美滝百合葉 ~入学~
アイドル、美滝百合葉の仕事は、多岐に渡る。
メインは歌手。元々子役だったので、女優や、最近は声優など、演技の仕事もこなす。
そして、亜麻色の髪に、小柄ながら、すらりと均整の取れたプロポーションゆえに、モデルの仕事も。
星花女子学園に誘われたのも、学園の理事長が社長を務める企業、「天寿」のCMに出演したのがきっかけ。
天寿は化粧品や服飾、食品などの事業を手掛ける複合企業で、どうやら百合葉は、社長に気に入られたみたい。
「特待生だなんて……責任重大ね!」
4月初めの朝。寮の個室で荷解きした後で、百合葉は気合を入れ直す。
彼女に用意されたのは「菊花寮」。
2つある学生寮のうち、成績優秀な生徒が入れる、全室個室の寮。
アイドル活動しやすいようにと、これも理事長が便宜を図ってくれたのだろう。
特別扱い。ある意味プレッシャー……なんて、そんな重荷に感じるメンタルの、百合葉ではない。
「教科書よし、ノートよし。うん、準備OK!」
勉強もがんばる気満々だ。体力が有ればなんとかなる!
……入学式の日は、グラビア撮影の仕事と重なって、出席できなかったけど。
初登校の今日から、さっそくアクセル全開で飛ばしていきたい。
「まずは挨拶が大事よね。あー、あー、あー、あめんぼ赤いなあいうえお」
アイドルとして、ボイストレーニングは日課だけど……いつも以上に気合を入れる。
「根性、根性、ど根性! ガッツがあればなんでも出来る! 気合は全てを解決してくれる!!」
……ボイストレーニング? 内容がちょっとおかしいけど、とりあえず、声はすごく出てる。
「マイク殺し」だの、ミニライブ中にちょうど地震が起きた逸話から「声で地震を起こしたやべーやつ」だのの異名を持つ、美滝百合葉。
細身の身体に似合わぬ声量が、自慢の一つだ。
「あ、あの、美滝さん。寮では、もうちょっと静かに……」
当然、怒られた。
「ご、ごめんなさいぃぃぃぃ!?」
そして、謝る声も寮を震わすほど、大きいのだった。
※ ※ ※
「初めまして! 美滝百合葉、アイドルやってます! お仕事で学校来られない日もあるけど、勉強も、学校行事もがんばりたいので。仲良くしてくれると、嬉しいです!」
朝のHR。高等部、1年3組の教室は、夏のひまわり畑のような華やぎに包まれた。
声量もさることながら、さすがの存在感……百合葉の全身からは、自信の輝きというか、生命力の煌めきというか……とにかく黄金色のアイドルオーラが迸っている。
注目を集めるのは慣れている……むしろ日常なので、クラスメートの好奇の視線には動じず、百合葉は、教室中を観察する。
(ふふん。皆、『思ったよりとっつき易そう』って顔ね)
百合葉が所属するアイドルグループ「mizerikorude」は、「クールでスタイリッシュ」を売りにしてるので……気持ち、高飛車お嬢さまキャラを意識して、演じているけれど。
今日は笑顔200%、人懐っこい印象を与えるよう、心掛けてみた。
元々、こちらの方が素に近いけど。身近な人からは「体力バカ」なんて言われる百合葉も、そこはアイドル。最低限の計算はしてるのだ。
今のところ、計算通り。HRが終わって、授業が始まるまでの間……さっそくクラスの皆の方から、話しかけてきてくれた。
「わぁ、ゆりりん、顔ちっちゃい! テレビで見るより可愛いかも♡」
「髪、さらさらだねー♪ ねえねえ、何のシャンプー使ってるの?」
「うん。天寿が試供品でくれたんだけど、使ってみたら、すっごく良くて。ダメージケアにもバッチリなんだよ。皆も使ってみて?」
ちゃっかり自分がCMしてる商品の宣伝も挟みつつ。
百合葉は、もうひとつの観察を継続する。
それは、
(このクラスにいるかな? 先輩たちの、知ってる子)
「mizerikorude」のメンバー、南原美緒奈と、水志摩詩織。2人とも、それぞれ知り合いが、この星花女子に通ってるのだとか。
(確か、美緒奈先輩が言うには……)
『星花って、リズ姉と妹ちゃんの学校じゃん。挨拶しといてね。金髪で、留学生で……まあ、目立つし、すぐ分かるっしょ』
……いた。目が合った。
話し掛けてくる女子の輪から、一瞬解放された隙に、席を立って。
百合葉は、金髪留学生の手をぎゅっと握り、にこっと、
「美緒奈先輩から聞いて、会いたかったの。今日からよろしくね。……エヴァンジェリンさん♪」
「……あの。人違いです。私、ヴァイオレット・U・ウェールズっていいます……」
「……」
(そういえば。写真とか見せてもらってなかったー!?)
めっちゃ恥ずい。美緒奈はなぜか顔を赤らめ、「いやー、エヴァちゃんと撮った写真はさ……やべーのしか無くて」なんて言ってたけど。考えてみれば、顔も知らなかった。
星花は大きな学園だし、留学生も1人や2人じゃない……。
けど。これでめげないポジティブシンキング。それが美滝百合葉!
ぎゅっと手は握りしめたまま、
「まあ、これもきっと運命よね! 友達になろう、ヴァイオレットさん♪」
背景に花を咲かせたり、天使の羽根を舞わせるのは、アイドルの基本技能。
最高の笑顔を向けてみると、金髪留学生、ヴァイオレットは、少し戸惑いながらも、
「ええ、私でよければ」
なんて、微笑み返してくれた。
「やったぁ! 友達、第1号ね♪ わ、柔らか!?」
そのままハグしてみたりすると、ヴァイオレットも顔を赤くして、
「あ、あの! ちょっと、恥ずかしい、です……」
そんな、天然物の陽キャ全開な百合葉の姿に、クラスメートはそれぞれの反応。
「ふぅん。不思議ちゃんとは違うけど、観察し甲斐はありそう」
個性の強い人を観察するのが趣味の、日比川緋叶。
「あらあら。お菓子、喜んで食べてくれそうね~」
お菓子作りが趣味の、ふわふわ女の子、白石結。
一方で、もちろん、
「うう、グイグイ来る人って、ちょっと怖いです。話し掛けられたら、どうしよう……?」
控えめな三つ編み少女、川蝉弥斗のように、百合葉を苦手に思う子も。
「はは、嘘を真に受けるタイプだよな、あの子」
フェンシング部の1年生エースで嘘吐き少女の、嘘葺涼子も、百合葉のようなタイプは、からかいにくい様子。
結論としては、好感を抱く人も、苦手に思う人も、百合葉への印象は同じ。
「ふふ。すごく、素直な子なのは確かだよね」
車椅子の癖っ毛少女、黒井みゆきの苦笑に、うんうんと頷きながら、猫好きのマイペース娘、猫山美月がつぶやく。
「ネコ科にたとえると……ライオンじゃないし、虎でもジャガーでもないし……ヨーロッパオオヤマネコ?」
個性派ぞろいの1年3組でも、百合葉は……強い印象を与えることには、成功したようだった。
さて、
「あ、あの。そろそろ、離してくださぃぃ……」
羞じらうヴァイオレットの頭に頬擦りしたまま、百合葉は考える。
(……もう一人の、詩織先輩の知り合いって子は、いないみたいね。このクラスには)
そちらは、ちゃんと写真も見ている。
(柳橋、美綺さん。会いたいな。すっごく、綺麗な人……)
本作は、様々な百合小説の書き手さんたちが、キャラクターを出し合い、カップリングを決めて物語を綴る「星花女子プロジェクト」の第7弾シリーズのひとつです。
今回登場したクラスメートたちも、それぞれの作品の主人公。
彼女たちの活躍が気になる方は、「星花女子」で検索、検索! してみてください。