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∞ガールズ!  作者: 百合宮 伯爵
第3話 ∞ガールズ!
23/27

5

 そして記者会見の夜。

 テレビで生中継とまではいかないながら、動画配信で10万人以上が見守る中、天寿の伊ヶ崎社長が会場に姿を現した。

 今宵の社長の出で立ちは、なんと和服……落ち着いた色合いの振袖。

 下ろした黒髪と相まって、清楚さが匂い立つような、雨の中咲く紫陽花あじさいを彷彿とさせる、上品な美貌だ。

 けれど。「美人!」とか「大和撫子!」というよりは、極道っぽいというか。

 記者が下手な質問すれば、日本刀で首をスパーンとやられそうな。妙な怖さが有った。

 もちろん、そのつもりでチョイスしている。伊ヶ崎社長、とっておきの「戦闘服」である。


「こいつはやべぇ……」


 ベテラン記者の一人が、冷汗交じりに呟く。

 この会見に集まったのは、芸能関係の記者たち……中には、ワイドショーで面白可笑しく騒ぎ立てたいだけだったり、天寿を悪しざまに貶めるのが目的の、軽薄な輩もいる。

 伊ヶ崎社長の和服姿からは、そんな輩の発言を許さない、「つまんない質問したら、血の雨を降らせますので、よろしく♡」というプレッシャーが発散されていた。


 そんなわけで。最初から社長のペースで始まった記者会見。

 まずは美滝百合葉の倒れた経緯と、健康状態について、医師からの説明がなされる。

 原因が過労であること。すでに意識は回復していること。等々。

 説明が終わると、記者たちが追求するより先に、社長は立ち上がって、深々と頭を下げた。


「学園の理事長である私が、健康管理にもより目を配るべきでした。また、まだ高校生である美滝さんに、過重な仕事を押し付けてしまったことも、私の責任です。今回の事態を招き、美滝さんのファンの皆さまを心配させ、また、彼女を起用している他社の皆さまにも、多大なご迷惑をお掛けしたこと、誠に申し訳ございません」


 自らの責任を認め、真摯に謝罪する。これによって、すでに社長は、面白半分の記者たちを黙らせることに成功した。

 もし社長が、百合葉が倒れたのを彼女自身の管理不足で片づけたり、天寿の従業員ではないので無関係、などと言っていたら。悪意ある記者は、その部分を取り上げて炎上させる気、満々なのだから。

 社長もそれは重々承知で、機先を制したのだった。


 場の空気を社長が握ったため、この後しばらくは、無難な質疑応答が続いた。

 すでに撮影の終わったCMは、予定通り放送。

 撮影予定の分は、代役を立てる……と、天寿のプロモーションの話が続いた後。


 ベテラン記者から、少し意地悪な質問が浴びせられた。


「『mizerikorudeミゼリコルデ』のライブが今月予定されていますが、これが中止となった場合、チケットの払い戻しなどの補填は天寿が行うべきとの声が有ります。これについて、社長はどうお考えでしょうか」


 痛いところを突かれた。数万人単位のライブの補填となれば、損失は馬鹿にならないし。

 1スポンサーに過ぎない天寿に、本来そこまでの義務は無い。無いけれど。

 先ほど全責任は自分にあると認めた手前、伊ヶ崎社長も、逃げるわけにいかず。

 ここは、当たり障りのない答えを選ばざるを得なかった。


「……その件につきましては、検討中です。無論、善処はしますが、あくまでライブが中止になった場合です」


「まさか、ライブを強行するのですか!? もう10日もないのに!」


 急に会場がどよめくのを、社長は努めて冷静な口調で、落ち着かせる。


「我が社だけで決められることではありません。ですが、私個人としては中止に賛成です。百合葉を、ちゃんと休ませてあげないと」


 少し鎮まったところで、社長は会場を見渡す。記者たち一人ひとりへ、そしてカメラの向こうの百合葉ファンたちへ、丁寧に語り掛ける。


「最終的には、彼女の意思を尊重します。でも、百合葉の性格だと、『やる』というに決まってますから。そこは本人としっかり話し合って、決めさせていただきます」


「『百合葉』だなんて、随分、仲良さそうじゃないですかァ?」


 記者の声に、社長ははっとする。そういえば、会見の最初では「美滝さん」と呼んでいたのに、つい親愛の情が出てしまった。

 わずかな時間、頬を染め、すぐに怒りが湧いてきた。記者の口調が、いかにも茶化すような軽さだったからだ。

 からかってきた男は、見るからにチャラい……あることないこと書き立てることで有名な、評判の悪い週刊誌の記者だった。

 場の空気が読めてないのか、よほど図太いのか。男は、にやにやしながら質問をぶつけてくる。


「天寿の社長さんってェ、美滝百合葉ばっかり使いますよねェ? 社長も美滝も、レズって話だし? 枕営業でも、してるんですかねェ?」


 ……男は、この質問をすぐさま後悔した。

 社長に、冷たい眼で睨まれたから。

 人間を見る眼ではない。養豚場のブタさんを見る眼。「可哀想だけど、これから美味しいお肉になっちゃうのね……」という眼で見られて、記者は凍り付いた。


「そのような事実は、一切、ありません」


 怒り過ぎて感情が停止したような、平易な声。とっても怖い。

 周りの記者たちも、「この男とは関わらない方が、身のため」とばかりに目を逸らすので、男は小さくなるしかなかった。


 一方で、当の伊ヶ崎社長自身は、もちろん、めちゃくちゃ怒ってるけど……内心、チャンスとも思っていた。

 動画の向こうで、百合葉のファンたちが記者への怒りのコメントを書き込みまくっているのが、想像できた。

 今こそ。社長自身の言葉で。誰よりも、百合葉のファンたちへ語り掛ける時。

 想いを、伝える時だ。


「もちろん、私が百合葉を大変好ましく思ってるのは、事実です。あの眩しい笑顔。華やかで明るい、彼女の纏う空気。見ているだけで元気をくれる百合葉は、私の……天寿の思い描く、理想の少女像です。だからこそ、我が社のCMを多く依頼し、また、アイドル業と学業を両立させたいと願う、彼女の力になれればと、星花女子学園へも迎え入れました」


 カメラへ向けて。記者たちでなく、レンズの向こうの、百合葉を愛する人たちへ。


「その、私の期待が、かえって彼女の重荷になってしまったとしたら。それは、本当にごめんなさい。けれど、私伊ヶ崎波奈と、天寿の名に懸けて、これだけは約束しますわ」


 真剣な瞳で。天寿の若き女社長は、誓約を口にした。


「ライブを開催するにせよ、中止するにせよ。美滝百合葉と、彼女を応援する皆さまが、納得のいく形にすると。百合葉が笑顔で迎える結末となるよう、全力を尽くすと、誓います」


 そして社長は、にこっと微笑んだ。大輪の花が咲く瞬間のような、誰もが魅了される笑顔だった。


「だって、私も、あの子のファンですから」



 

 

 

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