ゆりはのお仕事
少し日付は遡って。
星花に入学し、高校生となった百合葉だが、この日は午後の授業を休み、ラジオのお仕事。
アイドルユニット「mizerikorude」のメンバーとして、他2人と一緒に番組の収録だ。
彼女たちが主題歌を歌ったゲームの、公式ラジオ。
海賊となって仲間たちと世界を旅する、海洋冒険スマホRPG。
その名も「Fantasy of GrandOcean」。
略してFGOである。
「見て見て! 『課金は家賃まで』Tシャツ着て来たよ!」
重度プレイヤーでもある大学生の美緒奈が、パーカーを脱いで、背中に「課金は家賃まで」と大書されたTシャツを見せびらかす。
「あたし、このお仕事に色々賭けてるかんな! 気合の証ってわけよ」
「ちょ、それ名前のよく似た別ゲの公式グッズ! 脱げ! 脱ぎなさい!」
詩織が慌てて脱がせに掛かる。まだ収録は始まってないけれど、これは初回から放送事故ものだ。
「やぁっ、いきなり脱げとか!? あたしの貞操狙ってんのかよー!?」
「ふふ、2人は仲良しですね。撮影しとこう!」
番組の公式SNSに使えるかも。百合葉は、パシャリと、「アイドル仲間の衣服をひん剥く女性声優」の図を画像に収めた。
「……大丈夫かしら、色々と」
マネージャーの日向さんの心配も、何のその。
いざ収録が始まってみれば、そこはプロのアイドル、美滝百合葉。
年上とはいえアイドル経験はまだまだ浅い、美緒奈と詩織の声優コンビ……その、放っておくと際限なく暴走するオタク女子のファミレストークを、ときにツッコみ、ときにスルーし、うまい具合に転がしていく。
「ふふ、杞憂だったわね」
日向さんも一安心。アイドル百合葉は歌手の仕事がメインだが、バラエティやトーク番組の経験も豊富だ。
つい先日も、親子ほど年の離れた元野球選手のタレント、下村義紀と共演した旅番組が、軽妙な掛け合いで好評を博したばかりだった。
(そういえば、下村選手の娘さんも星花女子だったわね)
日向さんが取り留めもないことを考えている内に、収録は終盤に。
「「「来週も聴かないと……あなたの魂、奪っちゃうんだから♡」」」
「mizerikorude」の3人は、主題歌だけでなく、「主人公の魂を狙う悪魔娘3人組」の役で、ゲームにも出演している。その決め台詞で番組を締めて、
「はーい、OKでーす」
収録は、無事終了した。
「ところで、ゆりりん。美綺ぽんとは、もう会えた?」
休憩していると、ふと詩織が尋ねてくる。
「それ! それなんですよ。もうっ、何でか全然会えなくて」
昼休みに放課後と、美綺のいる1-1の教室へ、顔を出している百合葉だが。
詩織の中学の後輩だという、柳橋美綺。彼女はいつも、タイミング悪く不在で……。
「あれ? もしかして私、避けられてる!?」
「あはは、そんなわけないじゃん。美綺ぽん、ちょっと変わってるけど、私には懐いてくれてたし。誰かを避けるような子じゃないよ」
見て見て、と詩織がスマホの画像を開く。美綺と頬っぺた寄せ合って撮った、自撮りの写真。
その写真に納まった、美綺の、戸惑いつつも頬を染めた表情に。
「あー……。あたし、分かっちゃったかも。その子が、ゆりりんを避けてる理由」
呟いたのは美緒奈。百合葉と詩織を見て、あんたたち、片想いとか経験無さそうだしな、と軽くため息ついた。
「えー、全然分かんないよ、みおにゃん。何か察したんなら、教えてよ」
詩織が肩を揺すると、美緒奈は、
「別に。あたしの想像ってだけ。その子のこと、知らねーもん」
口にするつもりは無い様子。冗談めかして、
「にひひ。キスしてくれたら、教えてあげちゃおっかなー♪」
「え、みおにゃんにキスしていいの!?」
小悪魔スマイルが失敗の元。詩織に押し倒される美緒奈。
「ちゅっ♪ ……ん、ふ。ちゅぷっ……♪」
「むぅっ!? こ、こら、しおりん!? ここはあのお店じゃねーから!?」
ちゅぷちゅぷと熱烈唾液交換を始める2人に、百合葉は顔を真っ赤にしながら、
「あわわ……! こ、これも撮影しとかなくちゃ!!」
スマホで撮って「先輩たちは仲良し」なんてコメント付けて、即座にSNSに画像をアップした。
「これは……『これぐらい、強引にいけ』っていう、愛あるアドバイスね! 分かったわ。私、どんな手段を使っても柳橋さんと友達になってみせる」
……何だか百合葉は、変な決意をしてしまったようだ。
「どんな手段を、使ってもっ!!」