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夜には、WEBラジオの収録。
平気なふりばかり、上手くなって。
マネージャーの日向さんを、そう嘆かせるほどには、百合葉の笑顔はいつも通りだった。
ドームでのライブまで2週間ほど。この6月、美滝百合葉は授業もあまり出席できていない。
翌朝。スケジュール通りだと、1日お仕事が無いのは、ライブ前は今日が最後。
けれど平日だ。授業に出なくては。
体力回復のためにも、休んでもいい……そう担任の先生は言ってくれたけど。
「……大丈夫。私は、体力無限大なんだから」
いまいち動きにキレが無いのは自覚しながら、気のせいだと自分に言い聞かせて。
朝は5時から日課のジョギングと筋トレ。発声練習。
授業は遅れを取り戻すべく、必死で付いて行って。
昼休みには、手を挙げた星花祭実行委員の会議。
昨年度で卒業した、アイドル研究会の伝説的ユニット「クリスタル*リーフ」を呼んで、百合葉と共演してはどうかと意見が出た時……彼女の表情が凍り付いたのは、ほんの一瞬だけ。
誰にも、悟られなかった。
そして、放課後。屋上にて。
結局ほかのメンバーを集められず非公式になったUFO部。
美綺が、外観をUFOっぽく改造してみたドローンを、リモコンで操作しながら話す。
「残念だけど、これは見た目をそっくりにしただけだからね。宇宙を飛行する技術の参考になればと思って、作ってみたけど。あまり役には立たないかな」
「ちょっと待って。これ、すごい技術じゃない?」
プロペラとか、どうなってるの? 色々ツッコミたい百合葉だけど。
先に、別の不満をぶつけた。
「この前さ、『UFO呼びに山へ行く!』とか言ってたじゃない。私、山登り、わりと楽しみにしてたんだけど」
せっかく準備してたのに……と唇を尖らすと、美綺は、長い黒髪をかき上げて、
「ふふ、せっかくUFOと接触できても、技術への知見を深めておかないと、得られるものは少ないからね。当分はインドアでの研究を優先しようと思ったのさ」
……それで誤魔化される百合葉ではなかった。
じーっと美綺を見つめて、
「……美綺ぽん。私に、気を遣ってるでしょ」
ここ最近、調子が悪いようだって。中学で先輩だった、「mizerikorude」の詩織に聞いたのだろう。
そう問い詰めると、美綺は、まあね、と白状した。
「詩織先輩、あれで気遣いの人だから。僕が中学で、人からは変に見えることやって、孤立してた時も……『面白そう! 何やってるの?』って、話しかけてくれたんだよ」
そう昔を懐かしむ美綺の笑顔に、何だか嫉妬を掻き立てられて。
百合葉は、ストレートに尋ねた。
「前から思ってたけど。美綺ぽんってば、しおりん先輩のコト、好きだった?」
「君は、ほんと平気で聞いてくるよね。そういう聞きにくいことを」
ため息交じり。言外に肯定しつつ、美綺は、百合葉を見つめ返して。
「……自分のことは、話してくれないくせに」
やぶへびだったみたい。
百合葉は髪を弄りながら、取り繕う台詞を考えるけれど。
美綺の真剣な瞳から、逃げられなかった。
放課後の屋上に、一陣の風。
短い沈黙の後、百合葉は、胸に手を当てる。
「……私はね、アイドルのお仕事が大好き。それは本当よ」
笑顔を振りまく。誰かを笑顔にする。
そんなアイドルに憧れて、子役の時から10年近く。駆け抜けてきた。
その歩みには自信も有る。誇りも有る。
……だけど。
「昔、アイドルの先輩に、ひどいことをしちゃったの。私をアイドルにしてくれた、大切な人に」
立ち止まっていると、その後悔に押し潰されそうで。
だから、逃げるように、何にでも挑戦してきた。
人の未来を奪った分、私は、どんな可能性も諦めちゃダメなんだと、自分を駆り立てた。
「アイドル、美滝百合葉。とにかく笑顔で、元気。努力家で、チャレンジ精神が旺盛……」
そんな、世間の百合葉のイメージを、どこか他人事のように口にする。
「それは、偽物。偽物よ。私の笑顔は、偽物なの」
これが、美滝百合葉の正体。
「明るく能天気。お気楽なアイドル」を、心はボロボロになりながら、ストイックなまでに演じ続ける。
笑顔の仮面を被った、女の子。
「あーあ。見破られちゃうなんて」
私、全然修行が足りないね。この期に及んでも、強がって笑う百合葉へ、
「偽物だなんて、そんな……!」
美綺は言葉をかけようとするけれど、スマホの着信音に遮られた。
百合葉のものだ。
「日向さんだ……」
美綺へ、ごめんね、と謝って、マネージャーからの電話を取る。
日向さんが、申し訳なさそうに切り出したのは、
「……天寿のCM撮影? 今夜!?」
仕事の追加のお話。天寿は化粧品関連の新製品をいくつも準備中で、百合葉も、ライブの準備で忙しい合間を縫って、打ち合わせを重ねていたのだけど。
カメラマンの都合で、急きょ日程を前倒す必要に、迫られたとか。
絶対という訳じゃない。忙しいのだから、断ってもいいと日向さんは言う。
傍らで聞く美綺も、非難がましい視線を送ってる。
けれど、
「ううん、心配しないで。いけるわ。私、体力が取り柄なんだから」
OKを出して通話を切ると、美綺に叱られた。
「無理し過ぎだよ、百合葉。これじゃ、君が限界に……」
「限界なんて、無い」
首を横に振り、美綺の心配の視線を振り払い、
「ふふん。私を誰だと思ってるの? 美滝百合葉よ。体力には、自信有り!」
そう笑ってみせたのが、最後の強がりだった。
急に、視界が歪む。頭はくらくら、膝はガクガク。
「あ、れ……? おか、しい、な……」
ああ、そうか。そうだった。
無限の体力なんて、それも、自分を騙す嘘。
駆け寄った美綺に抱き止められながら、百合葉の意識は、闇へ遠のいていった。
「百合葉!? 百合葉ぁっ!!」
アイドル、美滝百合葉。病院へ緊急搬送。
ニュースは、瞬く間に全国へ拡散した。




