shout
美滝百合葉の、歌手としての売りは、何と言っても爆音シャウト。
アニソン界の大御所たちにも迫る声量で、マイクを破壊することもしばしば。
けれど。子役で芸能界入りした頃の百合葉はといえば、とても、引っ込み思案な女の子だった。
(今の私のイメージとは、正反対。泣き虫で、声もちっちゃくて)
いつも、ぼそぼそと喋って。両親も、そんな性格を改善するきっかけになればと、芸能活動に乗り気だったのだけど。
当の百合葉は、大人たちが怖い、注目を浴びるのも怖い。
ぐずぐず、泣いてばかりだった。
(あの人に、出会うまでは)
まだ、小学生の時だ。ドラマの収録から逃げ出して、テレビ局の中で迷子になって。
廊下の物陰で、膝を抱えて泣いていた時。
『どうしたの、君。お母さんと、はぐれちゃった?』
……その人は、アイドルの卵だった。
ハンカチで、幼い百合葉の涙を拭きながら、話を聞いてくれて。
『そっか。じゃあ私が、元気の魔法をかけてあげる』
あの日聴いた歌声が、今も百合葉の胸に響き続けてる。
思い返せば、上手くはなかったと思う。
でも、目の前で泣いてる小さな女の子を、笑顔にしたい、元気をあげたいって、そんな気持ちがビンビン伝わって来て。
すごく、キラキラして見えたんだ。
私も、こうなりたいって、思ったんだ。
真似して、たどたどしく、歌い始めたら。その人はにこっと笑って、
『うん、もっとお腹から、声出してみよう? きっと、気持ちいいよ』
言われた通り、精いっぱい息を吸って、お腹に力を入れて、声を上げてみたら。
世界が変わった気がした。
これが、アイドル美滝百合葉の出発点。
背筋を伸ばして。大きな声で。世界中に元気を分けてあげる、そんなアイドルになると誓った。
遠慮なんかしない。物怖じなんかしない。
いつだって、誰よりも明るく、声を上げて! 欲しいと思った仕事には、すぐに手を挙げて!
……当然、やっかみも有った。出しゃばりだと、陰口を叩かれることは……今も有る。
けれど、そんな声は、
「すいませーん! 私、地声が大きいもので♪」
全部、掻き消してやった。
声のボリュームなら、誰にも負けない。暗雲切り裂く夏のカミナリみたいに、歌声を轟かせる。
それが私の、アイドルの矜持!
「ふふん。私の声、舐めないでよね。柳橋さんが学園の中にいるなら……どこだろうと、届かせてみせるわ」
と、言うわけで。
今日、百合葉はスピーカー要らずな自慢の大声で、美綺に呼び掛けてみることにしたのだった。
友達になろうって。
放課後、校庭のど真ん中で。
まずはゆっくり、何度か深呼吸。
「あ、ゆりりんだ」
「ボイストレーニングかな?」
下校中の生徒たちから注目を浴びるけど、もちろん気にしない。
すぅーっと、息を吸って。
「柳橋ー、美綺さーん!! とーもーだーちーに! なーりーましょーうー!!」
※ ※ ※
そして本当に学園中へ轟いてしまうのが、美滝百合葉の怖ろしさである!
声にびっくりして、鳥たちが木々から飛び立つ。校舎の窓ガラスが、ビリビリと震える。
「な、な、な……!?」
名指しで呼ばれて、顔を赤くする美綺さんでした。
美綺の顔を知る生徒たちが、ひそひそ噂話。
夕方の春風に乗って、美綺を呼ぶ声……高校生にもなって、迷子の呼び出しをされたような、そんな恥ずかしさ。
「よし逃げよう」
けれどアイドルからは逃げられない。
広い学園の、校舎の方から轟く声は、
「柳橋さーんー! どーこーでーすーかー!!」
段々大きくなっていく。しかもそれにとどまらず、
「実は、お気に入りのクマさんぬいぐるみ抱いてないと寝られない、柳橋さーんー!!」
「誰に聞いたぁぁぁぁッ!? い、いや詩織先輩か……!」
周りの子たちが「え、やだ可愛い……」とか話してる。
変人扱いには慣れてる美綺も、これは……自分のイメージじゃない!
美滝百合葉を黙らせる。緊急ミッション、開始。