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∞ガールズ!  作者: 百合宮 伯爵
第3話 ∞ガールズ!
24/27

6

「体力が! 足りなかったわ!」


 全国のファンの心配をよそに、百合葉はお昼ご飯いっぱい食べていた。

 念のための検査で入院中。

 病室のベッドで食後の筋トレとか考えてる百合葉へ、お見舞いに来た美綺が呆れる。


「体力の問題じゃないだろ、もう。僕がどれだけ心配したと思って……」


「へぇー? 美綺ぽんってば、心配してくれたんだぁ♪ そんなに私のこと、大好きなのね♡」


 口に手を当て、悪戯っぽくニマニマする百合葉へ。

 その手を取って、


「……好きだよ」


「ふぇぇっ!?」


 真剣な顔で返され、真っ赤になる百合葉の表情を、瞳に映しながら。


「だから、誤魔化さないで。今日こそは、聞かせてもらうよ。君が、倒れるまで頑張る理由」


 ベッドの上。鼻先が、くっつくほど。吐息が掛かるほど近く。

 キス寸前の距離に、


(か、顔が近い近い近い近い!?)


 百合葉の心臓が大暴走するけど、美綺はわざとらしく、その距離で停止。

 妖しく微笑む黒髪ロングの美少女。


「え、えと。キスする流れじゃないの……?」


「ふふ。百合葉はどうしたい?」


「ま、魔性の女……!」


 ……キスしてほしければ、話しなさいと。そういうことみたい。

 ちょっとこんな顔の良いのが至近距離じゃ理性がもたないので、百合葉は降参した。


「……分かったわよ、話すってば。もう、強引なんだから」


「百合葉には、負けるけどね。出会った日のコト、忘れたのかい?」


 頬っぺたに軽くキス。

 やっと美綺の顔が離れて、百合葉は騒がしい鼓動が鎮まるのを待って。

 病室の窓から入る初夏の風が、頬の火照りを冷ましてくれた頃。

 ようやく、語り始めた。


「私ね、子供の頃、すごく引っ込み思案だったの」


 子役で芸能界入りしてからも、泣き虫で、いつもビクビクしてて。


「そんな私を変えてくれたのが、アイドルの卵だった先輩。お腹の底から、大きな声を出してみようって。きっと気持ちいいよって、教えてくれたの」


 それが、アイドル美滝百合葉の原点。背筋を伸ばして、大きな声を出したら、世界が違って見えた。

 百合葉をアイドルにしてくれた、自分もこんなアイドルになりたいって憧れた、その人は……。


「……結野あきら。知ってる?」


 元々アイドルに詳しくもない美綺。聞いたことがあるような、無いような。

 首を横に振ると、


「……そうよね。有名じゃないし。だって、有名になる前に」


 うつむいて、前髪で表情を隠して。この続きは、言いたくない。言いたくないけど、でも。

 「美滝百合葉」が自分と向き合うなら、避けては通れないから。

 やっとの思いで、言葉を絞り出した。


「……私が、殺しちゃったから」


 美綺が、息を飲む。まさか言葉通り、殺人を犯したという意味ではないだろう、けど。

 百合葉の声には、どうしようもない悔恨が滲み出ていて。

 ただ、続きを待つしかなかった。


「あきらさんのアドバイス通り、大きな声を出すようにしてから、私、どんどんお仕事もらえるようになったわ。もちろん、自分から、手を挙げるようにもなったんだけど」


 今でこそ歌手がメインの百合葉。天才子役として、世間に知られるようになったのが、小学校高学年の頃。

 大河ドラマで主役の淀君……茶々の子供時代を演じた頃から、テレビの常連になって。

 スタアとして、輝き始めた。


「けれど、私と違って。……あきらさんは、ずっと、高校卒業してもお仕事無くて、苦しんでたみたい」


 そんなある日のこと。

 中学生になる前に、百合葉の歌手デビューの話が来て。

 作詞が、憧れの結野あきらさんだと知って、舞い上がって。


「それが、私の18番。『(インフィニティ)×(インフィニティ)』よ」


 明るく前向きで。どんな壁も、限界も、乗り越えて行こうと語り掛ける、力強い歌。

 百合葉のシャウトに、この上も無くぴったりハマる。

 一気に美滝百合葉を有名にした。

 百合葉のために、百合葉に歌われるために産まれたような、その歌は。本当は。


「……あれは、あの歌は。本当は、あきらさんが、自分で歌うために。やっと決まったソロデビューのために、作った歌だったの」


 詳しい事情は知らない。百合葉を売り出したいスポンサーの意向とか、色々有ったらしい。

 ただ、結果として。あきらさんが血の滲む思いで、ようやく掴んだチャンスを。輝く星を。

 私は、横から掻っ攫った。奪ってしまった。


「……歌は大ヒットしたわ。私は無邪気に、憧れの人が作った歌で、アイドルになれたのを喜んで。それからは目が回るみたいな忙しさで。やっと、少し落ち着いて、あきらさんにお礼を言おうと思った時には……」


 病室に、強く風が吹き込む。百合葉と、静かに聞く美綺の髪を揺らす。


「その人は、自殺していたの」


 遺書は、見せてもらえなかった。


「けれど、お葬式で。あの人のお母さんが泣きながら、『貴女のせいじゃない』『貴女のせいじゃないの』って言ったのが……本当は私のせいなんだって、言ってるようで……」


「……百合葉」


 肩を震わせる百合葉を、美綺は抱き締める。

 ……どんな気持ちで、歌い続けていたのだろう。トラウマそのもののはずの歌を。

 胸に、ナイフを突き立てるような苦しさだったろうに。


 ああ、そうか。美滝百合葉は、その時、自分に呪いを掛けてしまったんだ。


「……私が、あの人を殺した! 全部、奪ってしまった! だから、私は、アイドルに、なるしか、なかった……!」


 百合葉という星の、輝きが産んだ影。誰かの可能性を奪った分、美滝百合葉は、どんな可能性も諦めることを許されない。

 死せる結野あきらの分も、私は、あの人のもののはずだった歌を、歌い続けて。

 あの人がなるはずだった「最高のアイドル」を、目指さなくては、いけなくなった。

 ∞を謳い、口ずさみながら。「諦める」「楽になる」そんな選択肢だけは、絶対に許さないと、自分の中から殺して。

 美滝百合葉という少女は、翼を傷だらけにしながら、求めて嵐の中へ飛び込んで、飛び続けて来たんだ。

 「こんなものじゃない」「もっと出来るはず」「これで満足したら、あの人に許してもらえない」。

 そう、自分を追い詰め続けて、ここまで。


「……」


 胸の中で静かに嗚咽する百合葉へ。どう声を掛けるべきか、美綺は考える。

 百合葉のせいじゃない? それは多分、言ってはいけない言葉だ。

 だって、彼女が信じない。結野あきらの自殺の真相がどうあれ、百合葉にとっては、「私が殺した」というのが真実で。

 軽率に「貴女のせいじゃない」だなんて。それは、安易な許しを拒否して、今日まで駆け続けてきた百合葉の努力を否定するようなもの。


 だから、考える。百合葉のことを。

 華奢で、細くて。ほんとは泣き虫なのに、強く、明るくあろうと笑顔であり続けた、頑張り屋の女の子のことを。

 そしたら、美綺の胸には、愛しさが溢れてきて。

 抱き締める腕に力を込めて、こう言った。


「……頑張ったね」


 ああ、これが。これが、百合葉の欲しかった言葉。

 闇も、心の傷も、今日まで百合葉の原動力だったには違いないのだから。

 許されるより、褒めて欲しかった。


「……うん。うん! 私、頑張ったの。頑張ったんだよ。あきらさんの分まで……!」


 ぼろぼろ零れる涙で、アイドルの顏がぐちゃぐちゃ。


「……いけない。アイドルがこんな顔、見せられないわ」


 百合葉がそう言うから。美綺は、もう一度、彼女を胸に抱き止めて。

 泣き顔を、隠してあげた。





 

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