。

 アウクは、兄をさらった悪党どもはラグリマに行くといった。城ではなく。そこから察するに、ラグリマはあまり治安のいい場所ではあるまい。アウクだってもともとはこの荷物を届けるために向かっている。夜闇に紛れて港に運ばれた荷物だ――推測におよそ間違いはあるまい。

 レジェンの探るような視線に、アウクは始めこそ無視していたが、やがて耐え切れずに口を開いた。

「レジェンといったな、小僧。もう一度訊くが、おまえは本当にコモードびいきなのか?」

 昨夜のような恐怖はないが、彼の目を見ればもう嘘はつけまい。レジェンは一つ間をおいて、首を横に振った。

「いいえ、あれは嘘です。しかし友人がブリランテの騎士です。その友人が、マリアン王子をそう評したのです」

 答えにアウクは苦笑する。島民ではなく、敵軍の言葉だったということのほうがもっと滑稽に思えたらしい。それからこう続けた。

「ああ、その友人はいい騎士になる――惜しいな、そいつはコモードに生まれるべきだった」

 口に水を運びながら呟いたその真意を、レジェンたちがわかるはずもなかった。

 ただ。

「ブリランテの裏切り者は、そんなに身分の高い人なのですか」

 レジェンはまっすぐにアウクを見据えて、問うた。答えは、やはりすぐには返ってこなかった。

 馬が嘶き、アウクは一つ、息をつく。それから言い聞かせるように、レジェンに言った。

「いいか、小僧。おれみたいな人間は、信用が一番大事なんだ。本当はおまえたちだって始末しなきゃならなかった」

 その目が寂しそうに見えたのは気のせいだろうか。口に運んだパンの欠片を、アウクはじっくりと味わうようによく噛んだ。

「名前は言えない」

 静かな声に、レジェンはそれ以上、問い質そうとは思えなかった。

 それから幾度か進んだり休んだりを繰り返しながら、彼らは港を出てから二日後の夕にラグリマに着いた。

 アウクは一緒に町に入るのは怪しまれるからと、二人に先に行くよう指示した。むろん裏切ることもできるが、レジェンはそうしようとは思わなかった。

 この二日間、アウクは彼らにとても親切だった。理由はやはりわからないが考えがあるに違いない。二人にとっていいことであれ、悪いことであれ。

 荷車を降りて歩き始めると、チェリファリネは大きく伸びをした。思えばアウクといた間、彼女はほとんど黙っていた。そして、不満げに言う。

「レジェン、あなた、あの人の言うことを信じるの?」

 赤い日に照らされて、ラグリマはもう目の前に見えていた。振り返ればアウクの姿も見える。チェリファリネにしてみれば、ただなんらかの企みのもと、利用されているとしか思えまい。

「あそこまで言っておいてだれは言えないだなんて、本当は嘘なんじゃあないかしら」

「でもチェリファ、裏切り者の話は、もともとはきみがしたじゃないか」

「それじゃあなんていうの? 寝返る理由なんてそう多くはないわ――なにか言わなくちゃ、わたしたちはもうここにはいなかった」

 募った苛立ちが、彼女の舌をお喋りにする。ずっと考え続けていたのだろう、語るうちに、声に混じる震えが強くなる。

 レジェンは彼女の肩を抱き、静かになだめた。

「わかってる。ぼくだって死にたくはないさ、だから彼の言うことを聞く」

 もう一度振り返る。これで最後にしよう――何度も確認しては、不審がられる。あとはまっすぐ、ラグリマを目指す。

「彼が善意でこうしてくれてるなら、それほどいいことはない。けれどきみの言う通り、ぼくは騙されてるのかもしれない」

 ――けれど、従わなければ彼は容赦しないだろう。本来なら生かされもしなかったはずなのだから。

「考えたんだよ、チェリファ。もし彼に企みがあっても、決して兄さんをさらったあの悪党どもとは関わりのないものだ。だってそうだろう、港の三人の兵は、ぼくらを知っている」

 三人の兵が交代だからと別れたあとは、彼はずっと二人といた。レジェンたちがあの港にいたことは、アウクも含めて彼らのうちのだれにとっても予想外のことだから、計画できたはずもない。彼一人の判断であることは間違いない。

 一番危ないのは、アウク自身だ。二人を助けたことで、捕まればどうなるかしれない。

「たとえばこれが罠だったとしても、彼が悪党と組んでないのならそれほど恐ろしくもないさ」

 それにぼくらは一人じゃない。兄はもっと大勢の悪党に、たった一人連れ去られたんだ――言いかけてやめた言葉だったけれど、チェリファリネは察して、黙ってうなずいた。

 島を出てから。ガウリスが連れ去られてから、もう一週間が経とうとしている。

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