「変な子に、つかまった」
「ミステリアスな顔で、意外とお気に入りの下着はイチゴ柄の、柳橋美綺さぁーん!!」
校庭の真ん中で、美綺の恥ずかしい秘密を叫ぶ百合葉。
悪気は、ない。
悪気はないのだけど、全速力で駆けてきた美綺の表情には、さすがに、
「あ、あれ!? もしかして、すごく怒ってる!?」
ぜはー、ぜはーと息を切らす美綺。
「謎めいたクールビューティ」のイメージを、入学一週間と経たずに破壊されて、怖い笑顔を浮かべる。
「ふ、ふふ。むしろ、なぜこれで友達になれると思ったのか。説明を聞こうかな?」
と、その前に。なんだかもう、高等部中の注目を集めてるので、百合葉の背中を押して、体育館裏へ連れて行く。
「うん、でもやっぱり、来てくれた! ありがとう、柳橋さん!」
悪びれもせず、にこっと笑う百合葉。
真夏に咲く大輪の向日葵を思わす、燦々スマイルに、美綺も邪気を抜かれて、盛大なため息。
「……まったく。君は何故ここまでして、僕と友達になろうとするんだい?」
アイドル仲間の詩織から、紹介されたから……というだけでは、説明つかない。
百合葉の性格なら、他に友達なんて、いくらでも作れそうなのに。
「言っとくけど。もし、僕をアイドルに誘おうなんていうなら……」
詩織先輩から聞いて、そんなことを考えてるとしたら。
きっぱり断ろうと、百合葉を睨んで。
美綺は、ぎょっとした。
「……」
百合葉が視線を泳がせている。汗ダラダラで、顔を真っ赤にしながら。
(何も考えてなかった顔だァァーッ!?)
アイドル美滝百合葉。この前も、国営TVの人気バラエティで、5歳児に「ボーっと生きてんじゃねえよ!」と叱られてるのを観たけれど。
どうやら美綺の想像以上に……ノリと勢いだけで、突っ走るタイプだったみたい。
今、美綺に問われて……やっと「なぜ、友達になりたいのか」、理由を考え出した様子の百合葉。
うーん?と首を傾げていたけど。
心底、不思議そうに。きらきら銀河を閉じ込めた瞳を、こちらへ向けて、
「仲良くなろうとするのに、理由なんて要るの?」
びっくりするぐらいの真っ直ぐさが、美綺の胸を貫いた。
打算も損得の勘定も無い。けれど、すごく傲慢でもある……。
だって、自分と友達になるのは、相手にとっても幸せなことだって、そう信じて疑ってないんだから。
(ああ、この子は……どうしようもなく、恒星なんだ)
目の前に立つ少女が、紛れもなく、TVで見るアイドル、美滝百合葉なんだと、美綺は納得した。
そして、俄然興味が湧いてきた。
一方、百合葉は。
美綺の沈黙を、まだ怒ってると勘違いして。
「あ、そうだ。ふふ、キスしてくれたら、教えてあげちゃおうかな♪」
なんて、アイドル仲間、南原美緒奈の真似をして、ふざけてみたら。
「あはは、冗談、冗談。って、えぇぇぇぇっ!?」
薔薇色の唇が、近付いてきて、重なった。
「……ちゅ」
春の夕方。放課後の体育館裏。
若葉より甘く、いい匂いがして。そよ風に揺れる美綺の黒髪が、百合葉の頬にも掛かる。
基本いつも騒がしい百合葉にとって、自分の心臓の音が、こんなにもはっきり聴こえるなんて……いつぶりだろう。
「!? !? ……!?」
つい腰が抜けて、顔から火を噴きながら、座り込んでしまう百合葉。
美綺は、照れ臭そうにしつつも唇をなぞり、
「ふふ、君はお星さまなんだね。……もっと、知りたくなったよ」
めちゃくちゃ整った顔で、微笑んだ。
百合葉が口をパクパクさせていると、向こうからマネージャーの声。
「こら、百合葉。校門で待ち合わせのはずだったじゃない。夜の収録が有るんだから……って、どうしたの」
日向さんへ会釈して、美綺はご機嫌な様子で、百合葉にもウインクを贈った。
「ふふ、じゃあ、ご機嫌よう。また話そうね、美滝百合葉さん?」
腰の下まで届く長い黒髪を、ふぁさっとかき上げて、優雅に去っていく。
「ア、アイドルのファーストキスを、奪うだなんて……!」
謎の敗北感……けれどあまりに美綺の顔が良すぎて、ドキドキしてるのも否めなくて。
百合葉は、この日一番の大声を上げた。
「お、覚えてなさいよぉぉぉぉぉぉぉぉッ!?」
……これが、美滝百合葉と、柳橋美綺の出会い。
後には、2人ともが「変な子につかまった」と笑い合う……そんな、始まりの思い出。