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∞ガールズ!  作者: 百合宮 伯爵
第1話 星くずの出会い
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「柳橋 美綺」

 柳橋やなぎはし美綺みきは、道ですれ違えば誰もが振り返るような、美少女だ。

 天の川銀河(ミルキーウェイ)を宿したような、「光り輝く闇の色」とでも表現するしかない、美しい黒髪。

 整った鼻筋に、朝露に濡れるつぼみのような唇。

 さらさらの睫毛まつげふち取る瞳は、深い知性を閉じ込めた海底の色。

 高い身長にスタイルも良く、モデルだと言われれば信じない人はいないだろう。


 さらに、成績も抜群。

 名門中の名門お嬢様校、王華おうか女学院中等部にあって、十年に一人と言われた才媛。


 それでも、彼女に友達いないのは。


「ね、ねえ、柳橋さん? さっきからずっとドアノブを見つめて……何してるの?」


 中学の、トイレの個室前。

 昼休み中ずっと、ドアノブを鑑賞している美綺へ、クラスメートが引きつった笑顔を繕い、聞いてくる。


「ああ、ごめん。使うよね。どうぞ、僕はただ、見てるだけだから」


「う、ううん、使わないけど。ただ、何でドアノブ見てるのかなーって」


 恐る恐る尋ねるクラスメート。ちなみにお手洗いの外では他の女子が、


「勇気あるわね、あの子。美綺さまへ話しかけるなんて」


「ああ、私も美綺さまと、お近づきになりたい……!」


 なんて、噂してる。銀河ギャラクシー級な美少女の美綺と、仲良くなりたがる人は多いのだ。

 けれど、そんなクラスメートへ、美綺はにこっと微笑んで、


「ドアノブって、宇宙だよね」


「???????????????????」


「僕、地球の回転と宇宙の摩擦に興味があってね。ドアノブの金具の摩擦、人が握る手との摩擦が、研究テーマに通じるなって、インスピレーションが湧いてくるんだ。ふふ、小さなドアノブから大宇宙をイメージするなんて、おかしいと思うかい? けど、このトイレだって宇宙の一部だから、そんな突飛な発想じゃないよね?」


「ごめんなさい! 何を言ってるか分かりません!!!!」


 クラスメートは諦めた。色々と。


「うう、私みたいな、普通の子には無理だったのよ。美綺さまと並び立つだなんて!」


 がんばった、がんばった、と慰める、他の女子たち。


「仕方ないよ。柳橋さん、やっぱり変だもん。……顔は良いけど」


「そうそう。毎日、新しい奇行を更新してるもんね。……顔は良いけど!」


 変人。でも顔は良い、孤高の天才少女。

 それが、周囲から見た、柳橋美綺の印象。


(どうやら僕は、少し「変な子」らしい)


 美綺自身がそう自覚したのは、わりと最近だ。ボーイッシュな子たちが使ってる一人称を真似して、「僕」と名乗ってみたら……周囲から、ぎょっとされた。

 黒髪ロングのご令嬢という、とってもフェミニンな容姿から男言葉が出るのに、皆違和感を覚えるらしい。

 けど。「女の子らしい言葉遣い」なんて、誰が決めたんだと反発する気持ちも有るし。

 戻すのは負けたみたいで悔しいから、そのままにしている。


(僕は、やってみたいと思ったことは、試さずにいられない。ただ、それだけ)


 周囲からは奇行に見えたとしても。∞(無限大)の好奇心のままに、まずは何でも挑戦チャレンジ

 それが、柳橋美綺の、心意気なんだから。


 彼女の通う中学、王華女学院の方針にも、救われた。

 「天上天下王華独尊」「頂点に咲くもののみを華と呼び、残るはすべからく雑草である」という、徹底したナンバー1志向、能力主義。

 非常に厳しいことで有名な王華の教師陣も、優秀な成績を修める美綺には好意的だった。


 だから、中学では興味の赴くまま、色々と試した。

 たとえば「筆を使わない書道」を思い付いて、手で墨汁を紙に塗ってみたり。


「やるじゃん美綺ぽん! この前の、大きな展覧会で特別賞だって!」


 雑誌を手に話し掛けてくるのは、寮の先輩で、数少ない、気軽に話しかけてくる人。

 水志摩みずしま詩織しおり。声優志望で養成所に通いつつ、王華での勉強も続ける努力家さん。

 ショートカットの明るい性格で、中等部と高等部で校舎も違うのに、何かと気に掛けてくれる。


「『書道とは認められないが、アートとしては大変面白い』だって。ほら、審査員の日本画の……桶屋画伯が、絶賛してるよ」


 でも、美綺は考え込んでしまう。


「……そうか。ここまでやると、絵になってしまうのか。書道という概念がどこからどこまでなのか、確かめてみたかったのだけど」


「あっはは、喜べばいいのに。やっぱり美綺ぽんは変わってるね」


 またある時は、「絵の無い絵本」に挑戦。線と色だけで、人間や動物は一切描かずに、浦島太郎の悲哀と孤独を表現してみた。

 これも、前衛的だ、芸術的だと話題になって。

 「天才中学生芸術家(アーティスト)、現る!」なんて、騒がれもして。

 王華高等部からは、奨学金の出る特待生待遇での進学を打診もされた、が。


「……高校は、星花せいかに行く?」 


 中学3年に上がってすぐ。寮の温室……1年中薔薇の咲いた、ガラス張りのサンルームで。

 詩織に声を掛けられた時に、うち開けてみた。


「なんで!? 日本一の王華だよ? 皆、美綺ぽんには期待してるって……」


 驚く詩織へ、美綺は、長い髪をふぁさ、とかき上げて、


「……息苦しく、なってしまって」


 王華女学院は、生徒のチャレンジを後押ししてくれるけれど……「やるからには、死んでも頂点てっぺん取りなさい」というスタンス。


「でも、僕は。色々なコト、やってみたけど」


「……そっか。芸術家アーティストが志望ってわけじゃないんだね?」


 さすが詩織は、すぐに察してくれた。

 美綺の奇行の一部が、芸術面で評価されて、皆に誤解されてしまったけど。

 どうも表現者これが、僕のやりたいことと、いうわけでもないみたい。


(僕の、本当にやりたいことって、何だろう……?)


 もう一度、それを見つめ直すには、王華より気軽な学校に通いたい。


「それに、星花は実家うちから近いんですよ。実家うち、小さいけどアパレル系の会社だし、天寿は一応商売敵だから、遠慮してたんですけど」


「……」


 じっと、見つめてくる詩織に、思わず頬を赤らめ、視線を逸らしてしまう。

 だって、王華を離れると決めた、一番の理由は……。


「……そっか。美綺ぽんが真剣に考えて決めたなら、間違いのはずないよね。うん、応援する。貴女が、本当にしたいこと、見つけるのを」


「ふふ、信じてました。先輩なら、分かってくれるって」


 ぎゅっと手を握って微笑む詩織へ、美綺も微笑み返す。


「僕も、応援してます。先輩のこと。声優デビューしたし、もう寮は出ちゃうんですよね」


 本音では、これが一番の理由。仲良しな詩織のいない、王華高等部に進学しても、何も楽しくなんか……。


「……うぅーん、それなんだけどね」


 頭を掻いて言い淀む詩織。


「実は、今日、美綺ぽんを誘ったのは、その関係でさ」


 何から話そうか、と呟きながら、


「バイト先の喫茶店に、同じ声優志望の子がいてね。南原みなはら美緒奈みおなちゃんって言って、私よりひとつ上なんだけど。この子がロリ可愛くて、面白くてさ。すっごくロリで、アイドル向きな性格してるし。しかもロリで、めっちゃ私好みで」


「先輩、ロリが3回入ってます」


 ……何だか、面白くない。ついムッとしてしまうけど、それには気付かず詩織は、


「その子と組んだら、アイドル声優路線も行けるなって思って。えへ、私だってさ? 容姿、悪くはないって思うし」


「もちろん! 先輩は、とっても可愛いです!」


「お、おう? そんなストレートに言われると、照れちゃうにゃぁ?」


 赤くなりながら、詩織は、こほんと咳払いして。美綺の海色の瞳を、真っ直ぐに見つめてきて。


「……美綺ぽんも、一緒にアイドルやらない?って、誘おうと思ったんだよね」


 思わず、目を丸くしてしまう。

 だって、僕がアイドルなんて。考えたことも無かった。

 どう答えるかも思い浮かばず、ただただ戸惑っていると。……詩織に、勝手に納得されてしまった。


「……でも美綺ぽんは、星花でやりたいこと探すんだもんね。ごめん、今のは聞かなかったことにして?」


 笑って、手を振りながら温室を出る詩織。


「じゃあね! 私が寮を出ても、美綺ぽん星花に行っちゃっても、メール毎日するからね! ばいばーい!」


「……あ、はい。さよなら……」


 何だか、置いてかれた気分だ。

 胸にぽっかり穴が開いたような……。

 いや、いいんだ。僕にアイドルなんて、向いてるとも思わないし。自分のやりたいコトかって聞かれたら……やっぱり、違うって思うし。


 だのに、こんなに寂しく思うのは、何故なんだろう?

 温室を出ようとして、数歩歩いて。唐突に、腑に落ちた。


「……ああ、そうか。僕は、詩織先輩に、誘ってほしかったんだ」


 急に、顔が真っ赤になる。今の自分、中学3年の今日に至るまで、一度もしたことがない顔してる。

 とても、他人ひとには見せられない。

 温室には誰もいないけど、ついうずくまって、膝で顔を隠してしまう。


(何だこれ。胸が締め付けられて……まるで、恋する乙女。僕が、普通の子みたいじゃないか)


 僕に、こんな感情が有ったなんて。

 今なら、まだ。立ち上がって、詩織を追い掛ければ。そんな想いが、脳裏をよぎるけれど。


「ふふ。見つけた。……新しい、


 失恋と呼ぶには、幼すぎる、甘くて苦い、この気持ち。

 何だか今は、浸っていたい気分。


(星花に行ったら、色んなこと、やってみよう。思い付いたことは、何でも。きっと、そのうちに……大好きになれる自分ボクに、出会えるはずだから)


 こうして、柳橋美綺は、星花へと羽ばたいていく。


 ……ちなみに、詩織からは、本当に毎日メール来た。

 美滝百合葉を知ったのも、そんな、詩織からのメールが最初。

 

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