柳橋 美綺 ~邂逅~
4月。星花女子学園の高等部、1年1組教室。
入学したての少女たちにとって、友達作りは一番の関心ごとなわけであって。
当然、黙っていれば文句なしの黒髪ロング美少女である美綺にも、興味を示す子は多い。
「ねえ、柳橋さんも、カラオケ行こうよ! 私も高校から入学組だからさ、話せる人、増やしたいんだ」
気さくに声を掛けてくるのは、茶髪でポニーテールのクラスメート、二宮楸。
そのお誘いに、美綺はにこっと微笑んで、でも、
「……ごめんね、放課後は僕、やりたい実験が有って。また今度誘ってくれたら、嬉しいな」
やんわり断り、そそくさと教室を去ってしまう。
「むー、また逃げられちゃったか。けど、あんまり無理に誘うもんでも、ないしなー」
残念がるけど、強引にはいかないところに、善良さが滲み出る楸。
「ファイトだよっ、楸ちゃん。今日はきっと、たまたまタイミングが悪かっただけだもん」
身長ちっちゃいけど明るい性格で目立つ、クラスのムードメーカー。
西條唯が、楸を励ます。
サイドポニーのおしゃれ女子、夢宮由美里は、
「でも柳橋さんって、ミステリアスで素敵だよね。放課後、何してるんだろう?」
謎めいた美綺に、興味しんしん。
1-1を代表する、社交的な3人娘は、「また絶対、柳橋さんをカラオケ誘おう」と誓い合って、視線を別の子へ。
「……あの、私は騒がしいとこ、苦手で(こういう元気な子たちって、苦手。人付き合いとかマジ勘弁って人がいることが、分からないのだ)」
黒ぶち眼鏡で大人しい、水下紫月は、囲んでくる3人娘にも、するっと逃げた美綺にも、心の中で文句を言うのだった。
※ ※ ※
さて。放課後、ひとり教室を抜け出した美綺が、何をしているかというと。
学園の花壇で、蟻の巣穴にクッキーの欠片を詰め込んでいた。
「ふ……ふふ。食料を確保するという動物の本性が必要性を否定された時、どこまで人は堕落するのか。これは禁断の実験だね……!」
傍から見ると、ただの不審者である。
けれど、さすが変な子ぞろいの星花女子。こんな美綺にも、臆さず話しかけてくる子はいる。
「おお、なんか面白そうなコトしてるのだ! 美綺、今日は何をやってるのだ?」
美綺の背中から、ぴょこぴょこ覗き込んでくる、服を着てない小さな女の子。
褐色の肌に白い髪と、明らかに異国情緒なロリっ娘……中等部の裏沢ムムへ、美綺は微笑んで説明。
「ふふ、これはね。来たるべき宇宙時代……食糧生産を全て管理されたら、人類の文化は向上するのか、はたまた退化するのか、シミュレーションしてるのさ。蟻で」
「よく分からないけど、すごいのだ! ミッキーは頭いいのだな!」
無邪気に尊敬の視線を向けてくるムムへ、美綺は悪い気はしないながら。
頬を染めて、
「……ところでムムちゃん。服は、着たほうがいいと思うよ?」
南の島からやって来た裏沢ムムは、文明社会の常識に疎いので、たまに全裸なのだ。
「ええー、パンツ暑苦しいから、嫌なのだ。穿かなきゃダメなのだ?」
「可愛く首を傾げてもダメ」
「けどムムは考えるのだ。パンツ穿くのはこの国のルールであってムムの生まれ育った島には無かったのだ。これを強制するのは文明社会の驕りであってムムが日本に連れて来られたのはまさにそうした世界の歪みを壊すのを期待されてだと考えてるからつまりパンツ穿かないのは叛逆というか崇高な使命なのであって譲るわけにはいかないというか」
「急に理論武装してもダメ。っていうか、全裸は僕が恥ずかしいからぁぁ!?」
意外と純情美綺。とりあえずムムに自分の上着を着せた。
さて。後で返してもらう約束をして、裸に上着だけのムムを見送って。
美綺は改めて思う。
「うん。僕は普通だな!」
変人ぞろいの星花女子。美綺は、居心地よく感じていた。
通っていた中学、王華女学院も「特別な人」ばかりだったけど。
また別ベクトルで変わり者ばかりの星花は、なんというか、肩の力を抜ける場所。
来て良かったと素直に思う。
けれど、一つだけ気がかりなことも。
LINEに届いたメッセージに、形の良い眉を曇らせる。
中学の先輩だった、水志摩詩織からのだ。
『美綺ぽん、ゆりりんとは会えた?』
画像も送られてきてる。
今や人気のアイドル声優となった詩織。「mizerikorude」のメンバーと写った写真だ。
赤い髪で幼い印象の南原美緒奈と、そして。
亜麻色の髪を大きな青いリボンでツーサイドアップに纏めた、美滝百合葉。
この春から、同じ星花に通っている、女子高生アイドル……。
『ゆりりん、面白い子だよ。きっと美綺ぽん、気が合うと思うな』
詩織のメッセージに、美綺は、
「……人の気も知らないで。詩織先輩らしいけどさ」
胸がもやもやする。これが、この感情は、多分、嫉妬。
僕が教室に居たくない、本当の理由。
美滝百合葉は、写真で見ても、すごく意思の強そうな瞳をしていて。
間違いなく、僕を探しに来るだろう。
(でも僕は、あの子と友達になんて、なりたくない)
これは本当にただの、自分勝手なジェラシーだけど。詩織先輩に誘われた時、アイドルの道を選ばなかったのは、自分だけど。
それでも、憧れの先輩の横で笑う、百合葉の写真を見ていると……そこは、自分のいるべき場所だったんじゃないかと、醜い感情が湧き出るのを止められなかったから。
よし。帰ろう。それが百合葉と出会わずに済む、一番の方法。
そう考えて、髪をかきあげた、その時。
地響きが起きた。
「柳橋ー、美綺さーん!! とーもーだーちーに! なーりーましょーうー!!」
どこからか、ビリビリ空気を震わすその声は、テレビで聞いたことのある……。