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∞ガールズ!  作者: 百合宮 伯爵
第3話 ∞ガールズ!
21/27

3

 夜には、WEBラジオの収録。


 平気なふりばかり、上手くなって。

 マネージャーの日向さんを、そう嘆かせるほどには、百合葉の笑顔はいつも通りだった。


 ドームでのライブまで2週間ほど。この6月、美滝百合葉は授業もあまり出席できていない。

 翌朝。スケジュール通りだと、1日お仕事が無いのは、ライブ前は今日が最後。

 けれど平日だ。授業に出なくては。

 体力回復のためにも、休んでもいい……そう担任の先生は言ってくれたけど。


「……大丈夫。私は、体力無限大なんだから」


 いまいち動きにキレが無いのは自覚しながら、気のせいだと自分に言い聞かせて。

 朝は5時から日課のジョギングと筋トレ。発声練習。

 授業は遅れを取り戻すべく、必死で付いて行って。

 昼休みには、手を挙げた星花祭実行委員の会議。

 昨年度で卒業した、アイドル研究会の伝説的ユニット「クリスタル*リーフ」を呼んで、百合葉と共演してはどうかと意見が出た時……彼女の表情が凍り付いたのは、ほんの一瞬だけ。

 誰にも、悟られなかった。


 そして、放課後。屋上にて。

 結局ほかのメンバーを集められず非公式になったUFO部。

 美綺が、外観をUFOっぽく改造してみたドローンを、リモコンで操作しながら話す。


「残念だけど、これは見た目をそっくりにしただけだからね。宇宙を飛行する技術の参考になればと思って、作ってみたけど。あまり役には立たないかな」


「ちょっと待って。これ、すごい技術じゃない?」


 プロペラとか、どうなってるの? 色々ツッコミたい百合葉だけど。

 先に、別の不満をぶつけた。


「この前さ、『UFO呼びに山へ行く!』とか言ってたじゃない。私、山登り、わりと楽しみにしてたんだけど」


 せっかく準備してたのに……と唇を尖らすと、美綺は、長い黒髪をかき上げて、


「ふふ、せっかくUFOと接触コンタクトできても、技術への知見を深めておかないと、得られるものは少ないからね。当分はインドアでの研究を優先しようと思ったのさ」


 ……それで誤魔化される百合葉ではなかった。

 じーっと美綺を見つめて、


「……美綺ぽん。私に、気を遣ってるでしょ」


 ここ最近、調子が悪いようだって。中学で先輩だった、「mizerikorudeミゼリコルデ」の詩織に聞いたのだろう。

 そう問い詰めると、美綺は、まあね、と白状した。


「詩織先輩、あれで気遣いの人だから。僕が中学で、人からは変に見えることやって、孤立してた時も……『面白そう! 何やってるの?』って、話しかけてくれたんだよ」


 そう昔を懐かしむ美綺の笑顔に、何だか嫉妬ジェラシーを掻き立てられて。

 百合葉は、ストレートに尋ねた。


「前から思ってたけど。美綺ぽんってば、しおりん先輩のコト、好きだった?」


「君は、ほんと平気で聞いてくるよね。そういう聞きにくいことを」


 ため息交じり。言外に肯定しつつ、美綺は、百合葉を見つめ返して。


「……自分のことは、話してくれないくせに」


 やぶへびだったみたい。

 百合葉は髪を弄りながら、取りつくろう台詞を考えるけれど。

 美綺の真剣な瞳から、逃げられなかった。


 放課後の屋上に、一陣の風。

 短い沈黙の後、百合葉は、胸に手を当てる。


「……私はね、アイドルのお仕事が大好き。それは本当よ」


 笑顔を振りまく。誰かを笑顔にする。

 そんなアイドルに憧れて、子役の時から10年近く。駆け抜けてきた。

 その歩みには自信も有る。誇りも有る。


 ……だけど。


「昔、アイドルの先輩に、ひどいことをしちゃったの。私をアイドルにしてくれた、大切な人に」


 立ち止まっていると、その後悔に押し潰されそうで。

 だから、逃げるように、何にでも挑戦してきた。

 人の未来を奪った分、私は、どんな可能性も諦めちゃダメなんだと、自分を駆り立てた。


「アイドル、美滝百合葉。とにかく笑顔で、元気。努力家で、チャレンジ精神が旺盛おうせい……」


 そんな、世間の百合葉のイメージを、どこか他人事のように口にする。


「それは、偽物。偽物よ。私の笑顔は、偽物なの」


 これが、美滝百合葉の正体。

 「明るく能天気。お気楽なアイドル」を、心はボロボロになりながら、ストイックなまでに演じ続ける。

 笑顔の仮面を被った、女の子。


「あーあ。見破られちゃうなんて」


 私、全然修行が足りないね。この期に及んでも、強がって笑う百合葉へ、


「偽物だなんて、そんな……!」


 美綺は言葉をかけようとするけれど、スマホの着信音に遮られた。

 百合葉のものだ。


「日向さんだ……」


 美綺へ、ごめんね、と謝って、マネージャーからの電話を取る。

 日向さんが、申し訳なさそうに切り出したのは、


「……天寿のCM撮影? 今夜!?」


 仕事の追加のお話。天寿は化粧品関連の新製品をいくつも準備中で、百合葉も、ライブの準備で忙しい合間を縫って、打ち合わせを重ねていたのだけど。

 カメラマンの都合で、急きょ日程を前倒す必要に、迫られたとか。


 絶対という訳じゃない。忙しいのだから、断ってもいいと日向さんは言う。

 傍らで聞く美綺も、非難がましい視線を送ってる。


 けれど、


「ううん、心配しないで。いけるわ。私、体力が取り柄なんだから」


 OKを出して通話を切ると、美綺に叱られた。


「無理し過ぎだよ、百合葉。これじゃ、君が限界に……」


「限界なんて、無い」


 首を横に振り、美綺の心配の視線を振り払い、


「ふふん。私を誰だと思ってるの? 美滝百合葉よ。体力には、自信有り!」


 そう笑ってみせたのが、最後の強がりだった。

 急に、視界が歪む。頭はくらくら、膝はガクガク。


「あ、れ……? おか、しい、な……」


 ああ、そうか。そうだった。

 無限の体力なんて、それも、自分をだます嘘。

 駆け寄った美綺に抱き止められながら、百合葉の意識は、闇へ遠のいていった。


「百合葉!? 百合葉ぁっ!!」


 アイドル、美滝百合葉。病院へ緊急搬送。

 ニュースは、瞬く間に全国へ拡散した。

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