序章
そのころ、世界はまだ小さかった。
海に浮かぶのは二つの大陸と八つばかりの島。大陸の国々はわずかばかりの土地を争って戦を繰り返していた。
仕方のないことだ。全ての文明は、戦場の上に築かれる。必然だ、富を求めて得た土地なのだから。
その島だって、いつかは優れた文明を築き上げるだろう。
その島――ハオン島。
八つのうち最も大きなその島は、温暖な気候と肥えた土にも恵まれ、人々は豊かに暮らしを送っていた。自然の恵みというのはあればあるほど、その土地に住まう者の心をも平穏に保つ。大陸の国々との交易も、ごく友好的に行われていた。
また、ハオン島は最も美しい島とも称された。島の象徴ともいえるさくらは年の半分は咲き続ける。また花のない時期は残る緑を楽しみ、大陸の民にとって島は憧れの土地だった。
島に国はなかった。厳しい法律もなく、ただ親から継がれた人を思いやる心だけで人々は暮らせた。
町が一つ、村が一つ。四百余名のわずかな人口には、それで十分だったのだろう。
そのころの島は、本当に幸せだった。
主のないその島に大陸の国々が目をつけたのは、まったく不思議なことではない。
その豊かな恵みはもちろん、この自然の美をわが国だけのものとする。それが叶えば、国の繁栄は目に見えた。
初めに島に乗り込んだのはトオン大陸の中央に位置する、コモード国だ。彼らはまず島の北にあるモソ村に入り、支配下に入るように命じた。
とはいえ島民とて、突然そのように言われても受け入れられるはずがない。村民が断ると、騎士たちは彼らに手を上げた。
少し遅れて島にやって来たのは、やはりトオン大陸の南部に位置するブリランテ国だった。彼らは島の南西にある町、センプリーチェに入った。目的はもちろん島を支配下に置くこと――つまりコモードと同じであったけれど、このときの状況はブリランテに有利に働いた。
島民には、侵略者に対して抗う術がなかった。これまで大きな争いなどなかった島だ、その友好的な性質が災いしたといえる。
コモードの騎士たちがモソ村でどんな乱暴を働いているかは、既にセンプリーチェにも伝わっていた。それを知ったブリランテは、島民を守るとだけ言えばよかったのだ。
ブリランテ軍はまず、コモード軍に対してすぐに撤退するよう求めた。むろん、コモードが簡単に従うはずもない。
そもそもコモード国は強大な武力を持ち、大陸ではここ数年で急速に領土を広めた実績がある。ブリランテにおいても同じように幾年かのうちで領土を広げたが、それはコモードを恐れた小さな国々が頼ってきただけのことだ。
国はいつしか隣り合う。島での接触を機会とばかり、両国は戦場を大陸にも島にも分けて争いを始めた。互いに大きな犠牲を払いながら、それは七年に亘り続いた。
のちに島の名を取って、「ハオン島戦争」と呼ばれるようになる。