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 「そうさ――昼間、島からの船が来たことは知っているか? ぼくらはそれに乗ってきた」

 ここまでは嘘ではない。問題は、どう繋ぐか。なにをどう言えば、彼は興味を示すだろうか。

 できるだけゆっくりと話す。その間に、できる限りの思考を巡らす。

「王子にはこの間知り合ったばかりだけれど、とても信頼できる人だ。ぼくらが大陸に渡りたいと言ったら、快く乗せてくれた」

「嘘をつくな。あの船は城への使いだ」

 口を挟んだのは見張り兵だ。けれどレジェンは、こともなしに答える。

「そうとも、それに便乗させてもらったのさ」

 商人が訝しげに唸った。

 三人の兵が、二人を見据えて構えている。商人の合図一つで、彼らはすぐにも動けよう。レジェンはチェリファリネを背に、下手なことはできない。

 脈がうるさく鼓を打つ。がくがくと震える膝は、もともと不安定な足場をさらに危うくする。

 と、商人が言った。

「島――ハオン島から来たのか?」

 じろりと光る黒い瞳に、二人は萎縮する。

「島じゃあコモードの評判はよくないと聞く。小僧、おれをなめてるのか?」

 言葉に反応して兵たちの手がわずかに動く。それを制したのは商人だけれども、目をレジェンから離しはしない。

「そうとも、ほとんどの島民はみな、ブリランテびいきだ」

 けれど、と続けて。

「ぼくらはコモードの‥‥いや、マリアン王子を信用している」

 チェリファリネが彼の袖を強く握り締めた。ふいと見やれば、ひどく怯えた表情で震えている。レジェンを睨みつける険しい目つきは、彼の嘘を無言に責める。

 彼女はコモード軍を疑っている。キャロスと話しても、悪党を追うマリアンの姿を見ても、それを払拭することはできなかった。

 レジェンは商人に視線を戻し、彼女と互いに握った手に力を込めた。

「あの方は信頼できる方だ。もしぼくがこの国に生まれていたなら、ぼくは喜んで、あの方に尽くしたろう」

 ウォルドの言葉をそのまま述べる。商人は少し考えてから、こう問うた。

「小僧、おまえの親は、どちらびいきだ?」

「他の島民と同じ、ブリランテさ――知らないのさ、本当のことを」

 答えを聞いて、商人は鼻で笑った。興味深そうに目を見開き、三歩、二人に歩み寄る。

「なるほど、ならよほどの理由があるというわけだな」

「理由?」

「親も信じぬ敵軍の将をそこまで称えるのはなぜだ、ということさ」

 理由。

 とっさには、いい言い訳が思い浮かばなかった。

「言えないことか? それとも、やはりデタラメか」

 商人が右手を腰まで上げると、兵たちが上体を落とし抜き身の剣を中段に構えた。月明かりを返す光が走り、二人を襲う。縛り付けられたように身動き一つとれず、冷たい恐怖が体を突き抜けた。

 ――覚悟。

 その途端、チェリファリネが叫んだ。

「裏切られたのよ!」

 悲鳴にも似たそれになにを思ったか、商人は眉をひそめた。そして二人が今にも切り捨てられようとするところ、一つ合図をして、兵を止めた。

 二つの太刀筋がレジェンの首と腹を、一つがチェリファリネの胸を刺すまさに間際の制止。兵らは商人を睨みつけるように一瞥して、二人から退いた。

 チェリファリネが、足元から崩れていく。

「裏切られた、とは?」

 商人はもう笑ってはいなかった。その目は疑り深く、口をへの字にしてこちらの答えを待っている。

 剣を突きつけられた恐怖からか、チェリファリネはすっかり怯えきっていた。瞬きもせず、震える手はあまりに憐れだ。

 レジェンはしばらく考えてから、話を繋げた。これを言うことが果たしていいのか否か、迷いはあったけれど、ほかには思いつかない。

「ぼくの兄がさらわれました」

 反応は、意外なものだった。

「犯人はコモード軍のだれか。けれどそれは、コモード軍にとっても裏切り者です」

 商人は黙って聞いていた。両の腕を胸の前で組み、時折、髭をぼりぼりと掻く。思うにこの商人は賢い。辻褄を合わせることで精一杯だ。

 裏切り――そうだ、味方としていたブリランテに裏切られたといえば、寝返ることも不思議はあるまい。本来なら敵であるマリアンを信頼していると言ってしまった以上、チェリファリネの一言はいい助けになった。

「兄は刀鍛冶でした。もちろん、戦場には出ません。それなのになぜ悪党どもは兄を連れ去ったのか、甚だ不思議だったのです」

「それをブリランテのだれが助けたと?」

 ごくりと唾を飲む。潮風が吹くだけの沈黙に、だれも口を開けない。

 商人がおもむろに辺りを見渡す。そして見張りの兵たちに持ち場に戻るように言うと、兵らは訝しげながらも従った。

「やつらはもともとこの港の見張りだ。おれが買収した――そろそろ交代の時間だからな」

 ボソボソと説明する商人の声は、いくらか和らいでいた。それから彼が二人を促し、三人は港を離れた。息のかかった見張りが交代となれば、そこにいつまでもいるわけにはいかない。

 こうなればもう、逃げることもできる。レジェンはそう思ったが、やめた。というのも、この話の流れから言って、商人の行動はあまりに不可解すぎる。

 いつでも逃げられる。ならば、もうしばらくついて行っても損はあるまい。どうせほかに、なんの手掛かりもないのだから。

 港を出ると、北の遠くには城下町が、西には森が広がっていた。その向こうには大きな山も薄っすら見える。

 商人は用心深く辺りを見渡し、人気のないことを確認して、二人の先を歩いた。

「裏切り、といったな。やつめ、ついにボロを出したか‥‥いや、もとより目立つ身分の男だ、そんなことだろうとは思ったが」

「え?」

 呟きに思わず疑問符を漏らす。商人は鋭く聞き取って、それからおかしそうに笑った。

「なんだ、やっぱり出任せか」

 二人は思わず立ち止まったが、気付いて商人が振り返ったとき、また彼について歩いた。商人の顔にはもう、険しさも恐ろしさもない。

「そう怖がるな。おれだって人間だ、命惜しけりゃ嘘もつく」

 なにを考えているのか、首を傾げずにはいられない。

 三人が向かったのは城下町ではなかった。商人に尋ねると、これからラグリマに行くのだと言う。もとは独立した国だったが、数年前にコモードの配下に落ちた。今は少しずつ復興してきているが、ブリランテとの国境に位置するため、そのうち戦場になるだろうと彼は言う。

「徒歩で行くにゃあ四~五日かかる。馬なら二日だがな。途中で休ませてあるから、まずはそこに寄るぞ」

「ちょっと待って」

 唐突な説明に、チェリファリネが口を挟む。

「わたしたちも行くの?」

「兄さんを探してんだろ?」

 その一言に、レジェンとチェリファリネは顔を見合わせた。

「さらってきた人間を堂々と城へ連れていくほど、やつらもバカじゃあないだろうさ。行くならラグリマだ」

「あいつらを知ってるの?」

 興奮気味に問うレジェンに、商人はまた笑う。

「なに、ちょっとかじった仕事さ。だが人さらいにゃあ関わっちゃない、おれの仕事は品運びだからな」

 人間はお断りだよ、と続けて。とすると、また疑問――いや、疑いが生まれた。

「ブリランテ軍に、本当に裏切り者がいるんですか?」

 商人はしばらく考えた末、一つうなずくだけで答えた。だれが、と訊こうとしてやめる。

 ふと思い浮かべるのはウォルドの顔。いいや、彼だけはあるまい。不正を嫌う立派な騎士だ。

 ほかにも親しい騎士はいくらもいる。もしかしたらと思えば、知るのは怖かった。

 二人は商人に従うことにした。男は、アウクと名乗った。

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