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検査も終わり、美滝百合葉は明日で退院。
病室は、放課後お見舞いに来た星花女子の同級生たちで、賑わっていた。
「はい、お口あーんよ、百合葉ちゃん?」
お菓子作りが得意なクラスメートの、白石結。
焼いてきたレアチーズケーキを、スプーンで口に運んでくれる。
「んー、美味し♡」
体力すっかり回復してる百合葉だけど、どうせあと1日。
病人気分で思いきり甘えてみる。
同じくクラスメートの留学生、ヴァイオレットが、甘さ控えめのストレートティーを淹れてくれる。
「エヴァ先輩から譲っていただいた、本場の茶葉ですよ。お口直しにどうぞ」
入学の時、人違いしてしまった留学生の先輩と、いつの間にか交流が出来てたらしい。
「退院したら、もっと美味しいもの、皆で食べに行きましょう? 法月さんも、サービスしてくださるって」
クラスメート法月みのりの実家、月見屋食堂の話題が出る。
負けじと白石さんも、にっこりと微笑んだ。
「ふふ、私ももっと、もーっと美味しいケーキ、焼いてあげるから。一緒に食べましょう、ね?」
百合葉ちゃん細いから心配、との言葉に。
百合葉も、今まで皆を心配させてたことを、改めて実感。
大いに反省していると、美綺のクラス1-1を代表してお見舞いに来ていた、二宮楸が零す。
「ゆりりんの発声練習が無いと、学校が何か静かで、寂しいんだよね。早く退院できて、良かったよ」
「ヒサギンってば、カラオケの持ち歌、『∞×∞』だもんね。本物聞きながら、練習してたんだよねー?」
同じく1組の夢宮由美里にからかわれ、赤くなる。
「ばっ……もう、ユミリン? そういうのは、言わなくていいの」
と、ベッドで身体を起こす百合葉の肩へ、3組仲間の猫山美月が、スマホ片手に寄り掛かってきた。
「お、見て見て、ゆりりん。また、猫さんの写真ゲット」
「ふぉぉぉ可愛い……♪ これは元気出るわね!」
SNSで「#ゆりりんに猫の写真送ろう」を付けて投稿する、ファンからの励まし企画が進行中なのだ。
万単位のフォロワーを誇る美月の力で、今やトレンド1位となっていた。
「ふふ、実はこれ、こちらの塩瀬さんが考えたんですよ」
3組仲間の川蝉弥斗が、笑顔で前に立たせるのは。
美月の写真部仲間で、2組代表で来ていた塩瀬晶だ。
「え? いや、ボクは猫山さんに相談されて、ハッシュタグとか考えただけで。たいしたコトは、してないってば」
ほのかに頬を染め、羞じらう姿に。
百合葉は、ああ、私は何て、多くの人に心配してもらってるんだろうと、胸が熱くなって。
気付けば涙がぽろぽろ、お布団を濡らしていた。
「え、やだ、私、なんで泣いてるの。……人に、涙は見せないって、決めてたのに」
びっくりする周囲に、恥ずかしいところを見られて百合葉も困惑。
そんな百合葉へ声を掛けたのは、何やら書類が入ったらしき封筒を脇に抱えてやって来た、美綺だった。
「ふふ。それはね、人に見せていい涙なんだよ」
ハンカチで、布団に垂れるのを止めてあげながら、百合葉の顔を覗き込む。
「けど、けどね。やっぱり君は笑ってる方が、似合うと思う」
夏の向日葵が咲くような、あの笑顔が好き。
だから。
「だから、笑って。百合葉?」
「……いいのかな、私、笑っても」
病室で、たくさんの人にお見舞いされて。幸せを噛み締めながら、怖くもなる。
「あの人は、独りだったのに。私ばかり、偽物の笑顔の、私だけが、こんなにも愛されてしまって」
「……言わせない。君の笑顔が偽物だなんて、言わせないよ。百合葉、君自身にでも」
美綺は、抱えていた封筒の中身を、ベッドの上に広げて見せる。
それは、論文。日本語と英語で書かれた、論文のコピー。
「ドアノブの観察から得られた、空気抵抗の無い宇宙空間での、日用品の劣化に関するレポート。蟻の巣から着想した、宇宙コロニーでの安定した食料確保の問題。換気扇を見てて考えた、新鮮な空気を循環させるシステムの考察……」
他にも、地球の重力から解き放たれることで創造されるだろう、新たな芸術の分野について、等々。
どれもこれも、柳橋美綺の「奇行」から産まれた、論文だ。
「これ全部、今まで書き溜めてた、宇宙開発の論文ね。……JAXAとNASAに送ってみたよ」
そして、美綺なりの、とびきりの笑顔で。
「NASAにも、スカウトされちゃった。高校卒業したら、すぐアメリカにおいでって」
「本気出し過ぎじゃない!?」
美綺がただ者じゃないのは十分分かってたけど。まさかここまでだなんて。
驚く百合葉の手を取って、美綺が力を込める。
「君がいたから。百合葉の笑顔に励まされたからなんだよ、これは。『限界なんて無い』って、笑顔で君が歌うから。だから、僕も信じられたんだ。僕も、本気で宇宙を目指していいんだって」
そこで美綺は、周りを見回す。お見舞いに来てくれた少女たちを。
「皆だって、きっとそう。百合葉の笑顔に励まされて、だから、君を好きになって、ここにいる。……百合葉。君はこれでも、自分の笑顔を偽物だなんて言う? 僕の頑張りも、皆のことも、偽物だと思う?」
「……ううん。言わない。思わないよ、そんなの」
大きく首を横に振って。
今までよりも、いっぱい涙を流しながら。百合葉は。
「……ふふ。やっと分かった。嬉しくても、涙って出るのね」
今までで一番の。最高のスマイルを、咲かせてみせた。
※ ※ ※
陽が沈んだ頃。空に星が瞬き始めた時間になって、伊ヶ崎理事長がやって来た。
お付きで来ていた、天寿から学園の監査に来ているお姉さん……蝶茶韻理さんが、まず頭を下げる。
「ごめんなさい。監査期間の最中に、学園所属のアイドルが倒れるなんて、私の不覚だわ」
そしてバッグから、怪しげな本を……。
「お詫びに、きっと貴女の好みどストライクなBL本持ってきたから! 読んで!」
「ちょ、私そこまでオープンにしてないんですけどぉぉぉぉぉぉ!?」
残ってた女子が、後ろで「え、ゆりりん腐女子だったの……?」なんてヒソヒソしてる。
百合葉、赤くなりながらも、本はしっかりと頂いた。
元気な様子に、伊ヶ崎理事長がため息をつく。
「……その様子だと。来ても、無駄だったみたいね」
理事長が言っているのは、ライブの中止の提案だろうと、百合葉にも察せられた。
流れているテレビでも、ちょうど百合葉のニュース。
交流の深い下村義紀さんが、コメントを求められ、豪快に笑っていた。
『ええ、でも実は、あんまり心配してないんですよ。百合葉ちゃん、ガッツ有るから。おれの若い頃にそっくりだ! わはは!!』
『え、それは女の子としては、嬉しいかなぁ……?』
櫻木くんのコメントを聞きながら、百合葉は胸に手を当てる。
「もちろん、やれますよ、ライブ。何なら明日だって平気」
転んでも、すぐに立ち上がる。どんな時でも笑顔で。無限に輝いて見せる。
日本中が愛してくれたアイドル「美滝百合葉」は、もう、虚像なんかじゃないから。
一週間後に迫ったライブ。決行を宣言して、百合葉は自信たっぷり、彼女の代名詞ともなったドヤ顔で。
「ふふん。私を誰だと思ってるんですか、社長?」
どんな暗雲も蹴散らす、一番星の笑顔で、胸を張った。
「私は美滝百合葉。最強無敵の、アイドルなんだから!」




