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6月下旬。梅雨も吹き飛ばす、スカッと快晴の日。
「mizerikorude」2ndライブの入場待ちで、ドームの前は長蛇の列に。
最後の打ち合わせと、リハーサルを終えて、開演待ちの楽屋で。
メンバー3人は、揃いの衣装にお着替え済み。
黒をメインに赤のアクセント。フリルなどひらひらは控えめに、クールでスタイリッシュなイメージ。
肩や背中、おへそは大胆に露出、スパッツ穿いて、ダイナミックに動くのを前提にした衣装だ。
南原美緒奈。3人では1番年長の女子大生だけど、小学生って言われたら信じちゃうぐらい、見た目はロリ。
長い赤毛を、高校時代はツインテールにしてたけど、最近は恥ずかしくなったらしく、普段はストレート。
けれど今日はせっかくのライブだし、ファンの声に応えて久々ツインテールだ!
八重歯がミラクル可愛い、スーパーロリ美少女、小悪魔ロリ天使。
水志摩詩織、高校3年生。
明るい髪をショートに揃えた髪型、3人では一番、身長とかお胸とか色々大きい。
くりくりと明るい瞳に猛烈な人懐っこさを宿し、美少女ながら「近所のお姉さん感」で人気。
でも美綺も通っていた超名門、王華女学院の生徒で、相当な才女だったりする。
そして、美滝百合葉。
一番年下ながら、アイドル暦の長さからにじみ出る、さすがの貫禄。
今日は、今までになく落ち着いている……落ち着いていて、でも胸の中は、熱く燃えている。
(分かる……今日の私、ベストコンディション!)
髪型はいつも通り、明るい亜麻色の髪をツーサイドアップに。
ただ見栄えがするよう、左右に大きな白のリボンを付けてみた。
黒の衣装との対比が、可愛さとカッコよさを両立させている。
3人とも偶然、苗字の頭文字が「み」。
なのでユニット名も、「みから始まるお洒落な感じの言葉」から選ばれた。
「mizerikorude」とは、西洋の騎士が、鎧を着た敵にとどめを刺すための、鋭い短剣。
強烈な個性を持った3人の魅力で、ファンの心臓をズキュンと貫く! そんな意思の込められた名だ。
ライブ直前の、身体の芯から燃えるような、高揚感に包まれながら。
百合葉は準備体操で身体をほぐしつつ、最後までセットリストや歌詞を必死に読み込んでる美緒奈へ、声を掛けた。
ちなみに詩織はだらーんと机に突っ伏していて、緊張感が無い……何だか大物感が出てて、こんな所でも個性のバラバラな3人だ。
「そうそう、言い忘れてた。美緒奈先輩、声優アワード受賞、おめでとうございます!」
「にゃふぁっ!? なんで今、その話!?」
いきなり声掛けられてびっくり美緒奈。つい先日発表された権威ある賞にて、美緒奈は女性声優の新人賞に輝いたのだ!
身を起こして詩織も、
「同期デビューとしては、ちょっと悔しいけどね。ま、みおにゃんを誘った私の眼が、確かだってことよね!」
にへらっと、緩く微笑みながら、
「とにかく、みおにゃんは実力も有るんだから。ライブ前に、そんな緊張しなくてもいいと思うよー? んで、私は緊張をほぐすために、ギリギリまで寝るね。お休み!」
「詩織先輩は、もっと緊張感持ってください!?」
詩織を起こす百合葉へ、美緒奈は。
ライブ前の強張りを取るため、話題を振ったのだと気付いて。
いつも通り自信たっぷりなロリータ小悪魔に戻り、つるぺたな胸を張る。
「ま、宇宙一可愛いあたしの素晴らしさに、よーやく全世界が気付いたってコトだな! 今はまだ、一般人の知名度じゃ、ゆりりんに負けるけど? これから、あたし超人気になるから! すぐ追い越しちゃうぜ。覚悟しとけよな!」
……ああ、この感じ、良いかも。百合葉は思う。
私たちは、個性もバラバラ。だけど確かに、ライバルで、仲間だ。
(あの人とも、こんな関係になれていたら、あるいは)
ほんの一瞬だけ、痛みがチクリと、胸を刺すけど。
すぐに気持ちを切り替える。今はただ、仲間と出会えた幸運に、感謝しよう。
ここは、「mizerikorude」は、私の大切な居場所。
「……ふふん」
「……にひひ」
「えへへぇー」
3人、笑顔を向け合って。一つになるのを感じる……!
「時間です! 皆さん、移動お願いします!」
スタッフの声に、皆で頷き合って。円陣組んで、右手を差し伸べ、重ねる。
「最高のライブ、いっくよー☆」
「美緒奈様の魅力は宇宙一ィィィィィィ!!」
「『mizerikorude』、フライハーイ!!」
掛け声とか全く決めてなかったのでバラッバラだけど、心は一つだ!
※ ※ ※
ベースの重低音に始まり、音楽が流れ始め、スモーク噴出、光が乱舞。
間も無く始まるライブを前に、会場のボルテージは頂上MAX……と、思いきや。
固唾を飲んで見守るような、そんな雰囲気がある。
倒れたばかりの美滝百合葉は、本当に歌えるのか?
そして、実はライブ前日にも、ある騒動が起きた。
当時はさほど話題にもならなかった、結野あきらの一件を、週刊誌が今になって取り上げたのだ。
百合葉の心の傷を、世間へと暴かれた。
天寿の記者会見で、伊ヶ崎社長に睨まれたあの記者の、陰険な復讐らしい。
「……」
戸惑い、好奇心、もちろん百合葉を心配する気持ちも……たくさんの人の、色んな感情がないまぜに、奇妙な熱気と化して。
ステージへ飛び出す直前の百合葉へも、伝わってくる。
今回倒れたのも、過去のことも、ファンの皆へ語ろうかと……自分の言葉で伝えようかとも、百合葉は考えた。
けど、やっぱり、やめた。だって、要らないじゃないか。説明なんて。
(だって、私には。最強の武器が有るんだから)
美緒奈と詩織が肩をぽんと叩いて、笑ってくれる。
百合葉も笑顔で頷き返し、すぅっと、大きく息を吸い込んでみせる。
あの日。全ての始まりのあの日。あきらさんが教えてくれた、百合葉の最強の武器。
超ボリューム爆裂シャウトの歌声に乗せて。思いの全部を、ファンへとぶつけよう。
美滝百合葉は、何度だって立ち上がる。何も、諦めたりしない。
可能性は無限なんだって、叫べ。歌声を、存在を、世界へ……!
「それが私。アイドル、美滝百合葉!」
だから、開演一番、ステージへと飛び出して、百合葉は。
ドームの屋根も吹っ飛べと、お腹の底から。特注マイクへと、世界へと、質量持った音の塊を、ぶつけてみせた。
「私の歌を聴けえええええええええええええええええええええええええええぇ!!!!」




