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「アイ! 喝!! アイ! 喝!!」
ライブに向けてダンスのレッスン……。
「mizerikorude」の美緒奈と詩織が練習部屋に入ると、百合葉が腹筋していた。
「……何してんの、ゆりりん?」
レッスン前からキラキラ煌めく汗を零す、百合葉。
「筋トレは! 全てを! 解決して! くれますので!」
いつも通りの……いや、いつも以上に、無闇にハイテンションな姿。
美緒奈と詩織は顔を見合わせるけど。
続いて部屋に入ってきた、マネージャーの日向さんは、違和感に気付いた。
「どうしたの。……その腕の、絆創膏」
事情を知る日向さんの、口調は鋭い。
「百合葉、貴女……また、見たのね。彼女の夢を」
「や、やだなぁ。これはその、ちょっと外で、引っ掻いちゃっただけだってば」
亜麻色の長い髪を弄りながら、百合葉は目を泳がせるけれど。
「何年、貴女のマネージャーをやってると思ってるの。百合葉、自分で気付いてないでしょ。嘘を吐くとき、左の髪を弄る癖」
「嘘っ!? 私、そんな癖有った!?」
びっくりする百合葉……でも、日向さんが勝ち誇るみたいにニコっとするので、嵌められたのに気付いた。
「ええ、嘘よ。お間抜けさんは見つかったけどね」
「うぐ。日向さんの、いじわる……」
「mizerikorude」結成前からの付き合いの2人の会話に、取り残される美緒奈と詩織。
彼女たちへ、先にレッスンを始めるよう伝えて、日向さんは、百合葉へ向き直った。
「……少し、お話、しましょうか」
※ ※ ※
その後、3人でのレッスンになっても、今日の百合葉はいまいち冴えない。
本業は声優で、まだまだ新人な他の2人に比べても、動きにキレが無い……特に、運動音痴な美緒奈よりダメダメなのは、さすがに周囲を不安にさせた。
「やばいって、ゆりりん!? みおにゃより下手とか、致命傷だよ!?」
「ちょっと、しおりん? それ、どーゆう意味さ」
美緒奈が睨んでくるのは置いといて。詩織が、こそっと聞いてくる。
「なんか、元気なくない? 早乙女さんの新作BL本、読む?」
「読みますとも♡ ……それはそれとして」
ほんとに、何でもないの……と強がる百合葉。
我ながら、まだまだ未熟だ。さっきも、日向さんに励ましてもらったのに。
私はアイドル。いつだって笑顔の、元気200%が魅力のアイドル。……そう振舞わなくちゃって、決めたはず。
それでも、膝にうまく力が入らなくて。おかしいな、と思っていると。
美緒奈が腰に手を当てて、ふんぞり返った。
「……ま、美緒奈様の足さえ引っ張らなきゃ、何でもいいけどね。そのざまじゃ、あたしの引き立て役だぜ?」
……3人の中で断然身長の低い美緒奈なので、見下す形にならないのは、ご愛敬。
「ちょ、みおにゃ。言い方……」
詩織がたしなめるのも聞かず、美緒奈は続ける。
「……あたしさ、自分が宇宙一可愛いってのは知ってるけど。でも、ゆりりんには、憧れるんだよね」
照れ照れしながら、八重歯を覗かせて。
「スタイルいいし。明るくて、カッコいいし。……あいつに名前似てるし。ま、まあ、ほら? このプリティー美緒奈様のライバル張れんのは、あんたぐらいかなって、思うわけよ!」
だから。だから、ライバルが元気無いと、調子狂う。
そんな、下手くそな励ましを送ってきた。
(ああ、これだ。私があの時、こんな風にできていれば……)
……あの人とも、こんな関係を築けていたら。それはもう、叶わぬ願いだけど。
今は美緒奈へ、ハグ。
「にゃ、何すんのさー!? あたし、今は百合メイドじゃねーし。お触りは有料だかんなー!?」
「……ライバルって、良いですよね。先輩」
本音をぶつけあえる人。憧れも、嫉妬も、ぐちゃぐちゃな感情のまま、受け止めて。
そんなライバルに、なれていたら。違う今が、有っただろうか。
(そんな風に思えるのも、私が、生きてるからだよね。だから、ごめんなさい。ごめんなさい、お姉さん。……結野、あきらさん)